第22話 模擬戦とお誘いと依頼

帝国騎士団206号室


「どうぞ、紅茶が入りましたわ」


「ありがとう、ドゥルミナさん」


「散らかっていてごめんなさい。せっかく来てくれたというのに…」


 書類が多いことに謝るリーゼラルだったが、こちらとしてはとんでもない。むしろ謝るのはこっちだ。


「謝らなくても大丈夫だよ、突然押し掛けたこっちが悪いんだからさ。それにしてもたくさんあるね…やっぱり副隊長にもなると仕事が大変なんだね」


「あーそれはちょっと違うというか…今って上がちょっと忙しいんだよね」


「そうですね。ですから比較的時間の空いているこちらに書類が任されているといいますか…団長や副団長、隊長格の方が戻るまでは続きそうです」


 副隊長より上の階級が他にもあるような話ぶりを聞き、それについてシャルが反応する。


「あれ、副隊長って結構偉いのかと勝手に思ってましたけど…上の階級がそんなにあったんですね」


「まあ、副隊長は小隊を任せられるって感じだからね。だけどリゼはこれでも早い方なんだよ? 私達はまだまだかかりそうだもん」


「へぇ、リーゼラルさんすごいなぁ。ちなみに皆さんは何の元素を操ることが出来るんですか?」


「私は水元素の氷変化ですね。アンジュは火、ドゥルミナは水、トロワーゼは風ね」


「そうだ、ちょうどいいから外に出て体でも動かすー? 実際に見せられるし、二人もいることだから新鮮かもよ?」


「なるほど、それもいいわね。もちろんお二人さえよければですが」


「僕は大丈夫だよ。久しぶりに手合わせ願おうかな」


「魔操具がないけど私も大丈夫です。属性が水なので戦闘には使いませんので」


「おや、シャルネさんも魔操具を使えるのですね…了解しました、では行きましょうか」


 こうして外に出て体を動かすことになった。久しぶりにリーゼラルと手合わせしたり、他の騎士とも訓練が出来ると思ったのだが…

 


訓練場


「それじゃあ、よろしくお願いします! 手加減は無しでいいよ!」


「訓練用の武器だから当たっても危なくないとは思うけど…シャルがそういうなら加減は無しだ」


 いざ手合わせを始めようとした時、シャルがリーゼラルと戦いたいと言ったことに口を挟んだら自分がシャルと手合わせすることになった。自分としては怪我をするかもしれないと思ったからなのだが…どうしてこうなったのだろう。


(まあ、実力を知る良いチャンスと考えるか…)


 気になる点としては、拠点を訪ねた際は腰に二本の剣を携えていたのに彼女の武器は剣一本だ。二刀流かと思ったがどうやら違ったらしい。


「二人とも準備はいいですか? どちらかがやめると言うか、こちらがそこまでと言ったら終わりですよ」


「了解、こっちはいいよ」


「こっちも大丈夫です!」


「では…始め!」


 合図と共に一気に距離を詰める。まずは攻めが多い相手をどう対処するか、それを見る。

 様々な方向から剣を打ち込むがしっかりと対処されるところを見るに、どうやら基礎は十分のようだ。


「なるほど、ならこれはどうかなっ!」


 そう言い放った後に武器を振り上げる。シャルは武器を横に構えて防御の構えを取るのだが、ここまでは予想通りだ。

 構えたそれに打ち込むのではなくその上を滑らせるようにして体勢を変え、突きの構えを取る。元からこれが狙いだった。


「ここだ!」


「くぅ…!」


 完全に不意をついたつもりだったが、ぎりぎりで身をよじってかわされる。この様子だと反射神経も悪くなさそうだった。

 一旦距離を離すシャルに対して、今度は戦法を変えてみる。


「…驚いた、入ったと思ったんだけどな」


「て、手加減無しって言ったら本当に全力なんだね…」


「ちょうどいい機会だからね、しっかりと確かめさせてもらうよ」


 話をしながらゆっくりと距離を詰めていく。今度は能動的ではなく受動的な戦法…守りに重きを置く相手に対応できるかだ。


 そんな自分の様子を見て察したのか、今度はシャルから攻めてきた。一撃一撃は軽いが速度はある。行動の隙も少なく、訓練を積んできたというのは本当のようだ。


「なるほど、早いね。なら…!」


 素早い相手と戦う場合は、まずそのペースを崩すことが大切だ。行動のリズムを読み、相手の攻撃に合わせて武器を弾き返した…その瞬間だった。弾き返された反動を殺さずに、逆に自分の行動の隙に対して蹴りを放ってきたのだ。


「たあっ!!」


(読まれていた…!?)


 予想外の反応に腕でガードするしかなかった。反撃の後に一旦距離を離すとシャルはしてやったりといった顔していた。


「どう、なかなかだったんじゃない?」


「そうだね、まさかここまで戦い慣れているなんて…驚いたよ」


 今回はこれで十分だと思い、会話の後に剣を降ろす。


「なかなか良い戦いでした。お二人ともどうぞ、タオルです」


「ありがとう」


「ありがとうございます、リーゼラルさん」


「今度は私、私ー! リゼ、勝負だ!」


「いいわ、受けて立ちましょう」


「よーし、今日こそは勝ーつ!」


 自分達の手合わせが終わると今度はアンジュとリーゼラルが戦うみたいだ。使う武器は前者が拳で後者が剣だ。審判はトロワーゼが請け負うらしい。


「さあ、いつでもいいよ!」


「こちらも大丈夫よ」


「りょうかーい。じゃあ……はじめー」


 手合わせをする二人を眺めながら、シャルに先ほどの戦い方について聞いてみる。


「戦い方はグレイヴさんから学んだのかい?」


「うん。まあ、お父さんだけじゃないかもしれないけど…」


「だよね、なんだか見たことない戦い方だったからさ。もしかしてお師匠さんって呼んでいた人?」


「あはは…当たりかな。師匠が私に合った戦い方を教えてくれたんだ。ほら、女性だと力負けしやすいじゃない? その対処とか」


「そんな人がハテノ村近くに居たんだ…初耳だ」


「えっと、正確には村の近くではないんだけど…詳しいことは話せないの。師匠から口止めされてて」


「そういえばそんなこと言っていたね。無理に話さなくともいいよ、今のシャルの実力に安心できたからそれで大丈夫さ」


「えへへ、でしょー」


「でも調子に乗ってはだめだよ?戦いに油断は命取りだからね」


「こ、これは調子に乗ってるんじゃなくて…むう」


 何か言いかけたみたいだがそっぽを向いてしまうシャル。さすがに一言余計だっただろうか。すかさず謝ろうとした際にトロワーゼが声をあげる。


「そこまでー!」


「くぅーーー、負けた!」


「手合わせありがとう。アンジュもなかなかだったけど私の方が一枚上手だったわね」


「少しは勝たせてよ、リゼ~」


「お疲れ様、はいタオル」


「あ、ありがとうレオネス」


「ありがとー!」


「そうだ、今度は私と手合わせしてみないかしらシャルネさん?」


「ドゥルミナさんとですか? いいですよ、やりましょう!」


「じゃあそろそろ僕が審判を…」


「いいや、私がやる!」


 自分が申し出る前より早く、アンジュが審判をやると言い出した。あまり任せっきりだと悪いから自分がやろうと思ったのだけれど…


「いや、でもさっきやっていたから…」


「いいえ、私が審判をします! というわけでお二人さんは休んでていいよ! ほらほら!」


「あ、ちょっとアンジュ…!」


 そのまま強引にリーゼラルと共に座らせられる。彼女がやりたいと言うならそれでもいいかと思ったが…なぜだかこちらにサムズアップするアンジュを見送りながら二人で話し始める。


「なんだか強引だったけど、まあいいか。それにしてもリーゼラルが副隊長なんて驚いたな」


「そ、そうですか? しかし私はそれほどでも…」


「いいや、すごいよ。さっきの手合わせでもかなり洗練された動きだったじゃないか。話し方もそうだけど、もしかしてどこかお嬢様だったり?」


 冗談っぽくそういうと、彼女は少し恥ずかしそうに返事をする。


「…ええと、あながち間違っていないといいますか…」


「ええ!? 本当に!?」


 立ち振舞いや話し方を見てもしかしたらと思っただけだったのだが、もしや的中してしまったのだろうか。


「で、でもそのような言い方ではなくて、ただ厳格な家に生まれただけですよ?それで礼儀作法を教えていただいただけで…」


「いやいや、そう思わせるってやっぱりすごいよ。なんというか…立ち姿とかも綺麗だもん」


「綺麗だなんてそんな…」


 彼女は顔を赤くしてさらに恥ずかしそうにする。綺麗だと褒めるのはさすがに踏み込み過ぎただろうか。


「それに、騎士になって皆を守るために頑張ることは素敵だと思うよ。僕も昔は憧れたものだなぁ…」


「騎士に? レオネスの実力なら難しくはなさそうですが…」


「あ、ええと…途中で僕は冒険者の方が合っているかなって思ったからさ、騎士になるのは諦めたんだ」


「そうですか…でもそれで良いかもしれませんね。第四騎士団が動けない事態を負って誰かを助けるのも、あなたらしいといえばあなたらしいです」


「そうかな? 実際にはそこまでの事はやってないけど…」


「志の話ですよ。真っ直ぐで真剣な…誰かを守りたいという強い意思。だからこそ私は…」


「私は…?」


 何か言いかけた彼女だったが、僕の言葉にハッとした様子で発言を訂正してくる。


「は…!? えと、これはそういう訳ではなくてですね!? これはただの尊敬といいますか、あの…!」


 また顔を赤くして、今度はうつむく。しばらくそのままもじもじしている彼女だったが何か決心したようにこちらを向いてきた。


「あ、あの!!」


「どうしたの?」


「つ、都合の良い日でよろしいので! 私と…その…お食事にでも行きませんか!!」


 突然のお誘いに驚いたけれど、誘ってくれたのは素直に嬉しい。鍛練でしか彼女との接点が無かったからこちらとしても喜ばしい誘いだ。


「いいよ、喜んで」


「…へ?本当ですか!?」


「本当だよ。今から楽しみだね」


「た、たた楽しみ…!?」


 すると頭から湯気が上がるほど顔が赤くなる。さすがにここまで分かりやすい反応だとこちらも心配になってしまう。


「大丈夫? 顔がずいぶん赤いけど…」


「だ、大丈夫です! こちらこそ楽しみにしてます!」


「そちらの都合にも合わせたいから、後でいいから知らせてほしいかな。手紙か何かで送ってくれたらいいからさ」


「はい!」


 そんなやり取りをした後、シャルネとドゥルミナさんが手合わせを終えて戻ってくる。そしてなぜかアンジュはガッツポーズをしていた。


「お待たせ~ドゥルミナさん強かったよ…」


「なかなかの槍捌きでしたでしょう?」


「はい、とってもお強かったです」


「先に戦い方を見ていたからそちらの動きに対処できたけど、順番が逆だったら結果が変わっていたかもしれなかったわ。さてと、そろそろいい時間かしら?」


「そ、そうね。日も落ちてきましたからそろそろ戻らなくてはいけませんね」


「もうこんな時間か…リーゼラルにアンジュさん、ドゥルミナさんにトロワーゼさん。今日はありがとうございました」


「こちらこそありがとね~機会があったらまたどこかで~」


「こちらもよ。では、道中お気を付けて」


「ばいばーい、また会おうねー!」


「お仕事頑張ってくださいね、ではまた。じゃあ行こうか」


「うん!」


 四人に見送られながら門を出る。シャルの実力も知ることが出来て、リーゼラルと手合わせをしたり話せたりできた良い時間だった。だけど、一つ心残りがあるとすれば…


(…一緒に食事か。それくらいならきっと…大丈夫だろう)


 彼女の気持ちにはなんとなくだけれど、気づいている。しかし自分はそれに答えてはいけないと思う。だから食事の最後にその事を伝えられたら良いと思っているけれど…


(…どうするのが正解なんだろうな)


 少しだけ考えた後、シャルと騎士団での出来事を振り返りながら道を帰る途中、ギルドの近くを通る。すると、聞き覚えのある声が自分を引き留めた。


「あれ、レオネスさん?」


 声の方向を見ると、そこには赤毛の少女が座っていた。その姿は間違えるはずもなく、ショゼフさんの娘さんであるカナンだ。


「ん? カナンじゃないか、久しぶり。元気にしてたかい?」


「お父さんの仕事が忙しいけど私は元気だよ! それで隣の人は?」


「初めましてカナンちゃん…でいいのかな? 私はシャルネって言うんだ。レオのお姉ちゃんだよー」


 忙しいとはレジーナから聞いていたけど、まさかトリビュに来ていたとは。カナンも昔はお転婆だったけど、今では父であるショゼフさんの仕事をしっかりと手伝っているようだ。


「え、レオネスにお姉ちゃんがいたの!?」


「実はそうなんだ。黙っていてごめんね」


「へぇー…よろしくね、シャルネさん!」


「改めましてよろしくね、カナンちゃん」


「それで今日はどうしたの? ギルドの前にいるってことは何か依頼かな」


「そうなの。実はね…」


 彼女からの説明によると、ショゼフさんが依頼を出すためにギルドの中にいるらしいが、それがなかなか進まないらしい。

 というのもそれは簡単な依頼ではなく、大陸の西側であるフェイル王国に向かわなければならない用事らしく、なんでも流行り病を抑える薬を届けたいらしいのだが…

 

「西側と東側の関所を規制?」


「そうなの。その病気は私達にもかかる可能性があるらしくて、帝国側から規制をかけているんだって。原因が解明されるまではこのままらしくて…お父さんが届けようとしている薬が病に効果があるって判明したんだけど、帝国はこちら側に病が持ち込まれるのを防ぐことが優先みたい。急がないとどんどん広がっちゃうかもしれないのに…帝国も頭が固いよね」


「そうだったんだ…でもそうだとしたらギルドに相談しても難しいんじゃないかな?あまり帝国の意思にそぐわない事は…」


「そこはほら、ここはギルドっていう独立した組織だから大丈夫らしいよ。規制がかかっているとは言ってもギルドに依頼をして向かう人もいるみたいだし」


 確かにそういう話は聞いたことがある。ただそこはグレーゾーンだからあまり大きな声では言えないことではあるけど。

 しばらくカナンと話をしているとショゼフさんがギルドから出てきた。


「今戻ったよ、カナン…おや? レオネス君じゃないか、久しぶりだね! そして隣のお嬢さんは初めましてかな?」


「お久しぶりです、ショゼフさん」


「初めましてショゼフさん。私はレオの姉のシャルネです」


「おお、レオネス君のお姉さんだったのだね。改めてよろしく、シャルネ君」


「それでお父さん、どうだった?」


「うむ…ギルドに直接依頼を出して向かうのは難しそうだ。非正規の依頼を頼もうにもガル君も今は留守みたいで、レジーナ君も動けないらしいからなかなか厳しいかもしれないな…」


 どうやらギルドでは依頼を受けてくれなかったみたいだ。困り果てた様子の二人に話しかけようとするが、その時に丁度ジーノとシシゴウがやって来る。


「お、いたいた。丁度いい、レオとシャルネちゃんもいるじゃねえか」


「あれ、二人とも? 依頼はもう終わったの?」


「残念だが今からが依頼だ。久しぶりだな、ショゼフ殿」


「ジーノ君にシシゴウ君? それに依頼とは…?」


「話は聞かせてもらったぜ。フェイル王国に行きたいんだろ? なら俺達を雇うってのはどうだ?」


「なに、それは本当かね!? しかしどうしてそれを…?」


「自分もガルも動けない今、金だけで動く奴らにショゼフさんを任せるのは心配だ…とレジーナに頼まれてな。そちらさえ良ければ我々が警護に付くがどうする?」


「いやぁ、願ったり叶ったりだよ! 是非フトーフクツの皆さんにお願いしたいな」


「よし、じゃあ契約成立だな。ちなみに街を出るのはいつ頃になるとかは決まってるのか?準備の時間が少し欲しいんだが…」


「なるべく早くとは考えていたけど、そちらの用意が出来たらで大丈夫だよ。その間に私達も旅の支度を整えておくからね」


 トントン拍子で話が進んでいくけれど、シャルの初仕事でこれは大丈夫だろうか。

 グレーゾーンの内容でもあるが、フェイル王国までとなるとなかなかの旅になるはずだ。しかし本人に怖気づいた様子は無く、逆に目を輝かせていた。


「初仕事でフェイル王国に…! 私、一度行ってみたかったんだよね!」


「…観光に行くんじゃないんだよ? 道中も長いし、おそらくだけど関所が通れないとなると別の道を進まないといけなくなる」


「あ、言われてみれば確かに…でも着いたら見る時間くらいはあるよね?」


「ショゼフさんが戻るまで滞在できるとは思うけど…」


「大丈夫、もちろん油断はしないよ! 最近魔物の活動が活発化してるみたいだし。でもフェイル王国に行く機会なんてなかなかないからね! レオもわくわくしない?」


 確かに大陸の西側に向かう機会は滅多にない。向こうとこちらではあまり仲が良くないこともあるが、途中にあるも原因の一つだ。

 

「どんな場所なのか気にはなっていたけど、依頼が優先かな。歓迎されるのかも分からないからね、期待はしないよ」


「…両国ってそんなに仲が悪かったの?」


「あれ、知らなかったのかい? なら後でジーノに聞いてみるといいかもね、そうすれば詳しく教えてくれるはずだよ」


「うん、分かった。後で聞いてみるね」


 自分達が話している間にジーノ達の方も話が終わったようで、こちらに向かってくる。


「というわけでシャルネちゃん、初めてだがお仕事の時間だ。時間はあるから準備はゆっくり済ませるとして…詳しい話は拠点でするか」


 こうして、依頼の内容を確認するために拠点戻る僕達。フェイル王国までは長い道のりになると予想される。だからこそ、その準備を入念に進めていくのであった。


~第二章へ続く~

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