第11話 到着とその後

宿屋 朝


「起きろ、坊主! もう日が昇ってるぞ!」


 微睡む自分の耳に聞こえてくるのは怒鳴るような声。それにより僕の意識は目覚めた。


「うん…おはよう二人とも…」


「おはよう」


「おう、起きたらさっさと支度をしな。お前に話がある」


 話というと、やはり自分の次の行き先だろうか。昨日は夜まで酒場にいたけれど、忘れてなかったみたいで安心した。

 素早く準備を済ませて二人の元に向かう。


「支度できたか。坊主の今後について昨日は話せなかったから今聞いておこうと思ってな、それでどこに向かってるんだ?」


「えっと、トリビュに居る冒険者チームのフトーフクツって場所を目指しているんだ」


「フトーフクツ…お前あそこに弟子入りでもするのか? なんだ、もしかしてニンジャとやらに憧れてんのか?」


「ニンジャ…?」


「なんだ、それも知らずに向かってたのか…まあいい、俺達もトリビュに用事があるからな。このまま三人で向かうとするか」


「本当に? ありがとうガルさん、レジーナさん!」


「なに、礼なんぞいらねぇさ。そうと決まったらさっさと飯食って出発するか!」


 そのまま宿屋を出て、朝食を取る。その後、朝でもちらほらと店が開かれている道を進みながら僕達は東門に向かっていった。




東門にて


「…おいあんた知ってるかい? また『サバキ』が出たらしいぜ」


「へぇ、今度は魔物か、賊か?」


「どっちもまとめてばっさりだったらしい。相変わらず何がしたいのかわからないよな…危険が減るのは助かるけどさ」


 ふと道端で話している男性二人から聞こえたサバキという言葉。二人なら何か知っているだろうか。


「ねえ二人共。さっき人達が話してたサバキって知ってる?」


「サバキか…各地の悪い奴を切って回っているらしい変な奴だな。何回か見たことはあるけど、高そうな鎧が目立つ奴だったぜ」


「へぇ、良い人そうだね」


「まあ、話だけ聞くとそう思えるかもな。実際に悪事を働くと目をつけられるのは悪人どものいいストッパーになってる。けどよ、その素顔を見た奴もいないし、居場所も誰も知らないときた。しかも、助けた奴に見返りも要求しないらしい。正直、何を目的にしているのかわからない不気味な野郎だぜ」


「そうなんだ…」


(サバキ、か…いつか僕も出会う日が来るのかな?)


 そんなことを考えていると、ガルさんがさらにこのように付け加えてきた。


「だが、もし出会ったしてもケンカを売るのだけは絶対にやめとけ。サバキは恐ろしく強い、それこそ賊や魔物が束になっても勝てないくらいにはな。分かったか?」


「うん、分かったよ」


 そのまま東門を通り、トリビュを目指す。それにしても、フトーフクツのニンジャとは一体なんなのだろうか。

 道中でガルさんに聞いてみても、見ればわかると笑いながら言うだけで詳しくは教えてくれなかった。


 そして、馬を歩かせて夕方を迎えようとしていた頃。遠くに大きな街が見えてくる。


「あの大きい街がトリビュかな?」


「…そうだよ」


 遠目から見ても、ドトールより建物が多いことがわかる街並み。目的地であるその場所に今、たどり着こうとしていた。




トリビュの街


 前と同じように手続きを済ませて中に入る。そこで目にしたのは、ドトールほどの活気はないけれども落ち着いた印象を受ける街並み。人がたくさん住むのに良さそうな場所だった。


「さて、ここがトリビュだ。詳しい説明はめんどくさいから無しだぜ? フトーフクツまで案内してやるから、そこの奴らにでも教えてもらいな」


「うん、分かったよ」


 ガルさんに案内されて着いたのは、少し小さな建物。入り口には

『フトーフクツ 依頼受け付けています』

という看板がぶら下がっていた。


「ここがフトーフクツの拠点だな。じゃあ俺達はギルドに用事があるからここでお別れだ」


「二人は挨拶とかはしないの?」


「なに、どうせ後でギルドで会うだろうから必要ねぇさ。じゃあな坊主!」


「…ばいばい、レオネス」


「うん、二人共どうもありがとう!」


 二人はそのままギルドに向かい、ドアの前に残されたのは自分のみだった。


「すぅ…はぁ…よし!」


 深呼吸をして心の準備を整えてからドアをノックする。その少し後、中から男性が出てくる。体は少し痩せ型で、僕よりも年上そうな感じだ。


「はい、フトーフクツに何かご依頼でしょうか…って子供? どうした、ここに何か用か?」


「えっと、これを…」


 その男性に、グレイヴさんから貰ったペンダントのような物を差し出す。


「ん、これは…」


 まじまじとペンダントを見る男性。そして、その中を開けた瞬間に少し驚いた表情を見せてから僕に話しかける。


「…なるほどな。とりあえず中に入って話でもしようぜ」


 そのまま中に案内され、ソファーに腰かける。奥のドアの前が少し散らかっているのが気になったけれども、今は言わないでおこう。


「さて、お前の名前は?」


「僕はレオネス。レオネス・アークベルトっていうんだ」


「アークベルト…やっぱグレイヴさんとこの名前か。んで、ここに何の用なんだ?」


「えっと実は…」


 今まで村であった出来事を目の前の男性に話す。僕の話に静かに耳を傾けながら、話が終わると納得した様子でこう返してきた。


「つまり何かしらの理由で村にいられなくなって、ここに来たってわけか…ハテノ村からここまで来るのは大変だったろ?」


「いや、途中からガルとレジーナっていう人達と一緒に来たから平気だったよ」


「お、そりゃ運が良かったな。あの人は見た目は厳ついけれども良い人だ。さて自己紹介が遅れたな、俺はジーノ。ジーノ・ウェイカーだ。奥にもう一人いるんだが、そっちはあいにく作業中だ」


 ジーノさんがそう言った直後、後ろのドアが開かれる。


「ジーノよ、新しい調合に成功したから見てもらいたいのだが…む?お主、何奴か?」


 現れたのは、がたいのいい特徴的な話し方の男性。この人があのニンジャと呼ばれる人なのだろうか。


「おう、丁度良かったぜシシゴウ。こいつはグレイヴさんとこの子供でレオネスって言う奴だ。これからここで面倒を見ろだとよ」


「ほう……あいわかった。拙者の名はシシゴウ、これからよろしく頼むぞレオネス」


「え、あ、うんよろしく…でも、突然押し掛けてこんなにあっさりといいの?」


「旅は道連れ世は情け、という言葉がある。つまりはそういうことだ」


「普通だったら追い返すけど、あのグレイヴさんの頼みとなったら断れないからな。そういうことで、よろしく頼むぜレオネス。さて、そうなると部屋を確保しなくちゃいけないわけだが…空き部屋はないよなぁ」


「うむ」


 入り口の他にあるドアを順々に見ていくジーノさん。その視線はあるドアを見た時にピタリと止まる。


「…お前の素材置き場以外には」


「なに? あの部屋は拙者の調合素材を保管してある場所ゆえ、決して空き部屋などでは…」


「おいおい、じゃあレオネスの部屋はどうすんだよ。だいたいお前だけ二つの部屋を占領しているのは不公平だろ? これから生活するってのにずっとソファーで寝て過ごせっていうのかよ」


「それは…うむむ」


 うんうんと悩むシシゴウさん。僕は突然押し掛けた身だから、別にソファーでも大丈夫だと言おうとした瞬間、彼が待ったをかけてきた。


「…みなまで言うな、レオネス。とある書物にはこのような言葉が載っていた。情けは人のためにあらず、とな。明日から少しずつ片付けるとしよう、これで文句はないなジーノ?」


「おう、さすがはニンジャ。話が早くて助かるぜ」


「当然だ。そうと決まれば拙者は自分の部屋に戻るのだが、その前にこれを見てほしい」


 そう言った後に小瓶を取り出して、ジーノさんに渡す。小瓶の中では何かが光っているような気がするけれど、一体何だろうか。


「んー…なるほど、雷のエレメントを使う方法が見つかったのか。良かったじゃないか」


「ふ、我の手にかかれば造作もないことよ。さて、知らせることも知らせたから拙者はこれにて戻らせてもらう。では去らばだ」


 言っていることの大半はわからなかったけど、それがニンジャなのだろうか。シシゴウさんは小瓶を返してもらった後に、自分の部屋に戻っていった。


「いや、すまないな。あいつの言っていることは訳がわからないだろ?」


「うん、まあ…」


「どうやらあいつは光の地に存在するって伝えられている『ニンジャ』ってやつに憧れているらしくてな。まあ、ここで生活していけば慣れると思うぜ。今日はもう疲れただろ? ソファーしか空いてなくて悪いけど、休むならそこでな。あ、風呂とトイレはあっちだ」


「わかった。じゃあ少し早いけどお風呂に入ってこようかな」


「おう、じゃあ俺は飯の支度でもしてるわ」


 お風呂に入り汗を流した後、ジーノさんが作ってくれた料理を食べる。彼は料理ができるらしく、味もなかなかに美味しかった。

 それと『シシゴウ』は自分自身で考えた名前らしく、本名はアーロン・ラードナーというらしい。けれども本人はニンジャへの憧れか、そう名乗っているらしいこともジーノさんからこっそり教えてもらった。


 夜ご飯を食べ終わった頃にはすっかり時間も遅くなっており、寝るのに調度良い時間となっていた。


「二人とも、おやすみなさい」


「お前もゆっくり休めよ、レオネス。ここに住むのならお前にもやってほしいことがあるからな。ま、詳しいことは明日に話そうぜ。また明日なー」


「おやすみだ、二人とも」


 二人はそれぞれの部屋に入っていく。そして、誰もいなくなったリビングのソファーに腰かけながら部屋を眺める。


(今日からここで生活していくのか…)


 ついこの間まで村で生活していたのに、今の自分は街の一角にいる。これからの生活に不安がないといったら嘘になってしまうけど、なんだかあの二人とならやっていけるような気もする。


「とりあえず明日はやることが多いみたいだし、早く寝ておこう…」


 明日から始まるトリビュの街での生活に期待と不安を感じながら、僕は眠りに落ちた。





 そして、次の日。目が覚めたら二人と今後について話した。話し合う内容としては教育のこと、お金のこと、冒険者になるかどうかについてだった。


 教育については村で教えてもらっていたことで基礎は大丈夫だったらしく、足りない部分はジーノさんが適宜教えてくれることになった。

 冒険者になるかどうかについては、僕はなることに決めた。理由としては、今まで積み上げてきた稽古や鍛練を誰かの役に立てたかったからで、たとえ騎士にはなれなくても僕はそれが出来れば満足だ。

 お金のことは知り合いに人手が足りないと言っている人がいるらしく、そこで仮に働くことに決まった。慣れないうちは大変だろうけれど、じきに慣れるだろう。


 ここまでは今後について順調に話がまとまっていったけれども、一つだけ大きな問題もあった。それは冒険者に登録するには18歳以上でないとだめらしく、今の僕では登録出来ないということだ。だからそれまでは働いてお金を稼いだり、鍛練や勉強をして生活することになった。



 初めての街で様々な人と交流しながら働いて、冒険者になるために鍛練を積み、ジーノさんにこの大陸について教えてもらう。

 そんな日々過ごしていき――













 ――街に来てから六年の歳月が流れようとしていた。

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