第7話 父親として

???


『なるほど、完璧とは言えぬが我が力を制御してみせたか…』


 頭に直接響くような、そんな声が聞こえて目を開ける。そこは少し前にいた真っ暗な空間。


「…あれ…ここはあの時の…?」


『目が覚めたか、我が宿主よ』


 姿は見えないが声はする、謎の存在。確かに彼?に力をもらった後に気を失って…


「そうだ、シャルネやマーサさんは!?」


『安心するがよい、無事だ。我が力を使い、お前が守ったのだ。あの魔物を倒してな』


「そっか…良かった…」


 二人が無事だと聞いて安心する。ドラゴンガーゴイルが倒されたなら村の皆も無事だろう。


 しかし、安心したら気になっていたことを思い出す。それはこの声の主についての疑問だ。


「…ねえ、君は誰なの?」


『当然の質問だな。しかし、今それについて答えるのは難しい』


「どうして?」


『もうすぐ宿主の意識が目覚めようとしている。ここは意識の狭間であるゆえに、目覚めたら話せなくなる』


「そっか…でも、力を貸してくれてありがとう」


『礼はいらぬ。宿主に我が力を貸すのは当然の行為だ』


 謎の声とそんな会話をした後、真っ暗だった空間に光が射し込んでくる。


『さて、目覚めの時だ宿主よ。次に会うときには我が名を明かそう。すぐにそのときは訪れるはずだ…』


 段々と真っ暗な空間が光で満ちてゆく。やがて全てが白くなり目をつぶる。






アークベルト家 二階


 自分が次に目を開けた時、そこには見慣れた天井が映っていた。


「ここは…僕の部屋…?」


 確認するように体を起こす。


「…体が痛くない」


 確かあの時、ドラゴンガーゴイルの攻撃を食らって死を覚悟したはずだ。それなのに、自分で起き上がれるくらいには体は回復しており、腕の痛みすらなくなっている。


「…もう夜か」


 外はとっくに太陽が沈んでいる時間だった。下に降りれば皆がいるのだろうか。そう思った僕は一階へと向かった。





アークベルト家 一階


 一階に着いてみると、そこにはグレイヴさんがいた。しかし、マーサさんやシャルネの姿は見えない。やっぱり二人とも寝てしまっているのだろうか。


「起きたか、レオ」


「うん。他の二人は寝てるのかな?」


「ああ。今日は色々とありすぎたからな」


 どことなくいつもと違うようなグレイヴさん。シャルネやマーサさん、村の人達は無事だと思うのにどうしたのだろう。


「…覚えているのか、今日のことを」


「え? いや、覚えてはいないんだけど…なんとなく分かったからかな」


 そうだった、あの声に村の状況を教えてもらったことをグレイヴさんは知らないのか。


「そうか…レオ、少しいいか? 大切な話があるんだ」


「どうしたの、父さん? 僕は別に大丈夫だけど…」


「できればこの話は外でしたい。だからレオは身支度を整えてきてくれないか? 格好は見回りをする時のようなもので頼む」


「うん、わかった」


 こんな時間に外で用事があるなんてなんだろうか。疑問は残るけどグレイヴさんを待たせては悪いから、早く支度をして外に向かおうと部屋に戻る。

 言われた通りに見回りの時と同じように支度をする。


「見回りの時と同じなら、剣も必要だよね…」


 一応剣も持っていったほうがいいと思い、手に取る。そうして支度を整えた後、玄関に向かった




玄関にて


「お待たせ、父さん」


「支度は出来ているな。では、こっちだ」


 グレイヴさんに案内されるように家を出る。その道中で村の様子を見たけれど、あちこちに戦闘の跡は残っているが被害としては家一軒ほどしかない感じだ。村の人達もすっかり寝静まっている。

 案内されるうちに、村の東門までたどり着く。元々の門は壊されてしまったらしいけど、なんとか応急修理は完了しているようだった。


「目的の場所は村の外だ。ここから外に向かうぞ」


「え、大丈夫かな? もう夜も遅いから危険なんじゃ…」


「大丈夫だ。事前にアッシュとサイモンが道中に魔物がいないか確認してくれている。さあ、行くぞ」


「うん…わかった」


 不安はあるけど、確認してあるなら大丈夫かな。そう思いグレイヴさんについて行く。村から少し離れた森に向かっているようだけど、一体何があるのだろうか。


 それから森に入り、少し開けた場所に出てくる。森の中にこんな場所があったことは知らなかったけど、特にめぼしいものは見つからない。


「ここがその場所なの、父さん?」


「ああ、そうだ」


 そう言いつつ、中央に向かうグレイヴさん。そして、僕の方に振り返りながら、こう言った。




「…剣を構えろ、レオ」


 それは、突然すぎる言葉。その言葉と同時に、グレイヴさんは剣を抜く。


「え…!? 父さん、それはどういう…」


「…あの強大な力のことは分かっているんだろう、レオ? それに対して、村の話し合いでお前を帝国に引き渡すことになった」


「僕が、帝国に…?」


 しかし、それならば何故グレイヴさんが自分に対して剣を向ける必要があるのだろう。


「でも父さん!それならこれは一体…!?」


「これはあくまで村の決定だ。だか、俺は違う。俺はお前の力に心当たりがあるんだ。もしこれが正しいのなら、お前を帝国に行かせる訳にはいかない」


 それを聞いて、思わず後退りをする。それはつまり…


「…だからここで、お前を切る。帝国の…いや、大陸の未来のためにな」


 グレイヴさんの真剣な表情。冗談ではなく、本気であることが言葉からも伝わってくる。


「そんな…父さん…」


「さあ、剣を構えろレオ。抵抗するなとは言わない。切られたくなければ、死ぬ気でかかってこい」


 グレイヴさんの気迫に押され、剣を構える。でもグレイヴさんと戦うなんて、僕にはできない。


「…かかってこないのならば、こちらから行くぞ!」


 僕が戦うかを迷っている間に、グレイヴさんが先に動き出す。

一気に距離をつめてからの、大剣をよる横凪ぎ。それをギリギリのところでかわす。


「甘い!」


 しかし、グレイヴさんは攻撃の勢いを殺さないままに蹴りを繰り出してくる。


「ぐっ…!」


 それをなんとか剣でガードしたが、大きく後ろに吹き飛ばされる。


「休んでいる暇は無いぞ!」


 体勢が崩れたところをさらに追撃してくるグレイヴさん。しかし、自分もその攻撃になんとか食らいついていく。


 静かなはずの夜の森に響く金属音。一撃一撃が重たい攻撃をなんとか凌いでいるが、このままでは押しきられてしまう。グレイヴさんを切らずに戦いを終わらせるには…腕を狙うしかない。


 打ち合いの中で結論を導きだす。それには一瞬の隙をつくしかない。


(隙を見つけないと…!)


 仕切り直すためにグレイヴさんの攻撃にあわせて後ろに大きく跳び、距離を離す。


「離れるばかりでは俺には勝てんぞ!」


 そう言いつつ横凪ぎの姿勢で距離を詰めてくる。


(チャンスはここだ…!)


 今までは受けるか跳んでかわしていた攻撃。だけど、その意表をつくようにギリギリまで姿勢を低くすることで攻撃をかわす。


「なにっ…!」


 ようやく見えたグレイヴさんの隙。やるなら今しかなかった。


「ここだぁぁぁ!」


 剣を振り上げ、叩きつけるように腕を狙った一撃。自分の手に伝わってきた反動から、手応えは十分だった。

 しかし、グレイヴさんはまだ怯んではいなかった。


「ぬうぅん!」


 渾身の一撃を左腕だけで抑え、右腕から正拳突きを繰り出す。攻撃のさいにこちらにも反動があったため、吹き飛ばされた拍子に自分の剣を離してしまいながら近くの木まで叩きつけられる。


「ガハッ…!」


 あの一撃でも怯まないなんて、予想外だった。剣も飛ばされてしまったから急いで取りにいかないとまずい。

 そう思い立ち上がろうとした瞬間、目の前に大剣が突き付けられる。


「…ここまでのようだ」


 それはグレイヴさんの持っている大剣。それを突き付けながら、こう語りかけてきた。


「まさかあのように一撃を与えてくるとはな。しかし、なぜ切るのではなく叩くように剣を振った?」


「…僕はグレイヴさんを傷つけることが目的ではないから」


「甘いな。しかも、この状況になってもあの力を使わないときた。あれを使えば俺を退けられるかもしれないぞ?」


(あの力をグレイヴさんに…?)


 そんなことは出来なかった。村に跡を残し、ドラゴンガーゴイルを倒したあの力を使ったらグレイヴさんは怪我ではすまないだろう。


「僕は…その力に頼らない。頼るわけには、いかないんだ」


「…そうか。では、これで…最後だ」


 そう言った後、大剣を振り上げるグレイヴさん。これから起こることを理解して、思わず目を瞑ってしまう。


(ここまで、かな…)






 死を覚悟したその瞬間。

 頭に響いてきたのは、だった。



『我が力を使うか、宿主よ…』



 声がして目を開くと、再びあの真っ暗な空間にいた。



「ここは…」


『今一度我が力を使うか、宿主よ。そうすれば状況を変えられるかもしれないぞ』


「君の力を…」


 それは、できない。あの力を使えばグレイヴさんは無事ではすまないだろう。それにもし、騒ぎを聞き付けた人が来たらその人まで巻き込んでしまう。


「…ごめん、君の力は使わないよ」


『ほう。ならばこの状況をどう切り抜ける』


「君が僕の中に存在しているなら悪いけど、おとなしくグレイヴさんに切られようと思う。これは僕自身の戦いで、それに負けたから…なんて、君は不満だよね」


 そう言った時、暗闇に光が満ちてくる。この場所から離れる時が迫ってきている。


『…いや、それが宿主の選択ならばそれに従おう』


「いいの?」


『ああ…これはこれでになりそうだ』


「え…?」


 それを聞いた瞬間、空間に光が満ち意識が現実へと戻っていく。





 次に目を開けた時には、剣を上に構えたグレイヴさんの前。


(覚悟を、決めないと)


「…終わりだ」


 その言葉を聞いて、思わず下を向いて目を瞑る。

 そして、次の瞬間――――


 その剣は、振り下ろされた。

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