第16話 仮倉庫での戦い

ドトールの街へと戻る道中


「あ、お二人共ちょっと待っていてもらえないでしょうか?」


 三人で道をなぞるように進んでいる途中、突然カラルさんが僕達を呼び止める。


「? はい、わかりました」


「ありがとうございます、すぐに戻りますので」


 そう言った後に近くの草むらに向かっていく。何かを探すように草を掻き分けているけれど、一体どうしたというのだろうか?


「おお、あった!」


 少し待っていると、カラルさんがいきなり声を上げる。そして何かを手に持ちながらこちらに戻ってきた。


「お疲れ様です。それにしても一体何を探していたんですか?」


「ふふふ…これですよ!」


 興奮した様子で見せてきたのは赤く光る石…自分が前の依頼の時に見つけた赤いライトストーンだった。


「これは…赤いライトストーン?」


「ええ、きれいでしょう?たまに落ちているので見つけたら集めているんです」


「…赤く光っているなんて珍しいね」


「でしょう? 今だと結構集まりまして、集めたやつはこのポーチに…」


 その言葉の後、カラルさんの動きが止まる。そして慌てた様子で持ち物の確認をしてからこちらを向いてこう言った。


「…ポーチを落としてしまったかもしれません」


「ええ!? 何か貴重品とかが入っている物だったんですか…?」


「いえ、入っていたのは赤いライトストーンだけなんですが…スイムールに着いた時には持っていたはずなんです。ですから少し戻って探していただけないでしょうか…?」


「…今からだとドトールに着く頃には日が暮れるよ? それでもいいなら付き合うけど」


「おお、本当ですか! レオネスさんもそれで大丈夫ですか?」


「はい、大丈夫ですよ。困ったときはお互いさまです」


「お二人共…ありがとうございます!」


 こうして注意深く辺りを見回しながら来た道を戻っていくことになったのだが、落としたポーチらしき物は見つからないままスイムールに着いてしまった。

 

「うーん、ポーチらしきものは見つかりませんでしたね…どうしますか?」


「ううむ…これ以上探しているとドトールに戻るのが明日に…」


 少しの間うんうんと悩んでいる様子だったが、諦めがついたのか僕たちに話してくる。


「…仕方がない、諦めますか。もしかしたら誰か別の人が拾ってしまっているのかもしれないですし…ご迷惑をおかけしてどうもすみませんでした」


「いえ、お気になさらないでください。それでは暗くなる前に帰りましょうか」


 その後再びドトールに向かって移動して、なんとか暗くなる前には街が見える場所までやってきた。


「…なんとか暗くなる前には街に到着できたね」


「はい、おかげさまでありがとうございました」


 そのまま何事もなく門をくぐり街に入る。依頼が完了したことの確認をしようとしたその時だった。


「おや?」


 ふとカラルさんが道の横を見る。つられて自分達もその方向を見るが、特に何も見当たらない。


「どうかしましたか?」


「いえ、今何かが動いたような気がしたのですが…気のせいかもしれなかったです。行きましょうか」


 再び歩きだそうと向き直った時、地面に見えたのは黒い影。それは暗闇に潜むあの魔物の姿だった。


「…シャドウ!」


 普通は街の中に魔物が入ることは珍しいのだが、こいつは違う。その不定形の体ゆえに街に侵入されることは多いらしいが、戦闘力はかなり低くライトストーン一つで撃退できるためあまり問題視はされていない。


「魔物!? いや、あれは…?」


 その黒い体の中に見える白い何か。それを見た瞬間、カラルさんが驚いた様子で声を上げた。


「私のポーチ!? それをこっちに返しなさい!」


 カラルさんがライトストーンを持ちながらシャドウに近づこうとすると、それにあわせて魔物は逃げ出す。


「こら、待て!」


「カラルさん、一人で追いかけるのは…!」


 一人で追いかけようとする彼を静止しようとするが、聞かずに駆け出してしまう。


「…すぐに追いかけよう。さっきのシャドウ、なにか様子がおかしかった」


「だね、急ごう!」


 見失わないように追いかけていくと、やがて人気のない場所にたどり着く。カラルさんは体力の限界だったらしく肩で息をしていた。


「ぜえ、ぜえ…すばしっこい魔物だ…」


「カラルさん、暗い中一人で走ったら危ないですよ!」


 辺りを見回すと、建築途中の建物が並んでいた。しかし肝心のシャドウの姿は見えない。


「す、すみません。つい先走ってしまいました」


「…もう夜だから気をつけて。それで、魔物は?」


「それが見失ってしまいまして。建築途中の建物の影にでも隠れているのでしょうか」


「その可能性が高そうですね…少し探してみましょうか」


 警戒しながら再度辺りを見回すが、魔物の気配は感じない。かくれているか…あるいは逃げたか。どちらにせよ三人で行動したほうが良いことは明白だった。

 魔物の行方を探す方法を考えようとしたとき、レジーナが口を開く。


「…こっちから気配がする」


「分かるのかい?」


「…少しだけ、だけどね」


 そう言って彼女が指差したのは、商人の仮倉庫だった。


「仮倉庫…ですか。しかし、あそこは鍵がかかってあるので我々では入れませんよ?」


「…大丈夫、私が見てくる。二人はここで待ってて」


 そのまま扉の錠前まで向かい、何やら作業を始める。


(もしかしてレジーナがやろうとしていることは…?)


 少し嫌な予感がしたが、すぐに彼女が戻ってきた。


「…鍵をかけ忘れていたみたい。開いてるよ」


「そ、そうなんですか!? 今の状況的にはありがたいですが、荷物の安全を考えると…ううむ」


 レジーナはそう言っているが、おそらくは魔法を使って鍵を開けたのだろうか…詳しい方法はわからないけれども、カラルさんには知られない方が良いはずだ。


「開いているならちょうど良いですよ、中に入って魔物が隠れていないか確認しましょう」


 慎重に扉を開けて倉庫に入る。中は薄暗く、商人達の預けてある商品が入っているであろう木箱が並んでいた。カラルさんがライトストーンの灯りをつけて、僕達に渡してくる。


「さて、本当にここにいるんですかね?なかなかにいりくんでいるから時間がかかりそうですね…」


「相手はシャドウ一体かもしれないですが何があるかわかりません。慎重にいきましょう」


 その後、三人で倉庫内を捜索するが肝心のシャドウは見つからずに時間だけが過ぎていく。

 魔物はすでに逃げてしまったのかもしれない、そんな考えがよぎる。そんなとき、カラルさんが僕に声をかけてきた。


「少し良いですか、レオネスさん? 向こうで少し面白い物を見つけまして」


「面白い物ですか?」


「ええそうです。おそらく他の商人の物ですけれども…こっちです」


 案内されるままに向かうと、そこにあったのは一着の防具一式だった。けれども保存されているというよりはそのままそこに置いてあるといった感じだ。


「鎧一式…ですか。でも、ケースもカバーもされていないですね」


「そこですよね! 見た感じだとなかなかに良い代物だったのにもったいない…きっと、持ち主はあまり鎧に興味が無かったんでしょうね」


 確かに彼の言う通り、黒い鎧は光沢を保っており粗悪な品というわけではなさそうだ。


(鉄…ではないな。何で出来ているんだろう?…っと、今は倉庫の捜索が優先か)


 この防具に少し興味はあったが、いつまでもここで見ているわけにはいかないこと彼に伝えようとすると、レジーナがこちらに向かってくる。


「…どうしたの、なにか見つかった?」


「あ、いえ。少し気になった鎧を見つけただけで…」


 自分も向き直って話そうとした、その瞬間。彼女は突然慌てた様子で声を上げる。


「二人とも危ない!」


 その言葉を聞いて咄嗟に振り替えると、そこにいたのはカラルさんに剣を振りかざそうとしている鎧の姿。


(…間に合わない!)


「はあぁぁぁぁ!!」


 しかし剣が当たる直前にレジーナが割り込み、右手で攻撃受け止める。しかし鎧の一撃は重く、彼女はそのまま後方に大きく吹き飛ばされて積んであった荷物に突っ込んでいってしまう。


「こ、これは一体!?」


「レジーナ!! カラルさんは僕の後ろに!」


 そう言い終わると同時に、鎧の二撃目。それを防ぐように自らの剣で敵と打ち合いを繰り広げる。だがその一撃一撃は彼女の吹き飛ばされ方から分かっていたように重い。


(くっ…なんて力だ…!)


 行動の隙は大きいがそれを力でカバーするという戦法。普通なら攻撃を避けてその隙をつけば良いが、今は後ろにカラルさんがいる。


(このままだとまずい…! どうにか切り抜けないと押しきられる!)

 

 考えている間に、状況が打ち合いからつばぜり合いに移る。しかし状況の変化はそれだけではなかった。


(…? 左から風が…)


 締め切られた倉庫内で普通だったら吹くはずのないまとまった『風』。それは反撃の兆しとして十分だった。


(…そういうことか、レジーナ!)


 つばぜり合いから渾身の力で敵の剣を弾く。しかし、上に弾かれてもお構い無しに敵の攻撃は続く。でもこれで良い。


(誘発させるべき行動は…振り下ろし!)


 弾かれた剣がそのまま真っ直ぐに僕を目掛けて振り下ろされようとしたその瞬間、風の魔弾が敵の腕に直撃して狙いが右に逸れる。そこに生まれたのは相手の確かな隙。


「そこだぁぁぁぁ!」


 その隙を逃さないように胴目掛けて横凪ぎを叩き込む。吹き飛ばされた鎧は壁に叩きつけられ、その剣を手放す。

 敵はすぐに剣を拾おうとするが、それを阻止するように首元を剣を突きつける。


「…動くな、お前は一体何者だ? 素直に答えるのなら、命まではとらないと約束しよう」


 この人物がカラルさんを狙っていることは明白だ。しかし彼がそのような悪事を働いているとは到底思えない…それなら、相手の素性さえ知ることができれば襲った理由がわかるはずだ。


「………」


 しかし、鎧は沈黙したままで一向に答える気配は無さそうだった。


「答える気はない…か。ならまずは、その顔を拝ませてもらうぞ!」


 剣で兜を弾こうとしたそのとき、敵がこちらの剣先を勢いよく掴んでくる。そして…そのまま自らの首元へ突き刺した。


「な…!?」


 予想外の行動に一瞬判断が遅れる。そして驚くことに、首元刺したはずの鎧がこちらの剣を力強く押し返してきて距離を離される。


「ぐっ…!」


 距離を離された隙を突かれて、敵は暗がりへ逃げ込む。もちろんそれをそのまま黙って見ているわけにはいかない。


「逃がすか!」


 すぐにライトストーンの灯りをつけ暗がりに投げ込む。だが…そこに鎧の姿は見当たらなかった。


「消えた…!?」


 急いでカラルさんの方向に向き直る。しかしそこにも鎧の姿はなく、代わりにレジーナが彼の近くに付いていた。再びの敵の襲撃に備えて自分も急いで二人と元に戻る。


「レジーナ、さっきは危ないところをありがとう。怪我はないかい?」


「うん、平気…って言いたいところだけど…少し腕を痛めたみたい」


「す、すみません私のせいで…」


「…ううん、あなたのせいじゃないよ。それよりも狙われる心当たりとかはある?」


「いえ、そんな! 私達はいたって真面目に、公平に商売をしておりますので恨みを買われるなんて…」


「…そっか」


 そう言って考え込む彼に注意しながら、レジーナが小声でこちらに話しかけてくる。


「…レオネス、少しいいかな?」


「どうしたの?」


「…腕に少し不調がね。属性の切り替えがうまく出来なくて、今は風元素しか使えないことを伝えておきたい」


 おそらく、カラルさんを庇ったときに受けた一撃が原因だろうか。あのスピードで突っ込んでいったならば反動も大きかったはずだ。


「なるほど、分かったよ。こっちも相手について話しておきたいことがあるんだけど…これを見てよ」


「…レオネスの剣がどうしたの?」


「あいつ、この剣を自分で首に刺したんだけど血がついていないんだ。それに何かを刺した感触も無かった…」


「…つまり中身が無い。敵は?」


 リビングアーマー…鎧に魂が宿ったと言われる種族だ。主な生息地は大陸北側の大地――『光の地』であり、そこにいるのは『ムシャ』と呼ばれている。こちらにリビングアーマーが現れるのは珍しいが…


「おそらくね…でも、それにしてはおかしいんだ」


 再び静寂に包まれた倉庫。そう、普通なら


「…リビングアーマーが隠密行動をするなんてね」


「ああ…明らかに隠密するのに向いていなさそうな鎧だったのに」


 突然姿を消したり、なぜかカラルさんを狙っていたりと謎の多いリビングアーマー。しかもその力は強大ときた。


(…いざというときにはあの力を使う覚悟もしないとな)


『…我が力を使うつもりか、宿主よ?』


(魔神…ああ、相手は手強い。もしその時になったら頼んだよ)


『そうか、だが気を付けろ。あの人間は我が力に気が付いている。力を使うということはそれなりのリスクを伴うぞ?』


(…分かってる。承知の上だよ)


 使ってしまったら魔神の存在がばれてしまうかもしれないという気持ちを振り払い、覚悟を決める。ここで二人に危険が及ぶなら…それが僕のやることだと信じて。

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