第二章 大蛇神伝説
外伝8話 新たな一歩
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第二章 大蛇神伝説
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トリビュの街
朝 墓地にて
「……おはよう、ユラ」
お葬式からしばらくして、出立の前に花を一輪添えようと墓地に立ち寄る。
以前の私なら悲しい記憶ばかり思い出していたけれど、もう大丈夫。
「…それじゃあ、行ってくるね」
お墓に小さく微笑んだ後、花を添える。
そしてすぐに墓地を出ようとすると、ガルが入り口で待っていた。
「よお、レジーナ。その…もう平気か?」
「ガル…心配してくれてありがとう。でも、平気。あの娘の意思はここにあるから」
そう告げた後に自らの左胸を叩く。それを見た彼からは不安は消え、安心した顔つきになった。
「そうか…へっ、ちょっと見ない内に成長したじゃねえか」
「ユラのおかげだよ。私は私の道を生きたいって思うことが出来たから。それにしてもらしくないね、ガルが誰かを気遣うなんて」
「うるせぇ。お前が落ち込んでないなら、いらない心配だったかもな。んじゃ、今日から依頼頑張ってこい」
「ガルに家を追い出されないように頑張らないと、だね。それじゃあ、行ってきます」
言葉を交わした後に街の西門へと向かう。
既に依頼は引き受けており、今回の行き先は北西にあるタイジャの村だ。
依頼の内容は村の護衛、及び村を襲う魔物の退治。
報酬は相場より多く、別の人に引き受けられる前に受けられて幸運だった。ただ詳細は村にて、と書かれている点は気になるけれども。
「今日はあのこがいないけど…これを試してみるいい機会かも」
いつもは私を運んでくれる馬がいるのだが、不慮の怪我をしてしまっているので今日は徒歩。
しかし、新しく作ってもらった魔操義手を試す絶好の機会とも言えた。
門をくぐって、少し離れた場所で
(風の元素《エレメント》を集めて、導く…)
『風』の属性は普段、小技の補助に使う程度だったが今日は違う。新しく試すことはすばり…
「そしてそのまま体を、持ち上げる…!」
力を込めると同時に体が軽くなる。
どうやら出力は安定しているようで、体勢が崩れる心配もなさそうだった。
「すごい…安定してる。これなら…!」
失敗はないと確信すると勢いよく地面を蹴りあげ、飛び上がる。
一度で数メートルは進んだであろうの跳躍の後に、再び別の足で跳躍。それはまるで平原の風になったかのような気分だった。
「…ふふ。風の魔操具使いって名乗ってて良かったかも。名前はそうだな…
ぽつりと呟いてからそのままの勢いで平原を駆ける。この速さなら、目的地に付くまでそう時間はかからないのだった。
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タイジャ村
「ふう…速いけどこれ、疲れる…」
調子に乗って飛んできたのを若干後悔しながら、村の前へと辿り着く。
遠めから見た印象では、景観が少し古めに見える村。それに外の塀などが破損していない様子から、直近で襲撃された訳でもなさそうだ。
「…頻繁に襲われてる訳ではないみたい。緊急性はないのかな」
「ん? 君、この村に用かい?」
ある程度の距離まで歩いていくと、駐屯騎士であろう男性が話しかけてくる。
「…はい。ギルドからの依頼で来た冒険者です。書類はこちらになります」
「おや、君が…ふむ、確かに本物だ。ようこそレジーナ君。ひとまず村長さんに挨拶に行ってくれないか? 奥にある一番大きい家に住んでいるから分かりやすいはずだ」
「…分かりました」
男の指差した方向へと歩いて行くと、すぐに他の家よりも大きい家屋が見えてくる。どうやらあそこが村長の家で間違いなさそうだ。
扉の前に着き、ノックをしながら村長を呼ぶ。
「…すみません。ギルドから依頼を受けてきた者です。村長さんはいらっしゃいますか?」
「おお、来て頂けたのですね! どうぞ、開いておりますので上がってください。目の前に客室がありますので、そこで座って待っていて頂けますか?」
「分かりました、お邪魔します」
許可を貰った後、扉を開けて中へと入る。村長さんの言う通り、すぐの場所に客室らしき部屋が見えたのでその中に入り、腰を下ろす。
待っている間に軽く辺りを見回したが特に目立つ物はない、小綺麗な客室だ。
強いて言うなら独特な蛇の像が目立つくらいだろうか。
「お待たせいたしました。あなたが依頼を引き受けてくれたレジーナさんですか。いやはや、頼もしそうな御方です」
奥の部屋から姿を現したのはまだ初老ほどでありそうな男性。
ニコニコと挨拶をしてくれるが、正直これは意外な反応だった。
この小柄な体格から、基本的に討伐や護衛の依頼を受けると歓迎される場合は少なく、怪訝な顔をされることが多い。
「…私の事、ご存じみたいですね」
「ええ、もちろんですとも。各地での魔物退治の武勇、ちゃんとお耳に挟んでおりますから」
「…なるほど、ありがとうございます。討伐や護衛の任務では良い顔をされることは少ないので、驚きました」
「確かにその若さなら勘違いされることも多いでしょう。ささ、どうぞ。粗茶ですが」
「…頂きます。それで依頼の詳細は村で話すとありますが…お話してもらって大丈夫ですか?」
お茶を一口飲んだ後、本題に入る。ギルドに詳しい内容を書かずに依頼する人も少なくないが、報償金と不鮮明な依頼は裏がある場合もあるので警戒して損はない。
「そうですね、そちらも不鮮明なままだと信用出来ぬというもの。依頼には村の護衛と魔物の退治と書きましたが…その魔物の名前は少し書きにくかったのです」
「…魔物の名前がですか?」
「ええ、その名は『ストリヴォーグ』といいます。聞いたことはありますでしょうか?」
「ストリヴォーグ…いえ、聞いたことがありません」
「そうですか…ですがご無理もありません。何せ、既にこの付近から姿を消したはずの魔物ですからね」
「…姿を消した…その魔物がどうして再び?」
「理由は分かりませぬ。ですので、その調査も予てということで金額も高くしていたのです」
「…なるほど。ですが、内容を隠すと引き受ける人も少なくなるから気を付けた方がいいかもしれません」
「ははは…ご忠告ありがとうございます。代わりといってはなんですが、空き家を既に用意しておりますのでご自由にお使いしていただいて構いません。ここから出てすぐ左の場所にありますので」
「…分かりました、ありがとうございます」
内容が所々伏せられていたとはいえ、雑な扱いではなくて少しだけ安心する。
一人の空間を用意されるのなら、腕を隠す心配なども少なくなりそうだ。
「いえいえ。ストリヴォーグに関する資料もそこにまとめて置きましたので、ご活用してくだされ。それでは、ご武運を願っております」
「…はい、それでは失礼します」
確認したい事項は聞き終わったので、早速用意された家へと向かう。
外観はそこまで古くなさそうな家で、付近の手入れもほどほどにされている様子なのだが…一つ気になる点があった。
(…足跡?それも複数…)
村長は空き家と言っていたはずだけど、確かに足跡が付いていた。とはいえ、すぐ左側の家はここしかない。
若干謎は残るが、確認のためにノックと声かけをしておく。
「…すみません、誰かいますか?」
問いかけの後に返事は返ってこない。
一応周囲のエレメントも確認しようと意識も集中させてみるが、残ったエレメント量も微々たるものだった。
(…はあ。何となく分かったかも)
少し呆れながら、警戒を解いて扉を開ける。中は静かだったが、若干複数人の気配がしていた。おそらくはどこかに隠れているのだろう。
辺りを見渡して、見つけたのは少しはみ出た服の裾。話を聞こうと近くまで寄っていき、その肩を叩いた。
「うわぁぁ!!」
「…何やってるの?」
そこにいたのは村の子供であろう男の子。大方、空き家で遊んでいたのだろう。
「あ、あれ?姉ちゃん誰だ?」
「…ギルドから来た冒険者。依頼を受けてこの家を使わせてもらうんだけど」
「ぼ、冒険者!?」
「え、冒険者!? 本物か!?」
その言葉の後にあちこちからバタバタと音がして、こちらに子供が集まってくる。
どうやらこの家には四人の子供が入り込んでいたみたいで、男の子三人と女の子一人でかくれんぼをしていた様子だった。
「…なんだよ、ラッツ? こいつが冒険者なのか?」
「い、いやそう言われても…俺は聞いただけだし」
「だ、だめだよモヅ君! そんな言い方したら怒られちゃうよ…?」
「…とりあえず整列。ここは少しの間、私が使うから無断で入るのは禁止」
「はあ? なんで俺達の遊び場を余所者に渡さないといけないんだよ。やーだね」
「そーだそーだ! 僕らが先に見つけたんだ、ここは僕らの場所だ!」
「ふーん…じゃあ村長さんに言い付けちゃおうかな?」
固くなに譲らない雰囲気を感じ取ったので、こちらからも攻めてみる。
温厚そうな人物だったから、果たしてどう転ぶかと思っていたけれど…効果はありそうだった。
「ぐ…! そ、村長を出すのはずりーぞ!」
「…ずるくないよ。ほら、ばらされたくなかったら早く決めた方がいいと思うけど」
「…くっそー! 覚えてろよー!」
「あ、待ってよモヅ! 置いていくなよぉー!」
モヅと呼ばれていた少年とその近くに付いていた少年が家から飛び出して行くのを見届けたけれど、別の二人…気弱そうな女の子とラッツと呼ばれていた少年はまだ残っていた。
「…二人は出ていかないの?」
「あの、その…め、迷惑をかけてしまったなら謝ろうかと思って…」
「…大丈夫。必要な物には手を出してないみたいだし、遊び場にしないなら何も言わないから。そうだ、あなたのお名前は?」
「私は…えと…モナミ。モナミっていいます」
「…モナミちゃんか。うん、いいこ」
素直に謝ってくれたので頭を撫でてあげると、嬉しそうな表情を見せてくれる。どうやらこの子は素直そうだ。
けれど、もう一人からは信頼されているような目で見られていなかった。
「…なあ、本当に姉ちゃんが冒険者なのか?」
「…疑ってる?」
「いや、まあ…だってモヅの奴が、冒険者ってがたいが良くて、片手で魔物を倒すような人達って言ってたから…でも姉ちゃん小さいし弱そうじゃん」
「ちょっと、ラッツ…!」
(なるほど、あの子が冒険者に変なイメージを付けたんだ…)
確かにラッツの指摘は間違いではない。なら彼の呼ぶ冒険者には無くて、私だけが出来る事を示すのが早いだろう。
「…しょうがない、見てて」
その場で腕を起動させ、風のエレメントを操り室内で風を巻き起こす。突然の異変に驚く二人だが、これだけで終わらせない。
「え、え!? なんで風が!?」
「魔装具は聞いたことある? 私はそれの使い手なの」
「まそーぐ…? ってうわわ!?」
(…正確には魔操義手なんだけどね)
新注された腕の力を試すついでに、ラッツの体を少しだけ浮かせてみる。
大人は集中しないときつそうだけれども、子供ならこのくらいでも大丈夫そうだ。
とはいえ、あまり脅かすのも悪いのですぐに降ろしてあげる。
「…す、すっげー…」
「分かってくれた? 私が冒険者だって」
「う、うん。分かった。だからその…姉ちゃんを疑ってごめんなさい」
「よし、謝れて偉いね。いいこいいこ」
モナミと同じように頭を撫でると、フードの下から目が合う。すると彼は驚いたような表情のまま少しの間固まった。
「…どうしたの?」
「あ、いや…! じゃ、じゃあ俺もう行くから!」
「ま、待ってよラッツー! あ、あの、それじゃあ…お、お仕事頑張ってください!」
「…ばいばい、二人とも」
子供たちがいなくなり、一気に静かになる家。ひとまずは用意された資料に目を通そうと考え、居間に腰を下ろすのだった。
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