第二章 噛み合い始めた歯車 王国編

第23話 王国への出立と狙う影


 『ハール・ケディア王国』。それは王国と帝国が二つに別れる前の名前だ。大陸の中央に位置しておりその大きさはかなりのものだったらしいが、前の魔神との戦いにより魔物の手に落ちてからは彼らの拠点となってしまっている。


 また、両国の仲が良くないのは二つの国の方針が真っ向から反発しているからである。


 神の恩恵により魔神に立ち向かうか、自らで元素を操り対抗するか…どちかが正しいというのは分からないが、両国共にそれぞれの方法で戦いに備えている。


 シャルにはこのような説明と共に、西側での魔操具の認識も話された。ジーノ曰く魔操具を快く思わない人も少なくないらしいから、なるべく隠しておいた方が良いとのことだ。


 その後はフェイル王国側の説明や、長旅に向けて準備を進めていく。

 そして、とうとう明日に旅立つという夜に僕は手紙を書いていた。宛先はリーゼラルだ。


「…これでよし、と」


 しばらく戻ってこられないだろうから、その旨を伝えておかなければならない。彼女と食事をするのは帰って来たらとなるだろう。

 手紙を書き終わり就寝するだけとなった時、突然魔神が自分に呼び掛けてくる。


『宿主よ、少しよいか?』


(どうかしたかい、魔神?)


『大陸の西側に向かうのならば話しておかなければいけないことがある。神託官と賢者…そう呼ばれる人間には決して近づくな』


(神託官に賢者…?)


『奴らは他人の適正元素を視ることが出来る力を持つ。特に賢者の方は危険だ。滅多に出会うことはないとは思うが、奴には近くで視られてしまうだけでお前が魔神だと見破られてしまうだろう』


(それはまずいね…神託官の方もそうなのかな?)


『奴らからは審査を受けない限りは大丈夫だ。今宵の賢者はどのような人間かは分からないが…おそらく大神殿と呼ばれる場所に居るはずだ。近づかなければまず出会わないだろう』


(了解、気を付けるよ。後は大丈夫かな?)


『ああ、だが向こうでは何が起こるかはわからない。くれぐれも慎重に動いた方が良いだろう。では夜間に呼び止めてすまなかった、ゆっくり休むといい』


(いいや、気にしないでいいよ。お休み)


 まだ世界がどのようになっているのかを知らないし、護りたい人だっている。だから正体がばれてしまってはいけない。


(信託官に賢者…気を付けないとな)


 改めて確認してから目蓋を閉じる。横になってから意識を手放すまで、そう長くはなかった。



 その後は準備を着々と進めていき、シャルの冒険者面接も終わって正式に冒険者と成った。

 貰ったエンブレムは自分と同じく獅子。だが全く同じという訳でもなく、彼女の方はメスの獅子だった。終わった後に恒例の号令をシシゴウから受けて困惑している様子だったけど、時期に慣れるだろう。


 そのような事があった後に時間は流れ…ついに、王国への出発の日になろうとしていた。



出発の日


 時間より早く目が覚める。支度を整えてからリビングに出ると既にシャルが起きており、荷物の確認をしていた。


「おはよう。朝から気合いが入ってるね」


「おはよー! 初めての依頼だからね、確認は大事大事!」


「だね。この前ジーノから話されたように、今回は水晶洞を通ってフェイル王国側に抜けるみたいだから結構な距離がある。忘れ物をしたら大変だからそれくらい慎重でいいと思うよ」


「…ふふふ、すっかり頼もしくなったね。冒険者の先輩って感じ」


「そうかな?」


「うんうん。真っ直ぐ育ってくれてお姉ちゃんは嬉しいよ」


「ま、主に俺の教育のおかげだな」


 二人で話していると部屋からジーノが出てくる。既に準備は完了しているようでいつでも出発できそうだ。少し遅れてシシゴウも準備が終わったのかリビングにやって来る。


「ジーノさんにシシゴウさん、おはようございます!」


「うむ、おはよう」


「おはようさん。シシゴウの奴も来たことだし、今回の依頼の最終確認をするぞ」


 そう言いつつ彼は地図を広げる。既に通るルートには目印が付けられており、彼の豆な性格が見てとれる。


「さて、今回の依頼はショゼフさん達の護衛だ。フェイル王国で流行っている病の薬を届けるためだから荷物の方も注意しなけりゃいけないが、後方の確認は俺がやる。つまりは前方を三人で警戒する形で水晶洞へ向かう訳だが、ここまではいいか?」


「はい、大丈夫です」


「了解、次に水晶洞に入ったら注意する事があってだな。ここにある水晶は魔法を反射する性質がある。だから魔法の使用は極力避けた方がいい、とは言っても水程度なら大丈夫そうだがな。攻撃系はだめだ、いいなシシゴウ?」


「あい分かった。魔操忍具無くとも拙者にはこの肉体がある、魔物に遅れはとらぬさ」


「期待してるぜ。ここを抜けたら後は王国までは真っ直ぐだ。さて、何か質問はあるか?」


 ジーノの確認に対して、真っ先に手を上げたのはシャルだった。


「はい、水晶洞には魔物は住んで居るんですか?」


「ああ、とは言っても比較的温厚な輩が多いし数も多くはないらしい。見つけても下手に刺激しないかぎり安全だとは思うが、一応注意してくれ」


「分かりました。後は特に無いかな…?」


「じゃあ僕からも。到着にはどのくらいかかりそうかな?」


「後々ショゼフさん達と合流してから話そうとは思ってたが、到着にはおおよそ四日かかるな。途中に洞窟前と抜けた後に村があるから、何事も無ければ野宿は道中と洞窟前の二回で済むかもな」


「了解、ありがとう」


「確認は終わったか? では拙者からも一つ。最近、魔物の様子がおかしいと言う情報があってだな。普段なら平原では見かけないような輩が現れているらしい。まだ数は少ないらしいがな」


「なるほど、僕達が向かうのは道外れだから注意しないとだね」


「よし、なら早速ショゼフさんの所に向かうか。新生フトーフクツの初仕事、気張っていこうぜ!」


「はい、頑張りましょう!」


 確認を終えてから拠点を出てショゼフさんとカレンと合流する。様子を見るかぎり、二人とも準備万端のようだ。


「フトーフクツの皆おはよう! 今日はよろしくね!」


「よろしくね、カレン。二人とも準備は大丈夫そうですね」


「うむ。最近は物騒だからね、こちらも万全だとも。そちらも大丈夫そうなら少し早いけど出発してしまおうか?」


「だな。まずは水晶洞まで、到着はおおよそ四日後だ。途中で野宿と村に泊まるのを挟みながらになる。最後に一つ、荷物も大事だが一番は命を優先して動く事。死んじまったら元も子もないからな、分かったなら出発だ!」



道中にて


 水晶洞へと向かう途中、ふとシャルネの武器が気になる。彼女はこの前には一つの剣で戦うと言っていたが…やはり二つの剣を腰に指している。ちょうど良い機会だから聞いておくのも良いだろう。


「そういえば、シャルは剣を二つ持っているんだね。見たことの無い柄をしてるけど…予備?」


「これ? うーん…予備と言えば予備かな?師匠から譲って貰った物なんだ。普段は使わないんだけどね」


「そうだったんだ。何か特別な剣なの?」


「うん、でも多用はだめって言われてるの。ちょっと扱いが難しくて…」


「ほほう、つまりは必殺剣というわけか。なかなか良い趣味を持つお師匠さんだな」


「必殺剣かぁ…エレメントを操れるなら騎士の人がやっていたような事も出来るっていいよね。ちょっと憧れるよ」


「わ、私のはあそこまで派手じゃないかな…? でもきっと役に立つと思うな」


「おーいお前ら、お喋りはほどほどになー。周囲の警戒を怠るなー」


「あ、はーい。という事だからまた後で詳しく教えてもらうよ」


「うん、いいよ。じゃあまた後でね」


 その後は特に襲撃は無く、野宿の地点へと進み続けて夕方になろうとしていた。その場所に着いたら夜になる前に拠点作りを進め、大きめのテントとその囲いを設置出来た。


「はぁー疲れた。野宿は色々と大変だね…」


「その苦労で俺達の安全が確保される訳さ。それに今回は六人が入れる大きさだからな」


 一息ついているとカナンが飲み物の差し入れをしてくれる。昔の活発な娘からしっかり成長しているようで、少し嬉しく感じた。


「お疲れ様です皆さん! これ、飲み物です」


「うむ、かたじけない。カナン達は先に休んでいてくれて大丈夫だ。さてと、今晩の見張りはどうする?」


「そうだな…俺とお前、レオネスとシャルネちゃんでいいだろ。二人ずつの交代制なら無理もないだろうしな」


「僕は大丈夫だよ。シャルは?」


「私も大丈夫!」


「話が決まったなら私は料理の支度でもしようか! 二人も野営食の作り方というものを知っておくのも良い経験さ」


 振り分けも決まり、夜を越える準備に取りかかる。料理を作るにしても匂いの強い物は作らず、かつ熱量の多い食事をショゼフさんが教えてくれた…とはいってもシシゴウやジーノは知っていたみたいだけれども。味は普通くらいで食べられない程ではなかった。


 やがて、夜も更けてきた時間に見張りを変わる。朝とは打って変わった平原の雰囲気にシャルは少しだけ不安そうだが…思えば、昔は魔物恐怖症だったからこの進歩は驚くべきものだった。


「大丈夫?」


「え…? あ、大丈夫! 少しだけ雰囲気の違いに驚いていたというか…」


「昔は魔物を怖がっていたんだ、無理もないよ。でも今は僕が近くにいて、守ることが出来る。だから安心して」


 その言葉を伝えるとシャルが驚いた表情で固まる。さすがに傲りすぎた事を言ってしまったかとも思ったけれど、を実行出来るという事実に自分も気合いが入っているのかもしれない。


「……ふふ、本当に頼もしくなったね」


「六年だからね。シャルもすっかりたくましくなって…」


「久しぶりに会うお姉さんにたくましくなってはその…あんまり嬉しくないかな」


「あ、ごめん。そういう意味じゃなくてほら、綺麗になったという感じのね?」


「もう、綺麗だなんて…! 急に恥ずかしい事を言わないでよ!」


「………」


 ああ言えばこう返す姿にやや呆れながらも、それが嬉しくも感じる。この様子なら自分がいなくなった後でも元気に過ごしてくれていたと考えて良さそうだ。周囲の警戒を怠らずに、会話を続ける。


「でも、あの日の約束を覚えていてくれたんだね」


「もちろん。自分から言ったことを忘れはしないって」


「そっか…それにも改めてお礼を言わないとね。あの時はその…照れ臭くて、素直に言えなかったんだけど…レオの言葉にとっても助けられたから」


「助けに、か…それなら良かった。そうだ、村の皆は元気?」


「元気だよ。私が村を出る時はアッシュがうるさくて…」


「あはは、想像できるね。そっか、元気か…」


 久しぶりに村の様子を聞けて安心する。シャルの話から分かったのは、あの出来事は帝国の耳には入っておらずに皆は平和に暮らしているということだ。

 しかしほっとするのも束の間、遠くで何かの影が動く。一瞬だけ見えたそれは、やや背が低かった。


「シャル、今の…」


「…見えた。ウルフ…かな」


「了解。なら…」


 近くの松明を手に取り、剣でその光を反射させる。すると闇の中で僅かに、そして一瞬だけ光る点が見えた。


「こっちを見てるね…頼めるかい?」


「分かった。ちゃんとそっちも練習してるよ…!」


 背負っていた見張り用の弓を構え、威嚇射撃をするように指示をする。矢が弓から放たれた後、魔物の悲鳴がしなかったからしっかりと地面に命中したのだろう。


「なかなか正確だね。これならウルフも逃げただろう」


「えっへん、どんなものよ!」


「無闇に魔物を襲ったら自分達も彼らの事を言えないからね、避けられる戦闘はなるべく避けていかないと」


「だね、戦わずに済むならそれに越した事はないよね」


 その後は特に魔物の姿も見えずに、無事に朝を向かえることが出来た。

 話に聞いていた、平原では見かけないような魔物も現れずに順調に歩を進めていき、やがて水晶洞前の村にたどり着こうとしていた。



リスタの村


「おっし、到着だ。今日はここの宿に泊まって、明日には水晶洞まで真っ直ぐだな」


「やった、宿だー! やっとお風呂に入れる!」


「こらこら、カナン。まだ手続きがあるからおとなしくしていなさい」


「はっはっは、元気があるのは良いことではないか。では拙者達は話をつけに行ってくるとするか」


「二人ともいってらっしゃい」


 会話の後、村を見渡す。ハテノ村と同じような様子かと思っていたけれどなかなかに設備が整っており、あまり村という感じがしない場所だった。同じ感想を抱いたシャルがこちらに話しかけてくる。


「ここがリスタかぁ…私達の村とは結構違うんだね」


「ね、設備も整っているし外の見張りも多い。結構重要な地点なのかもしれないね」


 外れの位置にある村だけれど、何か役割があるのかもしれない。そんな会話をしているとふと村の若者の会話が耳に入る。


「お、また冒険者が来てるな」


「ご苦労なこった、この前も来てなかったか?」


「だよな。まあ向こうも色々な事情があるんだろ」


(…この前も、か。ここに冒険者が来るのは珍しくないのかな?)


 ここに来るような冒険者…つまりは王国側に行きたい人は多いのだろうか。今みたいな非常事態に向かう理由はあまり思い付かないけれども…


(たぶん僕達と同じ理由ではないよな…)


「? どうしたの、考え事?」


「ん? ああ、なんでもないよ」


 宿でゆっくりと考えれば良いと判断して、ひとまずは疑問を置いておく。それからしばらくするとジーノ達が戻ってくるが、当人達はあまり機嫌が良くない様子だった。


「お疲れ様。何かあった?」


「…まあ、ちょっとな。ここで話すと回りがうるさそうだから宿ででも話すぜ」


「うーん、私は仕方ないと思うが…非常事態に押し掛けているのはこちらな訳だしね」


「あんたがそれでいいならいいけどよ…ま、気を取り直して休むか」


「はーい! お風呂、お風呂~」


「お風呂、お風呂~」


「シャルもつられてる…まあいっか」


 荷物を預けてから宿に入る。中の様子は立派で、それ専用に建てたような内装のようにも思えた。


(…もしかして?)


 村の様子や宿のしっかりとした作り。さっきのジーノの態度から大体推測は出来たかもしれない。男女で別れた部屋に入ってから、早速ジーノに話しかける。


「もしかしてだけど…ここの宿って高かったりするかな?」


「…やっぱ気がついたか。ここの奴ら、俺達が王国側に行くことを知っていながら足元を見てきやがった。まあ払ったのはショゼフさんだがよ」


「まあまあ落ち着きたまえ。良い宿で娘も嬉しそうだったし、今回は必要な出費としておこうじゃないか」


「あんたがそういうならいいけどよ………あーー、やっぱ気に食わねぇ! いい商売だぜ、全く…」


「ははは、お前は他人の楽な商売に乗っかるのは嫌いだからな。それでも必要な休息だ、頭を冷やしながらゆっくり休め」


「…そうするわ、ここじゃ旨く酒も飲めねぇしな」


 そう言ってから彼は荷物を整理し始める。自分も荷物を置いてから、先程の疑問を聞いてみる。


「そういえばここに冒険者が来る理由は分かるけど、王国側に行きたい理由ってなんだと思う?」


「なんだ突然?」


「いや、さっきここの村の人達がこの前も冒険者が来ていたって話をしていたからさ。僕達と同じ理由ではないとは考えたけど、それなら何の用事なんだろうと思って」


「他の冒険者ねぇ…ぱっと思い付く限りは帰りの護衛とかか? 来たのはいいけど帰れずじまいで、いつまでもこっちにいる訳にはいかない奴も多そうだからな」


「なるほど…」


 話の最中にふとショゼフさんの考えるような表情が目に入る。何か気にかかることでもあったのだろうか。


「どうかしました、ショゼフさん?」


「ん? ああ、何でもないよ」


「それならいいですけど…」


「ちょっと知り合いの心配をしていたのだが、こちらの考えすぎかもしれないから気にしないでおくれ」


「それならよいが…さて、こちらの荷物は整理完了だ。そろそろ飯にでも向かうとするか?」


「そうだな、さっさと食ってさっさと寝るか」


 会話の後にシャルとカナンを誘ってから食事場へと向かい、晩御飯を食べる。そこではなかなかに美味しい料理が振る舞われ、お腹も満たされた後には部屋で明日の確認をしてから就寝するのだった。



次の日

宿前にて


「あ、おはよー! 昨日はよく眠れた?」


「まあね。そっちは…聞かなくても大丈夫そうだね」


「ベッドもふかふかでよく眠れたし、お風呂も入れたからしばらくは安心だね、シャルネお姉ちゃん!」


 朝に宿を出て先に外に出ていたシャル達と合流する。二人の様子からして疲れは完全に取れていそうだ。先に馬車と荷物の受け取りに向かっていた三人も時期に戻ってきた。


「よ、お前ら。出発の準備は出来たか?」


「うん、こっちはバッチリだよ。ショゼフさんの馬車も大丈夫そうだね」


「うむ、こいつもしっかり休めたみたいだ。では王国までもう一踏ん張り、頑張ろうか!」


「おー!」


 元気よく返事をするカナンを微笑ましく思いながら村を出発する。向かうのは水晶洞…そしてその先だ。




「ちなみにジーノ、宿泊費ってどのくらいの金額だったの?」


「あー…街なら七日は泊まれるかもな」


「…なるほど。確かにそれは高いね…」



―――――――――─



平原のとある高台にて


「フアァァ…なかなか来ねぇナァ…」


「ここで待ってれば良さげなニンゲンが来るって聞いたが…来たとしてもそこまでじゃないんだよナ」


「マ、もうちょい待ってみてもいいか……………アーア、それにしても…」


「早く面白そうな奴、来ねぇかナァ」

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