第13話 森の異変

ドトールの街のとある宿屋 215号室にて


 部屋の中に入り、依頼主である兄妹から話を聞く。



 その内容としてはドトール近くの森であるチカバリの森に、妹が大切な人形を落としてしまったから探して来てほしいというものだった。


 どうやら母親と一緒に、父親の研究に使用する草を集めていた時に魔物に襲われたらしく、逃げる際に落としてしまったようだ。


 最近でも魔物の目撃情報が多いから、母親からはぬいぐるみのことは諦めなさいと言われたようだけど、それでも妹の誕生日に父が買ってくれた大切な物だから冒険者に依頼した…それが今回の依頼した理由だった。


 さらに、四日後には自分達の町に帰ってしまうから出来ればそれまでに見つけて欲しいとも付け加えてきた。


「なるほど…わかったよ、僕達がぬいぐるみを探して来てあげるから安心して」


「本当に!? ありがとう、お兄ちゃん達!ほら、サラもお礼を言わなきゃだめだぞ」


「…お兄ちゃん達、ありがとう」


「いいってことよ。なんせ俺達フトーフクツは、子供達の味方なんだからな!」


 …なんだかまたよからぬことを考えていそうな気もするけど、今は置いておこう。すると、小さな兄が気になることを言う。


「でも、気をつけてね。森にいたのはなんだかいつもより狂暴そうな魔物だったから…その、無茶はしないでね」


「狂暴か…あいわかった、気をつけるとしよう」


 狂暴…最近は妙な魔物の目撃情報が報告されているらしいから、それかもしれない。それによると体に異変がある魔物がいるらしく、確認してみる良い機会かもしれなかった。


 森に向かうために宿を出てドトールへ向かう準備をする。四日後までに落とし物を見つけるのに、今日はドトールで森についての情報収集をすることに決まり、本格的な捜索は明日から開始することになった。


 馬に歩かせてドトールに着いたら、三人で手分けしてチカバリの森について情報を集める。合流場所は宿のジーノが借りた部屋で、時刻は夕暮れまでだ。



 それからしばらく聞き込みをして、日が暮れる時間になる。集めた情報を共有するために宿に戻ると、すでに二人は部屋の中にいた。


「よう、戻ったか。こっちはそこそこ集まったぜ」


「そっか、お疲れ様。僕の方も気になる情報を手に入れたから、早速情報を交換しようか」


「それではまず拙者から話そう。分かったこととしては、まずは顔が崩れたゴブリンの情報か。バンデットでも通常のでも、普通は群れで行動する奴らだがこいつは単独で夜に現れたらしい。倒した後に死体を確認しようとしても崩れるように消えてしまい、詳しく見ることできなかったとも言っていた。もっとも信じている人は少ない様子だったがな」


 崩れるように消える魔物…確かに妙な話だ。それに顔が崩れているという点も気になる。


「オーケー、じゃあ次は俺だな。チカバリの森について聞き込みをしたんだが、今はドトールの街から立ち入りに注意喚起が促されているらしい。どうやら大型の魔物が現れたらしくて、そいつが子供の言っていた狂暴な魔物かもしれないって話だ。これは俺の推測だが、森にいる魔物はおそらくジャイアントボアじゃないかって考えてるぜ」


 ボアは猪のような魔物で食用にもなれるのだが、大きく成長した個体はその力と巨大な牙で人間を襲うから討伐の依頼がそこそこの頻度で出ている奴だったはず。依頼人はこいつに襲われたわけだろうか。


「最後は僕だね。魔物の情報はシシゴウと似たようなやつなんだけども、こっちではこんなものを見つけたよ」


 懐から取り出すのは、赤いライトストーンと使用済みのライトストーン。それらを二人に手渡す。


「どっちもドトール周辺に落ちていたんだ。使用済みの方はポイ捨てかもしれないけど、赤い方は今まで見たことないだろう?」


「確かに普通のは白いからな…もう叩いてみたのか?」


「やってみたけど変化無しなんだ。それで、もしかしたらこの話に何か関係しているかもと思って持ってきたんだ」


「確かに妙なものだな…後でギルドに提出しておくのが良さそうだ」


「だな。とりあえず今は俺が預かっておくぜ。ひとまずここまでの情報をまとめると、森には狂暴な魔物…おそらくジャイアントボアがいる、ドトール周辺には変な魔物の目撃情報がちらほらあって妙なライトストーンも落ちていたってところか。俺らの目的は落とし物を見つけることだから前者とは戦う必要はなさそうで、後者はギルドに報告しておけば大丈夫だろ。この感じだと、すぐにでもギルドに正式な討伐依頼として張り出されそうだしな」


「では、明日はその魔物に気を付けながら落とし物の捜索だな」


「そういうこった。それじゃあ、今日はこれにて解散だな。俺は酒場にでも行ってくるわ!」


「それはいいけど、あんまり羽目を外さないようにだよ」


「わかってるわかってるって! じゃあなお前らー」


 ジーノの部屋から全員出た後、彼はさっさと酒場に向かっていった。その様子に若干あきれていると、シシゴウがフォローをいれる。


「なに、チカバリの森は拙者もたまに行っている場所だから道に迷うことはなかろうて。では、拙者は道具の整理でもしてくる。お主も今日は早めに休むと良いだろう」


「そうだね。シシゴウは荷物がいっぱいあるだろうけど、整理頑張って」


「備えあれば憂いなし、だからな。ではさらばだ」




 シシゴウとも別れた後、自分も明日に備えた準備に取りかかる。そして夜には、剣のチェックや防具の確認を済ませた後にベッドの上へ移動する。普通なら寝るはずの時間だけど、自分にはまだやることがあった。


(…意識を集中させて、右腕に力を…)


 薄暗い部屋の中で神経を研ぎ澄ましていると、次第に右腕には黒い靄のようなものが現れはじめる。それが自らの腕を取り囲んだ瞬間に、力を込める。すると靄が形を成し、黒と紫の基調にした籠手が出現する。


『我が右腕の発現にはずいぶん慣れたものだな、宿主よ』


(まあね。でも、これでもまだまだなんだろう?)


 これは、魔神の力を扱うための練習だ。強大な力のコントロールには慣れが必要だと魔神から言われて、毎晩こっそりと行っている。


『そうだな。これで一割ほどの力だろうか』


(これでまだ一割なのか…先は長いね)


『ああ。来るべき人間との争いに備えて、日々精進すると良い』


(…そう、だね)


 初めは魔神の力を暴走させないためにと始めた練習。しかしこの力は本来、人々を守るのではなく滅ぼす力。上手く扱えるようになればなるほど、が近づいているような感覚がして…正直なところ少し怖い。

 そんな自分の心情を見透かしたように、魔神が話す。


『我が力を恐れているか、宿主よ』


(…まあ、少しだけ)


『そうか。だが、人類は我々を滅ぼすために日夜その技術や知恵を磨いている。恐れと迷いの先にあるのは破滅のみだぞ』


(…そうだね。分かってはいるんだけど…)


『…迷う気持ちも分かる。宿主は我が転生した人間の中でも特にぬるい環境にいるからな』


(ぬるい…確かに否定はできないけども…)


 大陸の人々は魔神を敵視しており、それが宿った人間がどうなったか…それを想像するのは容易いことだろう。その結果がこれまでに数千年続いてきたとされる魔神と勇者の戦いの記録のはずだ。

 しかし、魔神の発言からある一つの疑問が浮かぶ。


(…魔神は前に宿った人間のことを覚えているのかい?)


『覚えているとも。それぞれがそれぞれの思いを胸に刻んで戦っていった彼らを忘れるはずがない。もっとも、ほとんどは世界への激しい感情だったがな』


(それぞれの思い、か…)


 激しい感情…おそらくは怒りや哀しみ、憎悪などだろうか。そうだとしたら自分は…何を心に刻んで人々と戦うのだろうか。


『だが、宿主はそのままで良いだろう』


(え、それはどういう…?)


『いずれ理解するはずだ。話はこれくらいにして今日はもう休んだ方がよさそうだぞ』


 言われてから時計を見ると、時刻はすっかり深夜を指していた。


(そうだね。明日は早いからもう寝ないと大変そうだ…おやすみ、魔神)


『ゆっくり眠るといい、我が宿主よ』


 目を瞑ってからしばらくして、僕は眠りに落ちた。




次の日


 目を覚まして二人と合流したら、予定通りに森へと向かう。その道中にジーノが酒場で聞いた情報を伝えてきた。


 少し前にチカバリの森に騎士数人が偵察に向かったのを見た人がいたらしい。もしかしたら騎士団の人が森にいる可能性もあるけど、見つかったら誤魔化すのは任せておけとも言われたが…しかし、一体何を言うつもりなのだろうか。


 しばらくして、森の前にたどり着き中に入ろうとすると、そこには数人の女性騎士の姿があった。なにやら話し合っているようだけど、ここからはよく聞こえない。


「げ、やっぱりいたか。へたに魔物を刺激するのを許してはくれないだろうし、誤魔化すしか無さそうだな…」


「それしかなさそうだね…あれ?あの人は…」


 騎士の中に知っている人物を見つける。今は黄色の長い髪を束ねているが、その声と姿は間違いなくだった。


「…リーゼラル? どうして彼女がここに…?」


「リーゼラル? もしや、夕方頃によくお主と鍛練しているあの女性か?」


 トリビュに来てからほどなくして出会った女性で、自分と一緒に鍛練を積んできた人なのだけれども…まさか騎士団に所属していたなんて驚いた。年も近いはずだけど、あの騎士達の中ではリーダー格のようだった。


(自衛のための訓練って言っていたけど、騎士を目指していたからだったのか…)


 予想外の再開に驚いたけど、ジーノがさらに驚く発言をしてきた。


「よし、盗み聞きするぞ」


「え、なんでいきなり盗み聞き…!?」


「ばっか、お前そりゃないだろ。あの様子からして、あれが本隊ではないことは明らかだ。騎士団関係の問題だとしても未だに偵察なんて遅すぎるから、盗み聞きで森について何かわかるかもだろ? しかも、ばれても知り合いという保険もあるときた…そうなったらやるしかないだろ」


「相変わらず頭の回転が早いやつよ。そうと決まれば…やるか」


「ええ…そんな怪しいことを…」


「うっせ、お前もさっさとこい! 情報が話されちまうだろ!」


 ほとんど無理やり連れられながら、木の影を移動するようにしてリーゼラル達に近づいていく。


(絶対に怪しい絵面になってるよ…シシゴウもなんかノリノリだし)


 そのままばれることなく近づくことには成功する。すると、彼女達の話し声が聞こえてくる。


「…という情報があった通り、ここから先はその魔物と遭遇するかもしれないが、その姿のみ確認して報告しろとのことだ。倒すことが目的ではないから戦いになったら守りを優先しろ、わかったな?」


「了解です、副隊長!」


(…リーゼラルって仕事中はあんな話し方なんだ)


 鍛練するときの口調とは異なっていて少し違和感を感じたが、これが仕事とプライベートの切り替えというやつだろうか。


「それならいい。各自、魔操具の準備もできているか?」


「ばっちりです、副隊長!」


「…すまない、もしかして私をからかっているか? まだ副隊長に上がったばかりだから、今まで通りに名前で呼んでもらったほうが助かるのだが…」


「えー、でもせっかく副隊長に上がったんだしこのほうが良いかなって」


「そうそう。早く新しい立場に慣れるためにね」


「力を入れるのにもほどほどに、ってことだね」


「そうか…ならそれでいいか。では出発するぞ」


 話が終わると同時に、彼女達は移動を開始する。それに合わせて死角に移動しようとした、その時だった。


『パキッ!』


(しまった…!)


「誰だ!」


 うっかり、木の枝を踏んで音を立ててしまう。すると、ジーノが俺に任せろとジェスチャーをしてから彼女達の前に出る…僕を一緒に引っ張りながら。


「おっと、盗み聞きしてたことは謝るから武器を納めてくれ。ちょっと新人冒険者のために心得をレクチャーしているところに美人な姫騎士様方を見つけたからつい…な。だろ、レオネス?」


「え、僕!?いや、まあ、その…」


「…レ、レレレレオネス!?どうしてここにあなたが!?」


「あはは…えっと、久しぶりリーゼラル…」


 こうして、ジーノのただのナンパみたいな言い訳を聞いて、怒られることを覚悟しながらリーゼラルと再開するのだった…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る