外伝9話 老人の秘密

タイジャ村

借り家にて


資料を読み進め、しばらくして


「…なるほど、なんとなくストリヴォーグって魔物の理解が出来たかも」


 子供達が帰った後に日が暮れるまで資料を読み込んだ結果、この魔物のおおよそは知ることが出来た。


「…二足歩行する黒い毛皮を身に纏った魔物。知能は高く別名『悪猿』と呼ばれて昔からこの付近の村人と争ってきた、と…基本は三人から四人で一匹と戦ったみたいだから私一人だと少し厳しいかな…」


 だけれど、それは昔の話。三~四人必要というのは純粋な腕力勝負の場合だろう。


「…数はこの魔操義手まそうぎしゅで補うしかないか。後は御神体を祀っている付近の立ち入りは禁止と…」


 村長の部屋に飾っていたあの像には意味があったらしく、どうやらこの村では蛇を御神体として祀っているらしい。

 その経緯は語られていないが、わざわざ破る意味はないだろう。


「…さて、どこから手をつけよう。今は夕方だから行動範囲としては…ん?」


 計画を練ろうとした際、扉からコンコン、と音が鳴る。目を向けるとそこには人影が映っていた。


「おーい、冒険者はいるかい? わしは村のもんだ、ちょいと開けてはくれねぇか?」


「…はい、今開けます」


 聞こえてきたのは低めな声。何事かと思い扉を開けると、そこには立っていたのは白髪の老人。

 しかし、第一印象で老いを感じさせないほどには体がしっかりとしており、笑顔が似合う男性だった。


「おぉなんでい、まだまだ小さいな。嬢ちゃんが冒険者で間違いないか?」


「…そうですけど、何かご用ですか?」


「かかか、飯だ飯。村長からわしの家で食わせてやれって言われてな。なに、嬢ちゃんなら孫も喜ぶから安心しろい」


「…ご飯…そういえば聞いてなかったっけ…」


『くきゅるるる……』


 大事な事を聞き忘れていたと心の中で思った後、返事を返そうと向き直った時にお腹が鳴ってしまう。


「…分かりました、ありがとうございます」


「かかか、腹も準備万端みたいさね。まあ、たくさん食べてけ。ストリヴォーグ退治なんて大任務だ、英気は養わんとなぁ」


 すぐに借り家を出て、老人の後ろを着いて行く。しばらく歩くと彼の家らしき場所へとたどり着いた。


「おーい、連れてきたぞぉ。エイコ、飯は出来てるか?」


「ちょうど出来たわよー! ほらラッツ、これ運んでちょうだーい!」


「分かったよ母ちゃん…ってあ!」


「あ…またあったね、こんばんは」


 賑やかな所でラッツと再開する。こちらを見て驚く様子の彼だったが、挨拶を返されずにすぐにまた料理を運び始める。


(…ちょっと警戒されちゃってるのかな)


 若干昼間の行動を反省しながら椅子へ座って待っているように促される。それからあまり待たずに、机の上に晩御飯が並ぶのだった。


「さて、お待たせしました! えっと、あなたの名前はレジーナさんですよね?」


「…はい、そうです」


「まだお若いのに魔物退治なんて凄いわねぇ。ささ、どうぞ食べて! 美味しいわよぉー」


「…ありがとうございます。いただきます」


「いただきます!」


 皆が挨拶を済ませた後に料理を食べ進めていく。

 どうやらこの家は三人暮らしらしく、エイコさんが二人の食事を作っているようだ。一工夫がされた家庭的な味が美味で、食が進む。


「あらあら、凄い食べっぷりね。私嬉しいわー」


「…はい。とても美味しいです」


「かかか、そりゃ良かった! ところで嬢ちゃん、食事でも被り物は外さんのなぁ」


「…これはその…落ち着くので。すみません」


「別に責めたわけじゃあるめぇさ。ただ珍しいってだけよ、かっかっか!」


 確かにここの人達は良い人なのかもしれないけれど、それでも顔を覚えられるのは好まない。

 幸いにもあまり気にされてはいないようだけれど、一応話題を反らすようにエイコさんへと話を振る。


「…ここには三人で暮らしているんですか?」


「ええそうよ。本当はお父さんもいるのだけど、今は帝国の方でお仕事をしててね。警備の仕事に回されたって聞いたけど、最近は物騒だから心配だわぁ。そうだ、レジーナさんも最近はお仕事が忙しいのかしら?」


「…私の方は普段通りです。でも、確かに魔物の関係の依頼は増えてますね」


「やっぱりそうよねぇ。でも私、レジーナさんも心配だわぁ。本当に一人で森の中に入るの?」


「…はい、依頼ですから。ご心配ありがとうございます」


 その後も雑談を交わしながら食べ、やがて料理を食べ終える。張り切ってたくさん作ってくれたおかげでお腹も満腹になり、英気は十分養うことが出来た。


「…ごちそうさまでした」


「すっごい食べたわねぇ、ラッツよりも食べたんじゃないかしら?」


「かかか、嬢ちゃんに負けるかラッツ! お前もまだまだだなぁ!」


「う、うるさいなぁ! 食べればいいってもんじゃないだろ…」


 他愛のないやり取りを微笑ましく感じながら、部外者である自分が長居するのも悪いと思い、立ち上がる。


「あら、もう行くの?」


「…はい、調査もありますので。ご飯、とても美味しかったです」


「嬢ちゃんは今から調査か。どれ、わしもちょいと席を外すかねぇ」


「どうした、じいちゃん? 部屋に戻らないのか?」


「かかか、少し用事が出来てな。なぁに、すぐ終わるから心配すんな」


 そう言い残して老人はこちらに近づき、すれ違い様に他の二人には聞こえないような声で私に一言だけ伝えてくる。


「…わしも同行する、森の入り口でちょいと待っててくれや」


「…?」


 返事を返す前に家から出ていってしまう老人。目的は分からないけれど、協力してくれるという意味だろうか。


(…一長一短かな。森で迷いにくくはなるけれど、戦いになったら厳しくなりそう)


 今までの話しぶりからストリヴォーグの事を多少知っている様子だったので、おそらくはこちらの心配をして同行してくれるのだろう。

 それからは一旦借り家へと戻り、その後に森の入り口へと向かったのだった。


─────────


森の入り口


 日も落ちてきた中、入り口付近で待っていると支度を整えた老人がこちらに向かって来るのが見えた。


「よぉ、嬢ちゃん。待たせちまったかい?」


「…いえ、そこまでは。それにしても急に同行するなんて、何か理由が?」


「かかか、ジジイのお節介よ。この森には詳しいんでな、少しは役に立ててくれや」


「…分かりました、ありがとうございます。ところで…あなたのお名前は?」


「おっと、まだ名乗ってなかったか。歳を取ると物忘れが激しくて困る困る。わしはコタクだ。改めてよろしく頼むよ、嬢ちゃん」


「…はい、よろしくお願いしますコタクさん。では行きましょう」


 会話の後に、二人で森の中へと入っていく。まだ完全に日は落ちていないとはいえ、周囲の警戒を怠らずに進んで行く。


「…そういえば、コタクさんはストリヴォーグについて知っていたんですか?」


「そりゃもちろん。何せ昔に戦った事があるからなぁ」


「え…それじゃあ、あの資料に書かれていたのは?」


「あれがわしかは知らんが、まあ貢献はしたよ。とはいえ、もういなくなったとばかり思っていたんだがな。今頃になってまた現れるとは、妙なもんさ」


 ある程度の距離を進むと、多少開けた場所へと辿り着く。

 奥には洞窟らしき穴が見える場所だけれど、その周囲には柵が設置されており簡単には近づけない作りだ。


「…ここは確か、御神体を祀っている洞窟ですよね」


「おお、そうさ。中に入ったら怒られちまうから気ぃつけな。目撃証言があったのはこっちさね」


「…分かりました」


 御神体が祀られている場所を離れ、案内されたのは森の奥地。そこは小さな生物の声のみが聞こえるような場所で、心が落ち着くような所だった。


「…ここは?」


「わしが知るとっておきの場所さ。ま、座れや」


 促されるように倒れていた大木へと腰をかける。

 確かにリラックス出来るような所で間違いはないのだけど…魔物が出没する場所で警戒を解くのはどうなのだろうか。


「…えっと、コタクさん。ここには何が…?」


「そうさな…なあ、嬢ちゃん。本当にストリヴォーグ狩りをやんのか?」


「…それはどういう意味ですか?」


「………」


 飄々とした表情を崩さなかった老人が見せた一瞬の迷い。どうにも彼は、ストリヴォーグと私が戦う事を望んでいない様子だった。


「…コタクさん。何か…あったんですか?」


「…ストリヴォーグを見たって話あるだろ? 実はその後に森へ入って、ここでそいつと遭遇したんだ。ま、宿敵との再開ってとこだなぁ」


「…! …無事だったんですね」


「ああ、だがこれは奇跡でも何でもないんだよ。奴にはなんというか…昔のような覇気が無かった。魔物の本能というべきか、それがなかったのさ」


「…本能が無い。つまり敵対していなかった?」


 コタクさんから語られた驚くべき情報。

 村に被害が出るからこそ退治された魔物のはずなのに、敵意が無いとはどういう意味だろうか。


「命懸けってのにこんな頼みをしちゃいかんとも思うんだがなぁ…奴と戦う前に様子を見てやってくれねぇか?」


「様子を…?」


「無理にとは言わねぇ。向こうが襲ってきたなら仕方ねぇさ。ただ…どうにも引っ掛かってなぁ」


「……分かりました、引き受けましょう」


「…いいのかい?こんなジジイの話に付き合う必要なんて。利益なんざありゃせんぞ?」


「…どうしようもない場合、魔物は退治します。でも…もし私達で改善出来る問題があるのなら。それを解決しないで放っておきたくはないんです」


 魔物にも魔物の生活がある。それを無理やり侵害して暮らすよりも、ある程度住み分けをした方が争いは生まれにくくなるかもしれないという考え。

 昔ならば出てこないような言葉や思想が、今なら向き合う事が出来た。


「…かっかっか! そうかそうか、嬢ちゃんかと思ってたらなんでい、いっちょ前の女だったか!」


「…えっと、ありがとうございます?」


 フード越しに頭をわしゃわしゃと撫でられる。武骨なようで温もりを感じる手は、不思議と心が落ち着いた。


「…んじゃ、これで最後だ。嬢ちゃんは冒険者なんだよな? つまり人の情報を掴みやすいと思うんだが」


「…それがどうかしましたか?」


「『リベル』。この名前を聞いたらわしに教えてくれや。ずっと、探してんだ。年はそうさな…丁度嬢ちゃんくらいか。エイコの息子で…わしの孫だからよ」


 そう言って寂しそうに笑うコタクさん。

 その表情から深い事情がありそうだったが、きっとあまり触れてはほしくないのだろう。だからこそ、返事を返す。


「…分かりました。何か分かったら伝えに来ます」


「…ありがとよぉ。じゃ、そろそろ行くか。本格的に日が暮れちまったら大変さね」


 密かな約束を交わした後、元来た道を戻り森を出る。今回は目的の魔物と遭遇しなかったが、コタクさんの話からこの森に潜んでいるのは確かだ。


(…明日からは居場所を探した方が良さそうかな。退治をするのは最終手段にしよう)


 その後はお互いの帰る場所へと戻り、明日の支度をしてから就寝する。

 次回は朝から探索を始め、魔物の居場所を突き止めようと考えながら目を瞑るのだった。



――――――――



「…あぁあ、若者は眩しくていかんね。歳は取りたくないもんだ」


「そろそろ向き合う頃合いかもしれんなぁ。どっち付かずのじいちゃんなんてカッコ悪いって孫に怒られちまう」


「さぁて…仕込みでも進めるとするか。もしものため、備えあれば憂いなしさ」

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