外伝5話 思い出作り
孤児院 深夜
「はぁ…はぁ…ガハッ、ゲホッ!」
「ユラ、大丈夫かい?」
「……うん…まだ…大丈夫、だよ…先生…」
「そうか…」
「……まだ思い出、少しだけ……だから…」
「…これが君の選んだ道なら。最後まで手助けはするとも」
「……ありがとう、院長先生…」
孤児院 朝
「おはよう、ユラ。今日も元気そうだね」
「おはよー、私なら元気だよ!でも…本当に行くの?」
最近は積極的だった彼女が、珍しく消極的な発言をする。しかしそれに対する返答はすでに決めている。
「もちろん。せっかく元気になったなら友達をたくさん作らないと」
「うむむ…でもお姉ちゃんの知り合いかぁ。ちょっと緊張しちゃうかも」
「大丈夫、皆優しい人だよ。それにシャルネさんもいるし」
「そっか…うん、分かった!私も腹をくくるよ」
「…ふふ、そんなに気張らなくてもいいよ。さあ、行こっか」
彼女が元気になってからは街の色んな場所へと遊びに行った。外の世界には慣れてきたと思ったのだけれど、それでも抵抗があるのは冒険者の男性というフレーズのせいだろうか?
支度が済んだら出発する。孤児院を出てからしばらく歩くと、『フトーフクツ』の看板と案内版が掛けられた建物に到着する。
「ここがフトーフクツ…思っていたより小さいね」
「こら。皆の前では言っちゃだめだよ?じゃあノックしてみようか」
「私が?う、うん…」
ユラが弱々しくノックをしてからしばらくすると、中から声が返ってきた。
「はい、どなたですか?」
「え、えっと。私はユラっていいます。今日はレジーナお姉ちゃんと一緒にお邪魔させてもらおうと思って」
「あ、レジーナとユラちゃん?分かった、今鍵を開けるよ」
声で分かっていたけれど、扉の先にいたのはレオネスだった。ユラと目線を合わせるように少し屈んで挨拶をしてくれる。
「久しぶり、レジーナ。それとユラちゃんは初めまして、僕はレオネスっていうんだ。シャルから話は聞いていたよ」
「うん、久しぶり」
「シャルネさんから?…もしかして?」
「さて、ここで話すのもあれだから中に入ろっか」
「そうだね、お邪魔します」
「お、お邪魔しまーす!」
中に入るとリビングにジーノさんが、キッチンにシャルネさんがいた。けれどもう一人…シシゴウさんは見当たらない。
「二人ともいらっしゃい!今ご飯作ってるからもう少し待っててね~」
「よ、レジーナ。なんだかんだお前がここに来るのは初めてだよな」
「うん。皆、久しぶり」
「え、えっと…初めまして、ジーノさん」
「お、君がユラちゃんか。俺はこのフトーフクツのリーダーであるジーノだ!よろしくな」
「よ、よろしくお願いします!」
「あはは、そう緊張しなくても大丈夫だよ。ジーノは顔はしかめっ面だけど怒ってる訳ではないから」
「しかめっ面ぁ?おいおい、このイケてる顔のどこがしかめっ面なんだよ?」
「こーら!二人とも喧嘩しないの!ユラちゃんが見てるでしょ」
「いや、だから怒ってねぇって!なんか最近のお前ら、俺の扱いが雑じゃねぇか!?」
「…ふふふ」
一連のやり取りを見たユラが静かに笑う。きっとこの人達は怖くない事が伝わったのだろう。
「ね、いい人達でしょ?」
「…うん!」
そのままソファに座ってシャルネさんの料理を待っていると、ふと玄関の扉が開く。そこにいたのはシシゴウさんだった。
「おっと、出遅れてしまったかな?買い出しから帰ってきたぞ」
「おかえりなさい、シシゴウさん!ちょうどそれが必要だったんだよー」
「ははは、今日のシャルネは張り切っているな。さて、お初にお目にかかる。拙者はシシゴウと申す、よろしくなユラ。レジーナも元気そうで何よりだ」
「わあ、大きい…なんだかガルさんみたいだね。よろしくお願いします、シシゴウさん!」
「うむ、元気があってよろしい!」
「…シシゴウさんも元気そうで何よりだよ」
そのまま談笑していると、やがてシャルネさんが料理を持ってくる。良い匂いが部屋に広がる、美味しそうな家庭料理だ。
「おっ待たせー!」
「おお、うまそうだな。こりゃいい奥さんになれるぜー」
「お、奥さん!?ちょっとジーノさん、からかわないでよ!」
「まあまあ。ほら、暖かい内に早く食べちゃおうよ。僕お腹減ってて…」
「あ、そうだね!どうぞ召し上がれー」
「…いただきます」
「いただきまーす!」
シャルネさんは料理も得意みたいで、味はとても美味しかった。確かに良い奥さんになれそうというのは間違っていないかもしれない。
「でもシャルネお姉ちゃんが料理上手で良かったね、レオネスさん!」
「?確かにシャルの料理が美味しいのは良い事だけど…なんで僕?」
「もちろん、将来結婚する時に美味しい料理が食べられるって事ー」
「んぐぐ!?!?…ゲホッ、ゴホッ!」
「ちょ、大丈夫シャル!?ユラちゃんも僕らはそういうのではなくて、姉弟だからね!?」
「え、そうだったの?私はてっきり…」
「そ、そそそそうだよ!私達は姉弟だからね!?何回目のやり取りだろう、これ…」
「いや、仕方ねぇよ。顔立ちが似てないし妙に仲良いし、おまけに名前の呼び方も愛称だしな」
そういうジーノさんの言葉に少し納得する。確かに義理の姉弟なのか二人の顔立ちはあまり似ていない。だからこそ似合っている雰囲気があるのかもしれない。
「うう…そうかもしれないけど」
「仲良しなのはいいと思うよ。大切な家族って感じで」
「レ、レジーナさん…!そうだよね、仲良しで大丈夫だよね!」
「てっきり隠し味はぁ…あ・い・じょ・う!ってやつかと思ったのにー」
「ユラちゃんは掘り返さないの!」
「ごめんなさーい!」
その頃、盛り上がっている女性陣の会話の横では
「…賑やかでいいもんだなぁ」
「なんだ、またそんな事を言っているのか。それならカナさんに本腰を入れて思いを伝えればいいだろう」
「伝えてるつもりなんだけど冷たいんだよ!」
「まあ…ジーノだからね」
「てめぇレオネス!俺を何だと思ってんだよ!」
「うーん…ジーノはジーノ?」
「…絶対馬鹿にしてるだろ、それ。上等だ、だったらはっきりさせてやろうじゃあねぇか!!」
女の子同士で楽しく会話をしている横で、突然ジーノさんが大きな声を上げる。何事かとそちらを見ると、彼と目が合った。
「ちょうどそこに女子が三人いる!ならそっちの目線で、この中で誰がイケてるのか判断してもらおう!」
「え!?何がどうなっているの二人とも?」
「止めるな、シャルネ。これは…あいつの覚悟だ」
「え?え?」
「…なんかごめんね、三人とも」
盛り上がっているジーノさんを他所にレオネスが謝ってくる。男性を評価するとはいっても、その経験などほとんどない私が出来るかは不安だけれど…ちょっと面白そうかもしれない。
「…ふふ、いいよ。面白そう」
「え、以外に乗り気?」
「用は三人を批評すればいいんだよね?うん、やってみる」
「私も一人の女性として頑張りまーす!」
こうして、フトーフクツで謎の評議会が開催されるのであった。
エントリーNo.1 レオネス
「あの、なんで僕が一番最初なの?」
「若輩者だからだ!さあ逝ってこい!」
「なんか言葉に込められた意味が違うような…」
「はっはっは!まあ頑張れ!」
――――――――――
ソファに座って待っていると、レオネスが向かい側に座る。三対一の面接でギルドの試験を連想させる構図だ。
「ええと…よろしくお願いします」
「よろしくね、レオ」
「うん、よろしく」
「よろしくお願いします!」
「ちなみに評価はどうする予定なの?」
「それならさっき話し合って作った手作りの紙があるんだ。話したりしている時にそこに書き込んでいくからよろしく!」
「…でもそっちには見せないよ?あくまで私達が書いたものを私達で確認するから」
これはユラの提案だったけど、女の子の秘密は隠さないといけない…らしい。彼もそれには納得した様子だった。
「あ、うん。僕はそれで構わないよ」
その後は様々な質問を通して、手元の紙に書き込んでいく。始まる前から分かってはいたけれど、彼は優しく、芯の強い性格だろうか。
(…こういう事が分析出来るのは貴重な経験かも。ユラも楽しそうだし)
彼の性格上、複数から一人を選ぶのは難しそうかもしれない。そんな事を考えていると最後に、ユラが踏み込んだ質問をする。
「じゃあ最後に!もしこの中で付き合うとしたら誰ですか!」
「ユ、ユラちゃん!?その質問は…ええと…あの…」
「付き合うなら…か」
(…分かりやすく動揺しちゃってる。シャルネさんは選ばれたいのか、選ばれたくないのか…どっちにしても困るのかな)
ニコニコと返事を待つユラに対して、レオネスの表情は真剣だった。その表情とシャルネさんの様子から、謎の緊張感を感じる。
「…レ、レオ…」
「…ごめん、今の僕には選べないかな」
「え?」
「僕はまだ道の途中だ。自分の先が見えないのに誰かを選ぶ事なんて出来ない…って、そういう逃げに聞こえるかもしれないけどね」
「レオ…」
「…いいと思うよ。君らしくて」
「お、大人の意見…えっと、ありがとうございました!」
「うん、じゃあ次はシシゴウだね。お疲れ様でした」
その答えの後に彼は立ち上がり、玄関へと向かっていった。二人ともさっきの返答に思う所があるらしいけれど私は…
(…何となく、言いたい事は分かっちゃうかも)
「しっかり者なんだね、レオネスさん。大人びているって感じ」
「昔はそうでもなかったんだけどね。六年間で随分と立派になっちゃって…」
「六年?」
「あ、まだ話してなかったね。私達は訳あって離ればなれだったんだけど、会ったのは六年ぶりなんだ」
「へぇー、そうだったんだ…あ、次の人が来たよ!」
各々が書き込みながら話していると、シシゴウさんが部屋に入ってきた。この調子ならあまり時間はかからないだろう。
エントリーNo.2 シシゴウ
「では、よろしく頼むぞ三人とも」
「うん!でもその前に、シシゴウさんって雰囲気が他の人と違うよね?」
「ふふふ…当たり前だろう。何故なら拙者はニンジャだからな!」
「ニ、ニンジャ?」
「ユラは知らないか。大陸の北、光の地に存在すると言われている伝説の一族!闇夜に紛れて仕事をこなし、影から国を支えていたと伝えられて…」
「ストップ、ストップ!シシゴウさん、長くなっちゃうよ!」
彼のスイッチが入る前にシャルネさんが制止をかける。さすがに長話になってしまうと、待っているジーノさんが可哀想だ。
「むぅ…まあ、また会った際にでも詳しく話せばよいか」
「うん、そのときはよろしくお願いします!」
何はともあれ、質問を始める。各々からの問で分かってきた彼の人物像は、気の良い男性といった所だろうか。何かに向ける情熱もあるけれど、少し度が過ぎる面もあるかもしれない。それと、結構な知識人である事には驚いた。
終わり際にはユラがあの質問をする。おそらく全員に聞くつもりなのだろう。
「それでは最後に、もしこの中で付き合うとしたら誰ですか!」
「む、そうきたか。しかしなぁ…」
難しそうな顔をするシシゴウさん。この顔はもしやと思ったが、どうやら間違いではなさそうだった。
「すまぬが、それは出来ぬな。実は拙者は既に…な」
「えええ!?ほ、本当ですか!」
「いやまあ、まだ出会って間もないのだがな。向こうから随分と好かれていて…その女性を裏切る事は出来ぬのだ」
「…へぇ、なかなかやるんですね」
あんまり興味が無いのかと思いきや、しっかり抜け駆けしていたということだろうか。この様子だとジーノさんには知らせていなさそうだ。
「おいおい、あまりからかうな。他の二人にもまだ言っておらぬのだからな」
「まさか彼女さんがいるなんて驚いちゃいました!」
「ね。じゃあ質問はこれくらいかな」
「そうか、なかなか楽しかったぞ。では拙者はこれにてごめん!」
彼に対する質問が終わると、そのまま玄関へと出ていく。ユラは結構この手の話題に興味があるのか、やや興奮気味だ。そこにシャルネさんが一人言を呟く。
「もしかしてこの前の用事って…?」
「それって絶対デートだよ!そうなるとシシゴウさんがこの中で一番経験豊富だったりするのかな?」
「…もうキスとか…してたり?」
少しからかうように言ってみると、二人とも顔を赤くする。
「あわわわわ…それってつまりは、つまりは…」
「キ、キス…」
「ふふ、冗談だって。二人とも動揺しすぎだよ」
「お、お姉ちゃんは平気なの?だってキスだよ!?」
「え?まあ…好きならいいんじゃないかな」
いきなり過程を飛ばすよりも、段々と進んでいった方がいいとカナさんも言っていた気もする。つまり、キスから進展していくのもあるのだろう。
「す、好きなら…」
(…なんでそこでユラが受け止めるんだろう)
なんだか少し変な感じになってしまったけれど、話している間に次の人であるジーノさんがやって来たのだった。
エントリーNo.3 ジーノ
「よお、真打の登場だぜ!」
「真打?」
「そういうことにしておいてあげよう。じゃあ質問を始めるね」
「おう、いつでもいいぜ!」
本人の自信はたっぷりだけど、質問を進めていくと彼の性格が分かってくる。確かにそんなに悪い部分はないような気はしていたのだけれど、どこか軽い雰囲気があるような気がする。それにちょっと保守的なのだろうか?
(…気になる人には気になる、のかな)
カナさんにはよく相談相手になってもらっているから分かるけれど、あまり相性が良くないような気がする。彼女はどちらかというと情熱的な方が好きそうだ。
「ふむふむ、なるほどです。では最後に…もしこの中で付き合うとしたら誰ですか!」
「お?あー、なるほどな。なーんか二人が言ってたけどそういう質問だったのな」
「うん。難しそうなら別に大丈夫だよ」
「そうだな…男はな、大きいものに…引かれんだよ」
「へ?」
「それが答えさ」
「…もう、ジーノさん!」
「おいおい、俺は正直に答えただけだぜ?じゃあそういう事で!」
最後と分かっているからこそ、彼はそそくさとその場を離れる。顔だけはバッチリと決めていたけど、内容が内容だからいまいち格好はついていないけども。
シャルネさんがやれやれといった様子で首を振っていると、ユラが疑問を投げ掛けてくる。
「…大きいものってさ、皆好きなのかな?」
「え?」
「うーん…いや、やっぱり何でもない!」
「まあ、ガルもそんな事言ってたね。後は色気とか何とか」
「い、色気…」
「…なんだろう、今の私達にはとても遠い話な気がする」
「…うん。でもシャルネさんは大きいから大丈夫…かも」
「じゃあシャルネお姉ちゃんが色気担当?」
「ええ!?わ、私はそんなのじゃ…とりあえずこの話はおしまい!皆を呼んでこよう!」
その後の結果発表で、一人の男性が慟哭する。それが誰なのかは…言わなくても分かることだろう。それでもこの時間はとても有意義であり、ユラも楽しそうにしていたから良しとするのだった。
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