外伝6話 少女の願い

 …思えば、あの時からだったかな。私がお姉ちゃんの心に抱える歪みを見てしまったのは。


「お姉ちゃんはさ、私が死んじゃったら悲しい?」


「当たり前だよ。そうならないために、私は頑張ってるんだから」


「そっか…でもお姉ちゃんも危ないよ?魔物と戦うのなんて、つまりは命の取り合いだし…」


「けど、そうしないと誰かが死ぬ。彼らは私達を殺すだけの存在…だと思うから」


 そう言って悲しそうな顔をするお姉ちゃん。そこから感じ取れたのは迷いと後悔。過去にあった出来事は院長先生からこっそりと教えてもらっているけれど…それが関係していると感じ取れた。


「…お姉ちゃんは、死が怖いの?」


 気がついたらその言葉を口にしていた。それはきっと、お姉ちゃんの心にもっと近づきたかったからかもしれない。


「え?それは…当たり前だと思うよ」


「そうかもしれないけれど…でもお姉ちゃんは何と言うか…それに怯えているみたい」


「怯えている…」


「うん。自分の事は気にしていないのに、なんだか不思議だね」


 私がそう言うとお姉ちゃんは胸に手を当てて、少しだけ寂しそうな顔をする。それでもその『何か』を振り払うようにこちらへと向き直る。


「…確かにその通りかもね。死んだらそこで全てが終わり。それが大切な人でも、憎んでいる相手でも…きっと、苦しくて悲しくて、寂しいこと」


「お姉ちゃん…」


「だから、諦めちゃだめ。前を向いて生きているかぎり、あなたにも未来があるはずだから。私が…あなたを死なせはしない」


「…うん、分かった」


 …それを聞いて、この人は枷を付けているんだと思った。今までに経験した死がお姉ちゃんを縛っているのだろうと感じた。だから…


(…私が死んだら…それも枷になるのかな)


 そうしたらきっと、お姉ちゃんの歩みが止まってしまう。それでも前に進めば、いくつもの枷に繋がれていつかは…


(…違う、死は枷じゃない。死ぬのは苦しいかもしれない。悲しいかもしれない。それでも…)


 思いを伝えられないまま、ぶつけられないまま、作られた逃げ道。それは一人で進むには脆すぎる道。


(一緒に進んでいけるはずなんだ、この想いと、一緒に…)


 長くは生きられない私が出来る、唯一の事。ようやく見つけられた生きていた意味。どんな結末になるのかは分からないけれど…


(…悲しい別れなんて、嫌だから)


 …私は悪い子だ。きっと悲しい思いをさせてしまうと、その結末だけは分かっているのに嘘をつく。その笑顔を見ると心が痛む。でも、それも我慢する。だって――



 好きな人には、前を向いて生きてもらいたいから。




孤児院 早朝

 

「……ん…」


 ふと、目が覚める。いつの間にか寝てしまっていたみたいで、昨日の苦しさは随分と落ち着いている。その事に安心して起き上がろうとした際に、体に違和感を覚える。


「…体に、力が…」


 確実に重く感じる。自分の体を通して、時間が無い事を思い知らされる。


「…もう、なんだね。もうすぐ…私は…」


 少しだけ怖くなって蹲る。しばらくそうした後、前を向く。


「…おばあちゃん、お母さん、お父さん。私…頑張るよ。この気持ち、諦めたくないから」



――――――――――



孤児院 朝


「こんな朝に呼ぶなんて…何だろう?」


 今日は珍しく、朝早くにユラに呼ばれた。いつもはもう少し遅いのだけれど…やや疑問に思いながら呼び鈴を鳴らす。しばらくするとリーズガルドさんが中から出てくる。


「おはようございます」


「おはよう。中でユラが待っているよ」


 いつものように部屋まで案内されて、一人で入る。そこには変わらない様子の、元気そうなユラがいた。


「あ、おはようお姉ちゃん!寝坊しなかったんだね」


「さすがに寝坊はしないよ。それでどうしたの?」


「あ…うん。ちょっと案内したい場所があるというかなんというか」


 照れ臭いような表情を浮かべる彼女。いや…迷っているといった方が正しいかもしれない。どちらにせよ、彼女がそうしたいと言うのならこちらに拒む理由はないのだけれど。


「うん、いいよ。どこに行くの?」


「……」


 笑顔で答える私を見て、一呼吸置いてからその口を開く。


「…私の、前に住んでいた家に来て欲しいな」




ユラの旧家


「…まだ誰も住んでいないんだね」


「うん。回りからは少し…いわく付きみたいに思われているみたい」


「………」


「でもそのおかげでお姉ちゃんを案内出来たのかな。そう考えると結果オーライかも!」


「…そっか。そうかもしれないね」


 いつもと同じ様子で…いや、いつもと同じ様子に近づけて振る舞う彼女。その姿に少しだけ心配してしまう。


(…体は良くなったはず…じゃあなんでここに?)


「さ、入って入って!」


 考えている最中に中へと案内される。扉を潜ると、そこには誰かの住んでいた痕跡が残されたままだった。見渡す私の前に移動して、彼女は振り替えってから笑顔で伝えてくる。


「いらっしゃい、お姉ちゃん」


「…うん、お邪魔します」


 思う所はあるけれど、今は彼女に案内されるのがいいかもしれないと…そう思わせるほどの素敵な笑顔だった。



リビング


 家の大きさは普通くらいで、二人暮らしなら少々大きいと感じる程度だろうか。最初に案内されたリビングは落ち着いた雰囲気で、暖かみを感じる部屋…なのだが、今は誰もいないから寂しさが先行してしまう。


「…懐かしいな、まだあの時と同じだ」


「思ったより埃が少ないんだね」


「あ、それは院長先生が定期的に掃除をしてくれているからなんだ。今は孤児院で所有している事になっているみたい」


「そうなんだ…」


 話を聞きながら、ふと目についた安楽椅子に手をかける。年期を感じるけれど綺麗な椅子。これを使っていたのはおそらく…


「そこはね、おばあちゃんの特等席だったんだ」


「…素敵な椅子だね。大切に使われてきたって感じがする」


「でしょー。ここでね、色んな絵本を読み聞かせてもらったんだ。一番記憶に残ってるのは幸せの騎士ってお話でユーリスって人が皆のために頑張るお話なんだ。後は…」


 話しながらその椅子に座り、昔を懐かしむような表情で言葉を紡ぐ。


「…おばあちゃんの話とか、お母さんとお父さんの話とかもしてくれたんだ」


「ユラ…」


「でもね、これでいいの。思い出せば、楽しい思い出がいっぱいだから!」


 そう言って、彼女は笑顔を向ける。その瞳には曇りはなく、涙もない。改めて意思が強い子なんだと、そう思えてしまう。


「…そっか。ユラはすごいね」


「えへへ、そうでもないよー」


 安楽椅子に揺られる彼女の頭をそっと撫でながら、静かな時を過ごす。おばあさんも…この暖かさを感じてしたのだろうか。


(…楽しい思い出、か…)


 言われるまで忘れてしまっていた、楽しい思い出。確かにあの時は…お母さんとお父さんと一緒に過ごした日々は楽しかった。たとえ、周りからなんと言われようとも…色褪せない思い出だ。


「…結構のんびりしちゃったね。そろそろ別の場所を案内してもいいかな?」


「あ…うん。次はどこに行くの?」


「次はこっち!」


 先導するユラに付いて行く。色んな部屋を回り、彼女の話を聞いては時が流れていく。

 そして外も暗くなってきた頃、たどり着いたのはとある部屋の前。特に変哲もない扉を開けた先に広がる景色を見て、そこが誰の部屋なのかはすぐに理解出来た。


「…ここはもしかして…」


「うん。ここはね、私の部屋だったんだ」


 小さな部屋にお人形やぬいぐるみが飾られており、壁には手すりが取り付けられている。体の弱い彼女を配慮した部屋だ。


「というわけで…えーい!」


 すると突然、ユラがベッドに飛び込む。リーズガルドさんが掃除してくれているとはいえ、さすがにベッドから埃が舞う。


「わわわ!?ほ、埃が…」


「…ふふ、だめだよ。掃除してくれてるとはいえ、飛び込むとそうなっちゃう」


「あはは…ごめんなさい」


 とはいえ量自体は少ないのでそこまで気にするものではないかもしれない。寝転がるユラの隣にゆっくりと座る。


「…ふかふかしてるね」


「う、うん…」


 ベッドに顔を埋めながら返事を返してくる。今までと違う雰囲気を感じ取った私は、静かにユラから話すのを待つ。しばらくして、その静寂は破られる。


「……ねえ、お姉ちゃん」


「どうしたの?」


 静かに体を起こし、こちらに向き直った彼女の表情は真剣だった。


「ちょっとだけね、目を…瞑ってほしいんだ」


「…?こうかな」


 言われた通りに目を瞑る。一体何をするのだろうと思っていた私が次に感じたのは…唇への、柔らかい感触だった。


「…!!」


 勢いのまま、二人でベッドに横たわる。思わず目を開き、視覚でも何が起こったのかを理解する。目に映ったその顔は、少しだけ紅かった。


「………ん……お姉ちゃん…」


「………」


 思わず言葉を失う。普段なら涙をみせない彼女の目が、潤んでいる。


「………わ、私…その…」


「…うん」


 静かに、彼女の言葉を待つ。


「……お姉ちゃんの事が……好きなの。その…一人の人間として…」


「………ユラ……」


「……あはは、こんな事言われても…その…困っちゃうよね…」


 その言葉の後に顔を背けようとする彼女を見て、思わず強く抱き締める。そうしなかったら彼女の思いに答えられないと、そう感じて。


「……!!……お姉ちゃん……」


「………」


 ユラもしっかりと私を抱き締め返す。しばらくそうした後、お互いに話し始める。


「……落ち着いた?」


「えっと…涙は落ち着いたけど、心臓は…」


「…ドキドキしてるね」


「…うん」


 いつもと違うユラの表情。照れているのでもなく、恥ずかしいのでもなく…きっとこれが…


「…でも驚いたな。好きって…つまりはそういうことでしょ?」


「そ、そうだよ。お姉ちゃんは…その…迷惑?」


「ううん、むしろその逆。とっても嬉しいよ」


「…!そ、そっか…嬉しいんだ…えへへ…」


 私の胸に顔を埋める彼女の頭を優しく撫でる。そうしていると、今まで感じたことの無い温かい気持ちも湧いてくる。


「…もう少し…もう少しだけ、このままで……」


「……うん、いいよ…」


 それから、もう少しと言いつつ長い間二人で横になっていた。さすがに遅くなりすぎるとリーズガルドさんが心配するだろうと思い、話を切り出す。


「……ユラ、起きてる?もう夜も遅いから…」


「………」


「…寝ちゃったのかな」


 一旦頭を撫でるのを止めて、顔を覗き込もうとする。しかし、安らかな表情をしていると思っていた私が見たのは…苦しそうな彼女の姿だった。


「……はぁ…………はぁ……」


「……!?ユラッ…!」


 思わず声を上げてしまう。先ほどまでの元気が嘘のようだった。その呼吸は浅く、小さい。


「ユラ、しっかりして!ユラッ!!!」


「……あれ……わた、し……?ゲホッ!!ゴホッ!!」


「…!!血が…!?」


 次の瞬間、突然彼女は血を吐き出す。明らかに様子がおかしい。あんなに元気だった彼女の変わり果てた姿を見て、すぐさまおぶりながら家を飛び出す。


(どうして、ユラの体は良くなったはずじゃ…!!)


 ひとまず孤児院に戻らなくてはと思い、夜の街中を駆け抜ける。孤児院へと到着すると同時に門を飛び越えて、直接扉をノックする。


「リーズガルドさん!リーズガルドさん、開けてください!ユラが、ユラが…!!」


 その呼び掛けに応じるように、中からすぐに彼が出てくる。


「何事だい……これは!?ひとまずユラ君は中へ連れていく!君は急いでショゼフさんを呼びに行ってくれ!」


「あ…は、はい!」


 彼の指示通りにショゼフさんの場所に急いで向かう。事情を説明した後に彼を孤児院に案内してからは、治療が終わるのをただただ待つことしか出来なかった…

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