第32話 潜入、夜魔の店


極楽パブ『D.R』前


(ここがエイビルとフェズィリの出入りしてた場所か…)


 遠目からでも分かる派手な外装に、お店の前に客引きがいないことから会員制であることが読み取れる。情報通り、ここが『D.R』で間違いはなさそうだった。


(…よし、行こう)


 覚悟を決めて店へと近づき、店内へと入っていく。するとそこには、驚くべき光景が広がっていた。




『D.R』内部


「いらっしゃいませ~♪ ってあら、カッコいいお兄さん♪ 私、ちょっとタイプかも♪」


 中に入ると、受付の赤髪の夜魔らしき女性に声をかけられる。

 その耳当たりの良い声もそうだが、思っていたよりも肌の露出は激しくなく、店内も落ち着いた雰囲気で男性と女性がお酒を酌み交わしている。

 そして店内に仕切りなどは無く、ここからでも他のお客さんの様子が分かる程には広く開放的な空間だった。


(思っていたより、まともそうだが…さて)


「こんにちは、ここを知り合いから紹介して貰ってね。可愛い娘がたくさんいるとは聞いていたけど…どうやら本当だったみたいだ」


 ママさんから受けた即席の訓練により覚えた対応で、受付の女性の目を真っ直ぐと見ながら話しかける。


「あ…♪ やだ、ちょっとドキっとしちゃった…♪ お兄さん、それずるいよ…?」



――いいかい、夜魔っていうのは嘘が苦手だ。奴らが本心で語りかけてくるからこそ、心を晒す隙が出来ちまう。手綱は、常にこっちが握るつもりでいきな――



 ママさんからの教え通りに対応すると、彼女は顔を赤らめてからご指名板を手渡してくる。

 だが、それとは別の紙もその上に乗っており、それには『個室、八割引き』と書かれていた。


「あの…すみません、これは?」


「…うふふ♪ その…あなたさえよければ…後でね♪ 二人だけの部屋で、ゆっくりとしたいな…♪」


(…なるほど)


 彼女の熱を帯びた視線からして、これはそういう意味なのだろう。

 つまるところ一階は好みの異性を見つける場所で、二階は関係性を持つための場所といったところか。

 とはいえ、突然こんなにも積極的に来るとは思っておらず、少し返事が遅れてしまう。


「ああ、えっと…ご指名はここだけかい?」


「うん、そうだよ。でもここで指名してもいいし、お店で好みの娘を見つけてもいいの♪ 席も自由だよ♪」


「そうか…分かった、まずは少し見回ってみるよ。ありがとう」


「あ………うん。えっと、ごゆっくりね…♪」


 最後に、自分を他の誰かに取られたくないような…そんな声色と表情をした受付の女性。それは思わず目で追ってしまうような、寂しげな姿だった。


(…熟練の技か、それとも本心が成せる技か。どちらにせよ恐ろしいな…)


 改めてこの場所の危険性を再確認しながら、店内を歩き始める。

 ご指名板にも『一階ではお酒とお話のみのコースとなっております』と書かれており、お客さんと従業員の双方共に、一定のマナーは保たれているようだった。


(さて、座る場所は…)


 なるべく目立たず、かつあまり端になりすぎないような場所を探す。すると、ふと壁際の椅子に座っている小さい娘に目が止まる。


(…まだ子供か?)


「あら、坊や。一人かしら?」


 立ち止まっていると、やや年上らしき女性の夜魔がこちらに話しかけてくる。


「はい、ここに来るのは初めてでして。ところで、あの子は…?」


「あら…うふふ、坊やってそういうご趣味なのね。そうね、あの子は新人ちゃんかしら。安心して、私達は見た目よりも長生きだから…あの子とも、ね? それでは、ごゆっくり…♪」


 若干含みのある言い方をしてからこの場を離れる女性。とはいえ、新人というのは良いことを聞いた。

 それなら、多少怪しい行動をしても気が付かれにくいだろう。


(…よし)


 早速、座っている女の子へと歩み寄る。

 ピンクの色をした、少しはねっ毛のショートヘア。そして服装は黒を基調にした服に白いフリルを付けている、人形のような格好をした子だった。

 途中でこちらの接近に気が付いたらしく、目が合うとあからさまに驚かれてしまう。


「…ええ!? あ、あなた…もしかしてわたくしに興味があるんですの!?」


「うん、そうだよ。迷惑だったかな…?」


「い、いえ…でもわたくし、との約束がありまして…」


「約束?」


「人間とはあんまり関わらないって約束してますの。で、ですから…ごめんなさいですわ!」


「そっか…君はとてもお姉さんの事を尊敬しているんだね」


 周囲を確認しながら彼女の隣へと座る。しばらくの間だけでも話し相手になろうと、そのお姉さんを追及してみたところ、良い反応が返ってくる。


「ふふん、当たり前ですわ! おねーさまは夜魔の中で最も美しく、可憐で強い、完璧なお方なんですの!」


「へえ、それは凄いね。道理で君からも気品が伝わってくるはずだ」


「そうでしょう♪ まあ、本当に血の繋がったおねーさまという訳ではありませんのですけど…そんなのは関係ありませんわ! わたくしもいつか、おねーさまのように美しい夜魔になるのが夢なんですのー!」


 先ほどの約束はどこへやら。目を輝かせて話す彼女の様子は微笑ましく、かなり熱の入った話し方だった。


「なるほど。じゃあ、ここで一流の夜魔になるための勉強中だったのかな?」


「あ、いいえ。わたくしはここでおねーさまを待っているだけですの。上でお仕事があるから、ここで待っていなさいと言われましたのよ」


「お仕事?」


「何をしているのかまでは分かりませんけれど、きっとおねーさまにしか出来ない大切な仕事なんですわ~」


 どうやらこの子はお姉さんの仕事内容を詳しくは知らないようで、上層の様子も知らないようだ。

 しばらく話を続けていると、遠くからこちらに向かってくる人が見える。その姿を見た瞬間、彼女は再び瞳を輝かせた。


「あ、おねーさまですわ! お帰りなさいですのー!」


(あの人が…いや、あの夜魔がお姉さんか…)


「ただいま、リルル。あら、それと隣の方は…?」


 近くで見ると分かる、他の夜魔とは一線を画した雰囲気。

 サングラスをかけていたから表情は読み取れなかったが、その美しく長いピンク色の髪と妖艶な姿や佇まいに、他のお客さんも目を奪われている程だった。


「あ…! おねーさま…その…こ、この方は…」


「…すみません、自分が一方的に話をしてしまったんです。だからどうか、この子を怒らないであげてください」


 約束を無視して話した事を素直に謝ると、女性も納得がいった様子でリルル…と呼んでいただろうか。彼女の頭を撫で始める。


「…あら、そうなの。困ったお客さんだこと。さて、それじゃあ行きましょうか」


「は、はいですの!」


 こうして、リルルはお姉さんに連れられて歩き出す。そして丁度、彼女が自分とすれ違おうとした…次の瞬間だった。


「…本気であの子を狙ったのなら、諦めてちょうだい」


「え…?」


 耳元で囁かれた言葉。その後はこちらをチラチラと振り返るリルルを見ながら、お店から出ていくのを確認する。


(…どういう意味だ?名前も探っておいた方が良かったか…)


 しばらく彼女からの言葉の意味を考えるが、真意は分からなかった。すると今度は、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「うっわぁ、あなたってそういう趣味だったの…?」


「え…? き、君は昨日の…!?」


 背後に座っていたのは間違いなく、昨日の夜に出会った『不死の少女』だった。時を止めた様子はなかったのだが、いつの間にかそこにいた。


「やだ、そんな目で見ないでよ~このロリコン!」


「…いや、そういう話ではないんだけど」


「よし、それなら丁度いいかも! ほーら、こっち来て! 早く早く~」


 あれよあれよと目的を聞き出す前に手を引っ張られ、他のお客さんが座っているような場所へ連れていかれる。

 すると今度はそこに座らせられて、膝の上に彼女が座り始める。


「え、ええと…どういうことかな、これは…?」


「うふふ、緊張してる~? こんなに可愛い子が膝の上にいるんだもんね、仕方ないよね~」


 こちらへ振り返るようにして会話をする少女。正直、前回出会った時とのギャップに面食らってしまう。

 早く目的を聞かせて貰いたかったのだが…その時はすぐにやってきた。


「…あなたもここに潜入してるんでしょ? なら、これが効率いいから」


「…! じゃあ君も…」


「ほーら…ちゃんとお腹に手を回して…? そうそう、これなら違和感無し♪ お姉ちゃんの指示でね、ここに入り込んでる王国関係者の証拠を掴んでこいって言われてさぁ~。面倒だよ~」


「…あんまり話が見えないな」


「ワタシのお姉ちゃんは偉い人。偉い人の指示を聞いて、たまに腐敗の芽を摘むのがワタシ。分かった?」


 …関係性は少し分かったが、他が漠然としすぎていて何も伝わらない。

 王国のために行動してるくらいしか伝えるつもりがないのだろうか。


「…まあ、それで分かったことにしておくよ。それで、君も人探しに来たのかい?」


「そうなの。王国のちょっぴり偉い人がここに来たっていう情報が流れて来たらしくてね? だから、ワタシがその会員証を盗みに来たんだ~」


「けど、時を止めている様子はなかったような…今回はあの力を使わないのかい?」


「ああ、これ?」


 言葉に合わせて、唐突に周囲の時間が止まる。どうやら、使う使わないなどの拘りは特に無いようだった。


「今はこの建物だけにしてるの。大丈夫、ばれたりはしないよ。だってそういう力だから」


 そして、次第に時が動き始める。

 ここだけ止めていたらお店の周囲にいる人々に気が付かれてしまいそうな気はするが…考えてみれば、外にいる際にそのような違和感は感じ取れなかった。


「…全く、規格外の力だよ」


「そうでしょ? ま、これ結構疲れるからさ。しばらくはこうして観察に付き合ってもらうよ…ってあれ?」


「あ、お兄さーん♪ いたいたー♪」


 声のした方向へと振り向くと、そこにいたのは受付をしていた女性。

 彼女が笑顔を向けながら、こちらに向かってくる姿が見えた。


「君は受付の…」


「えへへ、待ちきれなくてこっちから来ちゃった♪ あのね、その子と一緒でもいいからさ、隣いいかな…?」


「タラシ魔、変態、発情させ魔神ー」


 少女から小さい声で罵倒されるが、あまりこの状況を崩したくないのは事実だった。

 しかし、ここで相手を傷つけずに断る理由を作るのは難しそうだが…


(…どうするか)


 すると突然、周囲の時が止まり始める。

 そして止めた張本人であろう少女がこちらに目を合わせながら、とある提案をしてきた。


「…ねえ、手伝ってあげようか」


「手伝う?」


「この状況を何とかしたいんでしょ? なら夜魔に効くとっておきの方法があるんだよね~、どう?」


 若干の怪しさもあったが、助けてくれるというのはありがたい。なかなかに機転も利くことも分かっているので、任せてみるのも一つの手だと判断する。


「内容は…教えてくれなさそうか。分かった、お願いするよ」


「了解! じゃあ、適当にワタシに合わせてね~」


 こうして再び時が動き始める…と、同時に少女がこちらへと振り返り、ガッツリと抱き付いてくる。


「え~? ワタシ、もうお兄ちゃんと一緒に、三階でオ・ヤ・ク・ソ・クしちゃってるの~♪ ねー♪」


「え…? そ、そうだったの…?」


 …そのやり方はとんでもない方法だった。もはや隠す必要など無いと全身で表すように、正面からがっちりとこちらに組み付いている。


(…待て、三階?)


 確かに少女は今三階と言った。つまりこの子は、上層階を知っているのではないだろうか。


「ね、お兄ちゃん…♪」


「んむ…!?」


 そして、フードから口元だけ見せ付けるようにたくしあげ、こちらにキスをしてくる少女。


 それは幼い容姿からは想像出来ないほど、深い口付けだった。その破天荒さに、とてもではないが脳の処理が追い付かなくなる。

 その様子を見た受付の娘は目を大きく見開いた後に、こちらへ話しかけてきた。


「……そ……そっか……えっと……うん…そ、それじゃあ…ごゆっくりと、ね……♪」


 悲しみと同時に、ショックも受けたような様子で戻っていく彼女。いくら夜魔とはいえ、素直そうな言動も相まって心が痛む光景だった。


「ぷはぁ……♪ どう、完璧じゃない?」


「…………はぁ。良い方法じゃなくて、完全に力技じゃないか……」


「ふふ、気持ちよかったくせに~♪ あーあ、それにしてもかーわいそ。あれは絶対に裏で泣くやつだよ」


「いや、元はと言えば君が…」


「だってこれを見るに二階の誘いを断ったんでしょ? うわ、しかもこれ80%割引じゃん!? これ、あなたにとても興味がありますって意思表明だからね?」


 少女がいつの間にか持っていたのは、入り口で渡された紙。

 強調するように人差し指で、裏側に書いてあった『特別券』という文字を指していた。


「え…そうだったのかい? てっきり僕はその、全員に配るような物かと…」


「たった二割で自分を売るなんて勇気が必要だったろうなぁ、普通五割だもんな~。口説くだけ口説いて、魔物とはいえ女の子の気持ちを踏みにじるなんて最低~。鬼、悪魔~」


「うぐっ…や、止めてくれ、心が痛い……」


 少女から鋭い精神攻撃を受けたが、何とか話題を反らそうと先ほどの発言を掘り返す。


「…そうだ、君はここの上層階を知っているのかい?」


「上層階? 知ってるけど…あ、なになに~? もしかして興味津々なの~?」


「…話を続けるよ? 今回は従業員室と二階、三階、四階の情報を掴むのが依頼なんだ。もしも君が知っているなら教えてくれると助かる。あと、そろそろ組み付くのを止めてくれないかな…?」


「それはやーだ♪ でも、そうだなぁ…楽しませてくれたお礼に上層階については教えてあげるね。二人でたくさんイチャイチャ出来るように、二階は個室がいっぱいあるの。ちなみに時間制だから入ってる程お金がかかるよー」


「イチャイチャ…まあ、つまりはそういう所なんだね」


「おっと、何を想像したのかなぁ? 二階じゃ行為は禁止! 本番は三階からで、そこでは食事にお風呂にベッドに…とにかく個室に大部屋に何でもあるからお金が尽きる限りヤリまくれるよ♪」


「……あの、君はその…発言や行動に抵抗とかはないのかい?」


「全然? むしろなんで恥ずかしがるの?」


 微塵も羞恥心を感じていない様子の少女。やはり、あの時に感じた違和感は間違っていなかったのかもしれない。


「…まあいいか。それで残りの二つは?」


「四階はお偉いさんの部屋じゃない? 普通のは端っこにある裏口が繋がってるよ…ってありゃ? んんん?」


 何かに反応したのか、ポケットから小さなメモ帳のような物を取り出した少女。そこには一ページごとに、丁寧に似顔絵が描かれていた。


「…うっわ、あの人…信託官じゃん。本当の姿はおっぱい聖人だったかぁ…見たことないくらいニッコニコだよ」


(信託官…魔神の話だと適正元素を見極める役職だったか。でもまあ…今は注意しなくても大丈夫そうかな)


「君の方は見つかったみたいだね」


「お陰さまで疲れずに見つけられたよ、ありがとね! あなたはもうお店を出るの?」


「そうだね…目的を達成したらすぐに戻るって伝えてるから」


「そっか、じゃあここでお別れだね。ばいばーい、イロイロ楽しかったよ♪」


 そう言った後に時を止めて司祭らしき人物の近くへと潜伏する少女。時が動き始めたのを見計らって、こちらも立ち上がる。


 だが…受付へとたどり着いた瞬間、を失念していたことに気が付く。


「あれ…? お兄さん、三階に行ったんじゃ…」


「あ…」


 てっきり受付の娘は休憩か何かの時間かと思っていたのだが、本当は無理を言って抜け出してきていたのだろうか。

 既に彼女は仕事へと戻っており、かなり気まずい再開を果たしてしまった。


「……えと、帰り…だよね♪ 今日はその…ご来店ありがとうございました♪」


 頑張って寂しさを抑えるような姿を見て、ふと子供の頃の記憶がよみがえる。確か、シャルが言っていたはずだ。


(…魔物でも、心はある……か。さすがに、覚悟を決めないと…いけないかもな)


 彼女の言葉の直後、渡された紙を差し出す。向こうは返却のつもりで受け取ろうとしていたが、しっかりと言葉で伝える。


「…ご指名だ」


「……え…?」


「この券を、使いたい」


「…!!」


 早まったことをしたのかもしれないと、一瞬だけ思った。だが魔物とはいえ、向けられた思いにはしっかり答えを出さなければいけないと…そう思えたんだ。

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