第25話 魔物の罠
テント内部
怪我人を担いで中に入ると、見張りの交代に出てこようしていた二人がいた。
事情の説明をしている最中にショゼフさん達も起き出したが、こちらを見た途端に本人は驚きの声を上げた。
「クレル…!? クレルじゃないか! どうしたんだその怪我は!?」
「ああ…お前のチームだったのか。こんなところで知り合いに出会えるなんて思わなかったよ…なに、少し体を打ってしまってね…」
「クレルおじさん、大丈夫…?」
「私の心配は不要だ…だが、まだ仲間達が捕らわれていて…危険を承知だがお願いだ、どうか彼らを…」
「…とりあえず情報を聞いてから判断させてもらうぜ、まず、敵は何だ?」
「…敵は巨大な魔物だ。この付近では見たことのないような虫の魔物で…そいつに、共に行動していた冒険者や私の連れは捕らわれてしまった…」
「なるほどな、じゃあ何であんただけ逃げ出せた?」
「ジ、ジーノ君?もしかして…」
「いや、彼の疑問は最もだ…実は、魔物はもう一体いる。そいつと巨大な魔物が揉めていてな…奴らの隙を見つけて、比較的動ける私が助けを呼びに逃げ出したんだ…」
「…分かった、嘘はついてなさそうだ。とはいえ、このまま向かっても俺達が勝つという保証はないわけだがな。あんたが囮にされてる可能性もある」
確かにジーノの言うことは最もだ。クレルさんのチームがどのくらいの強さなのかは分からないけれど、話を聞く限り相手は強力な魔物だと分かる。
「…そこなんだが…今、あいつらは留守かもしれない」
「なに?」
「こちらがもう動けないと思ったのか、何か別の用が出来たのかは分からないが…確かに洞窟の中には奴らはいなかった。もし助けるなら今しかないのかもしれないんだ」
クレルさんの言葉の後に沈黙が流れる。助けに行きたい気持ちもあるけれど、同行している護衛人を危険にさらすのは悪手だ。それを他の皆も分かっているのだろう。
「…助けに行こう! 私、見捨てるなんて出来ない!」
最初に沈黙を破ったのはシャルだった。しかしジーノは淡々とその危険性を話す。
「おいおい…分かってんのか? 魔物が戻ってくるかもしれねぇし、すでに生存者がいない可能性だってある。おまけに中は水晶洞だ、シシゴウの動きだって制限される」
「確かにそうかもしれないですけど…!」
(シャル…)
冷静に論じられて言葉を詰まらせる。それでも助けたいという気持ちは消えていないだろう。それは正義感からか…それとも過去の経験からだろうか。
「…僕も助けに行きたい」
気がついたら、そう口にしていた。ジーノの言う通り無謀かもしれないけれど、ここでシャルの気持ちを否定したくはなかった。
「確かに危険かもしれないけど…助けられるかもしれないのに見捨てるなんて、出来ない」
「レオ…!」
「さて…二人の意見は同じのようだな、ジーノ?」
三人で真っ直ぐと彼を見る。やがてその空気に耐えきれなくなったのか、覚悟を決めたように言い放つ。
「……あーー! 分かった、分かったよ! 助けに行くんだな!? ショゼフさん達も着いてくることになるがいいな!?」
「ああ、もちろんだとも! クレルの仲間なら見捨てるなんて出来ないからね、カレンは責任を持って私が守る!」
「お父さん…! 頼りないけど頼りになるー!」
助けに向かう方向で話が進む中、最後にジーノが念を押してこう言う。
「だが! そうなるなら念入りに状況は聞かせてもらうぜ? 敵の特徴、襲われた状況、チームの人数…全部だ」
「…ありがとう。私の知っている事なら全て話そう。まず敵の特徴は不定形の魔物と、巨大な虫の魔物の二体だ。不定形の方はよく分からなかったが、虫の方は強力な毒を持っている。襲われた状況としては洞窟内部の広い空洞で奇襲された…チームの人数は私含めて六人だ」
「助けるのは五人か…ショゼフさんの馬車ならいけるか? 捕らわれている場所は?」
「広い空洞方向の道ではない横道だ。その奥に皆はいる…」
クレルさんからの情報で状況は掴めてきた。だけど一つ心残りを挙げるなら…
(…どうする、伝えるべきか?)
触れた際に感じた手の冷たさ。クレルさんに外傷は無く、打ち身だと言っていた。
考えられるのは内部に損傷がある事…だが、それにしても何かが引っ掛かってしまう。魔神に相談したいけれども、周りに誰かがいる状況ではばれてしまう危険性もある。
「その場所までは私が案内する。さあ、準備が出来たら出発しよう…皆が無事なうちに…!」
「承知、拙者は準備万端だ!」
「私も大丈夫!」
「こっちもオーケーだ」
「…ああ、こっちも大丈夫だ」
確認をとった後に洞窟内部に向かおうとテントを出る瞬間、シシゴウに小さな声で伝える。
「…クレルさんに気をつけて。今はまだ、何か嫌な予感がするとしか言えないけれど…」
「…? うむ、分かった」
こうして水晶洞の中へと入る僕達。小さな違和感は拭えなかったけれど、それでも今は彼に付いていくのだった。
─────────
水晶洞内部
緊張感のある状況だけれど、中は水晶の反射により幻想的な雰囲気に包まれていた。
通過点として通るのなら良い景色だったのかもしれないなと思ったが、すぐに気を取り直して横道を進んでいく。
「…この先だ、そこに皆は捕らわれている」
しばらく進んでいくと奥に空洞が見えてきた。そこには特に生物の姿は見当たらず、更に奥には人の姿が見える。
「…皆は無事だ! 急ごう!」
「はい!」
(…!!)
クレルさんが走り出して空洞に入った瞬間、感じたのは何者かの視線。それは、その場所の天井からだった。
…そこにいたのは巨大な虫の魔物。
赤く光る甲殻を無数の脚が支えており、その存在が巻き付いていたのは大量の水晶塊。
まさにシャルが通りかかろうとした瞬間にそいつは水晶塊を落とそうと動き始めていた。
「……危ない!!!」
「きゃ…!?」
近くにいたシャルを庇うように飛び出した瞬間、上から大量の水晶が落ちてくる。間一髪のところで間に合ったけれど、空洞の入り口は塞がれてしまう。
「なに、崩落か…!? 大丈夫か、レオネス!シャルネ殿!」
「ああ、今のところは! だけど…!」
確実にまずい状況だった。こちら側にいるのはクレルさんと自分とシャル。
シシゴウがクレルさんから距離を取ってくれていたおかげで他の人は巻き込まれなかったが…
「レオ、後ろ!!」
「っ!」
掛け声のおかげで後ろからの魔物の突進を何とか避ける。
しかし、その攻撃はクレルさんを狙っておらず…彼の隣に魔物が並んだ後、ゆっくりとこちらに振り替える。
「……あーあ、巻き込めたのは二人だけか。残念だねぇ」
「え…クレル、さん…?」
「全く、ちょっとは愚かになってほしかったんだけど仕方な…」
話している途中で彼の体は虫の魔物に突き上げられて宙に舞う。
そして、そのまま彼は地面に落ちることなく魔物に頭から喰らいつかれる。
「…!! うそ…そんな…!」
「オイオイ、話している途中だったのに我慢出来なくなっちまったのかい旦那ぁ?」
すると喰らいつかれたクレルさんの中から飛び出してきたのは半透明の魔物。宙をふよふよと浮かびながら、手に持っているカンテラのような物を鳴らしていた。
「…シシゴウ、ジーノ! 別の道がある、そこから来てくれ!!」
「なに…!? 分かった、それまで持ちこたえろよ!」
「待ってろ、すぐに行く!」
二人に別の道を伝えてから戦闘態勢に入ると、巨大な虫の魔物は不快な咀嚼音を鳴らしながらこちらを向く。その口からは、クレルさんが人間であった証が…紅く垂れていた。
「操りたてホヤホヤの新鮮な死体だからってがっつかなくてもいいのになぁ…だって新しく二体も食えるんだぜ? なあ、旦那ぁ!」
「…フシュルルルルル…」
「…これが、人を喰らう…魔物…」
巨大な体躯から放たれる威圧感に息を飲むシャル。
それもそのはずだ。奴にとって先ほどの人間は食料でしかなかったと認識させられるほど、人を喰い慣れている。嫌でも補食された際のイメージが、脳裏を過る。
「圧倒されちゃだめだ。すぐに皆が来てくれる…だから今は生き残る事を優先するんだ」
「…! そうだね、気持ちで負けちゃだめだよね!」
「友情ごっこはもういいかい? ま…返事は待たないけどなぁ!」
不定形の魔物がそう言って空中でカンテラを鳴らし始めると同時に、虫の魔物が突進してくる。
先ほどのリューガンと比べると速度は見切れるレベルだが、食らいつかれてしまったらひとたまりもないだろう。だが…
(…空中の奴は何をしているんだ?)
こちらの様子を伺いながらカンテラを鳴らしてくる魔物。その様子に嫌な予感を感じるが、ゆっくりと考える時間はなかった。
しばらく虫の魔物からの攻撃をかわし続け距離を取った際に、奴が大きく体を仰け反らせて口からゴポゴポと音を鳴らしてくる。
「シャル、来るよ!」
「ええ、分かってる! 水壁よ…私達を守って!」
こちらに目掛けて液体を飛ばしてくると同時に、シャルが魔装具を展開させる。
作られた水壁によってそれはこちらまで届かなかったが、着弾部分からは白い煙が上がっておりそれが強力な酸だという事は一目瞭然だった。
(これは…毒ではなく酸か!)
「ケハッ、粘るねぇ。本当にお仲間さんが来てくれるって信じてるみたいだ」
「なに? くっ…!!」
未だに手に持っている物を鳴らしながら半透明の魔物が話しかけてくる。もちろん、もう一方の攻撃も休むことはない。
「でも残念! この洞窟はどっかのお馬鹿さんが掘り進めた結果、かなり複雑になってるんだ! だからここに来るまで相当な時間がかかるだろうよぉ!」
「ならそれまで凌ぎきればいいだけ! 私たちならきっと…!」
「確かに、旦那になかなか捕まらないよなぁ。きっと戦い疲れているから楽に終わると思ったんだがなぁ」
(きっと戦い疲れている…?まさか!)
リューガンが誰かに教えて貰って待ち伏せしているといった趣旨のこと言っていた。
つまりはこいつは計画を立てて人間を襲っている手練れ。確実に、有利な場所で自分達を殺しに来ている。
「だがなぁ…」
そう呟くと奴は邪悪な笑みを浮かべる。何かを仕掛けてくる様子にシャルも気づいたらしく、魔装具を再度展開させる。
「させない!」
「遅い! もう回避不能だぜぇぇ!!」
シャルが仕掛けるよりも早くカンテラを振り下してくると、そこから黒い何かが広がってくる。
すると先ほどまで展開していたはずの魔装具から段々と光が失われていくと共に、こちらの体が重くなる。
「噓、魔装具が…!? それに…体が…!」
「なんだこれは…!?」
「ケハケハケハケハ! さあさあ
自分はまだ動けたが、シャルの動きが目に見えて遅くなる。もちろん敵もそれを見逃すはずはなかった。
「シャアアアアアアアアアア!!」
「くっ…させるかぁ!!」
普通に動いては間に合わないと分かり、敵の攻撃よりも速くシャルを付き飛ばす。
振り向くとすぐそこまで魔物の牙が迫ってきていたが、ギリギリのところで剣をつっかえさせる。
「ぐうぅ……!!」
「レオっ…!?」
剣からミシミシという音が聞こえる。このままでは確実に砕かれて、胴体を食いちぎられる。
(これは、まずいっ…!)
素早く片手でポーチを開き、中からジーノから貰ったある物を取り出す。しかし、この距離で使ったら自分も一溜りもないだろう。それでもこれしか道はないと判断して、歯で勢いよくそのストッパーを外した。
「…お互い、無事じゃ済まないかもな!」
自分たちの間に放り込んだそれは爆弾だった。その言葉の後に勢いよく爆発し、たまらずに体を大きく仰け反らせる魔物だったが、同時に自分も後方へと勢いよく吹き飛ばされる。
地面をしばらく転がると、シャルが慌てて駆け寄ってくる。
「レオっ!! 大丈夫、レオ!?」
「つっ…! あ、ああ…何とか…」
「あっちゃあ、痛そうだなぁ旦那。こりゃなぶり殺しコースか?」
しばらく悶えている様子の魔物だったが、再度こちらを睨みつけてくる。その目からは明確な怒りが感じとれた。
あの爆弾でも致命傷にはならなかったのならば…自分にはもう、あの手段しか残されていなかった。
(……やるしかない。魔神、僕に力を貸してくれ)
『…宿主が望むのならば』
密かに覚悟を決めて語りかける。
だが…倒れる自分の前に再び立ち塞がったのは、シャルの姿だった。
「…やらせはしない!」
「シャル、ダメだ…! 奴は本気だ、君の体では…!」
「それはレオだって同じでしょ!だから、ここは私がやる! 二度と
そう言い放つと、未だに抜いていないもう一つの剣に手をかけるシャル。
自分の武器も吹き飛ばされてしまった今、彼女の覚悟を決めた後ろ姿をただ見守るしか…僕には出来なかった。
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