外伝10話 魔物と融合した青年

タイジャ村 早朝

村長の家にて


 まだ村の誰も起きていないような時間に、村長を訪ねる男が一人。

 そこで二人は、真剣な表情で話し合う。


「…なぁスネクス、もう止めにせんか? 悪いことは言わねぇ、今ならまだ、手放せる」


「…大蛇神様を手放せと? いくら村の年配者の言葉だとしても、それに大人しく従う気はありません。この村を守るため、かの神は必要ですので」


「だが…もう喰らい過ぎじゃありゃせんか? あの姿もそうさ、ありゃまるで…」


「…コタクさん。もうすぐ魔神が甦り、この大陸に争いが生まれる事はご存じですよね?」


「分かっとるよ。確かに村の自衛手段の強化を提案したのはわしだ。だが制御出来ない兵器を作れなんて言っちょらん」


「大丈夫ですよ。神は私を認識し、守ろうとしてくれています。喰らえと言えば喰らい、更に強力な存在へと至ります。ストリヴォーグだってそうでしょう? もしも大蛇神様がいなかったら、この村は奴らに荒らされて廃村となっていました」


「…そうか、おまいさんの意見はよう分かった。手放す気が更々無いならこれ以上邪魔はせんよ。ジジイは大人しくしとるさね」


「…そうですか、では最後に一つ。信仰が失われたとされる帝国でも神は我々を守る…それを私が証明してみせます。ですから御安心ください、きっとこの村は安泰ですよ」


「わーったよ。それがおまいさんの答えならいいさ、朝から邪魔したな」



―――――――――


同じく早朝

タイジャ村 借り家にて


「…今日の範囲は、この辺かな」


 時刻は早朝。見知らぬ家だからかもしれないが、少し早く起きてしまったので探索の準備を進めていた。


「…準備良し、行こう」


 食事は持参した非常食で取り、外に出る。すると同じタイミングで村長の家からちょうど誰かが出てくるのが見えた。


(あれは…コタクさん?)


 朝早くから用事だろうか、と思い眺めているとふと目が合う。すると彼は片手を振りながらこちらへと歩いて来た。


「おはようさん! なんだぁ、早いな嬢ちゃん。もう森に行くのか? 飯はどうした?」


「…大丈夫です、居場所を掴んでおくだけですから。朝は持ち込んだ物を食べました」


「そうか、まあ昼までには帰ってこい、エイコの奴も張り切ってるからな! そうだ、今なら誰も起きとらんし丁度いい。もしストリヴォーグ出会ったならこんなポーズを取るといいさね。敵意が無いっていう証明になるからなぁ」


 すると突然、地面な仰向けになり手足を前に持ってくるコタクさん。

 さながら寝転がるわんこのようなポーズだけれども…本当に効果はあるのだろうか。


「…信じて大丈夫ですか?」


「かかか、本当さね。実際にわしは生き残った! まあ、やるのは自己判断にしとくかね。じゃあ頑張れよ!」


「…ふふ、分かりました。行ってきます」


 やや怪しいと思ったが、確かに彼が生き残ったのだから効果はあるのだろう。

 それにもし効き目がないとしても風力増幅シルフィードを使い、すぐに離脱すれば良いかと考えながら森の中へと進んで行くのだった。


─────────


森の中


(…ここにも痕跡はない。やっぱり純粋な魔物はエレメントの流れが読めないな…)


 中を探索してしばらく経ったが、未だに手掛かりはない。

 あまり起伏は激しくない場所なので何かしらの痕跡が見つかると考えていたのだけど、間違いだった。


(とはいえ、ここまで見つからないのはおかしい…食事も別の場所で取っている? そうなると残りは…)


 地図を開き、森以外で食事が出来そうな場所を探す。そして、目についたのはとある場所だった。


(…川?)


 途中で森を横切るように流れている川。しかし、吊り橋がかかっていることを見るになかなか下に位置しているように考えられる。


(…一応見に行ってみるかな。もしかしたら下に降りられる場所があるかもしれないし)


 探索も行き詰まっていたので、気分転換も兼ねて川へと歩き出す。

 距離は遠くないのであまり時間はかからずに目的地へと到着することが出来た。


(…結構高いな。そのまま落ちたら怪我じゃすまなさそう)


 吊り橋から崖を見下ろすが、特に目ぼしい箇所は見つからない。

 ゴツゴツとした岩肌に横穴などは見当たらず、隠れる場所も無さそうだった。


(下流は平原に繋がっているから…隠れているとしたら上流? 川沿いも見ながら探索してみるのも…って、ん…?)


 突如、背後に感じたのは何者かの視線。

 しかし振り返っても周囲には誰もおらず、ただ動物達の声が響いているだけだった。


(…気のせい、かな)


 その後、しばらくは川沿いを歩きながら探索を続ける。そこから十分ほど歩いた所でようやく怪しげな痕跡を見つけることが出来た。


(これは…足跡? 人間にしては大きい…ということはこの付近にストリヴォーグが?)


 気を引き締めてから残った痕跡を追跡していくが、途中で途切れていた。付近にあるのは、崖と離れた場所にある森。


(…木に飛び移ったにしては木々から距離が空いてる。となると…)


 もしやと思い慎重に崖下の川を覗き込む。すると、そこにはあったのは隠れるように存在していた川原と、黒い影。

 遠目から見るに何やら火を起こして座っている様子だった。魔物の姿を確認した後、素早く身を退く。


(…いた。なんだかおとなしそうな魔物だったけど…少し様子を観察してみよう)


 そう思い再び崖下を覗き込んだ瞬間、それは失態だったと後悔する。

 崖下でちょうど魔物は伸びをしており、上を向いていた。つまり、バッチリと目が合ってしまったのだ。


「…っ!まずい…!」


 急いで態勢を整えながら後ろへと退く。

 下から地面を蹴る音が聞こえた次の瞬間、崖下から姿を現したのは紛れもないストリヴォーグの姿だった。


「ヴオォォォォォォォォ!!!!」


 こちらを見るや否や威嚇をしてくる魔物。だが冷静に観察してみるとこちらを襲うような素振りは無く、縄張りから追い出そうとしているような様子だった。


(距離を詰めるつもりはなさそう…それなら!)


 相手の気が変わらないうちに素早く地面に仰向けになり、手足を曲げながら前に出す。

 コタクさんから聞いたこちらの敵意は無いと伝えるポーズだ。

 本当に通用するかは分からなかったが、直後明らかに魔物の様子が変わった。


「…!?」


(これは…もしかして伝わってる?)


 若干困惑されているような気もするけれど、これは好機に違いない。

 こちらの言葉を理解するのか分からないが、思い切って魔物に向かい声をかけてみる。


「…えっと、ストリヴォーグさん? 大丈夫、私に敵意はない。私はレジーナ、冒険者なの。もし伝わっているなら落ち着いてくれないかな…?」


 私の言葉を理解してくれたのか唸る行為を止める魔物。どうやらこのポーズは本当に効果があるようだった。


「…ありがとう。それと、困った事があるなら教えて欲しい。私達もあなたと争いたい訳ではないから」


 その言葉に、しばらく考えるような様子を取る魔物。そしておもむろに振り返り、手を振りながらこちらにサインを送ってきた。


「………ヴオォ」


「…付いてこいってこと?」


「ヴオォォォ」


 どうやら崖の下へ戻ろうとしているようで、差しのべられた手は掴まれという意味だろう。普段ならこんな危険な誘いには乗らないけれど…


「…分かった。でも手は借りなくても大丈夫、私一人でも降りられるよ」


「……………ヴオォ」


 若干間を置いて返事をしてから先に下へと降りていく魔物。

 それを見た後に風力増幅シルフィードを使い、落下の勢いを殺して降りていく。


「っと…ね、大丈夫でしょう?」


「ヴオォォ」


 返事と共に地面に何か描き始める魔物。驚くことにそれは人間の使う文字であり、『村人には知らせているか?』と書かれていた。


「知らせているか…森に入る際には伝えているけど、調査内容の全てを話す訳ではないよ」


 こちらの答えを聞いてしばらくした後、また新しく文字を書く。そこには『大蛇神を知っているか?』と書かれていた。


「…大蛇神。たしかこの村の守り神…だったはず。過去にあなたたちをここから追い出したのもこの神様だよね」


「…ヴォ」


 訂正がある、といった感じで手を前に突き出しながら先ほどの文字に修正を加える。

 すると、大蛇神『の姿』を知っているか?に変わっていた。


「…姿? いや、見たことはない。それに何かあるの…?」


「ヴオォ」


 次に書かれたのは『今話す、待ってろ』とだけ。魔物はおもむろに立ち上がると、横にある洞穴の中へと入って行く。

 おとなしく指示に従い待っていると、聞こえてきたのは魔物の咆哮。

 何が起こっているのか疑問に思えたけれど…それもすぐに忘れるほどに驚くべき出来事が起こるのだった。

 

「…!? え、人間…!?」


「…そりゃ驚くよな。でもそうだな…あんたには話しておきたいって、思えたんだ」


 洞穴から出てきたのは野性的な姿をした、黒髪の青年。

 年は同じくらいで、所々に人間らしからぬ体毛が生えている。野生的な印象そのままの、鍛えられた体も特徴的だった。


「…えっと、つまりさっきの魔物はあなた…?」


「そうなるな。とはいえ、どうしてこうなったのかなんて俺にも分からないけど…とりあえず驚かせたのなら謝る、ごめん」


 困ったような表情で謝る男性。何か事情があるのは確かで、おそらくは助けが必要なのだろう。

 元々機械の腕を持っている私も異端ではあるから、そこまでの衝撃はなかった。


「…いや、大丈夫。それで話って?」


「え…聞いてくれるのか?」


 こちらの反応が意外だったのか、逆に驚かれてしまう。


「…あなたに敵意が無いことは分かってる。だから、話がしたいなら聞くのが当然だと思うんだ」


「…そうか、ありがとう。俺の名前は…トーリ。大蛇神を倒すためにここで活動してるんだ」


「大蛇神を…倒す?」


 語られた、驚くべき言葉。そしてこの出会いをきっかけに、私はこの村の大きな陰謀へと巻き込まれる事になるとは…この時はまだ思いもしなかった。

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