外伝3話 決心

昼 平原にて


 まだ日が高い平原を馬で移動する。向かっているのはあまり人の近づかない森…人々はそこを神獣の森と呼んでいる。なぜその場所に行くのかというと、少し前にユラから依頼をされたからだ。


――――――――――


少し前 孤児院にて


「…神獣の森に生えている花?」


 腕が体に馴染んできて依頼を再開し始めたある日、ユラが依頼を頼んできた…というよりは何か話したそうな様子だったからこちらから聞いたといった方が正しいのかもしれない。


「うん。とっても綺麗らしくて、それに空気中のエレメントを安定させる効果があるって聞いたんだ。でも大丈夫?森は結構遠いし、最近は魔物の動きが活発になってるみたいだけど…」


「大丈夫、取ってくるくらいなら問題はないよ。でもその森には確か…」


「うん…グロドリスとグラドリス。この二匹の神獣が居るって聞いたよ。あんまり人を襲ったりとかは聞かないけれど…気をつけてね」



――――――――――



 ユラとのやり取りを思いだしながら歩を進める。とりあえずはその花だけ確保出来ればいいから、彼らをあまり刺激しないようにしないといけない。


「…さて、もう少しかな」


 地図に付けた目印の場所を通りすぎる。ここを過ぎたら目的地まではもうすぐだった。



神獣の森 入り口


「ここが神獣の森…あなたはここで待っててね」


 馬を森の入り口に繋いでから中へと進む。すると、だんだんと周囲のエレメントが濃くなっていき、霧のようなもので視界も悪くなっていく。


「霧…いや、これは…?」


 そのまま真っ直ぐ歩いていくと、やがて目の前に動物の影が見える。しかし、それは…自分の連れて来た馬の姿だった。


「…なるほどね、そう簡単には入れさせてくれないか」


 おそらくこれが森に近づく人が少ない理由だろう。濃い霧とエレメントの両方で感覚と視覚を惑わせて奥へと進ませない…この仕組みを作ったのはここに住む神獣だろうか。


(…一瞬だけ視えた流れ、もしかして…)


 周囲を確認すると、一輪だけ生えている綺麗な花を見つける。これがユラに頼まれた花で間違いはなさそうだけれども、これだけでは効果は期待出来ないだろう。

 一呼吸置いてから目を閉じて、意識を集中させる。そのままゆっくりと目を開いて、読み取るのはエレメントの流れ。


(…やっぱりそうだ。ここのエレメントはどこかへと流れてる)


 そのまま流れに沿って歩いていき、入った場所に戻されることなく進み続けていく。まるで道無き道を歩いているような不思議な感覚に陥りながら奥へと向かうと、だんだんと霧が晴れてくる。


(霧が晴れてきた…もうすぐ奥かな)


 やがて、完全に霧が無くなった瞬間に強い光が差し込んできて思わず目を瞑ってしまう。ゆっくりと目を開くと、そこにいたのは二体の大きく美しい獣だった。


「…綺麗。もしかしてあれがグロドリスとグラドリス…?」


 両方とも警戒している様子ではないが、こちらを見ている。そして、顔を見合わせた後にゆったりと起き上がってこちらへと向かって来る。


「ええと…起こしてしまったのならごめんなさい。別にあなた達を驚かしに来たわけではなくて…」


 なんとかこちらの意思を伝えようとするが、お構い無しにのしのしと近づいて来る。やがて目の前まで来ると、その顔を近づけ…体にすり付けてきた。


「あ、ちょっと…えっ…?」


 なんだか分からないけど懐かれている…のだろうか。もう一体の方はクンクンと鼻を鳴らしこちらの匂いを嗅いでいる。見かけに反して人懐っこい種族なのかもしれない。


「…まあいっか。よしよし」


 流されるように頭を撫でるとおとなしくなる。撫でながら周囲を確認すると、森の入り口で咲いていた花がたくさんあり、奥には遺跡のような建物もある。入り口は閉ざされているみたいだけど…今は置いておこう。


「そうだ、少しいいかな?私はここに生えている花を譲って貰いに来たんだけど…」


 こちらの言葉が通じるか分からなかったけれど、話してみると神獣が離れていく。そのまま元の位置まで戻ると、おとなしく座り始める。これは…取っても大丈夫という意味だろうか。


「…ありがとう。じゃあ少し貰うね」


 花を傷つけないように、持てるだけ摘む。これだけあればユラの体にも効果があるだろうか?


「ふぅ…よし、もう大丈夫だよ。それじゃあ私はそろそろ行くね。譲ってくれてありがとう」


 お礼を述べると片方が近づいて来て、喉を鳴らしながら頬を擦り寄せる。


「ふふ、くすぐったいよ。また来てねってことかな?」


 もう一度頭を撫でると、ゆっくりと頷く。やはりこちらの言葉は理解出来ているようだ。


「うん、今度近くを通ったら寄るね。じゃあまたね、グラドリス、グロドリス」


 別れの挨拶をした後に来た道を戻る。行きは複雑だったけど帰りは単純で、少し進むと自分の馬が見えた。


「お待たせ。帰ろっか」


 馬の背に乗り帰路に着く。この森は帝国から遠くに位置しており、道中の村で再び宿に泊まる必要があった。再びトリビュへと戻って来たのは、出発してから二日と半日ほどの時間がかかってからだった。



トリビュの街


「お疲れ様。ゆっくり休んでね」


 馬を繋ぎ場に預け、孤児院へと向かう。夕方だから庭で子供達は遊んでおらず、少し寂しい感じだ。扉をノックしてしばらくすると、リーズガルドさんが対応してくれる。


「おや、こんばんは。ちょうど私もユラの部屋に居たんだ、今日はそのままユラの所へ向かうかい?」


「…はい、そうします。お邪魔します」


 促されるままに中に入り、ユラの部屋へと向かう。そして静かに部屋の中に入ると、教材とにらめっこをしている彼女の姿があった。けれど、私の存在には気がついていないみたいだ。


「うーん…やっぱり応用は難しいね、院長先生。解けない…」


「物事は焦らずじっくりとだ。まずは基礎を固めると良いよ」


 リーズガルドさんから目配せされる。その意味を理解して、こっそりとユラに近づいていく。


「はーい…そういえばお姉ちゃんは大丈夫かな…」


「レジーナ君かい?彼女ならきっと大丈夫だろう。冒険者としての実力も高いからね、今頃はあの綺麗な夕暮れを浴びながら馬を走らせているだろうさ」


「…なんか今日は詩的だね。でももう夕暮れ…ってわあ!?」


「こんばんは、ユラ」


 ふと顔を上げた際に目が合うと、持っていたペンを投げる勢いで驚かれた。少し悪い気もするけど、微笑ましい様子が見られてちょっと楽しい。


「あー、びっくりしたぁ…いつから居たの?」


「リーズガルドさんと一緒に入らせてもらってたんだ。それと…はい、どうぞ」


 依頼で頼まれていた花を渡す。改めて見るとたくさん摘んできてしまったと思うけれど、彼女は喜んでいるようだ。


「わあ、綺麗…!これが神獣の森に咲いていた花?」


「そうだよ、グロドリスとグラドリスが譲ってくれたんだ」


「む、レジーナ君は神獣に出会ったのかい?」


「うん。でも2匹とも穏和な様子で、むしろ人懐っこかったよ。神獣というよりは大きなわ…犬みたいだった」


「へぇー、大きなわんこかぁ」


「……えっと」


 なんとか言い直せたと思ったけど、ばっちり聞かれていた。わざとらしく繰り返した辺り、彼女も分かっているのだろう。


「あ、お姉ちゃんが恥ずかしがってる!わんこ!」


「…もう、からかわないでよ」


「あはは、ごめんごめん。でも神獣が優しかったなんて驚きだね。もっとこう、野生の本能が剥き出し!みたいな感じかと思ってたよ」


「私も驚きだ。神獣は目撃証言も少なく、そもそも森の奥には誰もたどり着けていないと聞いていたが…」


「あ、それは…なんとなく誘われた気がして。気がついたら奥にたどり着いていたんです」


 自分の能力を詳しく話すとややこしくなるから適当な理由を話す。二匹のためにも自分のためにも、たどり着く方法はあまり話さない方が良いだろう。


「すごい、なんだか勇者さんみたいだね」


「だね。ともかくお疲れ様、レジーナ君」


「これでユラが良くなるならお安いご用だよ」


 その後は、少し雑談をしてから帰ることにした。ユラはもう少しくらいと言ってくれたけれど、あまり勉強の邪魔をしてしまうのも悪い。あの花からはエレメントが出ているようだから、部屋に置くことで彼女の容態が良くなることを願いながら家へと戻るのであった。




深夜 孤児院にて


「…本当に持ってきてくれたね。さすがはお姉ちゃんかな」


「…君はこれでいいんだね?」


「うん。私はもう長くないって分かるんだ。それなら私は…」


「だが、彼女に黙ったままだと…」


「…お姉ちゃんが知ったら、楽しい思い出じゃなくなっちゃうから。今だけは悪い子って言われてもいい。だから…お願いします」


「…そうか。ではこれは私からショゼフに渡しておこう」


「ありがとうございます、院長先生」


「礼には及ばないさ。じゃあお休み、ユラ」


「…はい、お休みなさい」

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