第5話 宿敵 視点:グレイヴ

時は遡り

ハテノ村 東門にて


 東門に着いた時、すでに村では悲鳴が飛び交っていた。これ以上魔物が侵入しないためにもまずは門を閉めなければいけないと考え、レオに呼び掛ける。


「急いで門を閉めるぞ!」


「うん!」


 いつも通りの作業をいつもより素早くこなし、緊急事態を知らせる鐘も鳴らす。しかし、レオは左腕を庇うようにして作業を行っていた。この様子だと魔物と戦うのは難しいか。

 そう思い、門が閉じきる前にレオに命令する。


「お前はシャルネの近くについてやれ。俺は西門に向かいながら魔物を倒す」


「で、でも父さん! 僕だって…!」


 食い下がるレオ。しかし、怪我をしている者を前線に出すわけにはいかない。


「はっきり言う。左腕を痛めているお前が来るのは危険だ。家でおとなしく待っていろ!」


 俺の怒鳴るような言葉を聞いて、少したじろぐレオ。しかしその後、納得したようにこう返してきた。


「…わかった。気を付けてね、父さん」


「大丈夫、すぐに片付けて戻ってくる。さあ行け!」


 そう言った後、俺は村の中心部に向かい、レオは家に向かっていった。別れる前のレオの横顔に見えたのは確かな決意。シャルネのことはレオに任せて大丈夫だろうと思いながら、村の奥へと向かっていった。


ハテノ村 中心部



 たどり着いた村の中心部。そこでは、家の扉を破ろうとしているゴブリンの姿があった。


「くそっ開けさせるものか!」


 扉の奥からそのような声が聞こえる。その声を聞いた俺は、獲物を構えながら素早くゴブリンに向かって近づき、一閃を繰り出す


「はあぁぁぁ!」


 扉に注意がむかっていたゴブリンはそれをかわすことができず、真っ二つになり絶命する。


「扉の前のやつは倒した! 俺は他の家の魔物を退治してくる、今すぐ西門へ逃げるんだ!」


「その声はグレイヴさん!? ああわかったよ、ありがとう!」


 村人に避難を促した後、別の民家に向かう。その途中、一組のゴブリンライダーがこちらに気がつき、襲いかかってきた。

 相手は真っ直ぐこちらに近づき、通りすぎ様に攻撃しようとする。


「甘い!」


 俺はその攻撃を剣で受け流しつつ、ゴブリンではなくウルフの方に蹴りを入れる。

 上空に飛ばされるウルフに、振り落とされたゴブリン。すかさず、ゴブリンに追撃をする。

 

「ふん!」


 これで二匹目。吹き飛ばされたウルフも体勢を立て直し、こちらに飛びかかってくるがそれを拳で迎撃する。


「止めだっ!」


 そのまま、落ちてきたウルフに大剣の振り下ろしを併せる。そこで、ウルフも絶命した。

 幸いなことに、村に侵入してきた魔物達は強力な奴らではない。このまま倒し続ければ、すぐに全滅させることができるだろう。


「被害がでる前に急がなければ…!」


 そのまま、道中にいた魔物を蹴散らしながら西門へと向かった。




ハテノ村 西門


「おらぁぁ!」


 西門で見たのは、最後の一匹らしい魔物を倒していたアッシュの姿だった。


「アッシュ、サイモン、村の人達は無事か?」


「隊長! ええ、ほぼ全員が西門にたどり着いたと思います! ですがシャルネさん達の姿が…」


「シャルネ達のことは任せておけ。今から俺が連れてくる。もう他に魔物はいないか?」


「はい、こちらの魔物はほとんど片付いたかと」


「わかった。では俺は三人を迎えに…」


 そう言いかけた時、後ろから爆音が響く。


「何事だ…!?」


 後ろを振り向いた俺の目に飛び込んできたのは、火の手が上がっている家と東門。そして、空から降り立とうとしている大きな影。




 それは、忘れるはずのない姿。かつて第四騎士団の騎士だった時に多数の犠牲を払い、何とか退治した魔物。

 その魔物が、再び俺の前に立ちはだかっていた。


「ドラゴンガーゴイル……!?」


 忘れもしないその名前。二度と出会うはずのないやつが、そこにいた。


「ばかな、あの時倒したはずでは…!?」


「隊長、あの魔物は!?」


「…あれはドラゴンガーゴイル、翼竜の中でもひときわ強力な力を持った個体がそう呼ばれる」


 こいつと戦うのはまずい。あの時の第四騎士団でやっと討伐した魔物をこの人数でやるのは無謀だ。


「お前達は西門から外に出て村人たちの避難を手伝うんだ」


「隊長…?」


「奴は強い、俺たちが三人で戦っても勝つのは難しいだろう。俺は奴を引き付けながら隙を付いてマーサ達の所にたどり着く。俺が引き付けている間に、お前達は村人と一緒に避難しろ。幸いにも敵の大半はゴブリンだ。燃えている東門に気が付いた奴らはそこから村に入ろうと集まって来るだろう。東門が破られた時ならば、西門から避難できるはずだ」


 勝てるかどうかも怪しい相手に、命の保証をすることはできない。ならば、まだ若い二人は逃げるべきだ。しかし、二人は逃げるどころか武器を構えなおし、こう返した。


「逃げろだなんて水くさいことは言わないでくださいよ、隊長。ここで逃げたらシャルネさんに合わせる顔がなくなっちゃうじゃないですか」


「アッシュ! 今はそんな軽口を叩いている場合では…!」


「そうですよ隊長。どのみちここで食い止めないと村人達が逃げてもすぐに追い付かれてしまいます。なら、数は多い方が良いのでは?」


「サイモン…お前まで…」


「ま、そういうことです隊長…騎士として恩人に恩を返すだけですよ」


(…そうか、この二人も一人前の騎士だったな。なら、その覚悟を無下にするのはだめだろう)


「…わかった。ただし、一つ条件がある。東門が破られた時、お前たちも西門から避難するんだ。いいな?」


 首を縦に振った二人を見た後、自らの武器を構えなおし、魔物へと立ち向かう。


「…では、行くぞ!」


「「はい!」」


 掛け声と同時に、グランドガーゴイルに対して連携をとりながら攻撃を仕掛ける。大振りな攻撃をかわして、確実に一撃、また一撃と反撃与えていく。


「くっ…さすがの固さだ…!」


 奴の纏っている鱗はかなりの強度を誇っている。生半可な攻撃は通らず、はじかれてしまう。体の老いも相まって攻撃を通すのは厳しい状況だ。

 俺たちが苦戦していると、グランドガーゴイルはサイモンに狙いをつけて攻撃してくる。奴は大きく振りかぶり、右腕を振り下ろす。


「このような大振りな攻撃…!」


 その大振りな相手の攻撃を難なくかわすサイモン。しかし、グランドガーゴイルはその勢いを止めていなかった。


「サイモン! 尻尾だ!」


 魔物の狙いに気がついた俺は、サイモンにむかって叫ぶ。咄嗟の出来事に盾を構えるサイモンだったが、強烈な一撃がサイモンを吹き飛ばした。


「サイモンっ!!」


 そのまま壁に叩きつけられるサイモン。命に別状はなさそうだが、そのダメージは深刻だった。


「サイモン! くそっ、このままやらせるわけにはいくかよ!!」


 そう言ってグランドガーゴイルに追撃をさせないように攻撃するアッシュ。だが相手はそれに気づいていた。


「まて、アッシュ! 早まるな!」


 アッシュの攻撃は奴の浮上によりかわされ、そのまま勢いのまま彼を鷲掴みにする。


「ぐあっ…! この、離せ…!」


「アッシュ!!」


 このままではアッシュが危ない。そう思い俺も攻撃を仕掛けるが、奴はそれよりも早く上空に飛び立った。


「くそっ…!」


 そのまま上空に連れ去られるアッシュ。そして、奴はするかのように見てきた後、アッシュを地面に叩きつけるように投げた。


「間に合え!!!」


 アッシュが落ちてくる場所に走る。落ちてくる瞬間に飛び込んだおかげで、俺はギリギリの所でアッシュ庇うことに成功した。


「ぐっ…だ、大丈夫か、アッシュ…?」


「た、隊長…!? すみません、俺が不甲斐ないばかりに…!」


「気にするなと言いたい所だが…この状況は、まずいな…」


 たったあれだけの出来事でここまで追い詰められる。それもそのはずだ、こいつは第四騎士団が一丸となってようやく討伐した魔物。それに、老いてしまった自分の身には当時のような力はない。


(なんとかして奴にダメージを与えないと、このままでは家にたどり着くことさえ…)


 打開策がないか思考を巡らせる。その間に、地上に降り立つドラゴンガーゴイル。そして、こちらに向き直ろうとしていたその時だった。


「止まれ、魔物!」


 それは、隠れているはずのレオの声。声のした方向を見ると、ドラゴンガーゴイルに剣を向けるレオの姿があった。


「ここから先は、僕が相手だ!」


 そう言って魔物の注意を引こうとするレオ。このままでは狙いがあっちに移ってしまう。


「だめだ、レオ! そいつと戦うんじゃない!」


「なにやってんだよ、レオ! 早く逃げろ!」


 もし、少しでも勝てると思っているのなら確実に死ぬ。それだけはダメだ。何とかして逃がさないと殺されると、そう思いレオに向かって叫んだ


「いやだ! 僕だって大切な人をに、戦うんだ!」


 しかし、レオの思いは違った。奴を倒すのではなく、引き付ける…つまり自分達が体勢を立て直す時間を作るという覚悟。それを、レオの叫びから感じ取った。


「レオ…」


 ガーゴイルがレオを敵だと認識し、攻撃に移ろうとする。レオが作ってくれた大切な時間を無駄にするわけにはいかない。


「アッシュ! レオが引き付けている間に治癒のポーションを使え! 使ったらサイモンを助けに行き、体勢を立て直すぞ!」


「わ、わかりました!」


 (危険な賭けだが持ちこたえてくれ、レオ…!)


 薬を使った後、急いでサイモンの元に駆け寄る。そのままサイモンにもそれを使い傷を癒す。


「すみません隊長…避けきれることができず…」


「謝るのは後だ、サイモン。今はレオが時間を稼いでくれているがいつまで持つかはわからない。急いであいつの所に戻るぞ!」


「分かりました…!」


 サイモンを立ち上がらせ、戻ろうとした時だった。聞こえたのは背後で何かが叩きつけられるような鈍い音。すぐさま振り返ったこちらの目に映ったのは、自分達の家まで吹き飛ばされているレオの姿だった。


「レオっっ!!!」


 それと同時期に東門も破られ、魔物が入ってくる。そして、ドラゴンガーゴイルはレオの始末を他の魔物に任せるように、こちらに向き直る。

 家の中からはシャルネとマーサが出てきて、レオを庇う。そこにゆっくりと近づいていく魔物達。助けに行こうとも、目の前にいるこいつをどうにかしないかぎりそれも難しいだろう。


 しかし、可能性はまだ残っている。それは奴がアッシュを投げる際に感じた、憎しみの感情。ならば、やることは…もう一つしかない。


「…二人とも、ここから先は俺が奴の相手をする。奴の狙いはおそらく俺一人だ。前に俺にやられたことを根に持っていると…奴の行動からそう感じた。俺がやられる前に、サイモンは西門で村人の避難を、アッシュは三人の所に向かってくれ」


 それを聞いた二人は少し戸惑っていたが、すぐに返事を返してくれた。


「隊長…わかりました、シャルネさん達は俺が守ってみせます」


「…わかりました。隊長こそ、どうが無事でいてください」


「ふっ、当たり前だ…さあ行け!」


 そう言った後、二人はそれぞれの場所に向かう。この場に残されたのは、俺と奴のみ。


「…まさかお前が地獄の底から甦ってくるとはな…そんなに俺が憎かったのか。なに、シャルネから言われたことは本当だったらしい。魔物にも心があるというな」


 それは、戦いが始まる前の静寂。奴が理解しているかはわからないが、語りかける。


「…そんなこと、今はどうでもよいか」


 死を覚悟し、武器を構え直したその時だった。





「グオアァアァァァァ!!!」


 どこからか耳をつんざくような咆哮が辺りに響く。それは、体を震わせるほど叫び。


「ぐっ…!? なんだ…!?」


 それは、ドラゴンガーゴイルの後ろから聞こえた。魔物もゆっくりと声のした方向へと振り返る。


 その視線の先にいたのは、黒い影のような存在。それは今まで見たことのない生物であり、シャルネとマーサの近くに立っていた。


「…なんだ、あいつは…?」


 しかし、その存在は魔物と呼ぶにはあまりにも格が違すぎる。

 見たものにそう思わせるほどに、それは力強く、おぞましい姿だった…

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