外伝2話 これからの始まり



 これはもう、昔の話だ。誰かを笑顔にする方法を知るため、ガルがこの孤児院に連れてきてくれた際に彼女と…ユラと出会った。



――――――――――



過去 孤児院にて


「祖母と二人暮らしだったらしいんだが、その人が先に倒れてしまって…今は一人になってしまったんだ」


(…一人)


 リーズガルドさんのその言葉は今でも鮮明に覚えている。話によると、母親と父親を事故で亡くしてからはその人と一緒に生活していたらしい。

 普通なら孤児としてどこかに引き取られるらしいのだが、亡くなる前に連絡を受けていたのてこの孤児院で保護したみたいだ。


 孤児院は身寄りの無い子供を保護する施設と同時に、安い労働力を提供する場所…ガルはそう言っていた。体の弱い女の子となると受け取り手が見つかりにくく、相手が見つかったとしてもその体が目当てという場合も少なくない。


 そんな彼女を蝕んでいる病…それは、エレメント循環機能不全。普通の人は大気中のエレメントを体に取り込んでから循環をさせて生きているのだけど、彼女はその機能に問題があり、生まれつき体が弱いのだという。


「…あの、リーズガルドさん。その子に会ってみてもいいですか?」


 色々と話を聞いているうちに、彼女に興味が湧いた。たった一人残されたこの世界で何を思って生きているのか、彼女はどんな人物なのか…なんとなく自分と重なった部分もあったからだろう。彼から面会の許可を貰うと、彼女が居る部屋に案内される。

 中に入ってみるとそこに居たのは白い髪の、深緑色の瞳をした少女。どこか儚げな雰囲気がする彼女はこちらを見ると首を傾げる。


「院長先生こんにちは。隣の人は?」


「…初めまして」


「彼女は知り合いの連れでね。君と話したいと言っているんだが大丈夫かな?」


「はい、大丈夫ですよ」


 話し方は丁寧で、しっかりと教育を受けてきたことが分かる。了解を得るとリーズガルドさんは気を使ったのか部屋から出ていく。その後、ベッドの横にある椅子に座る。


「ええと…」


「…私はレジーナ。あなたは?」


「私の名前はユラです。よろしくお願いしますね」


「よろしく、ユラ」


「はい。それで、私に何か用事ですか…?」


「…用事って程ではないかもしれないけど少し話したくなって」


「お話ですか?丁度良かった、私も誰かと話したいと思っていたところなんです」


「…そうなんだ」


 無愛想な自分の反応に対して、彼女は笑顔で返してくる。その姿からは暗い雰囲気は感じ取れない。


「そうだ、レジーナさんは何をされている方なんですか?」


「…まだ考え中かな」


「そうですか。じゃあ私と同じですね」


「…あなたも考え中?」


「はい。見ての通り体が弱い私ですけど、きっと出来ることはあると思うんです」


「…前向きなんだね」


「おばあちゃんに言われましたから。自分がいなくなっても前を向いて生きていくんだよって」


 その目からは色は失われておらず、しっかりと先を見ている。なぜ、彼女はここまで強く生きているのだろうか。なぜ、この世界に対して…恐怖を抱かないのだろう。


「…あなたは、怖くないの?」


 気がついたらその言葉を口にしていた。突拍子のない発言でも、彼女は話を続けてくれる。


「怖い…生きることが、ですか?」


「…うん。世界は優しくない。力が無かったら、ただ流されるしかない…あなたが生きているのはそんな場所なのに…」


「…レジーナさんは怖いのですか?」


「私…?」


「はい、なんだか…寂しそうな表情していたので」


 生きることが怖いと思ったことはないはずだ。そもそもの理由が奴らをこの手で殺すこと…だからその感情は私と縁がない。


「…私は、怖くない」


「そうですか……実はですね…私は、怖いんです」


 彼女から飛び出したのは予想外の言葉だった。先ほどとは変わって、少しうつむきながらもその言葉を続ける。


「本当に自分に何かが出来るのか、この先も前を向いて生きていけるだろうかって…未来のことを考えると、そう思ってしまう私もいるんです」


「…そうなんだ。そんな風には見えなかったよ」


「簡単に諦めたくないですから。お母さんやお父さん、それにおばあちゃんの分まで生きて…それで、向こうに行った時にいっぱいお話を聞かせてあげたいんです」


「…話を聞かせてあげる、か…今の私だったらきっと怒られちゃうだろうな」


 両親はあの時に何を望んで守ってくれたのか。それを考えると、復讐のためだけに生きていた私はきっと…


「怒られませんよ」


「え…?」


「だってがあるじゃないですか。なら、大丈夫です」


「…これから」


「はい。だから、レジーナさんも前を向きましょう?」


 これまでが間違っていてもこれからがある。彼女の微笑む姿を見ていたら、確かにそんな気がしてきた。


「…そうだね、いつまでも後ろを向いていたらそれこそ怒られちゃうかも」


「あ、ようやく笑ってくれました」


「あ…」


 自分でも気がつかないうちに自然と笑みを浮かべていたらしい。笑顔なんてあまりしないから、少し恥ずかしい。


「そっちの方が素敵ですよ」


「…あんまり見ないで」


「ああ、せっかく笑ってくれたんですから隠さなくても…」


 顔を隠してもひょこひょこと隙間から見ようとしてくる彼女としばらく戯れてから、話を元に戻す。


「…今日はありがとうね。なんだか元気が出たよ」


「お礼を言うのはこちらの方ですよ。お話、楽しかったです」


「…そっか。また…来てもいいかな?」


「ぜひ来て欲しいです、楽しみにしてますね」


「…ありがとう。じゃあそろそろ行くね」


「はい。気を付けて」


 それから、私は時間が空いた時はユラに会いに行くようになった。冒険者を目指すようにしたことや日常であったことを彼女に伝えながら月日が流れ…いつしか大切な存在のようになっていった。




 そんなある日だ。お互いの仲が深まってきて話し方も親しくなった時期に、とある質問を彼女に投げ掛けた事もあった。


「そうだ、ユラ。幸せってなんだと思う?」


「幸せ?うーん、そうだなぁ…」


 ちょっと悩んだ様子ユラだったが、すぐに返事が返される。


「やっぱりこうやって誰かと話すことかな?」


「…それだけでいいの?」


「欲を言うなら色んな人とお話したり、お食事とかしたいよ?でも今はそれだけでいいかな。お姉ちゃんは?」


「…私はね、まだ分からないんだ。どんなものなのかは分かるんだけど、私自身となると話は別で…」


「そっか…お姉ちゃんは探してる最中なんだね」


「そうだね。でもユラの幸せがそれなら私でも役に立てそうだよ」


「おー、かっこいいこと言うね」


「そうかな?私は別に…」


「ううん、かっこいいよ。冒険者を目指しているのなら皆を助けたりするんでしょ?もしかしたら男の人にちやほやされたりして」


「えっと、冒険者になるといってもそういう目的ではないから…それにあんまり目立ってもいけないし」


 彼女の前にそっと右腕を差し出す。この機械の腕はあまり人に知られてはいけないものらしく、ガルからは隠すように言われているからだ。しかし、これに不思議そうな顔をするユラ。


「私はかっこいいと思うけどなー、その腕。それがあれば不自由な人達だって助けられると思うのにどうして隠さなきゃいけないんだろう?」


「少し説明を受けたけど、たまたま私が扱えただけらしいからね。これからどうなるかは分からないけど…」


「そっか…大人の考えることは難しいね。でもよかった」


「よかった?」


「あ、こっちの話!気にしないで!」


「?」


 珍しく慌てるユラ。何の事だか分からないけれども気にしないでと言われたならそうしよう。


「そうだ、も冒険者になるために頑張ってるよ」


「あの子って…あの男の子?」


「うん、レオネスって子。訓練の他にも、この前パン屋さんで見かけたから」


「頑張ってるんだね。でも気合いを入れて冒険者になりたいなんて珍しいよね、そこまでやるなら騎士団に入りそうだけど…」


 彼から事情の一部は聞いたけれども、騎士団に入るのはあまりよくないのだろう。訳ありのようだから身分なども気にされる騎士より、冒険者の方が良いはずだ。


「彼にも彼の考えがあるんだよ。ほら、冒険者の方が身近な人の役に立てたりするから」


「身近な人の役に立つかぁ…」


 そう言ってこちらをちらりと見る彼女。自分の顔に何かついている訳でもないのにどうしたのだろうか。


「何か用かな?」


「えと、お姉ちゃんも冒険者になるならさ…まずは私のお願い、いや依頼をこなしてみない?」


「…どうしたの、急に改まって?お願いなら聞くよ」


「本当に?じゃあね…少しだけぎゅーってして欲しいなっ!」


 言い放つようにそう言うと、じっとこちらの反応を伺う。いきなりそんなことを言われたので反応が遅れてしまったが、私としては問題はない。


「…どうかな?」


「いいよ。今すぐ?」


「わあ、やったあ!じゃあ…どうぞ!」


 手招きされるままベッドの中に入り、そのまま彼女を抱き締める。


「えへへー、お姉ちゃん暖かい…」


「…よしよし」


「えへへへ…って、あれ?」


「?どうしたの…ってひゃあ!?」


 疑問を抱いた様子のまま、急にユラが胸を触ってくる…というか握ってくる。突然の事に変な声を上げてしまい、ちょっと恥ずかしい。


「お姉ちゃん、見かけによらず…結構大きい!?」


「…いきなり触っちゃだめ!もう…」


「あ、ごめんなさい!でも何か着けてる…?」


「…えっと。これはその…冒険者ギルドの人に教えてもらって。光の地で使われていたらしい着方らしいよ。胸に布を巻き付けるんだ」


「普通の下着じゃだめなの?」


「…あんまり大きくなると困るから、その…抑制できるかもって聞いて。後、動いても痛くないし…」


「…なるほど。栄養が胸に…」


「…そうなの?」


「そうだよ!お姉ちゃんたくさん食べるのに全然太らないじゃない?つまりはそういうことだよ!というわけでえーい!」


「わわ!?」


 唐突に胸に顔を埋めてくる。なんだか今の彼女はテンションが高いような気がする。


「私も御利益にあやかる!素敵スタイルになりたーい!」


「…ふふふ」


 普段からは想像も出来ないような元気さを見ていると自然に笑みが溢れていた。でも、それを彼女は別の意味に捉えてしまったようで…


「あー!女の子の悩みを笑ったなー!このこのー!」


「あ、ちょっと!誤解だって!く、くすぐったいってば、あはは!」


 しばらくわいわいと戯れ、やがて2人で仰向けになる。こんなに充実した気持ちを抱いたのはいつぶりだっただろう。


「はあ、はあ…もう、くすぐりすぎだよ…ふふふ」


「でも楽しかったね…げほ、げほ…」


「あ…大丈夫!?私…」


 すっかり頭から抜けてしまっていたけれど、彼女の体にさっきの運動は辛いはずだ。急いで容態を確認するけれど、咳をしている以外は大丈夫そうだった。


「…良かった、大事では無さそうだね」


「心配してくれてありがとう。ほとんど私が勝手にやったことだけど…」


「ううん、私もちゃんと気を付けないとね…あれ、もうこんな時間。そろそろお暇させてもらおうかな」


「今日はいろいろありがとうね、お姉ちゃん。またすぐに会えるといいな」


「きっとすぐに会いに来るよ。じゃあお休み、ユラ…」


 …思い返せば、楽しい記憶はたくさんある。今の彼女に昔ほどの元気が無いとはいえ、きっと良くなる方法はあるはずだ。そう思ってはいるのだけれど…




――――――――――





現在 帝国図書館にて


(…これでも無いか。じゃあ次は…)


 早朝。受付の人以外は誰もいないこの場所で一人、探し物をしていた。ユラの病気を直すきっかけを閃いたら訪れているけれど、まだ収穫はない。


『エレメントは人の活動に深く関係している。人間には適正元素があり、その元素を中心にして調和が保たれている。これをエレメントバランスと呼ぶ。このことから、どの元素も体からは欠けてはいけない存在であり…』


(…元素調和の仕組みは載ってなさそうかな)


 ユラの抱えている病気は、そもそも体のエレメントを生成する量が少ないこと、多量のエレメントを外部から取り入れても体が受け入れないことが原因だ。とはいえエレメント生成の仕組みも諸説ある状態で、体のどの部分が機能していないことすらも断定は出来ないみたいだ。


「…はあ。時間が無いのに…」


 せめて、体内にあるエレメントの流れが見えれば良かったのだけれど…この目ではそこまで見ることは出来ない。思わずため息が漏れてしまった、そんな時だった。


「お、元素力学の勉強かいお嬢さん?いやー、朝早くから偉いもんだ」


「…?」


 不意に話しかけてきたのはぼさぼさ髪の男性。格好はしっかりしており、見た感じだと悪い人ではなさそうだった。ただ、口は軽そうだけれども。


「おっと、いきなり話しかけちゃってごめんね。でもま、なんだか難しい顔をしていたから気になっちゃってさ。何かお探しかい?」


「…えっと」


 いきなり現れたこの男性に事情を話しても良いのだろうか?もしかしたら何か知っている人なのかもしれないけれど、まずは素性を少し聞いた方がいいかもしれない。


「…あなたは一体?」


「俺かい?俺はしがない研究者さ」


「…研究者ですか」


 多少はぐらかされた気もするが、研究者というと帝国の騎士団か帝国本土に所属しているはず。何か手がかりを掴める可能性もあるから、質問してみるのも良いかもしれない。


「…えっと、じゃあ人体のエレメント生成の仕組みって分かりますか?」


「ん?人体のエレメント生成の仕組みねぇ。俺も断言は出来ない内容だけど…ま、空気が一番関係しているかもね」


「空気?」


「そ。空気中のエレメント濃度の増減で影響を受ける人は多いからね。同じ肺で取り入れているのかは不明だけど、まあ仕組みというか調整の話みたいになっちゃうけどね」


「…そうですか」


「仕組みとしてはエレメント自体が様々な部分で発生しているようだから、おそらく人体の全てを理解しないといけなくなるね。何となく成立している事ほど深く知ると難しかったりするんだ、これが」


「…結構お詳しいんですね」


 印象的にそんな詳しくはなさそうと思ったけれど、実はなかなか優秀な人なのかもしれない。なら、あの事も聞いてみるのも良いかも。


「そ、俺結構詳しい人なのよ。はっはっは」


「じゃあ…エレメント循環機能不全は知っていますか?」


 その病の名前を聞くと、彼は笑うのを止めて真剣な顔つきになる。


「…エレメント循環機能不全か。知っているには知ってるけど…まあ難しい病気だよね、色々と」


「…やっぱりそうなんですね」


「そ。何かしらの影響でエレメントを生成出来ない、またはエレメントを定着出来ないことから、特定の部位が動かなかったり体が弱かったりするんだけど…一番難しいのは常にエレメントが不安定な事だったりするかな」


「エレメントが…不安定?」


「ちょうどそこの元素力学の話だ。俺達はちょっと走っても息は上がらないだろう?それは体全体でエレメントを安定させる機能が働いているからさ。息が上がるようになるのは、空気を使って急速にエレメントを調整をするため…つまりは体の中のエレメントが乱れている状態だ。それが機能していないように考えられたからエレメント循環機能不全って名前が付いた訳さ」


「…なるほど。でもそれなら…」


「そうだね、簡単にはいかない病気だ。今のところ、帝国で見ても二十歳を越えた人が数人ほどしかいない程にはね」


「…そう、ですか」


「大人になるにつれて、生物は段々と個として生きていくようになっていく。それがたとえ、個として成立することが出来なくとも成長は止められない…」


「……」


 成長は止められない。ユラの元気が昔よりも無くなっているのは、体が成長しているせい。そうなると、一刻も早く方法を見つけなければ彼女は…


「おっと、しんみりとさせるつもりは無かったんだ。ただまあ…背負いすぎちゃあいけないよ」


「…いえ、お話ありがとうございます」


 お礼を言った後、誰かが図書館に入って来る。その人はこちらを見るなりむっとした表情になり、足早に近づいてきた。


「やーーっと見つけたぁ!遅いと思ったらこんなところで油を売っていたんですね、ほら戻りますよ!」


 猫のように首根っこを捕まれて引っ張られていく。もしかしてサボり…なのだろうか。


「あ、ちょっ、痛いって!そんなに引っ張らなくとも自分で歩きますって!いきなりだけどそれじゃあ、お嬢さん!」


「あ…はい。それでは」


 強制的に図書館から引っ張り出されるように外へ出ていく2人。若干受付の人が睨んでいた気もするけれど、出ていった人達は気がついていないみたいだった。


(背負いすぎないように、か…でも私が背負わないとユラは…)


 私が彼女に対して、勝手にお節介を焼いているだけかもしれない。でも…あの子を知っていく内に、いつからか本当の笑顔が見たいと…そう思っていた。誰かを笑顔にする仕事がこれなんだと思って生きてこれた。



 …私にをくれたユラのために、立ち止まる訳にはいかないんだ。

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