第29話 魔神の役割


深夜 フェイル王国

ウィーデリッヒ広場にて


「あ、来てくれたんだ~」


「ああ…君の目的はなんだ?」


「そう警戒しないでよ! ちょっと脅しちゃったけど、こうでもしないと来てくれなかったでしょ?」


 フードで顔を隠した少女はどこか飄々とした態度で話す。

 手紙の内容との差だろうか、そこに若干の違和感を覚えるが…対話が目的なら荒々しい事にはならないだろう。


「君が、時間を止めていた元凶かい?」


「時間を止めて? あー…うん、そうだねぇ。でも話したいのはもっと別の事。あなたのこれからについて、とっても役に立つと思うよー」


 どこかはっきりとしない様子で返答する少女。追及するのは止めて、今はおとなしく聞くのがいいと判断する。


「役に立つ…?」


「今は分からない事が多いかもしれないけどね。でも必ず、あなたは人間の前に立ち塞がる。だからこそだよ」


 少女はフードの下からにっこりと――やや不気味に――笑った後、言葉を続ける。


「サバキが動き始めたよ。だから、あなたはとっても大切な魔神なの」


「サバキが…? 君は彼の関係者なのか?」


「うん、私はがだーい好きだからね。だからこそ…殺してあげたいの。邪魔してあげたいの」


「…!」


 今度は直接的だった。彼女から感じ取った不穏な様子は隠れておらず、その笑顔からは何か言い表せない恐怖が感じ取れる。

 その瞳は虚ろに輝いていた…そう、まるで狂っているかのように。


「…それが僕と何の関係があるんだ? それに動き始めたっていったい?」


「あの塔を作らせるように仕向けたのはサバキって事! こう言えばきっと分かると思うよ。ね、魔神さん?」


 やはり彼女には魔神の存在を知られている。おそらくさっきの言葉は僕ではなく、魔神に向けられていると理解出来るが…だとしたら何故?


「それとねー、あんまり大切なもの? 人? は作らない方がいいと思うな。これは忠告みたいなものね」


「…話はそれだけか? なら二つだけ約束をしてくれ」


「約束?」


「あの手紙に書かれていた内容に関係する事だが…一つは僕の仲間に手を出さないということ。もう一つは僕が魔神だと他の人に言いふらさないこと。それを守ってくれるのなら、君の言うことを信じよう」


「…随分と優しいなぁ。とは大違いだ。あんまり宿る先は選んでないのかな?」


「なに?」


「…いいよ、約束してあげる。優しいあなたに少し興味が沸いちゃったし。ただ、ね…世界は優しくないんだよ。あなたはいつか、誰かを切り捨てなくちゃいけない選択を迫られるはずだから」


 そう言った後に、少女は体を翻して後ろの路地へと入っていく。そして最後にこう言い残して…姿を消した。


「忘れないでね、道を作るのはあなた。あなたの思いが力になるの。影ながら応援してるから」


「僕の思いが…?」


 少女を追いかけようかとも思ったがすぐに止める。

 下手に刺激しては大変だというのもあったが…色々と情報の整理が必要だった。

 とりあえずは宿に戻り魔神と話をしてみるしかないだろう。だが、やはり気になるのは…


(…あの子はいったい何者なんだ?)


 忠告や助言、さらに応援しているとなると敵意は無いと思われるが…どうしてだか、彼女を味方だと思うことは出来なかった。


──────────


その帰り道にて


(…ん? こんな遅くに誰だ…?)


「……、護衛と仲間………連れて……。おそらく……………無理だろう」


「そうか…………………プランB…………しよう」


(…少し気になるな。近づいてみるか)


 深夜に聞こえてきた怪しげな男達の声。多少危険かもしれないが、声が聞こえる位置まで移動し盗み聞きをする。


「いいや、それだと箱の中身を見られる危険性が高まる。幸いにも奴らはその重要性には気が付いてはいない、動くなら今だろう」


「…分かった。引き続き頼むぞ」


「ああ。それと王国の奴らに嗅ぎ付けられそうになった拠点は場所を移した。用がある時は北2、パブ、資源ゴミの清掃員、F3だ」


「早いな、『翼』の腕も落ちたか?」


「…生憎、長話をする気はない。これで話は終わりだ」


(おっと…)


 短い会話の後に二人の男が移動を始めたので息を潜める。短い会話しか聞き取れなかったが、どうにも怪しい。


(…とりあえずメモをしておくか。翼…何かの組織か?)


 話の全貌は掴めないが、一旦頭の片隅に置いて帰路に付く。それ以降は怪しい場面に遭遇することなく、宿の近くへと帰ってくるのだった。


──────────


宿 自室にて


 出た際と同じく窓からひっそりと部屋に戻ってくる。鍵をしていなかったから泥棒が入っていないか少し気にしていたが、その心配は必要なさそうだった。


「よし、大丈夫そうだ」


 先ほどの会話から魔神が静かにしているのが気になるが、とりあえずは会話しないと何も分からない。寝る準備が出来次第、意識を集中させる。


(…魔神、さっきの話について話があるんだ)


『…いいだろう、聞こう』


(まずはそうだな…魔神はあの子を知っているんだよね? だとしたら、彼女は一体何者なんだ?)


「奴は…不死者だ。いつから存在しているのかは分からないが、気が付いた時にはこの大陸に存在していた」


(不死者…それは本当なのかい? そうだとすると彼女の言ってきた事は…)


 時間を止められる不死者…そうなると、かなり規格外の相手に目を付けられてしまったのかもしれない。


『…何を考えて干渉してきたのかは分からないが、宿主には伝えなければならない事がある』


(伝えなければいけない事?)


 今までこちらに積極的に情報を伝えてこなかった魔神からの話。その様子から今までよりも切羽詰まっている状況なのが感じ取れた。


『ああ。それは我の目的であり、為し得なければならない事。本来ならばまだ伝えるのは先にすると考えていたが…この状況なら仕方ない。聞け、宿主よ。我の存在意義…それは勇者との戦い。そして、なのだ』


(…塔の、破壊? それが君の…いや、僕達の本当の目的なのかい?)


『そうだ。もしもあの塔が完成すれば、今生きている命のほとんどが


(…なんだって?)


 魔神から聞こえた驚くべき言葉。あの塔が完成したら命のほとんどが間引かれるとはどういう事だろうか。


『…順を追って話そう。まずは我という存在の意味を説明する』


(……分かった)


『我は、人間を間引くために大陸神カロヌスにより創られた存在だ。故にその役割は魔物を率いて人間と戦う事である』


(人間の間引き? 一体どうしてそんな役目を…?)


『大陸は有限であり、人間に対する脅威を創らなければ人自体の存続が危ういと決めた、カロヌスの判断だ』


(…かなり踏み込んだ内容を教えてくれるんだね。でもその口振りだとその…カロヌス神は実在するの?)


『ああ。かの存在は遥か空の上にいる。我も勇者に破れた際、つまりは宿主が死亡した際にはそこに戻る』


(…なるほど)


『カロヌスはこの大陸の神であり、管理する者だ。故に同じ場所に到達しようとする者は排除しようとする』


(それが塔を破壊しなければいけない理由かい?)


『そうだ。長き管理の末、カロヌスの力は弱まってしまった。この状況で塔が完成し、空の上に到達してしまったら…おそらく神は大多数の命を消し、また大陸を初めからやり直した方が良いと考えるはずだ』


(なるほど…少し整理させてくれ。まず時を止める子は不死者で、昔から存在しているけど目的は不明。次に、王国に建設された塔は完成したら…大陸に生きている多くの命が消えてしまう。だからこそ僕達が破壊しなければならないんだね?)


『その通りだ。だが…この事はまだ頭の片隅に置いておくだけでよい。今、目的を為そうと行動するのは宿主にとって難しいだろう』


(うん…そうだね。正直まだ全部を飲み込めてはいないよ)


 いつか話されると考え、理解しようと心構えはしていたけれど難しい。

 目的は分かったが、そのために何をすればいいのか。その結果何が起こるのか。全く予想が出来ない。


 だからこそ…今、聞きたい事は一つだけだった。


(…魔神。聞かせてくれ、君は…人々を救うために百年を繰り返しているのか?)


『…ほう。我が人々を救う、か。面白い考え方をするな、宿主よ』


(面白いか…確かにそうかもしれない。でも君は、何度も繰り返し戦ってきたんだろう? なら…)


『使命だ』


(え…?)


『我はカロヌスに人類の敵として有れと創造された。理由や経緯があるにしろ、それらは関係ない。我はただ、百年を繰り返し戦うのみだ』


(…そうか。聞かせてくれてありがとう)


 使命。それだけのために造られ、永遠に戦う存在。他に存在意義は不要と突き飛ばすような彼の言葉は、やけに重く感じた。


『礼はいらぬ。話を戻すが、やはり気を付けるべきなのはあの少女とサバキだ。何を企んでいるのかは分からないが…警戒して損はない』


 突然、天上の話をされて聞き忘れていたが、魔神の話で思い出す。

 それはこの話の中心とまでは言わないが、所々で関わっているの存在だ。


(そうだ、サバキは一体何者なんだい? 聞いた話だと悪人や魔物を切り回っている狂人のように言われているけれど)


『奴はにおいては魔物側に協力し、勇者の仲間を一人で相手にしていた。だがその目的は未だ語っていない』


(そうか…ん、前の戦いだって?それって百年前のハール・ケディア王国での戦いかい?)


『宿主の疑問も最もだ。奴は人間ではなく魔物に近い。その証拠として、我は転生の際に何度も奴の存在に認識してきた。数百…いや、数千年はさまよっているのだろう』


(…驚いた。不死者が二人もいるなんて…偶然にしては出来すぎているね)


『ああ。不死の少女がサバキに執着しているのも偶然ではないだろう。簡単にはいかないとは思うが、奴らは調べるべきなのだが…サバキはかなりの強敵だ。我が力を完全に引き出せねば、勝ち目は薄いだろう』


(つまり今、迂闊に近づくのは危険か…)


『その通りだ。今までと同じく潜伏を続けながら、情報を集めるのが得策だろう。次期に魔物達も動きだす。奴らと上手く連携を取れる体勢を整えてから取り掛かるべきだ』


(魔物と連携…)


 さらりと言うが、やはり魔物と聞くと敵だと考えてしまう。魔神はそちら側だから当たり前だが…それでも味方という認識は無かった。


『…今は実感が湧かないのも仕方がない。安心しろ、その一歩を踏み出す瞬間を決めるのは宿主だ』


(…分かった。色々とありがとう、魔神。今日はこの辺にして休むとするよ)


『承知した。しばし休息するといい、宿主よ』


 魔神との会話を止めて意識を戻す。当たり前のように静まり返った部屋を見渡した後、横になる。


(…これから為すべき事。魔神の使命。サバキに不死の少女。それに魔物達との連携、か…)


 人々を…いや、大陸の命を護るために戦う。例え、護る相手を殺してでも。それを使命だと割り切れる彼を正直、凄いと思っていた。矛盾しているはずなのに、なにも間違っていないと思える程にはっきりとした言葉。だけれども…


(…戦いが激化した時に、僕は…どちらの味方になっているんだろうな…)


 そう考えた後に、優柔不断だな、と呟いてから目を瞑る。疲れた体が眠りに落ちるのは、そう遅くはなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る