第26話 心の刃、流断剣
水晶洞 空洞部にて
後ろのレオを庇うように魔物の前に立ち塞がる。思い出すのはあの時、村が襲われた記憶…だけれど今度こそは。
(レオに聞かれてとっさに答えられなかったあの理由が、やっと分かった。今までは自分の気持ちが整理できていなかったけれど…)
ゆっくりと、師匠から渡された剣を握る。その手には今まで感じなかった手ごたえを覚える。
(心配だから…違う。会いたかったから…これも本当の理由じゃなかった。私は…私の、本当の理由は…)
――――――――――
過去 とある村にて
「来たかい。早め早めの行動はすっかり身に付いたみたいだね」
「おかげさまで。それで師匠、ここに私を呼び出した理由は何でしょうか?昨日で教えられる事は全て教えたと言っていたような気がしますけど…」
「………本当は小娘なんかに教える気なんてなかったんだけどね。とりあえずこれを見な」
「魚? 見たところ新鮮ですが…一体何を?」
「こうするのさ」
「…! 何もないのに手を振っただけで魚が動かなくなった…?」
「不思議なもんだろう? だがこれにもちゃんとした仕組みがある」
「もしかして最後に、それを私に…?」
「そうさ、これこそが攻撃手段の乏しい純粋な水の適合者である私の最強の技…このババアが今まで誰にも教えてこなかった、朽ちていく寸前の技だ。極限まで凝縮したエレメントによって相手の体ではなく、その内側を切る不可視の剣…その名も
「流断剣…っておっとと! 師匠、いきなり剣を投げるなんて危ないですよ!」
「どうせ刀身なんてないから大丈夫さ」
「え? …本当だ」
「いいかい小娘、その剣の刀身はあんたの心で創るんだ。作るんじゃなくてね」
「心で…創る?」
「これは教えることではなくて、あんたが見つける物さ。ただ…忘れるんじゃないよ。これは使い方によっては強力な武器になるが、凶器にもなる」
「凶器…分かりました、気を付けます」
「ああ。あんたの心が叫びたがっている時、きっとこの剣が力を貸してくれるはずさ。だから…」
―あんたなりの答えってやつを。見つけてきな、シャルネ―
――――――――――
師匠の言葉を思い出しながらさらに力を込める。すると体を巡っていたエレメントが鞘に集まっていくのが分かった。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「なんだありゃ…? あの人間、何をしてやがる? 俺の呪いが効いているはずなのに、どうしてエレメントを使えるんだ…?」
こちらの様子に気が付いた虫の魔物が、牙を鳴らしながら突進して来る。だけれど、それと同時に剣に光が満ちる。
「グシャアァァァァァァァァァァ!!!!」
「…待て旦那! 今のそいつに近づくな!! 何か来るぞ!!」
(私も強くなって、レオが魔神の力を使わなくてもいいように安心させてあげたい…!! それが、私の本当の気持ちだからっっ!!)
ようやく気づいた本当の気持ち。その思いと共に師匠から教えてもらったあの名前を叫んだ。
(この思いを、刃に!!!!)
「―――――――流・断・剣!!!!!!」
あと数秒でその鋭利な獲物が私を捉えるというところで刃を解き放つ。何かを切った感覚は無かったけれど、放たれていた光が落ち着いていた頃には――
――――魔物の動きは止まっていた。
「はあ、はあ…!」
やがて相手が前のめりの体制のまま倒れこむ。それと同時に私も膝をつく。
「噓だろ…!? あんな弱そうな奴に旦那がやられた!? 何でだ…!? くそっ、やばい、やばいやばいやばい!!」
残された魔物が大袈裟な様子で慌てふためいたのも束の間、再び邪悪な笑みを浮かべながらこちらを見てくる。
「…なあ~~んてな、ケハハハハ! 形勢逆転したとでも思ったかぁ? でも旦那がやられたってことはよぉ…俺が死体を操れるってことさぁ!!」
「まずい…! シャル、もういい! ここは君だけでも…!」
「はあ、はあ…ううんレオ、大丈夫。だって…」
倒れた魔物に向かって空中から勢いよく突っ込んでいく様子を静かに見守る。
師匠の言っていた事が確かならば、慌てる必要はないはずだ。
「予想よりも苦戦しちまったけどこれで終わり…ゲハァ!?」
倒れた魔物にぶつかった瞬間に、奴は跳ね飛ばされる。
それもそのはず、虫の魔物は死んだのではなく気を失っているから操ることは出来ないんだ。
「え? は? 旦那…もしかして気絶してんのか!? 噓だろ、おい起きろ! 起きろって!」
意識を戻そうと騒ぎたてるけど、虫の魔物はピクリとも動かなかった。さすがに相手にも予想外の出来事だったらしく、その様子から焦りを感じ取れる。
「くそっ、くそっ! こうなりゃ仕方ねぇ…」
意を決した様子で行動を開始する魔物。こちらも一瞬警戒を強めたけれど、すぐにその必要もなくなった。
「…さっさととんずら決め込むしかねぇな! じゃあなクソ人間供、精々ここで生き埋めにでもなってな! ケハハハハ!」
笑い声を上げながら岩で塞がった道をすり抜けて行ってしまう。ひとまず危機は去ったと考えてよさそうだった。
「…大丈夫かいシャル? 僕が言えるような状況ではないかもしれないけれど…」
「本当だよ…! 危なかったとはいえあんな無茶をして! ほら、動かないで!」
再び魔操具を起動させて治療を始める。逃げた魔物が言っていた呪いとやらの効果はすでに薄くなっており、体も軽くなっていた。
しばらくは静かに治療をしていたけれど、落ち着いた頃合いにこちらから話を切り出す。
心配が先走ってしまったとはいえさっきの発言は…どうかと思えたから。
「…でも、レオをピンチにした原因は私…だよね。ごめんなさい」
「シャル…謝らなくていいよ。君が無事ならそれでいいんだ」
「レオ…」
昔と変わらない優しい言葉。それは嬉しくもあったけれど、不安でもあった。
「…レオは昔からそうだったよね。誰かの為なら自分の身を危険に晒してでも行動出来る、強い子で…でも、だからこそ心配だったの」
「……」
「でも、今は私が側に居て支えてあげられる。今までは役に立ててなかったけれど…今回の戦いで強くなれたと思うの」
「シャル…」
「これからもっと頼りになってみせるからね。レオが安心出来るように…」
治療を行いながら片手で頭を撫でる。彼も嫌がる素振りはなく、落ち着いた様子だった。
「…ああ。ありがとう…」
本当の意味が伝わったかは分からない。けれど、今は二人で静かに時を過ごすのだった。
――――――――――
しばらくして
水晶洞 内部
「…よし、体はもう大丈夫そうだ。助かったよ」
シャルに看病されて時間が経ったが、さすがは水の元素使いといった所だろうか。
既に体は立ち上がれるほどまで回復しており、傷も塞がっていた。
「どういたしまして。さて、これからどうしよっか? 一応魔物は気絶したままだけど…」
地面に倒れている魔物に目を移すと、その脚がぴくりと動く。シャルは先ほど気絶していると言っていたが…それなら早く移動しないと危険かもしれない。
「…早めに移動した方がいいかもしれないね。何時、こいつが目覚めるか分からない」
「だね…でも幽霊みたいな方の魔物がここは複雑だって言ってたけど、他の皆は大丈夫かな…」
確かにシャルの言うとおりだ。助けに来ようとしている向こうが迷っていたらなかなか面倒な状況だ。しかし、現状が動くのは突然だった。
「…ガラァ!!!」
聞き覚えのある声が聞こえた後、爆音と共に入り口を塞いでいた水晶が吹き飛ばされる。
突然の出来事に驚いたが、そこにいたのはリューガンと…まさかのジーノ達だった。
「オ、本当に居やがったゼ! また会ったなレオネス!」
「リューガン!? それに皆も…」
「あー、言いたい事は分かるけどよ。とりあえず無事で良かったぜ…っておいおい。お前ら、そこに寝そべってる奴は…」
「話は後で、早くここから離れた方がいいかもです。いつ目覚めるのか分からない状況…だ……から……」
「……シャル!? しっかりするんだ、シャル!」
突然倒れこむ彼女を受け止め、呼びかける。そして、状態を確認しようとした時に後ろから聞こえた物音。
それはまさに最悪の予想だった。
「…フシュルルルルルルル…」
「…! くそ、こんな時に…!」
「レオネス君、ひとまずシャルネ君を馬車に!」
「はい!」
幸いにもまだ目覚めたばかりで猶予はあったが、奴をここで放っておくわけにもいかない。シシゴウがいるならば、とどめを指すことも可能なはずだ。
「フーン…おいお前ら。ここは俺に任せてみねぇカ?」
そんな中で出されたのは、リューガンからの意外な提案だった。
ここでの戦闘を引き受けてくれるのは願ってもいないことだけれども…その真意は分からない。
「リューガン…?」
「…魔物が俺たちを助けるってか?」
「いや、単純に戦いてぇからダ! あのケタケタ野郎が頼りにする奴の強さに興味がある!」
実に彼らしい理由…なのだろうか。その言葉に少しだけ安心してから、後ろに下がる。
「…行こう、皆。ここはリューガンに任せよう」
「魔物を信用するのはどうかと思うが…仕方ねぇか。後は任せたぞ!」
「かたじけない、リューガン!」
「オウ、またナァ!」
彼にその場を任せて元来た道を引き返す。後ろからの戦闘音が聞こえなくなってきた頃には、横道から抜け出すことが出来た。
「後はこっちに向かえば王国側に出られる!さあ急ごう!」
ショゼフさんの示した方向に移動し、しばらくしてから見えてきたのは外からの僅かな月明かり。
大分慌ただしくなってしまったが、僕たちは何とか王国側に辿り着くことが出来たのだった。
「ふー…何とかこっちに来られたな…」
「そうだね…そうだショゼフさん、シャルの容体は…!」
「安心して、ただ気を失ってるだけみたいだよ。でも相当疲れてるみたい…」
こちらの言葉に対して、代わりにカナンが答えてくれる。幽霊のような魔物の技もそうだが、短時間に魔装具を展開しすぎた影響だろうか…それとも。
(もしかしたらあの技…体に相当な負担がかかるのかもしれないな)
真偽は目覚めてからでないと分からないけれど、もしそうならば気を付けなくてはいけない。あれほどの魔物を無力化出来るなら、相当な力を消費してもおかしくはないだろう。
「分かった、教えてくれてありがとう」
「ふむ、なら早めに休める場所に向かうとするか。シャルネ殿も馬車の中では疲れも取れぬだろう」
「そうだね、じゃあ早速…っ!」
話を終えて近くの村への道を歩き出そうとした瞬間、草むらからこちらに向かって矢が放たれるが、寸前のところで体を反らせて回避する。
リューガンがいたから抜け落ちてしまっていたが今は魔物が活性化している時期であり、それはこちらでも同じはずだ。
「野郎…そこか!」
「グギャア…!」
すぐさまジーノが弓で迎撃すると、リザードマンが飛び出して来る。それと同時に、四体の同族も道を塞ぐように現れた。
「くっ、次から次へと…!」
「――そこまでだ、悪しき魔物共よ!とう!!」
戦闘態勢に移ろうと剣を構えると、今度はどこからともなく声が聞こえた後に空から男性が降ってくる。長い髪をたなびかせながらこちらの前に着地すると、魔物の方へと向き直った。
「今度はなんだ!?」
「安心したまえ、君たち。ここは俺が蹴散らそう!」
いかにも、といった様子で現れた謎の人物。この自信マンマンの男性こそが、王国にたどり着いて初めて出会った王国民なのであった…
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