第31話 オカマバー『ほころび』


オカマバー「ほころび」前


 目的の場所へと着いたのだが、その圧倒的な存在感にうろたえてしまう。

 オカマバーとは聞いていたけれど…入るのにはなかなか、勇気が必要だった。


「なんか…妙に緊張するな」


「分かるよ、その気持ち…」


「二人とも入らないの? なら私が入ろっか」


 そう言ってお店へと向かうシャル。同じ女性に会いに行くような感覚なのだろうか、彼女には微塵も抵抗がなかった。


「失礼しまーす!」


「あら、いらっしゃーい! どうぞ、空いてるわよぉ~」


「ほら、二人とも! 大丈夫そうだから早く入りなって!」


「う…し、失礼します」


「あはは、どうもどうも……って、えぇ!? お前は……あの時のオカマヤロー!?」


「あら~~!? あんたはあんときの生意気なガキンチョォォ!?」


 お店に入るや否や、驚きの声を上げるアゼルとオカマさん。もしかして顔見知りなのだろうか。


「てめ、捕まったはずじゃ…!」


「し、しぃ~!! お願い、ワタシもう心を入れ換えたの! だからここは見逃してくれないかしら…!?」


「とりあえずは落ち着いて、アゼルさん! この人のお話も聞きましょうよ!」


「う…くそ、しょうがないな。聞くだけ聞いてはやるよ」


「よ、良かった~…ありがとうね、お嬢ちゃん。恩にきるわ!」


 ひと悶着はあったけれど一旦は落ち着いて、この人から話を聞くために席に着く。

 年齢的にお酒を飲んでいけないので、頼んだのはジュース。シャルは飲める年齢だが、注文したのは同じもの。アゼルも同様だった。


「は~い、どうぞ! 可愛らしいお客様にジュースをお持ちよぉ~」


「ありがとうございます!」


「ありがとうございます」


「…で、なんであんたがここにいるんだよ? さすがにもう釈放された訳は無いよな?」


「えっと、そのこと何ですけど…お二人は過去に何かあったんですか?」


 シャルがオカマさんにそう尋ねると、少し悩むような表情をした後に、こちらの目を見て話してくれた。


「…そうね、正直に話すわ。ワタシ、ちょっと前まで魔物を使って荷物の強奪をしてたのよ」


「え…そうなんですか?」


「そうそう、そんで魔物の子供を人質に使ってよ。そのお母さんを使って荷馬車を襲わせてたんだよ」


「…本当に申し訳ないことをしたと思ってるわ。ワタシも生きるためとはいえ、親子の情を使うなんて…どうかしてたわ」


「まあ…反省してるならとやかくは言わないけどさ。でもそれにしても外に出るのが早くないか?」


「確かにワタシは捕まったわ。でもね、ここのママがバーで働くっていう条件付きで、牢から出してくれたの」


「そうだったんですね…アゼルさん、このオカマさんのことは許してあげられないかな?この人、悪い人ではないと思うの」


 話しぶりから根っからの悪人でないと感じたのか、シャルがオカマさんを援護する。彼女の言うとおり、言葉に嘘はこもっていなさそうだった。

 その言葉に、彼も渋々といった様子だったが返事をする。


「……分かったよ。ここじゃあんたは見なかったことにしとく。ただし、もう二度とあんなことはするなよ」


「…!! ええ、ええ! ここで真面目に働くわ! ありがとうね、可愛らしいお嬢ちゃん!」


「どういたしまして、オカマさん!」


「そのオカマさんって名前もあれだから…そうね、ワタシの名前でマルペーニャさんって呼んでちょうだいな」


 ジュースを一口貰いながら、今度は僕から話を切り出す。


「お話が落ち着いたところでマルペーニャさん。既に彼の出自を知っているなら隠していても無駄だとは思うんですけど…僕達、王国からここに潜入してるんです」


「まあ、そんなところだとは思ったわ~。普通、勇者様はこんな場所に来ないわよ。夜魔のお店に魅せらたりしていない限りは…ね」


「マルペーニャさんはここの事情には詳しいんですか?」


「詳しいというか…まあ、現状は把握してるわねぇ。あなた達も見たでしょう? ここの所、夜魔が好き勝手やっちゃって…王国から抜け出して来る人もいる始末よぉ」


「え、王国からも来てるのかよ?」


「そうなのよ~。あんまり、あなたたち見たいな純情そうな子達にこんな話をしたくはないんだけど…夜魔っていうのはね、集まると大変なの」


 そう言ってため息混じりに話す彼女。どうやらこちらも夜魔の被害を受けている側らしく、現状に悩んでいるそうだった。


「集まると大変…?」


「正確には色んな顔ぶれが集まると、ね。男だって女だって、何がイケメンとか美人とか、引かれるスタイルとか身長とか…好みはそれぞれでしょう?」


「まあ、そうだな。それがどうしたんだよ」


「この場所は下手に奴らが根付いちゃったから、今は人間と夜魔がズブズブの関係になっちゃってるのよね。ここに来れば好みの男、もとい女と好き放題出来る…って噂と一緒に。それでますます人も夜魔も集まっちゃった訳」


「あ…顔ぶれが多いってそういう…」


「そそ。おまけにあいつらは限度ってやつを知らなくてねぇ。好みの異性と責任を持たずに、お金だけでいくらでも快感を味わえる…人間の欲望って恐ろしいわぁ」


 確かにマルペーニャさんのいうことは納得だった。

 世の中には一目惚れという言葉もあるのだから、比較的美しい容姿となる夜魔が集まる場所にいるということは、それだけでリスクを伴うのだろう。


「余計なお世話かもしれないけど…ワタシはあなた達が壊れる姿なんて見たくないから、この場所に長居はして欲しくないわねぇ…」


「オカマヤロー…」


「…お気遣いありがとうございます。けど、僕達は宵闇の翼の尻尾を掴むためにここに来たんです。奴らの居場所を突き止めるまでは退けません」


 ここで依頼を止めるという選択肢もあった。しかし、甘い考えかもしれないがアゼルを放っておきたくはなかった。

 寄りかかった船というものだろうか…マルペーニャさんの困った様子も知ったのに、それを見捨てることもしたくなかった。


「…宵闇の翼、ね」


 すると、カウンターの奥から聞こえたのは別の人の声。その方向を見ると、開かれたドアからはこのお店の主人であろう、恰幅の良い方が現れる。

 しっかりとした体つきに金色の髪をなびかせてはいるが、一番印象的なのはその鋭い目付きだろう。

 おそらく彼女もオカマなのだろうが…なんというか、凄みのある人物だった。


「マ、ママ! 急に出てくるなんて珍しいじゃない、どうしたの?」


「なに、若い子達がやって来たみたいだからね。少し顔出しをしただけさ」


「えっと…初めましてママさん」


「…聞いたよ。あんた達、宵闇の翼を探しているんだってね」


「え…!? ママさんも何かご存知なんですか!?」


 やれやれといった様子で首を降った後、鋭い目でこちらを選別するように見てから彼女は話を続ける。


「…私もこいつと同じ意見なんだけどね。あんた達が向かおうとしているのは危険な場所さ。心を許したら、二度と這い上がってはこれないような…ね」


「ママ…」


「だけど、私達ではもう止めようが無いのも事実さ。もしも勇者様とやらが現状を打開出来るっていうのなら…協力は惜しまないよ」


「打開、か…宵闇の翼を捕まえれば収まるような問題なのか?」


 アゼルの疑問はもっともだった。この場所に根付いてしまったのなら、組織を一つ捕まえた所で夜魔は出ていかない気もするのだが…


「そうだねぇ…実は、この町にはもっと大物が来てる。宵闇の翼なんて比じゃないくらいのがね」


「え…?」


「そいつまで何とかして貰おうなんて思ってはいないよ。ただ、協力してくれるなら情報を渡すって話さ。あんた達の狙いはエイビルって奴だろう?」


「…こちらの目的まで知っているんですね」


「どうしよう、私は協力して貰った方が良さそうだと思うんだけど…」


「まあ…俺もいいと思うぜ。オカマヤローもあの人も悪い奴じゃなさそうだもんな」


「そうだね、僕もそう思う。二人も同じなら…」


 二人の意思を確認してから、再びカウンター越しのマルペーニャさん達へと話しかける。


「…分かりました、お二人とも。僕達も現状の打開にお手伝いさせて貰います」


「あら!? ほ、本当に!?」


「ふっ…男に二言は無いだろうね?」


「おう、任せとけ! 改めて俺はアゼルだ、よろしくな!」


「私は女ですけど…困っている人を見過ごしたくありませんから! シャルネです、よろしくお願いしますね!」


「僕はレオネスです。これからよろしくお願いします、ママさん、マルペーニャさん」


 挨拶の後、順番に握手を組み合わす。すると、ママさんが安堵した様子でこちらに微笑みかけてきた。


「…やっぱり私の見込み通りのようだね。レオネス」


「え…僕ですか?」


「あの…レオがどうかしましたか?」


 握手した手を離す際、手の中に何か固い物が渡されていることに気が付く。

 手元を見ると、それは極楽パブ『D.R』デザイアリリースと書かれた、明らかに夜魔が経営していそうなお店の会員証だった。


「あの、これは…?」


「エイビルと夜魔の親玉…って奴の出入りを見かけた高級店さ。早速仕事として、そこの店内の間取りと上層階の確認して貰いたくてね」


「えぇ!? そ、それはそのつまり…一人でレオがこのお店に!?」


「ああ、もちろん。別に他の二人でも良かったかもしれないけど、この子の目を見て確信したよ。強く、固い意思を宿した目…そう、絶対に夜魔への欲望に負けないと思えるような、珍しい瞳だ」


 まるでこちらの事を見透かしているような言動にドキリとする。

 卓越した洞察力を持っているにしても、これ以上話していたら魔神の事まで知られてしまうのではないかと思ってしまう程に、彼女は手練れだった。


「なんだよママさん、俺じゃダメなのかよ」


「あんたは普通すぎるのさ、良くも悪くもね。ただ、そこがあんたの長所でもあるから拗ねるんじゃないよ。何事も適材適所さ。それに、この会員証はそう簡単に手に入る物でもないからね」


「レ、レオ…本当に大丈夫?」


 夜魔の店に単独で潜入することを心配されるのも分かるが、これを手に入れるのにはママさんも相当苦労したはずだ。

 それを託されたということは、成功させればそれ相応の信頼が得られるということ。

 なら、答えは決まっていた。


「……分かりました。依頼は間取りと上層階の確認ですよね?」


「よしきた。調べて欲しいのは従業員室のある場所、二階、三階、四階の情報だ。それさえ掴んでくれれば上出来さ」


「…気を付けろよな、レオネス。絶対に誘いになんて乗るなよ?」


「ああ、分かってるよ。情報を掴んだら、なるべく怪しまれないようにすぐに出ていくから。二人はシシゴウとジーノへの連絡を頼んだよ」


「ぜ、絶対だよ? 約束してね?」


 心配そうなシャルへと頷いてから、ママさんから詳しい話を聞き、夜魔への対策とその手法を譲り受ける。

 そしてその後、四人に見送られながら目的地である極楽パブ『D.R』へと単身で向かうのだった。

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