第27話 王国に潜む狂気
王国側 水晶洞前にて
魔物との間に割って入ってきた男性。見たところ武器は携帯していないようだが、彼こそが術を扱うという魔術師なのだろうか。
「敵は四体…ふむ、いけるな」
「助太刀は感謝するが、ここは協力した方が良いのではないか?」
「確かにそうかもしれないが、少々こちらの戦術は敵と味方の判別が難しくてね。大丈夫、俺は強いよ」
その言動と立ち振る舞いからは強者の風格が漂っており、もしや大魔術師などと呼ばれるすごい人間なのかもしれないという考えが脳裏を過る。
(確かに、強力な魔法を扱えるならば乱戦となる前に終わらせることが可能だけれども…もしかしてこの人が!)
「さあ、勝負だ悪しき者達よ!」
「………あれ?」
自信マンマンに武器…を構える彼。だがそれは魔導を扱うための杖でも、敵を倒すような武器でもなく……
石ころのような物だった。
「おいおいおい、あんた何を持ってんだ!? 死にたいのか!?」
ジーノの指摘も納得だった。この人には悪いが、先ほどまでの強者感が一気に無くなってしまった。
だが、それは浅はかな考えだったとすぐに思い知らされる。
「ふっ…これはただの石ではない! ふんっ!! はあっ!!」
その石ころは彼の手から離れた瞬間に緑色の光に包まれ加速する。しかし挙動は真っ直ぐだから魔物に避けられてしまうのだが、驚くのはここからだった。
「せえい!!」
謎のポーズを取った次の瞬間には、石ころが急に方向を変えて魔物の額に直撃する。
(…!! 石が急に向きを変えた…!?)
「せぇい! ぬぅん、とぉぉう!!」
驚くのも束の間、何が何だか分からないまま彼は一瞬でリザードマン達を全員倒してしまっていた。
(この人…戦っている見た目はあれだけど、強い!)
ひとしきりポーズを取り終わった後に彼の手元に石が戻ってくる。確かに石とはいえ自由自在に扱えるのなら強力だ。
「おいおい、まじかよ…」
「さて…大丈夫かい、東からの客人達よ?」
「あ、ありがとうございます。お強いんですね」
「ふっ、初めて出会う人にはよく驚かれるからね、もう慣れているさ。それで見たところだと君達は水晶洞を通って来たみたいだが…どうやら無事みたいだね」
「無事? もしや洞窟にいたあの魔物を知っているのか?」
「なに、やはり中で魔物と遭遇したのかい?」
シシゴウの言葉に驚く彼。少し考える素振りを見せたがすぐに話を続けてくる。
「…すまない、少し考えてしまったね。自己紹介が遅れたが俺はウィンスト。こちらで刻印術師をしている者さ」
「刻印術師?」
(刻印…聞いた事の無い言葉だな。魔法とは違うようだけれど…?)
「諸々の説明は近くの村へ向かいながらにしようか。こちらも少々物騒なものでね」
「まあ、あんたに案内してもらえるのは素直に助かるぜ。ありがとうな」
彼に先導されながら近くの村へと歩を進める。その途中で話を聞いたが、どうやら彼は洞窟に潜む魔物の視察にやって来たらしい。
王国側でも水晶洞から帰ってこない人がいた事からこちら側でも危険視していたのだろう。
そしてこの付近には『ガザール』と呼ばれている、勇者によって倒されたリザードマンの残党が出没しているらしい。なので、そいつらの退治も兼任してきたようだ。
刻印術に関しては、物に刻印を刻む事で対象ごと元素を操る方法と教えてもらったが…一子相伝の技なので詳しい内容は秘密らしい。
ひとしきり説明を聞いた後に、こちらからも洞窟での出来事を話す。
「…ということがあったんです。幽霊のような魔物の方には逃げられてしまいましたが、巨大な虫の魔物は何とか倒しました」
「ふむふむ、なるほどね。さらに、襲われた人達の生き残りはいなかったと…」
「…はい。僕達が来た頃にはすでに…」
「分かった、貴重な情報をありがとう。それで…君達は王国に向かっているのかい?」
「それに対しては私から答えよう。私はショゼフ・エイブラム、ケディア行商協会の者だよ」
「行商協会の? ということはもしや…薬ですか?」
「うむ、話が早くて助かるよ。こちらで流行っている病の薬を届けに来たのだが、今は王国に向かっても問題ないかね?」
「問題ないと思いますよ。関所が封鎖されているだけで、こちらの門までも閉じてはいませんから。それに、もし閉じていたとしてもあなたを拒む道理はありませんよ」
順調に話が進んでいく中で、ちょっとした疑問も浮かび上がってくる。
確かジーノから聞いた話だと両国は不仲のはずだけれど…目の前にいる人物から敵対意識はなく、むしろ友好的だった。
そんな考えをしていると、後ろからカナンの声がする。
「皆ー! シャルネお姉ちゃんが目を覚ましたよー!」
「…! 本当かい、体は無事? どこか悪い所は…」
「そんなに心配しなくても大丈夫だって! 心配かけたみたいでごめんね」
そう言って馬車からひょっこり顔を覗かせてくる。顔色も健康そうで、大丈夫というのは嘘ではないみたいだ。
「初めましてお嬢さん。俺はウィンストだ、よろしく頼むよ」
「あ、初めまして…ってえ? あれ、ここは? さっきの魔物は何処に行ったの?」
「あはは…また説明し直しかな」
再度状況を整理しながら村へと向かう。ちゃんと説明しきる頃には村に着こうとしているのだった。
ホピラ村
「…なるほど、私が気を失っている間にそんな事があったんだ」
「今日は疲れたろ? ゆっくり休むといいぜ。ここを離れたらまたしばらく距離があるからな」
「うん、ありがとうございま…」
ふと、シャルの声が途切れる。不自然な変化に違和感を覚えて振り返ると、目に映ったのは普通だったらありえない光景だった。
「…シャル? 皆?」
動きが止まっていた。そう、視界に映る全ての存在が行動を停止していた。突然の出来事に驚いている間に、再び止まっていた全てが動き出す。
「…す、ジーノさん。ウィンストさんも案内してくれて助かりました!」
「礼には及ばないさ。じゃあ、俺は他に用事があるからここで失礼するよ。機会があればまた会おう」
(なんだ、さっきのは? 皆が…いや…時間が止まっていた?)
「む? どうした、レオネス?」
「ああ、いや…なんでもないよ。ちょっと疲れたのかもしれないかな」
時間にして数秒だっただろうか。周りの様子を見ても先ほどの現象に気づいている人物はいなさそうだった。
(…夜にでも魔神に聞いてみた方が良さそうかな)
気になる現象に遭遇したが、一旦置いておいて宿へと向かう。
今は人が多いから話しかけてこないが、おそらく魔神も先ほどの異常を認識しているだろうと思いながら、建物の中へと入るのだった。
宿
「なに、空き部屋が三つしかないだと?」
「申し訳ございません。現在治療中のお方達がこちらに泊まっておりまして…部屋がそれしか空いておらず…」
「うむ、そうか。ならば拙者達がまとまればよいな」
「私とカナンは二人で同じ部屋で大丈夫だよ」
「仕方ねぇなぁ、むさ苦しいのは嫌なんだが…いや待てよ? どうだいシャルネちゃん、俺と一緒の部屋になるってのは」
「え、お断りします」
「即決かよ! ったく…じゃあ美味しい役割はお前に譲るか、不服だが」
「不服って…まあそれならしょうがないね。じゃあ空いている部屋でいいので泊まらせてもらいます」
「かしこまりました、それではこちらが部屋の鍵となります。どうぞごゆっくり」
鍵を受け取った後に、書かれている番号と同じ扉へと向かう。
宿の大きさから分かってはいたが、鍵を開けて中に入ってみると部屋の大きさはそこまでではなかった。
「あれ、結構小さいね。でも過ごせないってほどではなさそうかも」
「だね。今日は疲れただろうからゆっくり休むと…って、あ」
部屋を見渡していると、ある事に気がつく。
もともと一人部屋だから当然だが、ベッドが一つだけだったのだ。シャルも今、その事に気がついたようだった。
「あ、そっか…一人部屋だもんね。ベッドも一つだけだよね」
「うーん…そうだ、昔みたいに一緒に寝るかい?」
おどけた様子で冗談半分に言う。それを聞いたシャルはぽかんとした顔をしていたけど、すぐに顔を真っ赤にさせる。
「…へ? え!? はい!? ね、ねねねね寝る!? 一緒に!?」
「あ、いや、そういう意味ではなくて。昔みたいにって言っただろう?」
「そ、そうだよね! 昔みたいにだよね! 昔みたいに二人で寄り添って…寄り添って!?」
「と、とりあえず落ち着こう。変な事を言ってごめん。一応僕は床でも寝られるから」
さすがに冗談が過ぎてしまったかもしれない。自分達はもう大人で、本当の血の繋がりは無い。狭いうえに同じベッドで寝るのは色々と危ういかもしれない。
ひとまず話を切り上げて荷物の整理をしようとした際、後ろから腕を掴まれる。振り向くと、シャルがうつむいた様子でぽつりと呟く。
「…いいよ」
「え?」
「私、一緒のベッドでもいいよ…?」
その様子に一瞬ドキリとしてしまう。いつもとは違う雰囲気。向こうでも何かを決心したような様子。
いつもだったら断るはずなのに、なんとなく断ってはいけないような…そんな気がした。
──────────
その夜
「………」
「………」
寝る準備が終わって、お互いに背中を向けながら狭いベッドに横になる。
(…気まずい)
どうするべきか分からないまま時間が過ぎていく。お互いがそうなのかもしれないし、向こうが待っているのかもしれない、そんな時間。
そんな中、先に動きだしたのはシャルだった。
「…レオ」
背中に感じた柔らかい感触。今まではなるべく気にしないようにしてきたけれど…シャルも六年の間に成長したのだ。
後ろから抱きつかれたら、嫌でもそれを実感させられる。
「…どうかした、シャル?」
「…レオって好きな人とか出来た事ある?」
「随分急だね…好きな人、か」
言われてから考えてみるけれど、今まで誰かを好きになった事は無いかもしれない。その根底にはあるのはやはり…この体に魔神が宿っているという事実だろう。
「…まだないかな」
「…そっか。でもそれを聞いたらリーゼラルさん、泣いちゃうよ?」
「あー…えっと、知ってたんだ」
「あれは誰にだって分かるよ。だって、完全に恋する乙女の目じゃない」
「あはは…」
「あははじゃないの。全く…」
その言葉の後に、更に押し当てられるように寄り添ってくる。
胸からはシャルの心音が聞こえてくる。ゆったりとした息づかいも…はっきりと分かる。
「…女の子の気持ちには、ちゃんと答えなきゃだめだよ?」
いつもとは違う彼女の声色で囁かれた言葉。なんだかその言葉は、別の意味にも聞こえた。
「…そうだね」
ここで振り向いたら彼女はどんな表情をしていたのだろう。今までの行動からして、きっとこの予感は間違っていないのだと思った。
だが、それでも…僕は振り向かなかった。
「…うん、そうだよ。勇気が出ないなら…私が支えてあげるから」
それはいつも通りの優しい声だった。きっと彼女も自分の秘密に気がついているのだろう。
あの時の戦いにかけられた言葉。心配して、強くなって追いかけてきてくれた存在。
僕は彼女の言葉に振り向かなかったのだろうか…それとも、振り向けなかったのだろうか。
(いつか答えなければいけない日に…僕は、前を向けているだろうか…)
それ以上は言葉を交わさずに眼を瞑る。やはり彼女も疲れていたらしく、安らかな寝息を立てるのを確認してから、僕も眠るのだった。
――――――――――
その頃 夜の平原にて
「るんたらたったー♪るー、るーるるー♪」
伸び伸びと歌うフードを被った少女。やや下手な音色は日常を感じさせるものであり、それと同時に異質な空気を纏っていた。
そんな中、無防備な小さな夜の歌姫を狙う、無粋な男達がいた。
「…ゼフスさん、本当にやるんですか?」
「やるしかないんだ。お前も金が必要なんだろう?」
「それは…そうですけど」
「そ、そうだ。ラッジもなに弱音を吐いてるんだ。こんな丁度良い場所に拐えそうな子供がいるんだぞ」
「…そうですね。裏で動くなら…これもやるしかないですか」
――――――――――
「つきがきらきらるなてぃっくー…ん?」
三人の男が歌う少女を囲むように現れる。その手には武器が握られており、明確な敵意があった。
「おじさん達こんばんは。あなた達も眠れないの?」
「…無用心じゃないか、こんな場所で一人なんて。夜は危険だって両親に習わなかったのかい」
「ほんとだねー。で、おじさん達は私をぶつの? 切るの? それとも犯す?」
「て、抵抗しないなら手荒な真似はしない。ただおとなしくしてるんだ」
「私も持ってるよ、護身用の武器。ほら、かっこいいでしょー」
少女が腰から取り出したのは小さなナイフ。その体躯に釣り合っている獲物だが、武器として強力ではない物だった。
「…武器をしまって、こちらに渡すんだ。そうすれば危害は加えない」
「んー…分かった。はいどうぞ」
男の提案に素直に従う。三人は顔を見合わせた後、おどおどしている男がそれを拾おうとした…その時。
「ねえおじさん。あなた、それを拾ったら死ぬよ」
「え……え? お、俺が…これを拾ったら死ぬだって?」
「うん。喉から血が噴き出してね? それを止めようとして、首を押さえながらしばらくゴロゴロして、死ぬよ。それでも拾う?」
とても少女から語られないような内容の言葉。二人の男はその立ち振舞いに若干の恐怖を覚えていたが…もう一人は違かった。
「…う、嘘は止めろ。俺がこれを拾っただけで死ぬだと? あ、あんまり大人をからかうな…!」
男は少女の忠告を無視して手を伸ばす。二人はその様子を息を飲んで見ていた。
距離にして、残り数十センチ、数センチ――
「…ガアァァァァ!?カハッ、ア、ガァァァァ!?」
「ゴツ!?」
予兆は無く、突然首から血が吹き出す。そして、少女の言った通りに首を押さえながら地面をのたうちまわる。
「だ、だず…げ…で…ゼフ…ス…」
それがゴツと呼ばれていた男の最後の言葉だった。あまりの出来事に呆然とする二人を嘲笑うかのように、少女は歌う。
「忠告聞かない欲張りさん、惨めに倒れて死んじゃった♪」
「…………正気、か…?」
風がフードを浚い、その下に隠されていた少女の顔が…その異常が姿を現す。
紫色の髪と、右目付近を隠すよう巻いていた包帯。そして華奢な体には似合わない、不敵な笑みを言い表すならまさに――
――邪悪だった。
「……!!」
その表情を見たもう一人の男…ゼフスは逃げ出す。
このまま立っていれば目の前に転がる仲間の姿が、未来の自分の姿だと感じたのだろう。だが、それも無駄だった。
「ウガァァ!?あ、足がぁ…!?」
逃げ出した男の両足から血が吹き出して勢いのまま転ぶ。ただ逃げただけなのに、その足には無数の切り傷が刻まれていた。
「逃げちゃだーめ。悪ーい大人は八つ裂きにしないと…ね♪」
いつの間にか倒れた男の前に移動して、地塗られたナイフを見せびらかすように構える少女。
「…!? いつの間に…!?」
「でもまあ、あなたは一旦置いておいて~」
「…!」
「あなた達がやろうとした悪いこと。私が今からやる悪いこと。はたしてそれは同じかなぁ? 同じだといいねー」
残されたのはラッジと呼ばれた男のみだった。ゆっくりと…軽やかな足取りで近づいて来る存在に対して、逃げなければいけないと本能が叫んでいるはずだろう。
しかし彼は蛇に睨まれた蛙のように動く事は出来なかった。
だが、目の前にやって来る直前になってようやく体が動く。
「こ、このとおりだ! 許してくれとは言わない、だけど命だけは…! お願いだ、家族が待ってるんだ…!」
選んだ行動は土下座だった。涙混じりの訴えを聞いて少女はその足を止める。
「命乞い? どうしよっかなぁー」
「出来る事なら何でもする! だからお願いだ、どうか…命だけは…!」
「え、本当? やったー! 私、あなたでやりたい事があったんだよね!」
「………え?」
――――――――――
「結局四本で心が折れちゃったか…うーん、判断って難しいなぁ」
周囲に転がる無惨な三人分の死体。その真ん中に少女は座っていた。
「殺してくれーなんて、生きるためなら何でもするって言ったのは嘘っぱちだったみたい。さてと、服も汚れちゃったし…私もそろそろ帰ろっと」
ポツリと呟いてからナイフを握る。
そして少女は…自らの心臓に向かって獲物を突き刺した。
「…いったぁ。でも…これって同じ…かな…?」
その言葉の後に倒れて動かなくなる少女。これは、とある夜に起こった惨劇。
動ける者は誰もおらず、時期に太陽は昇る。だがこの出来事が明るみになった際に発見されたのは――
三人分の死体だけだった。
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