外伝 機械腕の冒険者 レジーナ編

第一章 二人の『これから』

プロローグ 復讐の過去


 幼い頃、魔物に家族を殺された。

 逃げる際に、右腕は噛みつかれ…切断するしかなくなった。

 だが、私は失った腕を機械に変えてでも、生き続けた。

 まだ小さい体に…憎悪だけを刻みこんで。




―――絶対に見つけ出して、殺してやる。私が、お父さんとお母さんの仇を取ってやる…!―─―




――――――――――──

第一章 二人の『これから』

────────────




とある村にて


家畜小屋内


(ようやく…ようやくだ)


 目の前にいるのは、倒れている二体のワーウルフとその前に立ち塞がるそれらの子供。忌々しい復讐の相手…奴らをこの手で殺すと誓ってからどれほど探し続けただろうか。


「ここからは…ここからは俺ガ相手ダ!」


「何ヲしている…! お前ハ隠れていろト言ったはずだぞ!」


 子供の方もすでに獣化はできるようで、その爪は未発達とはいえ凶悪だ。しかしこいつは私に勝てない。すでに両親を追い詰めていることから、未熟な子供が向かって来た所で意味はないだろう。


「このまま見てるダけなんて嫌ダ! 俺ダって戦えるんダ!」


「……見てるだけ」


(……私は何を感じている? 今、復讐が果たされようとしているのに…この感情はなに?)


「ニ…逃げて! あなたデは相手に…!」


――逃げて、レジーナ!――


(…!)


 ワーウルフの雌が言ったその言葉とお母さんの最後の言葉が重なる。その動揺を見た敵は、愚直に突っ込んでくる。


「ガアァァァ!!」


「っ…!」


 獲物は立派だが、全く戦い慣れていない。攻撃をかわしてから、ひとまず距離をとる。威勢だけは立派なようで、まだ力の差も理解出来ていないようだった。


「父ちゃんト母ちゃんヲ殺させはシないぞ、人間!!」


「……殺させは、しない……?」


 その言葉を聞いて自分の抱いている感情を理解する。まるで物語の主人公にでもなったような魔物の言葉に抱いたのは、嫉妬と憎しみ。躊躇いを捨て、機械の右腕を起動させて体内のエレメントを増幅させる。


「……二人を……殺しておいて……!!」


 心の奥底から湧き出す感情に合わせるように、稲光が周囲に走る。

 憎い、まるで自分達が正しいと主張するようなその態度が。

 未だに生きることに希望を持っているという事実が、たまらなく憎い。


「私からお母さんとお父さんを奪っておいて!! お前達は生きようなんてっ!! ふざけるなぁぁぁぁ!!!!」


 心の叫びと共に、渾身の雷撃を周囲へと放つ。未熟な魔物がその攻撃をかわせるわけもなく、電撃が直撃した魔物から悲鳴が上がる。


「グアァァァァ!!!!」


 放電が終わると獣人の子供から煙が上がり、その場へ崩れ落ちる。その体は黒く焼かれ、もう起き上がってはこれないであろう程だった。

 その姿を見た親のワーウルフが上げたのは、悲痛な声。そいつは動かない体に鞭を討ち、再び立ち上がろうとしていた。


「よくモ……よくモ、息子をっ……!!  グルアァァァァァァ!!!」


 雄の方はもう起き上がれないと思ったのだが、雄叫びを上げて奮い立てるようにしてこちらに向かってくる。だけどそのスピードは遅く、既に力はほとんど残っていないようだった。


「邪魔だ!!」


 今度は風のエレメントを増幅させ、風圧として敵にぶつける。雄のワーウルフはそのまま吹き飛ばされて壁に叩きつけられると、もう起き上がることはできなくなった。


「…やっと…やっとこの時が来た」


 動けなくなったところに、今度は氷のエレメントを増幅させながら近づいていく。その手に握るのは鋭利な氷塊。一歩、また一歩と確実に間合いを詰め…その首へと狙いを付ける。


「…殺す」


 私達から幸せを奪っておいて、奴らはのうのうと生き続ける。そんなのは決して許さない。この痛みを、この苦しみを…絶対に味合わせてやると心の中で何度も繰り返してきた。

 魔物の首を締め上げるように掴み、自らの獲物を握り直し…そして、振り上げる。


「お父さんとお母さんを殺したこと…! その命で償え!!!!」


「ヤ…止めてくレ!」


 その首に氷塊を突き立てようとした瞬間、聞こえた声。後ろを振り向くと、そこにはワーウルフの子供がよろめきながらも立ち上がっていた。

 その姿は既にボロボロで、いつ倒れてもおかしくない様子で…涙を流しながらこちらを見ていた。


「お…お願いダ。父ちゃんト母ちゃんヲ殺さないデ…」


「…………」


(こいつは…私と違って逃げない。立ち上がるのに精一杯で、いつ殺されてもおかしくないのに)


「謝っテ許されるこトではないのかもシれないけド…ドうか命ダけは取らないデ…く…くダ、さい…お願い、しまス…」


(…最後まで二体を助けようとしている。力が無くとも、恐怖を抑え込んで…必死に方法を模索してる)


 ―私にはその選択権すら与えられなかったのに。


「お、俺からも二人にちゃんト償うように伝えまス…だから、ドうか…」


「いいや、もういい…もうやめるんダ」


 ワーウルフの言葉に止まっていると、雄の方が意識を取り戻して会話に割り込んでくる。


「お前の両親を殺したのは、俺ダ。ダが…あの子ダけは逃がしてもらえないダろうか…」


(…子供だけは、逃がしたい)


 その言葉で動きが止まる。こいつは…あの小さな魔物を大切に思っている。たとえ自分は殺されたとしても、助けようとしている。


 それがなんだ。相手は魔物だ。自分に言い聞かせるように心の中で繰り返す。

 だけど、なんで動けない? 

 なんで…こんなにも心が痛い?


『…大丈夫だ、レジーナ。周りがお前のことをなんと言おうと…お父さんはお前の味方だ』


(……同じだ…お父さんやお母さんが、私を守ろうとしたのと)


 後はこの氷塊を首元に突き刺すだけで、この魔物達の幸せは全て壊される。両親を殺し、子供を生かせば…この苦しみを、絶望を植え付けることが出来る。こいつの抱くであろう未来への希望を…全て奪える。


(…突き刺す、だけで)


「頼める立場デはないことはわかっテいる…ダガ…ドうか、ドうかあの子ダけは…」


 魔物の言葉で手が震える。相手は両親を…私達の幸せを奪った相手なのに。

 このためだけに生きてきたのに…吐きそうなくらい、胸が締め付けられる。


(殺さなきゃ、いけないのに)


 あの子供を逃がしたら、きっと私に復讐をする。寂しくて、悲しくて、辛くて……憎くて。

 私の決断一つでそれだけを背負わせることができる。



 だから。もし引き返すというなら、今しかない。



「…………まれ」


 魔物の言葉を聞いてはいけない、奴らは人間を殺すだけの生き物だ。

 殺せる時に殺さなければ誰かが傷つく。放っておいたら、また私のような誰かが生まれてしまう。


「憎いのは私達ダろう…? ダガあの子は…関わっテいない…」


 憎い。まだ幸せになれる道が残っていることがたまらなく憎い。

 その道をずたずたに引き裂いてやりたい。二度と笑えないようにしてやりたい。



 ここで逃がせばまだ間に合う。幸せを奪わずにすむ。



「………だまれ」


 私はこいつらやあの人間達とは違う。これは正しい行いだ。正当な復讐だ。こいつらは殺されて当然だから、殺すんだ。


「だからドうか…私の思いを分かっテほしい…」



 誰かから大切な何かを奪う…本当にこれが私のしたかったこと?

 お父さんとお母さんが私を逃がしたのは、こんなことをさせるためでは…



「だまれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」



 自らの迷いを殺すように、機械の腕で凶器を握り直し…思いきり振り上げる。








 だが…その腕を振り下ろすことは、出来なかった。


「…ずいぶんと派手にやったじゃねえか」


 背後から聞こえた男の声。振り向くと、見慣れた巨漢が私の腕を掴んでいた。振りほどこうと力を込めるが離してくれない。


「離してっ! 私が、私がこいつらを…!」


「そんな震えてる体でか?」


 そう言った後、私の体を持ち上げて横に放り投げる。突然の出来事に驚いたけれど、何とか受け身を取り態勢を整える。


「なにを…!」


 男の方向に目を戻した瞬間、言葉を失う。私の目に映っていたのは、飛びかかって来たであろう雌のワーウルフの心臓をその拳で貫いている姿だった。


「あ……」


 男は動かなくなった体から拳を引き抜くと、今度は倒れていた雄の息の根を止める。その行動には一切の躊躇はない。

 氷の刃を握っていた時間はあんなにも長く感じたのに…それはたった数秒の出来事だった。目の前には大量の血を流しながら、ワーウルフだったものがぼろ雑巾みたいに転がっている。


「父ちゃん!! 母ちゃん!!」


「悪いがあいつらを生かしちゃおけねぇ。もちろん…お前もだ」


 ただ見ていることしかできなかった。容赦も慈悲もなく、男は魔物を殺す。気がついた時、私の目に映っていたのは三匹の死体と…その真ん中で佇む、一人の男の姿だけ。

 男は手に付いた血を拭った後、こちらへと近づいてくる。


「…終わったぜ」


「………どうして」


 そうだ、終わったんだ。これで私の復讐は終わった。でも…なぜだろう。その心は決して晴れることはなかった。


「……どうして私にやらせてくれなかったの!? あいつらを殺すのは私なのに! 私じゃなきゃいけないのに!! なのに、どうして…!!」


「雌の方が背後から迫ってきていた。あのままじゃお前、死んでたぜ?」


「それでもよかった!! 私がこいつらを殺せるなら、それでもっ!!」


「…両親に助けてもらった命を無駄にする気だったのか?」


「…!!」


 まるで見透かされてるように言われたその言葉。そんなつもりなんてなかったのに、なぜだかその言葉を言い放ってしまったいた。


「…無駄にする気なんてない! でも、奴らを殺すことが私の生きる意味だった!! それが出来なかったら、私はこれからどうすればいいの…!? 復讐しなきゃだめだったのに…! 私が仇を取らないといけなかったのに…!」


 今まで生きてきたのはこのためだった。復讐のために…こいつらを殺すことだけを考えて生きてきた。それが生きがいだった。それなのに、できなかった。

 もう自分自身に向けた言葉なのか、彼に向けた言葉なのかも自分で理解することもできない。そんな私に彼は、こう言葉を続けてくる。


「…なあ、お前の両親はこんなことをさせるためにお前を逃がしたのか? 子供がこんなになってまで、自分達の仇をとってほしいと願って、お前を逃がしたのか?」


「………それは…」


「…俺はちげぇと思う。二人はよ、お前の幸せを願ってたんじゃねえかな」


「…私の…幸せ…?」


「そうさ。生きて、世界を知って、そんでどっかで誰かいい相手でも見つけてよ。家庭を持って、子供と笑い合って…そんな普通の幸せを。お前の両親が感じた幸せを、お前にも知ってほしかったんじゃねえのか?」


「普通の…幸せ…」


 お父さんとお母さんが感じた幸せ。それはきっと、二人が私にくれたあの気持ち。しかしその感情を理解できても、既にそれはとても遠い場所にあると感じてしまった。


「…そんなの無理だよ。私は…幸せにする方法も、なる方法も知らない…今さら幸せなんて言われても…分からないよ…」


「…そうか。ならよ…」


 何を目的にすればいいのか、生きる意味とは何なのか。何もわからない私に彼はとある提案を投げ掛けてきた。


「まずは誰かを笑顔にするところから始めてみねぇか?」


 それは、復讐の念に捕らわれ続けた私にとって予想外の言葉。あまりにもシンプルだけど、どうするのか想像もできないその言葉に、思わず呆気にとられる。


「誰かを…笑顔に…?」


「そうさ。どうせ生きるんならそういう目標があった方がいいだろ?」


「…無理だよ、私は誰かを笑顔にする方法なんて一つも知らない」


「なぁに、心配はいらねぇ。世の中には知らなくても出来ることはあるもんだ」


「…そう…なんだ…」


 その言葉で何をするのか興味が湧いたわけではない。それどころか、くだらないという感情すら抱いていた。


「なら……」


 ただ…心に大きな穴が空いた私にとって、流されてみてもいいかもしれないと思っただけだった。


「…やってみてもいい、かな」





 今考えると、彼には感謝の気持ちしかない。何も知らない私が、『笑顔』の本当の意味を知ることができたのだから。

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