第21話 第二騎士団へ
公園前にて
次に案内したい場所に向かう途中で公園の近くを通る。すると、ベンチで見慣れた人影が何かをしている姿が目についた。
「ん? あのフードは…レジーナ?」
「レジーナって…あそこに座ってる娘?」
「ああ、冒険者の先輩って言えばいいかな? 小柄だけど頼りになる人だよ。ギルドでは紹介できなかったからちょうど良かったかも」
しかし、ベンチで横を向いて何をしているのだろうか。その点が気になりつつも近づいていくと、足音でこちらに気がついたのか彼女が振り向く。
「…ん? レオネスと…誰?」
「こんにちは、レジーナ。こっちはシャルネ、僕の姉って言えばいいかな?」
「初めましてレジーナさん!」
「…なるほど。よろしく、シャルネさん」
「にゃー」
彼女が挨拶を返すとフードの中からずんぐりとした猫が現れる。突然の出来事で驚いたけれど、公園にいた理由はもしやこの子だろうか?
「あ…だめだよニャゴス。そこはフードがずれちゃう」
「あ、かわいい猫ちゃん! ニャゴスって呼んでるの?」
「…うん」
ニャゴス。なんというか独特な名前をしている気がするのは自分だけだろうか。どうやら人懐っこい猫のようで、フードから出てきてシャルの足元に寄ってくる。彼女がそれを抱き上げるとレジーナの隣に座るので、自分もその横に座る。
「おーよしよし。ニャゴスは人懐っこいねー」
「それにしても、いつも依頼をこなしているからこんなところにいるなんて意外だったな。さすがにガルさんに休めって言われた?」
「…そうだね。腕が直るまでは安静にしてろって言われたから」
「あ、確かこの前の依頼で怪我したって…?」
「…大丈夫、すぐに良くなるよ。でも、レオネスにこんなきれいなお姉さんがいるなんて驚いたな」
「えっ、きれいだなんて…照れちゃうなー」
誉められて嬉しそうなシャル。明るいというか素直というか…そういうところは昔と変わらない。
「まあ中身はこんな感じだけども…」
「ちょっと、姉に向かってこんな感じとは何よ!」
「…ふふ、二人とも仲が良いんだね。それで、どこかに向かう予定だったの?」
「今はシャルに街を案内しているところかな。次は騎士団の所に案内しようかと思っていた時に君を見かけたんだ。建物の中に入ることはできなくても雰囲気は伝わるかなって。そうだ、レジーナも時間があるならどう?」
「騎士団…私はいいかな。ここでこの子と遊んでる」
膝から膝に移動した猫の頭を撫でるレジーナ。腕の調子もあるだろうから、あんまり連れ回してもいけないだろう。
「わかった、じゃあ僕達はそろそろ行こうかな。またね」
「じゃあね、レジーナさん、ニャゴス!」
「…ばいばい」
「にゃー」
とある店のまえにて
一人と一匹に見送られながら公園を移動している間、レジーナについてシャルに説明していると、ある店から怒号が聞こえてきた。
「なんだとてめぇ!」
「やんのか、あぁ!?」
声の聞こえた方を見ると、男と男が喧嘩をしているようだった。何があったかわからないが一触即発の雰囲気だ。
「やだ、喧嘩…?」
「みたいだね。たまにああいう人もいるんだけど…」
周りが止める様子もなく、店員も女性だから止められずにその様子を見ているだけだ。喧嘩している二人の体格が良いから尚更だろう。
(…あのままじゃ危なさそうだな)
誰も止めないならと二人に近づこうとした時、先に声をかけた人物がいた。
「お二人さん、ちょい落ち着きましょうよ。ここは飯を食べる場所っすよ? やるのならお外に行った方がいいんじゃないですかね?」
それは、やや痩せ型でボサボサ髪の男性。とてもじゃないけど二人の喧嘩を止められそうにない人物だ。
「ああ? なんだてめぇ。俺は今こいつと話してんだ!」
「怪我したくないなら口を挟むんじゃねぇ!」
もちろん喧嘩が収まることはなく、状況は変わらず。それでも彼は口出しを止めない。
「おお、怖い怖い。でもねぇ、俺もそうですけど他にも飯食べてる人もいるんすよ。だからせめて外に出て…」
「うるせぇって言ってんのが聞こえねぇのか!」
(…まずい!)
片方の男が止めようとした男性に殴りかかる。自分が止めようにも間に合わない…そう思ったのだが。
「ガッ…!?」
次の瞬間、倒れていたのは殴りかかっていた方だった。痩せ型の男は予想外の身のこなしで攻撃を避け、反撃の一発で彼を気絶させたのだ。
「全く、危ないなぁ。で? そちらさんはどうします? この人気絶しちゃいましたけども」
「…ちっ、こいつが気絶したんなら俺はもう帰るさ。じゃあな」
こうして何事もなく喧嘩は収まり、辺りからは拍手が鳴る。しかし贈られている対象はそそくさと自分の席に戻る。
「あー…どうもどうも」
(あの身のこなし…普通の人ではない。それにどうやってあの人を気絶させたんだ?)
自分が見たのは避けた後に拳を叩き込んだところだったが、あまり威力のある攻撃には見えなかった。何か特殊な術でも使ったのだろうか…?
「危なかったね…でも何事もなくて良かった~」
「…だね」
「はぁー良かった…」
不意に後ろからどこかで聞いたような声がする。振り替えって見てみるとそこには赤い髪と青い髪の女性がいた。
「あれ、アンジュさんにドゥルミナさん?」
「ありゃ、レオネス君? 君もいたんだね」
「お久しぶりです、レオネスさん。隣の女性は初めましてですね」
「お二人とも初めまして。この人達もレオの知り合い?」
「そうだね、とは言ってもこの前知り合ったばかりだけども」
二人とも私服姿ということは、今日はオフで魔操具は置いてきているのだろう。この前と違ってがっしりとした印象は無くなっていた。しかし、アンジュの方はなぜか自分とシャルのことをじーと見てくる。
「…えっと、どうかしました?」
「……もしかして彼女さん?」
「ええ!? いや、私はレオの姉です! 姉ですから!」
…何度目のやり取りだろうか。確かに知らない女性と歩いているとそういう考え方をされるのもわかるけども。
「あ、お姉さんだったか!いやーごめんなさい、勘違い勘違い」
「あなたね…アンジュが変なことを言ってごめんなさいね」
「いえ、気にしないでください! 慣れてきましたから!」
「慣れた?」
「あはは…そうだ、お二人とも今日は休みなんですね。リーゼラルとトロワーゼさんは別ですか?」
あんまり言及されるとシャルも大変だろうから話題をそらすことにする。
「うん、二人は仕事。レオネス君もたまにはリゼのとこに顔出してやってね、きっと喜ぶから~」
「はい。とは言っても中にいることが多いとなかなか厳しそうですけど…今日も会うのは難しそうですね」
「およ? もしかして騎士団に用があるの?」
「シャル…えっと、姉に騎士団の場所まて案内しようと思ってまして。雰囲気だけでも伝わったらいいかなと」
するとその言葉を聞いて、アンジュは良い笑顔をしながら自らの胸を叩く。
「なっるほど、なら私に任せて! 騎士団の中に案内してあげる!」
「へ?」
「ちょっとアンジュ。さすがにそれは…」
「大丈夫、大丈夫! リゼもきっと喜ぶよ!」
「…はぁ。まあ悪い人ではないから今回はよしとしましょう」
「えっと…本当にいいんですか?」
いきなり騎士団に押し掛けて大丈夫なのだろうか。それにおそらく案内されるのは第二騎士団だ。男の自分が入っていいのだろうか…?
「この前、任務の最中に助けてもらったでしょ? その時の状況を詳しくまとめたいから話を聞きに来たとか言っておけば大丈夫! たぶん!」
聞きたいのはそこではなかったけど、こんな機会は滅多にない。ならば、おとなしく案内された方がいいのだろうか。
「わあーすごい! 騎士団の中に入れるんだってさ!」
「そ、そうだね。せっかくだから案内してもらおうか」
(…まあいっか、シャルも嬉しそうだし)
やや強引だった気もするが、こうして二人に案内されるように騎士団へと向かうのだった。
帝国騎士団前
「ここが騎士団…」
「ちょっと待っててね、入り口の人に話してくるから」
アンジュが見張りの人のところに向かうと、ドゥルミナがこちらに話しかけてくる。
「強引に誘ってしまい申し訳ございません。アンジュはいつもあんな感じで、どこか行き当たりばったりというか…」
「あ、気にしないでください! 私は騎士団の中を見られるなんて思ってなかったのでとても嬉しいです!」
「僕もその点は同じです。ですが第二騎士団の場所に自分が入っても大丈夫ですか?」
「そこは問題ないかと思われます。他にも第一から第四までの様々な人が通るので、そこまで厳しくはないんですよ」
「そうだったんですね、それならよかったです」
「みんなお待たせー! 入って大丈夫だってさ!」
確認を取っているとアンジュが戻ってくる。それと同時に閉ざされていた門が開く。
中に入るとさっき言っていた通り、敷地内で訓練をしている人やそれを見守る人が男性、女性を問わずにいた。ちょうど今行っているのは機械兵装の訓練のようだ。
「お、運がいいね。ちょうど機械兵装の訓練をやっているみたいだよ」
「本当だ! あれが機械兵装…重そうだね」
訓練をしている男性が大剣型の機械兵装を起動させると、その刀身が炎を纏う。そのまま振り回すように横凪ぎを繰り出すと的に向かって炎の刃が飛んでいき、対象を真っ二つに焼き切る。
「すごい…! 騎士団の人はあんな武器を使うんだね!」
「僕も近くで見るのは初めてだけど…本当にすごいね」
「あの人は第一騎士団所属だね。まあ、騎士団の花形であるのが第一と第二だからね、やっぱり近くで見るとすごいでしょー」
「ということは…もしかしてアンジュさんも魔操具であんなことができるんですか!?」
シャルが尊敬の眼差しを彼女に向けると、やや困ったような様子で返事をする。
「ええと…まあできるといえばできる…かなぁ…?」
「あなたの場合はまずは出力を安定させることからでしょう?」
「ああ、言わないでよー。全くドゥルミナは水を差してばっかりなんだから…」
「あらごめんなさいね、私の属性だからつい。それじゃあ、そろそろリゼとトロワーゼの所に向かいましょうか」
彼女の言った属性という言葉に少し反応を示すシャル。どうやら同じ属性と分かって気になったのだろうか、向かう最中に彼女に話しかける。
「あの、ドゥルミナさんも水の適正なんですか?」
「も? ということはあなた…」
「はい、実は私も魔操具が使えるんです。まだまだ未熟ですけど…」
「なるほど、でも騎士団に入らないのは珍しいわね。もしかして冒険者でやっていくの?」
「そのつもりです。あんまり騎士団って感じではなかったので」
「それでもいいんじゃないかしら? 自らの力を使う場所を自分で決めるのは素敵だと思うわ」
「そ、そんなに立派ではないですけど…えへへ、ありがとうございます」
二人の会話を聞きながら歩いていると一つの扉に辿り着く。
「さあ着いた!ここが我らが副隊長の部屋だよー」
しかし、着いたのはいいけれど…中からは何だか情けない声が聞こえてきてしまっていた。
「リゼー疲れたよー。なんでこんなときに二人とも休みなのさー」
「仕方ないでしょう、もともと決まっていたんだから。ほら手が止まってる」
「うう…甘いものとか食べたいなぁ。そうだ、新しいスイーツのお店って評判がいいらしいね。食べたいなぁ」
「スイーツかぁ…私も久しぶりに…って言ってるそばから!」
「なんだよ、ボクだけじゃなくてリゼも止まってたじゃないかー」
「む、むう…とにかく! 誘惑に負けずにしっかりしなさい!」
「わかりました、副隊長ー」
聞いてはいけない会話だった気もするけど、一応確認を取る。
「…これ、入っても大丈夫?」
「…大丈夫!たぶん!」
何が大丈夫なのかよく分からなかったけど、彼女はそんなことお構い無しに扉を開け放つ。
「やっほー二人とも! 援軍の到着だよー!」
「え、アンジュにドゥルミナに…レ、レレ、レオネス!? どうしてここに!?」
「ん? 見慣れない人もいるね。初めまして、ボクはトロワーゼっていうんだ。よろしくねー」
「初めましてトロワーゼさん! それとリーゼラルさんも! 私はシャルネっていいます」
「あ、こちらこそ初めまして…じゃなくて! どうしてあなた達がここにいるの!?」
「えっと、アンジュさんに案内されて…やっぱり迷惑だったかな?」
「い、いや! 別に迷惑というわけでは! でも突然来られるとその…びっくりします!」
「ごめんなさいね、リゼ。でも休憩するのにちょうどいいんじゃないかしら? いつまでも書類と向き合っていたら体が凝っちゃうわよ」
「…まあそういうことなら気遣いに感謝したいところだけど。でも…」
「うへぇ、いっぱいあるねぇ。やっぱり私達も手伝おうか?」
「いいえ、大丈夫よ。せっかくの休みなんだから疲れを取ってもらわないと困るわ」
「厳しいなぁ、レオネス君からも何か言ってやってよ」
「え、僕?」
いきなり話を振られても困るけれど…確かにこの書類の山を、見て見ぬふりは出来なかった。
「そうだな…じゃあ何か手伝えることはないかな? 書類に手はつけられないけど雑用くらいなら出来そうだからさ」
「いやでも…」
「わかった、とりあえずは休憩! そうしよう!」
「わーい、休憩だー」
こうして、休憩することに対称的な反応を示す二人を眺めながら賑やかになった部屋にお邪魔するのだった。
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