第10話 道しるべの街、ドトール
ドトールの街 北門前にて
門でショゼフさんが手続きを済ませてから、街の中にへと入る。すると、そこには始めて見る光景が広がっていた。
「らっしゃいらっしゃい! 今日も新鮮な野菜が並んでいるよ!」
「コーボス帝国で開発されたこの機械を使えば…そら! 砂糖からこんなものが作れるんだ! 一本どうだい?」
「旅の役に立つものを揃えてるよー!」
道の横に店を構えて、たくさんの人が行来している。そして見たことあるものから見たことないものまで、売られている物も様々だ。
「うわぁ…すごい…!」
驚いて立ち止まっていると、ショゼフさんが話しかけてくる。
「そういえばレオネス君はドトールに来るのは始めてかい?」
「あ、はい。村の外にはあまり出たことがなくて…」
「そうかそうか。じゃあ少しドトールについて説明してあげよう」
町の中を進みながら、彼の話に耳を傾ける。行商人ということで、やっぱり詳しいみたいだった。
「ここは通称道しるべの街、ドトール。ここからは色んな町や場所に繋がっているんだよ。今通った北門からはハテチカ町や港町スイムールに繋がっているね。人の通りが多い街だから、こうして物を売ったり新しく発明された機械を見せたりするのに最適な場所なんだよ」
「そうなんだ」
話しを聞いていると、突然ガルさんが話に割り込んでくる。
「だから、俺達用心棒の金の稼ぎ場でもある。ギルドの依頼でもいいけど行商人は金払いがいいからな。その中でも、ショゼフってやつは金払いが良いからおすすめだぜ?」
「こら、ガル君! レオネス君になんてことを吹き込んでくれるのかね!」
「ただの先輩からのアドバイスだろ? なにも問題はないさ」
「…ふふ」
なんだか仲が良さそうな様子を見て、思わず笑ってしまう。すると、ガルさんがこんなことを言ってくる。
「お、ようやく笑ったな?」
「え?」
「何気負っているのか知らねぇがよ、むすっとしてるとこいつみたいな仏頂面になっちまう。ここはもう町の中だから魔物なんていねぇさ。ま、泥棒はいるかもしれないけどな」
「…ガル、余計なお世話」
(もしかして、僕の緊張をほぐしてくれようとして…?)
ガルさんとショデフさんの気遣いになんだか心が暖かくなる。それと同時に、緊張がほぐれたせいか涙が少し流れてしまった。
「…ガルが泣かせた」
「あぁ!? レジーナ、人聞きの悪いことを言うんじゃねえ! 坊主も、これぐらいで泣くんじゃねぇって」
「…うん、心配かけてごめんなさい」
そんな話をしていると、ショゼフさんの馬車が止まる。
「さてと、私の売り場に着いた着いた。カナン、店を広げるのを手伝っておくれー!」
「はーい!」
馬車の中からカナンが飛び出し、手伝いをする。てきぱきとした様子からずいぶん手慣れているようだった。
そして、広げられた垂れ幕には『薬屋エイブラム』と書かれていた。
「ショゼフさん、薬屋だったんだ…」
「さて、俺達はこれからショゼフの娘さんと薬を届けにいくがどうする?付いてくるか?」
「えっと…僕がいても大丈夫なの?」
「坊主の時間次第だな」
それならドトールを見てみたい気持ちもあるし、付いて行ってもいいかもしれない。
「えっと…それなら付いていこうかな」
「おうよ」
「ガルおじさん、レジーナお姉ちゃん! 準備できたよ! ってあれ、レオネスも来るの?」
「そうだよ。改めてよろしくね、カナンちゃん」
「へぇ…よろしくね、レオネス! 早速なんだけど、馬車に薬を詰め込むのを手伝ってもらっていいかな?」
そう言ってカナンは大量の袋を指差す。四人で作業をすれば、そう時間はかからなさそうな量だ。
程なくして、馬車に荷物を入れ終える。カナンも馬車の先頭に乗り、準備万端みたいだ。
「カナン、気をつけていくんだよー!」
「わかってるって! いってきます、お父さん!」
その後、街のあちこちに薬を配りに行った。薬を必要としている人でも、病気だったり体質だったり…様々な人がいた。これはこれで、薬屋というものを知る良い機会になったのかもしれない。
そして、薬を配り終えてショゼフさんの場所に戻る頃には、すっかり日が暮れようとしていた。
「ただいま、お父さん! はい、これお金!」
「ご苦労様、カナン。三人もお疲れ様、これが今回の報酬だよ」
そう言ってショゼフさんは僕にもお金を渡してくる。
「え、いや僕は…」
「まあまあ、受け取ってくれたまえよ。君も十分仕事をしてくれたからね」
こうして半ば強制的にお金を渡される。正直申し訳なかったけれど…本当にいいのだろうか。
「あ、ありがとうございます」
「な、金払いが良いだろ?」
ガルさんが小さくそう言うと同時に、何となく納得がいったかもしれない。
(なるほど、確かに…)
「さて、私達は店を閉じたことだしそろそろ宿に戻ることにするよ。それでは、またね! ガル君とレジーナ君もまた機会があったらまた頼むよ!」
「じゃあなショゼフ、また何かあったら言えよ」
「さようなら、ショゼフさん」
そうしてショゼフさんとカナンと別れる。自分も宿を確保しに行かないとと思い、二人に挨拶をしようとする。しかし先に口を開いたのはガルさんのほうだった。
「さて、レオネス。お前ドトールに用事があるって嘘だろ?」
その言葉にドキリとする。もしかして、怪しまれている?そんな考えが脳裏に浮かぶ。しかし、それにレジーナさんがこう続く。
「…ガル、言い方」
「おっとすまねぇ。別に嘘だから何かするって訳でもないさ。ただ、宿に止まるのならお前も来ないか? 三人だと少しばかり安くなる場所があってな。それになんか悩んでいるなら聞くぜ? 冒険者なんて訳ありの集まりだからそこらへんは慣れてるからな」
その言葉を聞いて少し安心する。二人は信用できる人達みたいだから、それでもいいかもしれない。
「じゃあ…お言葉に甘えて」
「おし、決まりだな」
こうして再び、二人と共に宿屋に向かうのだった。
宿屋にて
「三人部屋、頼むぜ。代金はこれでいいよな?」
「はいよ。一階の108が空いているから、そこの鍵だ」
「おうありがとな」
三人で部屋に向かい、部屋に入る。すると、入ったとたんにガルさんがこう言い始めた。
「さーて腹が減った! お前ら、荷物を置いてさっさと酒場に向かうぞ!」
「酒場?」
「なんだ、酒場も知らねぇのか? 酒を飲んだり飯を食ったりする場所だぜ。冒険者になる予定なら知っておいて損はないはずだ。おら、早く行くぞ!」
「え、あ、うん!」
荷物を置き、部屋に鍵をかけたらそのままガルさんとレジーナさんは酒場に向かって歩き出す。その後を追うようにして、僕も酒場に向かった。
酒場
程なくして酒場に着く。中には、言い方は悪いけど…粗暴そうな人がたくさんいた。すると店員の人が挨拶してくる。
「いらっしゃいませ! 三名様ですか?」
「おう。席は空いているところでいいぜ」
「かしこまりました! 三名様ごあんなーい!」
そのまま案内され、席に着く。テーブルにはたくさんの料理の写真があり、どれも美味しそうだった。すると、近くにいた大男がガルさんに話しかける。
「お、ガルじゃねぇか。またガキが増えてるけど、なんだ隠し子かぁ? お前も隅に置けねぇなぁ!」
「ちげぇよ、ただ道に迷っていた奴の世話してるだけだ。お前は前より太ったんじゃねぇか? なんだ、大金でも手に入ったか?」
そうしてガルさんは大男と会話を始める…なんというか、すごい圧迫感だ。夜なのに賑わっているのも、なんだか落ち着かない。
そんな様子の僕を見て、レジーナさんが話しかけてきた。
「…注文はどうする?」
「ええっと…実はどれが良いのかよくわからなくて…」
「…じゃあ同じ物を注文する?」
「うーん…そうしようかな」
「わかった…ガルは…今は話してる最中だからいっか」
それを聞いて呼び鈴を鳴らすレジーナさん。鳴らしてすぐに店員がやって来た。
「お待たせしましたー! ご注文はお決まりですか?」
「…ボア肉の山賊焼き二つ、旬の野菜ミックス炒め二つ、こだわり山海ドリア二つ、シェイクアイスを二つ、ティールヌールを二つ。ご飯は大盛と並盛で」
「かしこまりましたー! 少々お待ちくださいませ!」
(……ん?今、かなりの量を注文していたような気がするんだけど…)
しかししばらくして、それは聞き間違いではなかったと思い知らされることになるのだった…
数十分後
「お待たせしました! ボア肉の山賊焼き二つ、旬の野菜ミックス炒め二つ、こだわり山海ドリア二つ、シェイクアイス二つ、ティールヌール二つです! ご飯はここに置いておきますね!」
(お、多い! レジーナさんって大食いだったのか…!)
並べられた料理に度肝を抜かれる。そんな僕をよそに、料理を食べ始めるレジーナさん。
「…冷めちゃうよ?」
「え!? あ、うん!いただきます!」
その後、頑張って料理を食べたけども結局半分ほどでリタイアしてしまった。そして、残った料理もレジーナさんが全部食べたこと事実に驚かされることになる。
「…ごちそうさまでした」
「すごい、全部食べきったんだ…」
「うん」
食べ終わった後に二人で、他の冒険者とどんちゃん騒ぎをしているガルさんを横目で見る。
「えっと…ガルさんはどうしよう?」
「…放っておく。夜には勝手に帰ってくる」
そう言って席を立つレジーナさん。慌てて僕もその後を追う。
「ごちそうさまでした。これ、お会計」
「はいよ。また来てくれよな」
外に出ると騒がしい酒場から一変して、静かな町だった。酒場から聞こえる声以外は何も聞こえないこの場所で、少し立ち止まってしまう。
「…帰ろう?」
「あ、うん」
静かな空気に少し懐かしさを感じたけど、夜にぼうっとしているのは確かに危ない。二人で宿屋に向かい、中に入る。そのまま自分達の部屋に向かう。
(そういえば、ガルさんが相談に乗るって言ってくれてたっけ。肝心の本人がいないけども…)
ベッドに腰をかけ、荷物を確認する。その際にこの前のことを思い出す。
「ねえレジーナさん。この前にウルフを吹き飛ばしたのってどうやったの?」
「…気になる?」
「うん」
「…まあ、君にならいいかな」
そう言った後、今まで羽織っていたローブを脱ぎ始める。それは、初めて見るレジーナさんの顔だった。
透き通るような碧眼に、少し凛々しい顔つき。だけどそこまで無表情というわけでもなく、どこか優しさを感じられる雰囲気。
髪は長く綺麗な金色をしており、特にまとめている様子はない。だけどフードを被っていた時の地味な印象とは違い、彼女の姿を見たら『綺麗』という印象が残るはずだろう。
歳は自分より少し上だろうか。
しかしそれよりも目を引くものは、その右腕。そこに生身の腕は無く…あるのは鉄の腕だった。
「レジーナさん、その腕は…」
「
「魔操…義手?」
「…うん。まあ、魔腕って言い方もあるらしいけど。君は魔操具って知ってる?」
魔操具…グレイヴさんからその言葉を聞いたことはないので、その事を正直に伝える。
「ううん、聞いたことないかな」
「…そう。神様から加護を貰わなくても魔法が扱えるようになる道具、それが魔操具。私のはそれの応用兼実験…ってガルが言ってた」
「そうなんだ…重くないの?」
「大丈夫」
話をしながら寝る準備をするレジーナさん。その腕は自分とほとんど同じように動いていて、確かに不便そうな感じは全然しない。
「…案外重い物も持てたりするから、結構便利…周りには隠さなきゃだめだけど」
準備が終わったのか、僕の横に腰かけてくる。
「…私もちょっと訳ありだけど、でもちゃんと生きてる。だからその…君も頑張って。悩みがあったら、聞くよ」
「レジーナさん…じゃあ、少しだけいいかな?」
その後、僕は少しだけ自分の話をした。大切な家族がいること、村が魔物に襲われたこと、訳あって村を旅立たないといけなかったこと…でも、魔神のことは話さなかった。
色々と話終わった後、なんだか気持ちがすっきりとした。
「…君も大変だったんだね」
「うん…でも、僕はレジーナさんやショゼフさんやカナンちゃん、ガルさんみたいな優しい人達に出会えたから平気だよ」
「…なら、よかった」
そう言った後、改めてこちらを見てくる。あまり表情が豊かな人ではないけれど、なんとなく心配してくれているのは伝わってきた。
「でも…世の中にはガルみたいな人は少ない。だから、気をつけて」
そう言った彼女の表情は…少し悲しそうだった。
「えっと…わかった。気をつけるよ」
「…ならいい。今日はもう遅いから、寝よう。私はもう少しだけガルが帰ってこないか待ってる」
「うん…言われてみたら眠くなってきたかも…」
そのまま、自分のベッドに横になる。そしてだんだん意識が遠くなっていく。
「…おやすみなさい」
レジーナさんのその言葉を聞いた後、僕は眠りに落ちた。
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