第8話 繋げる未来

ハテノ村 外れの森にて


 戦いの末、振り下ろされた大剣。

 しかし…僕の意識はまだ存在していた。


「…?」


 恐る恐る目を開けてみるとグレイヴさんの大剣は横の地面に命中しており、僕に命中していなかった。


「…あくまでも、その力を使わないか」


 そう言いつつ、グレイヴさんは武器から手を離す。


「やはりお前は、皆を守るためにあの力を使ったんだな…」


 そして、そっと僕を抱きしめる。さっきまでの厳しい雰囲気は既になく、いつも通りの優しい父さんに戻っていた。


「…こんなことをしてすまなかった、レオ」


 それは普段通りのグレイヴさんの声。その声を聞いて緊張が切れたのか、なんだか目の前がぼやけてくる。


「…うん」


 状況が変わりすぎて気がつくのが遅れたしまったけれど…僕は泣いていた。


「このような手荒なまねしかできなくて本当にすまない。受けた傷をポーションで回復させたら、俺の行動の訳を話そう」


 グレイヴさんはポーチからポーションを取り出し、渡してくる。それを受け取り、蓋を開けて一気に飲みきる。

 グレイヴさんが前に言っていたが、確かにこれは不味い。一気に飲みきって正解だったが、その分すぐに効き目はあった。


「…すごい、体の疲れがとれていく」


「そうだろう。まあ、何でできているかは俺もよくわかっていないのだがな」


 そう言いながら、僕の横に座るグレイヴさん。そして、大切な話を始める。


「…これはあくまでも俺の推測に過ぎないが、お前のあの力はおそらく魔神の力だろう」


「魔神って…あの魔神?」


 確かそれは、大陸に百年に一度現れると伝えられている存在のはず。そうなると、僕がそのになる…?


「ああ。あんな力は俺でも見たことがない。魔物にもあのような奴はいないはずだ。それに、ゴブリン達を一瞬で片付けたあの力は、今までに見たことも聞いたこともないほどに奇妙なものだった。それに気づいている者は俺だけのようだがな」


「僕が、魔神…」


「…おそらくだが、お前が帝国に行ってその力が発覚してしまったらただではすまないはずだ。帝国は魔物に関してはとても厳重に取り締まっているからな。それに、村の人達にも姿は見られてしまっている。このままだと噂を聞いた帝国が動き出すのも時間の問題だろう」


 そう言ってから、グレイヴさんは僕に向き直る。


「だから、こうするんだ。レオネス・アークベルトはここで死んだ。俺の手によってな」


「え…?」


「そうすれば、あの力は魔神ではなく何らかの魔物だったことになるはずだ。魔神が宿った人間が死ぬと魔神が目覚めるという伝承を逆に利用して、魔神という考えにたどり着くのを防ぐ」


「でも、どうして魔神だって分かってあるのにそんなことを? 伝承だと人間の敵だって…」


「さっきの戦いで、お前の力が伝承に伝わるおぞましい力ではないと確信したからだ。俺が見たのは誰かを守るために使う、優しい力だった。だから俺は、お前とその力を信じたい…お前には自由に生きてほしいんだ、レオ」


「父さん…」


「帝国の目から逃れるためには、お前は今からコーボス帝国の前にある街、トリビュに向かうんだ。距離としては町を二つほど過ぎた先にある。これには多少の危険も伴うが、覚悟をしてくれ」


 グレイヴさんは地図を広げながら話を続ける。


「この都市にはギルドと呼ばれる組合がある。これは様々な冒険者達が様々な依頼を受けるための仲介役となっている組織だ。そこで冒険者登録を済ませている奴に知り合いがいる。チームで登録している冒険者達で、名前は『フトーフクツ』だ。お前にはそこに向かってほしい」


「フトーフクツ…」


「そうだ。そこならお前を受け入れてくれるはずだ。この森の別の出口にアッシュとサイモンが馬を用意して待っていてくれている。他にも備品を用意したポーチもあると思うが、その中身については合流してから話そう。問題は馬を使っても少し遠いことだが…いけるか、レオ?」


「…うん、頑張るよ」


「よし、その意気だ。では二人の所へ向かうぞ」


 そのまま、来た道とは別の方向に二人で歩く。その道中で、トリビュの街に向かう場合に気を付けるべき魔物のことを教えてもらった。

 基本的に道を逸れずに進めば魔物に襲われる可能性は低いということ。

 ゴブリンやウルフなどはテリトリーに入らなければ大丈夫だということ。

 シャドウと呼ばれる影に潜むモンスターは、道を進んでいても襲ってくる確率が高いから光を使って対処すること。

 最近はゴブリンバンデットの姿がよく目撃されているから、もしマークされたら急いで町に逃げ込むこと。

 

 そのようなことを教えてもらいながら、森を進む。そしてもうひとつの出口にたどり着くと、そこにはアッシュとサイモンが待っていた。


「二人とも、待たせてすまなかった。頼んでおいたやつは…大丈夫そうだな」


「はい、隊長。様々な事態に備えてポーチにアイテムを揃えておきました」


「こっちも馬の準備はばっちりですよ」


 二人ともグレイヴさんに挨拶をした後、今度はこっちに話しかけてくる。


「よう、レオ。隊長から話は聞いたぜ。どうやら、隊長の目は間違っていなかったみたいだな」


「グレイヴさんの目?どういうこと?」


「隊長に、レオには魔物の血が流れているが自分達を助けるためにその力を使ったのかもしれないと言われてな。それを確かめると言った隊長が戻ってきたなら、大丈夫なのだろう」


 二人には、あの力が魔神かもしれないとは告げていないのか。でも、魔神は人間の敵だから仕方がないのかもしれない。


「そういうことだぜ…改めて、助けてくれてありがとうなレオ。俺がついていってやれないのは悔しいけれど、お前ならきっと辿り着けるはずだ」


「アッシュ、サイモン…うん、僕頑張るよ」


「その意気だ、レオ。それと、魔物に襲われた時の対処方法としてこれを渡しておく」


 そう言ってサイモンがポーチを渡してくる。


「中に入っているのは、ライトストーン、治癒のポーション、ここ周辺の地図が一枚、魔物の囮餌、剣の血糊を拭く布が数枚だ。それと、少量かもしれないが金も入っている」


「ライトストーン?」


「それはシャドウに効果があるアイテムだ。衝撃を加えると光が溢れる石で、物理攻撃が効かないシャドウにはこれで対処する。剣柄に向かってこれを叩けば、使えるだろう。ウルフ用の囮餌は、ゴブリンライダーに襲われた場合などに使うと良い」


「なるほど、わかったよ」


 話を聞いた後に、用意してくれた馬の所に向かう。馬術はグレイヴさんにちょくちょく教えてもらっていたから大丈夫なはず。そう思いながら、馬と軽くスキンシップをする。


「よし、いいこだ」


 おとなしくて僕でも乗りやすい馬。わざわざ用意してくれたのだろうかと、そんなことを考えながら馬にまたがる。

 しかし、シャルやマーサさんに僕のことはなんと伝えるのだろうか。やはりどうしてもそれが気になってしまう。


「…ねえ、グレイヴさん。シャルやマーサさんにはどう伝えるの?」


「大丈夫だ、心配をかけないように話をする。ああ見えて、シャルネもマーサも強いからな。きっと分かってくれるはずだ」


「…そっか。それならよかったよ」


(…本当は自分で話しておきたかったけど、それは我が儘かな)


「おそらく、最初に通るハテチカ町には新しい駐屯騎士達がいるはずだが、騎士達が村に向かって移動し始めるのは昼ごろだろう。今からハテチカ町に向かえば朝日が上る頃にはたどり着けるはずだから、出会うことなく町に入れるはずだ。そこで休息をとったら、ドトールを目指すといいだろう。それと最後に、これを渡しておく」


 懐から何かペンダントのような物を取り出し、差し出してくるグレイヴさん。


「これは?」


「俺が昔に使っていた物だ。フトーフクツに着いたら、これを見せるといい」


「分かった。ありがとう父さん」


 手渡された物を受け取り、ポーチに入れる。これで出発の準備は整ったはずだ。


「これで準備は大丈夫か…それでは達者でな、レオ」


「気をつけるんだぞ」


「レオがいなくてもシャルネさんには俺がついてるぜ。だからまあ…安心して行ってこいよな。今度こそ、俺が守ってみせるからよ」


「そっか…うん、頼もしいよアッシュ。少し、気持ちが楽になったよ。じゃあ、アッシュ、サイモン、父さん…行ってきます」


 別れの挨拶をすませて、馬を走らせる。

 今は離れ離れになるけれど、きっといつか再開できる。そう信じながら、トリビュの街を目指す短い旅が始まった。

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