外伝7話 この世界を、一緒に

???


「…あれ、ここは…?」


 気が付くと、私は花畑の真ん中に立っていた。けれどお話で聞いたような眩しい場所ではなくて、辺りは夜だ。


「…あ、このお花は…お姉ちゃんが持ってきてくれた花…」


 その花に気が付くと同時に、一斉に淡く光始める。その光景は幻想的で、とても美しかった。


「わあ…! 綺麗…」


 その景色を眺めるように辺りを見渡すと、遠くに人影が見えた。影は三人分で、ただ立っているように見える。


「…?」


 気になって近づいていくと、段々その存在が誰なのかを認識してくる。三人とも、忘れられない…大切な人達だったから。


「…お母さんに…お父さん? それにおばあちゃんも…」


 思わず立ち止まる。皆に会えて嬉しいけど…ここで進んでしまったら、大事な何かを忘れてしまいそうで。


「………」


 おばあちゃんがゆっくりと振り返り、首を振る。たったそれだけだけど…確かに意味は伝わった。


(…うん、そうだよね。まだ、だよね)


 花畑の上で仰向けになり、目を閉じる。きっとそれが…今の私に出来る事なのだと信じて…









孤児院 ユラの部屋前


 しばらくしてから、ユラの部屋からリーズガルドさんが出てくる。けれども、その表情は暗い。


「…ユラは…大丈夫なんですか…?」


「………」


 黙り混むリーズガルドさんの姿。その姿に悲しみを感じるけれど…驚いてはいないと、そう思えてしまった。それを見た私に浮かんだのは、一つの考えだった。


「……あなたは、知っていたんですか?」


「………すまない」


 その言葉を聞き、心がざわつく。それはつまり、彼はユラの状態を知っていながら放っておいたという事なのだから。


「……ユラが……」


 体の内側から黒い気持ちが沸き起こる。こんな気持ちは二度と抱かないと…抱きたくないと思っていたのに、抑えられなかった。


「……ユラがこんなになっているのにあなたは……!! 知っていながら放っておいたんですか!?」


「………」


「ユラが邪魔だったの…!? 何も出来ないから見殺しにしたの!? あの娘は精一杯生きようとしていたのに!! 体が弱いからって諦めずに、頑張っていたのに!!!」


 ワーウルフを殺そうとしたあの日のように、叫んだ。

 どうしようもない理不尽に対して…いや、無力な自分に対しての怒りも全てぶつけるように。


「どうして教えてくれなかったの…!! どうして救ってあげなかったの!! あの娘があんなに苦しんでいたのに!! それでも、あの子は生きようとしていたのに……!!」


 心からの叫び。その私の言葉にも沈黙を守り続ける彼の姿により一層怒りを覚え、胸ぐらを掴む勢いで詰め寄る。


「黙ってないで、何とか言ってよ!!!」


 思わず吐き捨てるような言葉を放ってしまう。それでも彼は、悲痛な顔つきのまま…黙っていた。


「……ねえ、お願いだから……答えてよ……! なんで……なんであなたは……!ユラは…!」


「…………これが、彼女の望みだったんだ」


「……え…?」


 ようやく開いた口から知る、驚きの真実。それはつまり、ユラが…死を望んでいたという現実。直接心に突き刺さるような残酷な言葉。

 うろたえていると、部屋の中からショゼフさんが出てくる。その様子はとても明るいものではなかった。


「……ショゼフさん……ユラは…ユラは無事なんですか…?」


「……もう、時間が無い。最後に、彼女は君に会いたがっているんだ。だから…」


「……最、後……」


 語られたのは残酷な『最後』という言葉。それをまだ認められずに…いや、認めたくなかっただけなのだろう。

 混沌とする頭の中で、浮かんでしまったのは最悪の予想。これから彼女と話して、もしも的中してしまったら。そう考えるだけで体が震え、血の気が引いていく。


 ――私の存在が、ユラをこの道に導いてしまった?


(…考えるな。考えちゃだめだ。だって…もしそうなら、私は…私が、あの娘を……)


 ――私が、ユラを、殺した?


(……違う!! 違う、違う違う違う違う違うっっ!!!! 私はユラの生きる道を探した! 一緒に過ごすために、必死になって頑張った! 私のせいじゃない! 私は…殺してなんか、ない…!)


「……お願いだ、レジーナ君。彼女に…会ってくれないか?」


「……い、言われ……なくとも…わ、私は…」


 必死に平静を取り繕おうとしてたけれど、心は怯えていた。私が…彼女をこの道に導いてしまったんだと。

 それでも、私はユラの部屋へと歩きだす。だけど、その一歩一歩がとても重く…遠く感じた。逃げるという選択もあったはずなのに、逃げてはいけないと思った。

 それは最後に会いたいから? 

 それとも許してもらいたいから?


 もう、私自身も……分からなかった。


──────────


ユラの部屋


 ゆっくりと扉を開け、中へと入る。ベッドに横たわる彼女は、眠るように静かだった。


「………ユラ……」


「………お…姉……ちゃん……?」


 生気を感じられない、かすれた声。元気だったあの頃は偽りだったと、無理やり理解させられる。


 嫌だ。認めたくない。これ以上、傷つきたくない。でも…これが、現実だ。


 気がつけば私は苦しさを紛らわすように、彼女の側に駆け寄っていた。


「………ごめんなさい、ごめんなさい…!! わ、私が……私が悪いんだ……!! あなたは助かったのかもしれないのに……!! 私が……無力だったから……!! なんにもしてあげられなかったから、ユラは……!!」


 ただひたすらに、謝った。きっとこの結末に導いてしまったのは私だと思えてしまったから。けれど…彼女は違っていた。


「……謝ら……ないで……お姉……ちゃん………」


「でも、でも!! 私、気づいてあげられなかった!! こんなにあなたが苦しんでいたのに、知らずに笑ってた……!! 助けるなんて言っておいて、出来なかった……!! だから、私が!! 私が、あなたを…!!」


 ――殺したんだ。その一言を言おうとした瞬間、口を指で塞がれる。

 思わず我に返ると、ユラは悲しそうな顔でこちらを見ていた。


「……だめ…それ以上は……言っちゃ……」


「……あ…………だって、私、が……」


 そんな私を責めるわけでもなく、彼女は優しく頭を撫でてくれる。


「……自分で……選んだ……道……だから……お姉ちゃんは、悪くない…よ…」


「…………あなた、が……?」


「……うん。悲しいよりも……楽しい……思い出を……たくさん、作りたかったの……」


「……思い出……」


「……死は、悲しい……だけじゃ…ないの……一緒に、進める……はずだから……」


「ユラ………」


「だから、大好きな人と……悲しいよりも……たくさんの、楽しい思い出……を……お姉ちゃんと、一緒の日常を……暮らしたかった……それが、嘘だとしても……お姉ちゃんを……悲しませると、分かってても…」


「悲しいよりも、たくさんの……楽しい思い出……?」


「……悪いのは、ユラだよ……だって……分かってたから……お姉ちゃんを苦しませるって……涙を流させちゃうって……それでも私は……お姉ちゃんの背中を、押したかったの……あの時から止まっていた……その背中を…………」


 その言葉と共に思い出すのは、二人で過ごした記憶。

 たとえ、それが偽りの日々だったとしても。悲しい未来が待っている事を理解していたとしても。


 ――彼女の笑顔まで、嘘ではなかった。


『えへへー、お姉ちゃん暖かい…』


『あ、可愛いー! お姉ちゃん似合ってるよ!』


『でもね、これでいいの。思い出せば、楽しい思い出がいっぱいだから!』


(…………思い、出せる……たくさん……)


 あの時の笑顔を思い出すと、苦しさが和らぐ。

 過ごしてきた日常の暖かさが寂しさを消してくれる。

 それは悲しみを上回るほどで、心から楽しいと思える…素敵な思い出だった。


(……ああ、そうか。ユラがなんでこの結末を望んだのか…今なら、分かる……)


 彼女は言った、死は悲しいだけではないと。一緒に進めるはずだと。それをようやく理解出来た。

 だから、今からでも遅くない。たくさんの涙を流しながらでも、感情で喉が詰まりそうでも…この思いを伝えたい。

 いや、伝えなければならない。ユラが命をかけて教えてくれた、最後のメッセージなのだから。



 言葉を紡ぐんだ。誰でもない、ユラのために。



「……わた、し…も…………私も、楽しかった……!! あなたと色んな場所に行って、色んな経験を出来て……とっても、とっても楽しかった……!!」


「……えへへ、そっか………」


「一緒にお洋服を選んで、ご飯を食べて…!色んな場所に遊びに行って、友達も紹介して!! 全部……全部、楽しい思い出だよ……!」


 死は苦しくて、悲しくて、寂しいこと。昔、そんな言葉を彼女に伝えたと思う。

 だけれど…今は違かった。


「……よかった……楽しい……思い……出……で……」


「…うん、うん……!」


「…………私もね……とっても、楽し……かった…………!」


「………うん……!」


 こんなにも苦しいのに。こんなにも悲しいのに。こんなにも寂しいのに。涙で顔もぐしゃぐしゃなのに。

 それでも私は話し続けた。たとえ汚い声だとしても、止めなかった。


「……ありがとう……レジーナ……お姉……ちゃん……私……お姉ちゃんに会えて……幸せ……だった……」


「私も、ユラに出会えて良かった…!! とっても…幸せな、出会いだったよ……!」


「……そっか……えへへ、嬉しいな……」


 弱々しく、しかしはっきりと笑顔を見せてくれるユラ。もう別れと瞬間が近づいているというのに。

 もう二度と話すことも、笑い会うことも出来なくなるというのに…彼女は落ち着いていた。


「ねえ……最後のわがまま……聞いてもらって……いい……?」


「最後の、わがまま……?」


「……頭……撫でて欲しい……私が、眠るまでで……いいから……」


「……分かった……ユラが眠るまで撫でてあげるから……」


 あの日と同じように、ゆっくりと左手でユラの頭を撫でる。

 涙は止まっていなかったけれど、この時には手の震えは収まっていた。


「…ふふ、すべすべで……気持ちいい…………」


「…私も、ユラを撫でるのは好きだよ……」


 ゆったりと語りかけると、その目蓋が段々と閉じられていく。

 これが最後の瞬間だと理解すると、涙が溢れてくる。それでも、私は優しく撫で続けた。


「……ありがとう、お姉……ちゃん……大好き……だよ…………」


「………私も…大好きだよ、ユラ…だから…」


 悲しかった。苦しかった。寂しかった。でも、それを打ち消すような思い出と共に前を向く。

 過去と向き合うために、これからを歩んで行くために。


「……今は、おやすみなさい」






 やがて…ユラはその瞳を閉じる。















 しかし、その最後は二人…笑顔だった。
















──────────


後日、孤児院にて


 あれから、孤児院で小さなお葬式が開かれた。他の子供達には真実を知らせずに、フトーフクツの人達やリーズガルドさん、ガルと一緒に彼女を弔った。


「…ユラ、ちゃん……ぐすっ、えぐっ……」


「シャル…」


「…行くか。今はそっとしておいてやろうぜ」


「…そうだな。あやつらにはまだ…別れは辛いだろう」


「…俺も先に行ってるからな、レジーナ」


「…うん」


 葬儀が終わった後に残ったのは、私とレオネス、そしてシャルネさんだった。

 二人ともユラの死を悲しんで、泣いてくれている。


「…ありがとう、ユラのために泣いてくれて」


「……ぐすっ…レジーナさんが、一番辛いはずなのに……私……」


「…そうかもしれない。でも…私はユラのおかげで大切な事に気がつくことが出来たから、大丈夫だよ」


「大切な、事…?」


 もう会えないとしても、この想いは…彼女が託してくれたこの思い出は消えない。


「…死は苦しくて、悲しくて、寂しいこと。これが昔の私の考え方だったんだ。魔物に両親を殺されて、その魔物に復讐して、たどり着いた結論……」


「レジーナ…」


「…でもね、ユラから貰ったのは悲しみよりも、たくさんの楽しい思い出なの。今でも鮮明に思い出せる程の…」


 お母さんとお父さんの事も、昔だったら悲しい思い出を先に思い出してしまったけど…今は違う。


「…だから、私はそれに答えたい。誰かを笑顔にするって意味を教えてくれた、大切なあの子のために」


 死を背負うのではない。悲しい思い出よりも、たくさんの楽しい思い出と共に…


「一緒に進んでいきたいんだ。この想いと、一緒に」


 ようやく見つけた生きるという意味。

 私達の道はここから始まる。これからは迷わないで歩んでいけると…強く、そう思える。

 たとえ、この先にどんな困難が待ち受けようとも…




 この世界を一緒に、生きていくんだ。











―この世界のどこでもない、小さな花畑。起き上がった少女は家族の元へと駆け出していく。もう大切な人に会えないと分かっていても、その姿に迷いは無かった―

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