第30話 勇者と共に
王国内の宿屋 朝
「よっと…これで大丈夫かな」
朝、少し急ぎ気味で身支度を整えて部屋を出る。先日、遅くまで起きていたためか起きる時間が遅れてしまい、既に他の人は下の階で待っているのだ。
階段を降りるとそこには全員が揃っており、雑談している様子だった。
「おはよう、遅れてごめん」
「おはよう、レオ! 疲れは取れた?」
「ああ、おかげさまで。皆も大丈夫そうだね」
「はっはっは、昨日は素材収集だけで終わったからな。拙者は有り余るくらいよ」
「元気なこって。で、ショゼフさん。全員集めたってことは何か進展はあったのか?」
「うむ、昨日届けた薬で流行り病の症状は抑えられることがはっきりとしてね。症状は重いが感染力はそうでもなかったから、早くて明日には関所の通行証を発行してくれるらしいんだ」
「お、いいじゃねえか。行きは散々だったが帰りは楽が出来そうだぜ」
ジーノがそう言った後に、後ろで宿の入り口が開く音がする。
振り返るとそこには、昨日の昼に見た二人…ロベルトとフィーラがいた。
それに、見たことのない男性と騎士のような姿をした女性も近くにいる。
「お、ちょうどだったみたいだな」
「ん? じゃああそこにいるのが帝国から来たっていう冒険者か?」
「そのようですね。ではここは私がお話を」
銀色の髪をなびかせながらこちらに近づいてくる女性騎士。その動きだけでも気品が伝わってくるようで、彼女自身の美しさも相まってかなり目立っていた。
「突然ですが失礼いたします。私は王国の大賢者ストラローフ様の近衛騎士、セイクリッドと申します。少しお話よろしいでしょうか?」
その言葉を聞いた後に、ジーノが驚きの声を上げる。
「セ、セイクリッド!? あー…ちょっと待ってくれ。そんなお偉いさんが俺らになんのようだ?」
(セイクリッド…? どこかで聞いたことがあるような…それに大賢者か…)
立ち振舞いからして王国の上部に関係しているのだろうが、だとしたら何の用事だろうか。
「安心してください、別に何か罪があったわけではございませんので。ただ…あなた方にしか出来ないことを依頼しに参ったのです」
「依頼だと? それはつまり…王国から拙者達にということか?」
「そういうことだ! あ、俺はアゼルっていうんだ、よろしくな!」
(……アゼル!? ということは彼が…!)
突然の名乗りに理解が遅れてしまったが、確かに彼は今『アゼル』と名乗った。
ならばこの茶髪で裏表がなさそうな、ツンツン髪の男性が噂の勇者なのだろうか。
「え、アゼルってあのアゼルさん!? えっと王国の勇者さん…ですよね?」
「…アゼル様。お話を円滑にするためにここは私が通しますので、どうかお待ちください」
「おっと…あはは、ごめんごめん。ちょっと早とちりだったな」
その後、ジーノとシシゴウがセイクリッドさんからの話を聞く形となり…宿に入ってきた残りの三人は、こちらを見て手を上げながら近くへとやってきた。
「ども、レオネスさんにシャルネさん。昨日ぶりですね」
「そうですね。でも驚きました、あなた達があの勇者一行だったなんて…」
「でも勇者なんてただの肩書きです。さっきもどうせシャルネさんにお近づきになろうと話しかけたんでしょう?」
「ちょ、フィーラ! それを言うなって!」
…なんだか思ったよりも威厳のない勇者だった。とはいえ、その明るさはある意味心地よく、話しやすい雰囲気になっているのは彼の凄いところだろうか。
「勇者ってなると変な奴も寄ってくるかもしれないからな、その辺はほんと気を付けろよ? ハニートラップでやられた勇者の仲間なんて嫌だからな」
「全く、これだから男は…」
「あはは…ところで私達に用事みたいですけど、何かあったんですか?」
「いやー、本当は俺が解決する問題だったんだけどさ…ちょっと王国側からは手を出せない状況らしくて」
「手を出せない問題?」
「そちらさんにもあるかは分からないですけど、こっちにはスラムっていうちょっと訳ありが集まる場所がありましてね。そこを根城にする『宵闇の翼』っていう組織を捕まえるのに協力して欲しいんですよ」
「宵闇の…翼?」
聞き覚えのある翼という単語。そういえば、昨日の夜に怪しい男達も翼がどうとか言っていたはずだ。
「おう、何でもスラムは王国関係者だと手を出せないらしくてな。俺は勇者だから結構自由に動けるんだけど…そうしたら一人になっちまうからさ、セイクリッドさんがあんたらを探してたって話だ」
「へえ、そうなんですね…」
「おーい、お前ら。依頼を引き受けるぞー」
彼らと話しているとジーノから声がかかる。
どうやら正式に依頼を引き受けることに決まったようで、セイクリッドさんから聞いた話もロベルトからの話とほとんど同じだった。
「…という訳なのです。私達としても宵闇の翼は要注意組織。早めに対処しなければいけない問題なので助かりました」
「依頼を受けたからには全力で取り組ませて貰おう。して、目的はこの『エイビル』という人物の確保だな?」
「はい。組織のリーダーである彼の居場所だけでも構いません。少しでも情報を集めて貰えれば助かります」
「私達フトーフクツ、精一杯頑張りますね!」
「ふふ、頼もしい限りです。それでは我々も行きましょうか、ロベルトさん、フィーラさん」
「はい。じゃあ頑張れよ、アゼル。気を付けてな」
「精々間抜けな死に方だけはしないでください。では、ご武運を」
「フィーラは本当に一言余計だよな…おう、任せとけ! ということでよろしくな、フトーフクツとやら!」
「ああ、こちらこそよろしく、アゼル」
少し予想外だったが、こうして勇者と行動を共にすることとなった僕達。
引き受けた理由をジーノに聞いてみたところ、報酬の羽振りが良いらしく、組織のリーダーを捕まえることが出来たら巨額の報酬金が貰えるらしい。
とはいえ、情報を掴むだけでもかなり割りの良い内容らしいが。
ショゼフさん達にも依頼の件を説明した後、納得してもらってから早速スラムの調査へと準備を進めていくのだった。
──────────
スラム前にて
「さーて、ここがスラムなぁ…」
「あまり整備されてないような場所だね…まあ当然か」
王国でも外れの道を、奥へ奥へと進んで行くと見えた入り口。普通の人はたどり着けないであろう場所に、それはあった。
「結構ここは魔物に出入りされてるらしくってな、セイクリッドさんもぼやいてたぜ。夜魔の類いが集まるとろくな事にはならないーってさ」
「夜魔?」
「人間に似た容姿を持つ魔物の総称だな。その名の通り夜に活動することが多く、その美貌を使って人間と肉体的な関係を築き、籠絡させると伝えられている種族だ」
「へ、へぇ…えっと、ジーノさん? 大丈夫ですよね…?」
「そこで俺に話を振られるのは誠に遺憾なんだが? そりゃ、昔はちょいとばかし憧れたが!! 手にかかっちまった奴を見たら冷静にもなるぜ、ったく…」
どうやらジーノは過去に夜魔と関係を持った者の末路を見たことがあるらしく、それを見てからしっかりと注意しているらしい。意外にもだが。
「あ、えと…それなら良かったです!」
「ま、あいつらは権力者に寄ってくるからな。俺は眼中にないだろうよ」
「ん? じゃあ俺は危ないのか?」
「勇者となればそうなるな。気を付けろよ?」
中へと入る前に、目立たないように予め渡されていた少しボロ目の羽織物を着る。こうして、フトーフクツに勇者を加えたチームでスラム街の中へと侵入するのだった。
──────────
スラム街内部
「さて、あまり固まって動くと怪しまれる。ここからは手分けするとしようではないか」
「ま、それが懸命だな。俺達は一人でも大丈夫だが…そうだ、お前らは三人で固まったらどうだ?」
ジーノとシシゴウはそれぞれ単独で、僕達は三人でまとまることを提案される。残りの二人もそれに異論はないようで、話はその方向で進んでいった。
「そうだ、別れる前に…これを」
「ん、なんだこれ? 北2、パブ、資源ゴミの清掃員、F3…?」
「昨日、怪しい男達が話していた内容なんだ。何かの役に立つかもしれないから、一応渡しておこうと思って」
「うむ、分かった。足掛かりとして十分だ、感謝するぞレオネス」
「やるじゃねえか、さすがは俺が育てただけはあるな。んじゃ、夕暮れ時までにはここでまた落ち合おうぜ」
「分かりました、お二人も頑張ってくださいね」
「あんたらも無事でな。それじゃ、俺達も行くか」
「そうだね。気を引き締めていこう」
二人と別れて、シャルとアゼルと共に行動を開始する。とはいえ、この漠然とした状態で何処から手を付けたものだろうか。
「うーん…何処から手を付けようね?」
「そうだな…」
「まだ分かりそうなのは資源ゴミの清掃員とパブか? でもまあ…普通のならいいんだけど、ここのパブとなるとなんか入りづらいよな…」
「大丈夫、二人が誘惑に負けそうになったらバシンとひっ叩くから!」
「あはは…頼りになるよ、シャル。ひとまずは大まかに回ってみようか?」
「なるほど、位置を掴んでおけば後々役に立つかもしれないしな。まずはそれでいこうぜ」
こちらの提案に二人も納得したようで、一通りこの街を見て回ることになったのだった。
──────────
数時間後
散々スラムを歩き回った成果としては、この街はなかなかに広いことが判明したこと。パブは如何わしいのから、普通にお酒を飲むようなお店まで多く点在していたこと。
そしてとてもゴミの清掃員がいるような場所ではなかったという、三つの情報が主な収穫だった。
「くそ、酒の店がやたら多いな。こりゃ、しらみ潰しに探すのは無理そうだぜ…」
「ゴミ清掃をしてる様子も無いし…北2とF3は暗号みたいなものだよね。ここから何か分かりそうにもないし…」
「そう簡単には掴めないか…ん?」
三人で話し合っていると、ふと路上でお酒を飲んでいたおじさんと目が合う。すると彼はこちらを一瞥した後に手招きをしてきた。
「二人とも、あれ…」
「え? もしかしなくとも…私達?」
「あんまり関わりたくないようなおっさんだけど…なんか知ってるのか?」
「…ここで立ち止まっているくらいなら話を聞いてみてもいいかもしれないね」
「よし、なら行ってみっか。念のため、俺達二人が話すからシャルネちゃんは後ろにいてくれ」
「あ、うん。ありがとうね」
シャルを庇うように、アゼルと共におじさんへと近づいていく。その顔は赤く、だいぶ酔いも回っていそうだった。
「よう、ようお前ら。なんだ、新入りかぁ?」
「まあ、そんなところです。あなたは…随分と飲んでるみたいですね」
「げっぷ。まあな、最近ここも変わっちまってよぉ。金が無いならここで飲むのが一番なんよ」
「変わった…それはどういうことだ?」
「気になるか?なら…な?分かるか?」
その言葉の後に手を差し出す男。アゼルにも意味は伝わったようで、二人でお金を少額差し出す。
「お、分かってるじゃねぇか。ぐひひ、お前らはここでもやっていけそうだ」
「そりゃどうも。で、変わったってどういうことなんだ?」
「昔はなぁ、ここもちょっと寂れた商店街みたいな…そんな場所だったんよ。細々としてたが、ハブられ者達で頑張ってるようなさ。だが今はどうだ?あっちこっちに夜魔の店が立ち上がってよぉ。すっかりそういう溢れ場になっちまった」
「そうだったんですね…」
「お前ら酒は好きかぁ?なら、悪いことは言わねぇ。俺みたいになりたくなかったら、ここのオカマバーとかで我慢した方が身のためだぜ、ぐっひっひ」
手渡されたのはやや個性的なお店のカード。当たり前のように派手な配色で描かれたそれは、なんとも受け取りにくい品物だった。
「あ、ありがとうございます…」
「いいってことよ。でも後ろのお嬢ちゃん…もしかして夜魔じゃねぇだろうなぁ?」
「え…!?」
「いや、それは違うぜ。こいつの連れだよ」
「そうかそうか。技術は知らんが、声は綺麗だしあんたなら夜魔に負けない娘になれるかもなぁ、ぐひひ」
「…それはどうも」
「ま、金があるなら最高の場所だろうが…なければ絞り取られるだけになっちまったってことだ。財布もここもなぁ」
そう言って下半身に指を指す男。おじさんの話にシャルは渋い顔を…というよりは若干の怒りを表していたが、静かになだめる。
「そうでしたか…お話ありがとうございました」
「いい話が聞けたぜ。これからも頼りにさせてもらうな、おっさん」
「ぐひひ、まあよしなにな。わしは基本的にここか、そのバーにいる。お互いに生きてたらまた会おうや」
話が終わった事を確認してから、おじさんの元を離れる。するとシャルがまだ納得していない様子で怒っていた。
「…もう、あの人ほんと失礼しちゃう! 話す内容も目線も所々いやらしいし!」
「あはは…まあ我慢しよう。結構な古株みたいだから、他にも僕達の知らないような情報を持ってるかもしれない」
「だな。じゃあ次は…おっさんの行きつけって言ってたここにでも行くか?」
彼が取り出したのは先ほど貰ったお店のカード。確かに、夜魔のお店が並んでいる中にオカマバーを経営しているなら、魔物の関係者という線は薄いかもしれない。
「…なるほど、いい案かもね」
「オカマさんって頼りになるイメージがあるから…うん、私も賛成」
「よし、じゃあ出発だな!」
こうして、おじさんから貰った情報によりオカマバー「ほころび」へと向かうのだった。
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