魔神を宿す青年 レオネス編

第一章 六年の月日と異変

第12話 冒険者登録

トリビュの街

冒険者チーム『フトーフクツ』の拠点にて



 部屋に朝日が射し込み、目を覚ます。それはいつも通りの朝だけども、僕にとって待ち望んでいた朝でもある。ベッドから降りたら早速、支度を始める。


(…とうとう僕も冒険者か)


 グローブを身に着けながら、そんなことを考える。トリビュに来てから六年、時はあっという間に過ぎていった。この間でコーボス帝国や大陸…世界のことにもずいぶん詳しくなったと思う。しかし、一番大きな変化といえば…と知り合ったことだろう。


『昨晩はよく眠れたか、宿主よ』


(ああ、眠れたよ。今日は目標にしていた大切な日だからね、冒険者としてしっかりしないと)


『気は緩んでいないようだな。宿主ならば冒険者として申し分ないであろう』


(ありがとう、魔神)


 それは、僕の中にいる魔神との会話。トリビュに来てしばらくしてから出来るようになったことだ。初めは驚いたけれども、彼は博識で様々な知識を僕に与えてくれた。人間の敵として伝えられている魔神だが、僕には敵対しているわけではなくむしろ友好的だった。

 支度が終わり、リビングに出る。そこにはすでに二人の…シシゴウとジーノの姿があった。


「おはよう二人とも」


「目が覚めたか、レオ」


「よ、おはようさん。とうとうお前も冒険者になる日が来たな。昨日も働いてたから少し心配だったが、その様子なら大丈夫そうだ」


「ブラッドさんには六年間お世話になったから恩返しとまでは言わないけども、最後まで役に立ちたかったからね」


「そうか。しかし、昨日はブラッドのやつが嘆いていたぞ? 店の看板息子がいなくなってしまうとな」


 仮にだけど働いていたパン屋をやめて冒険者になる。前から伝えていたはずのことだったけど、店主であるブラッドさんからもう少し働かないかと言ってきたのはそういうことだったのか。


「看板息子って…僕はそんなのではないよ」


「おうおう、さすがイケメンは言うことが違うぜ。俺も言ってみたいねぇ、『看板息子?俺はそんなのではないですよ、ははは!』ってよ!」


「はいはい、それはもういいから。早く支度を済ませようか」


「だな。早く登録を済ませて、初仕事といこうではないか」


 三人で朝食をとった後、ギルドに向かう。登録の際には軽い面接があるらしいことは聞いているけど、よっぽどのことがなければ大丈夫だと二人は言う。特にジーノは、


「俺でも登録出来たんだからへーきへーき」


と軽く言ってきた。




冒険者ギルド


 家から徒歩数分。僕達はギルドにたどり着く。中では多数の冒険者達が話し合っているが、その内容は自慢から世間話まで様々だ。

 そんな賑やかな声達を聞き流しながら、受付に向かう。


「おはようございます、フトーフクツの皆さん。今日はレオネスさんの冒険者登録の日ですよね」


 ギルドの受付嬢の一人、カナさんが僕達の対応をする。しかしこの人と話すと、決まってジーノがある行動をとる。それは…


「おはよう、カナさん。ああ、これでやっとレオも冒険者になれるってわけだ。それでもし時間が空いていたら、今日の夜に行われる歓迎会にでも来ないかい? カナさんなら大歓迎だぜ」


 …ナンパだ。どうやらジーノはカナさんが気になるらしく出会う度にアタックしている。それを軽くあしらわれるまでが一連の流れだけど。そんな一連のやり取りを、少し懐かしい気持ちになりながら横から眺める。


「ごめんなさいね。今日は仕事が立て込んでいて行けそうにないわ。それで、冒険者登録よね? それなら提出された資料の選考は大丈夫だったから次は面接ね。準備が出来たら呼ぶから、少し待っていてくださいな」


「わかりました。ほらナンパしてないで行くよ」


「おい、引っ張るなって! じゃあカナさん、他の日にでも俺とゆっくりお茶でもしようぜ! 俺はいつでもOKですからねー」


「はいはーい」


 ジーノを連れて適当な席に座る。知識が豊富で頼りになる人なんだけど、こういうことには困った人だ。

 そのまま三人で雑談をしながらしばらく待つ。もしかしたらあの二人…ガルさんとレジーナもいるかと思ったけれど、どうやら今はいないようだった。


「レオネスさーん、準備が出来ましたので二階までどうぞー!」


「お呼ばれだな。頑張ってこいよ」


 その言葉に軽く頷いた後、階段に向かう。そのまま二階にいた受付の人に案内されたのはギルド長の部屋。その前で軽い説明を受ける。


「中ではギルド長と他数人の審査官が待っています。軽い質問がありますが、準備はよろしいでしょうか?」


「はい、大丈夫です」


「わかりました、では中にご案内します」


 ドアに手をかけ、開かれる。中に居たのは三人の審査官に、ギルド長。その目からは強い意志を感じる、厳格な雰囲気の男性だ。


「君が新しい冒険者志望の人物か、よろしく頼むよ。まずはそこに座りたまえ」


「はい」


 促されるように座った後、面接が始まる。


「初めまして、私がここのギルド長だ。まずは、君の名前と志望理由を聞かせてもらえるかな?」


「僕はレオネス・ウェイカーといいます。志望理由としては自分の力を誰かの役に立てたかったからです」


 今はアークベルトではなく、ウェイカーを名乗っている。グレイヴさんの名前を使うのはいろいろとまずいと、ジーノと話し合った結果だ。


「なるほど、金や名誉ではなく他者のために行動するか。それなら騎士という道もあったかもしれないのに、君は冒険者を選んだのだね」


「はい。この世界を旅することも好きなので、自由に活動できるこちらの方が自分に向いていると思いまして」


「ふむふむ、理由は良くわかったよ」


 手元の書類をめくりながら、時折面接官に話しかけるギルド長。何を話しているのか聞こえないけれど、今はおとなしく待つ。

 それから少し経った後、ギルド長が立ち上がる。


「少し待っていてくれるかな?」


「分かりました」


 確認をとった後に部屋の奥にある棚に向かう。そして、そこから何かを取り出して僕に近づいてきた。


「レオネス君、君にこれを渡そう」


 手渡されたのは、獅子のエンブレム。その目にはなにやら光を放つ宝石のような物がはめ込まれている。


「これは…?」


「デザインは私の趣味なのだがね、これがギルドに所属している証となる物だよ。改めて、これからは冒険者としてよろしく頼むよレオネス君」


「…はい! これからよろしくお願いします!」


 こうして、無事面接は終わった。部屋を出たら再び受付の人に案内されて一階へ向かう。


「おう、終わったか! な、すぐ終わっただろ?」


「確かにジーノの言っていた通りだったね。後、ギルド長からこんなエンブレムも貰ったんだ」


「ほう…獅子のエンブレムか。やはり我々のものとは別のだな」


 そう言ったシシゴウが取り出したのは、ツバメのエンブレム。続けてジーノはカラスのエンブレムを取り出す。


「あれ、皆違うエンブレムなんだ」


「ああ。ギルド長はその冒険者に似合うと思ったエンブレムを渡すと言われていてな、拙者はツバメでジーノはカラスだな」


 カラスとツバメ、確かに二人っぽいと言われたらそうかもしれない。でも、自分が獅子はなにか違うような気もするけれども…

 自分で自分のエンブレムを見ていると、二人はそれぞれの物を差し出してくる。


「ほら、レオも早く差し出せって」


「あ、分かったよ」


 意図がわかっていないまま、腕を伸ばし自分のエンブレムを二人のやつに合わせる。すると、シシゴウが急にこんなことを言い出した。


「…我らのチームを意味するは不屈の精神。名は体を表すとの通りに、これは己が道を曲げずに進むという誓いでもある。今新たに加わった仲間を祝い、これから切磋琢磨してゆこうぞ!」


 そのままエンブレムを掲げる二人。つられて自分も掲げるが、周りに人がいるから正直恥ずかしい。


「えっと…なにこれ?」


「知らね」


 ジーノから口から飛び出してきた驚きの言葉。知らないのにシシゴウに合わせていたのか…


「なに、拙者からお前への激励だ。しかと心に刻むがよい」


「あ、ありがとう…」


「…なんだか面白いことしてるね」


 そんな時に、ふと聞こえてくる知っている声。振り替えるとそこには、フードを被った女性の姿があった。


「レジーナ!いつからそこに…?」


「…切磋琢磨くらいからかな。ひとまず、冒険者登録おめでとう。それと、二人もおはよう」


 レジーナは僕より二つほど年上で、冒険者としては先輩にあたる。その右腕は生身ではなく魔操義手まそうぎしゅと呼ばれる魔法を操ることができる代物なのだが周りには隠しており、おそらく知っているのは僕を含めて四人ほどだろうか。その腕前は確かであり、主に魔物退治の依頼に良く行っている。

 そのミステリアスな雰囲気と実力から、ギルドではちょっとした有名人だったりする。


「おはようさん。今日はガルさんとは別行動なんだな」


「…うん。冒険者になってからは、別行動も多いよ。三人は今から依頼?」


「そうだな、簡単なものでも片付けようとしているところだ」


 話をしながら掲示板に向かう。そこには今日も様々な依頼が張られているが、その中でもある依頼が目に止まった。それは他とは違い、少し汚い文字で書かれていた。


「森の落とし物を探してほしい…これ、子供からの依頼かな?」


「ん? ああ、それっぽいな。報酬も安いし簡単そうだが…お前これをやるのか?書いてある情報が曖昧だから時間がかかるかもだぜ」


「うーん…それでも、困っているなら助けたいかな」


「ははぁ…初めての依頼がこれとは、お前将来はガルさんみたいになるぞ?」


「…レオネスがガルみたいに?」


「はっはっは、何もあそこまで筋骨隆々になるという意味でいったわけではなかろうて、心意気の話だろう。それと、拙者はその依頼で構わんぞ」


「…そっか」


 ジーノもこれで大丈夫そうだからこの依頼を受けることを決めて、受付に向かい手続きを済ませる。依頼人である子供は町の宿にいるらしく、詳しい話はそこで聞くことになった。

 依頼も受けたのでギルドから出ようとしていた時、不意にレジーナから呼び止められる。


「…ねえ、レオネス。その依頼が終わったら私と一緒に依頼に行かない?」


「一緒にって…二人で? 僕は別にいいけど…どうして?」


「…それなら良かった。じゃあ私も依頼探すから」


 会話の後、すぐに掲示板に戻っていき依頼を眺める彼女。真意は分からなかったが、個人的な用事だろうか。


(何か僕に伝えたいことがあったのかな…?)


 レジーナからの誘いを承諾して出口に向き直ると、なんだか二人(特にジーノ)がニヤニヤしていた。


「さっそく冒険者流デートのお誘いとはお前も憎い奴だなぁ、このこの!」


「いや、多分そういうのではないと思うんだけど…」


「ふ、恥ずかしがりおって…」


「シシゴウまで…とにかく、早く依頼人のところに向かおう!」


 確かにレジーナとはそこそこ長い付き合いだけども、自分達はそういう関係ではない。

 どちらかというなら、彼女は自分を心配してくれているんだろう。それに、魔操義手のことをまだ二人には話していないのもあるはずだ。


 そのままギルドを出発して、依頼場所である宿に向かう。時間の指定があることが少し気になるけども、話を聞けばわかるはずだろう。

 目的地に到着すると、そこには少し高そうな宿があった。ここに泊まるということは両親はなかなかに裕福なのだろうか。

 中に入り、書かれていた二階の215室の前にたどり着く。ドアを軽くノックすると中からは子供の声が返ってきた。


「…もしかして、冒険者の人ですか?」


「うん、そうだよ。森に落とし物をしたって依頼を見たから、やって来たんだ。これが冒険者のエンブレムだよ」


 覗き窓から見えるようにエンブレムを掲げる。すると証を確認できたからか、鍵を外しドアが開かれる。部屋の中にいたのはまだまだ小さな兄妹だった。


「お兄ちゃん達が落とし物を探してくれるんだね、ありがとう! とりあえず、中に入って話そう?」


 この子供達が僕が冒険者になって、初めての依頼主となるのだった。

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