外伝1話 機械の腕で掴むのは

 ふと、目が覚める。その日は月明かりが眩しい夜だった。


(ここは…)


 見渡すと、そこは見慣れた部屋。起き上がろうとすると、隣の部屋から声が聞こえてくる。


「急な話だが、ワーウルフをあぶりだすために今から『狼破草』を村の全員で使う。もちろんあんたたちの娘もだ」


「…分かった。だが娘は寝かせておいてほしい。私達が行けば起こさなくともいいだろう」


「あなた…そうね、私からもお願いします」


「…まあいいさ。行くぞ」


 会話の後に足音が遠ざかっていく。そして、そのことに言い表せないような危機感を覚える。


(…だめ! そっちに行ったら…!)


 急いでベッドから降りて三人を追いかけようとするけれど、思ったように体が動かない。それでも何とか外に出るが、そのときにはすでに三人の姿は見失ってしまった。


(行かないで、お父さん、お母さん!)


 二人を探すように村の中を移動する。しばらく暗闇の中を歩き回り、やがて…一つの建物が視界に入った。その瞬間、感じたのは言い表せないような嫌悪感。ただ視界に入っただけなのに心臓の鼓動が早まる。


(…あの、建物、は)


 嫌だ。これ以上は近づきたくない。そんな思いとは裏腹に私は歩みを止めない。まるで、何も知らない子供のように。

 一歩、また一歩と歩みを進め…やがて建物の前にやってくる。そこで聞こえたのは、残酷な大人達の声だった。


「抑えろ! やっぱりこいつらがワーウルフだったんだ!」


「暴れるな!やはり悪魔の子の親が魔物だったか!おい、急げ!家にいるも捕まえるんだ!」


(…!!)


 建物の中から聞こえたのは、村人の怒号や悲鳴。彼らが言うあいつとはおそらく…私だ。


(…逃げなくちゃ。逃げなくちゃ、いけないのに)


 逃げるとしてもどこへ? 捕まったら何をされる? ここで逃げたら…お父さんとお母さんは? 様々な思考が行動の邪魔をする、そんな時だった。


「…逃げて、レジーナ!」


 それは、突然の出来事で動けなかった私を動かした言葉。私が着いてきていることなど知らないはずの、お母さんの最後の言葉だった。

 その言葉を聞いた時、私は走っていた。ただひたすらに外に向かって。


 気がつくとそこは平原のどこか。必死になって走った後、場所も分からずに佇んでいた。


(…逃げ…られた…?)


「グルルルルル…」


 安堵しようとしていた時、近くから聞こえたのは魔物の声。辺りを見回すと、私を取り囲むようにして三匹のウルフがこちらを見ていた。


(あ…)


 助けなんてこない。魔物を倒す力もない。なら…どうなる?

 考えたくない、認めたくない。けれど現実は止まってくれない。彼らは確実に距離を詰めてくる。


(…誰か…)


 死を覚悟するよりも早く、一匹が飛びかかってくる。咄嗟に構えた右腕に凶牙が突き立てられようとした…その瞬間だった。



―――――――――



「…っ!!……はぁ……はぁ……」


 目を開くと、そこに広がるのはいつもの光景。新しい私の部屋だ。荒い呼吸を整え、ゆっくりと深呼吸をする。


「…また、あの夢…」


 腕の整備をした後によく見る夢。思い出したくない記憶だけれど、忘れることもできない記憶。改めて確かめるように右腕を見ると、そこには機械の腕があった。


「…汗、かいちゃったな」


 左手で額を拭うと汗で濡れていた。おそらくガルはまだ起きていないだろうから、そのままの格好で着替えを持ちながら浴室へと向かう。しかし、途中に彼の姿はどこにもなかった。


「…仕事かな」


 彼のことはとりあえず置いておき、お風呂を済ませる。腕が馴染むまで安静にしていろとは言われたけれど、それはそれで暇だ。少し早いけれど用事を済ませてしまおうかと考えながら、髪を乾かす。


「…そういえばニャゴス、元気かな。孤児院に寄るついでに見てみよう」


 少し前から懐いてくれている野良猫の顔を、ふと思い出したので予定に追加する。散歩みたいなものだからきっと大丈夫だろうと思い、持っていく荷物を整えてから外へと向かった。



公園にて


 公園に向かう間にしっかりと朝食を取り、ニャゴスの元へと向かう。彼は公園にいたりいなかったりするのだが今日はすぐに出会えた。しばらく戯れていると、突然レオネスと見知らぬ誰かに声をかけられる。

 話を聞くと、どうやらお姉さんに街を案内する途中らしく次は騎士団に向かうみたいだった。一緒に行くかどうか聞かれたけど、騎士団はあまり好きではないのでそれは断った。



孤児院


 二人と別れた後、ニャゴスと共に私達も移動する。そして、辿り着いたのはこの小さな孤児院だった。


(…彼女は元気かな)


 少し中を覗いてみると庭で子供達が遊んでいる光景が見える。もちろんそこに目的の人物はいない。まずは門を叩くと子供達が私に気がつき、駆け寄って来てくれた。


「あ、レジーナお姉ちゃんだ! 待っててね、今院長さんを呼んでくるから!」


「…ありがとう、よろしくね」


 私の姿を見ると同時に男の子の一人が建物の中へと戻っていく。しばらくすると、一人の男性と共に外に出てきた。


「よく来てくれたね、元気にしてたかい?」


 彼の名前はリーズガルド、この孤児院の経営者だ。ガルの昔からの知り合いらしいけど詳しい過去はまだ聞いていない。


「…お久しぶりです。色々あったけどこの通り…かな」


「色々…まあ冒険者だからある程度は仕方がないか。ここで立ち話をするのもなんだから、上がっていきなさい」


「…わかりました」


 彼に案内されて孤児院の中へと入っていく。ニャゴスは庭で子供達と遊びに行き、私だけ客間に通されると軽いお菓子と飲み物も用意してくれた。二人だけになったところで本題を伝える。


「…お菓子まで用意してくれてありがとうございます。それで…ユラは元気ですか?」


「…実は最近、容態が芳しくないんだ。ガルや君が色んな薬を持ってきたおかげでここまでこれたが…」


 ユラ。彼女はこの孤児院の子供の一人で重い病を患っている。初めに連れていった医者からは長くは持たないと言われたけれど、ガルやショゼフさんなどに協力してもらい今まで何とかしてきた。


「…そう、ですか。今は部屋で?」


「ああ、横になっているよ。今は落ち着いているから後で会いに行ってくれるかな? きっとユラも喜ぶだろう」


「…そうですね、会ってきます」


 軽く話をした後に客間を出て、彼女の部屋へと向かう。少し歩いてたどり着いたのは『ユラのへや』と看板が掛けられた扉の前。まずはノックをしてみると、中から声が返ってくる。


「院長先生…?」


「ううん、私だよ」


「その声は…レジーナお姉ちゃん?」


「うん。入っても大丈夫?」


「どうぞ、開いてるよ」


 確認を取ってから部屋の中に入ると、そこにいたのは白髪の女の子。前に会った時よりもまた少し痩せてしまっただろうか。


「久しぶりだね、ユラ」


「うん、レジーナお姉ちゃんは元気だった?」


「元気だよ。そうだ、これ…」


 手渡したのはとある薬。ショゼフさんが珍しい薬草を調合してみた物らしい。これを彼女に渡すのが主な目的だった。


「これは…新しいお薬?」


「そうだよ。これできっと良くなるはず」


「…忙しい中にいつもありがとうね」


「気にしないで大丈夫。やりたくてやってることだから」


 今はまだ普通に話せているが、それ事態が奇跡に等しいらしい。医者に言われた余命はもう過ぎており、それでも彼女はまだ生きている。そう、この様子ならまだ大丈夫のはずだ。


「そうだ、あれは順調?」


「あ、ええと…少しずつ進めてるよ」


 私の言った言葉に少し驚いた様子を取ったユラ。これはもしやと思い、突っ込みを入れる。


「…もしかして、具合が悪いのにやってた?」


「…ごめんなさい」


 追及すると素直に誤り、毛布の中から編んでいる途中の編み物を取り出す。


「だめだよ、調子が悪い時は休まないと。倒れちゃう」


「そうだよね…次からは気を付けます」


「よし、いいこいいこ」


「えへへ…」


 ちゃんと反省できたから頭を撫でると、彼女は嬉しそうな顔をする。なんだか猫みたいだと思いながらしばらく撫でていると、今度は彼女から話しかけてくる。


「そうだ、レジーナお姉ちゃんはお仕事大丈夫?」


「うん。色んな依頼をこなしてるよ」


「そうじゃなくて、体の方。怪我とかしてない?」


「…うん」


「…絶対何かあったでしょ? お姉ちゃん、分かりやすいよ」


 心配をかけたらいけないから隠そうとしたのだがあっさりと見破られる。そんなに分かりやすいのだろうか。


「…実は腕を少し整備してきたんだ。調子が悪くなっちゃったからなんだけど、体の怪我は特に無かったよ」


「そうだったんだ…よかった。お姉ちゃんも体を大切にしないとだめだよ? なんだか無茶しそうだもん」


「…えっと、気を付けます」


「よし、いいこいいこ」


 今度は私がしたことを真似して頭を撫でられた。それは思いやりを感じる優しい撫で方で…こんな風にされたのはいつぶりだろうか。

 その暖かい手に少しの間撫でられたままだったが、ふと我に返る。ユラの方を見ると彼女は笑顔を浮かべていた。


「こうしてるとなんだか私がお姉ちゃんになったみたいだね」


「あ、えっと…」


「もっと撫でてあげようか?」


「もう…からかわないでよ」


「あはは、ごめんね」


 他愛のない話を続けていくと、また彼女が質問をしてくる。その内容は以外なものだった。


「そういえばお姉ちゃんは好きな人とかいる?」


「…どうしたの、突然?」


「いいからいいから。どう?」


「うーん…あんまり考えたことないかも」


「えー、もったいないよ。お姉ちゃんきれいなんだからドレスとか、おしゃれな格好とか似合いそうなのに…」


「…そうかな?」


 そういうことはあまり気にしたことはない。私がどうであれ、出来ることをしていくだけだからだ。それに、私自身が恋愛感情を持つのは遠い話だとも思っていたから。


「そうだよ。きっとすっごく素敵だと思う」


「えっと…ありがとう?」


「だからね…いつか、見てみたいな」


「ユラ…」


 そう言った彼女は少し寂しそうな表情をしていた。ユラはもしかして…気付いているのだろうか。


「…もしもおしゃれをする時はあなたも一緒に、だよ」


「お姉ちゃん…ありが…ゴホッ、ゴホッ!」


「ユラ…!大丈夫?」


 さすがに長く話すぎただろうか、彼女が咳き込んでしまう。背中を擦りながらゆっくりと彼女を横にさせる。


「…ちょっと苦しいのが出ちゃったかも…私、そろそろ休むね。今日はお話ありがとう、お姉ちゃん」


「どういたしまして。仕事が落ち着いたらまた会いに来るね。じゃあ…ばいばい」


「ばいばい、またね」


 横になった彼女の手を握った後に部屋を出る。私の前では普通に振る舞おうとしていたけれど、あの苦しみ方は昔よりもひどくなっていた。


(…もう時間がないのかな。いや、あの薬が効けばまだ大丈夫のはず。まだ、生きられるはず)


 死んでしまったらそこで全ては終わり、後には何も残らない。

 彼女はまだ幸せを知らない。せっかく助かったのに知らないままなんて寂しすぎる。きっと病気が治った先に、ユラの本当の笑顔があるはずだから。だからこそ、私は心に決めている。



 私は諦めない。絶対に彼女を助けてみせる、と。

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