第4話 目覚め
ハテノ村 アークベルト家 一階にて
グレイヴさんの前に佇む、一体の魔物。
そう、たった一体だ。村に入ってきたゴブリンライダーのほとんどは三人によってすでに倒されていた。普通だったら、勝利を考えるような状況。
なのに、この時の僕は確信していた。
あいつと戦ったら殺される、と。
絶対に戦ってはいけないと思わせるほどの魔物。そんな奴と、三人は戦おうとしていた。呆然とする自分を余所に、三人は魔物に戦闘を仕掛ける。
僕だと勝てないけれど、騎士である三人ならもしかして。そんな考えも少しあった。
だが、それは甘い考えだった。初めのうちはガーゴイルの攻撃を避けて、反撃を与えていた三人だったが、徐々に相手とのパワーの差が露呈していく。敵の攻撃で溜まる疲労と、こちらが与えるダメージが違いすぎるんだ。
(どうにかしないと、負けてしまう。でも…どうすれば…)
そんな考えがよぎっている間に、状況は変化する。
サイモン目掛けて腕を振り下ろすガーゴイル。それをかわす彼だったが、その攻撃の勢いのまま振り抜いた尻尾が彼に直撃する。吹き飛ばされ、そのまま他の家の壁に叩きつけられる。
その後何とか立ち上がる彼だったが、すぐに膝をつく。遠くからでもわかるほどダメージを負っていた。
そして、追撃を拒むように攻撃を仕掛けるアッシュ。しかし、ガーゴイルはそれを飛び上がって避け、その腕で彼を捕まえる。
そのまま高く飛び上がるガーゴイル。そしてそのまま、地面に向かって…いや、グレイヴさんに向かって叩きつけるようにアッシュを投げた。まるで庇うことを分かっているかのように。
当然、落ちてくる彼を庇うグレイヴさん。しかし、あの高さから投げられた事により、庇った方と投げられた方のどちらもダメージを負ってしまう。
それは、死へのイメージがより鮮明になるような状況だった。
(このままじゃ、アッシュが、サイモンが、グレイヴさんが、殺される…!)
そう思った時には、僕は動いていた。扉に手をかけ外に飛び出す。後ろから何か言われたような気がするが、この時の僕にはよく聞こえなかった。
ゆっくりと地上に降り立ち、三人に向き直るガーゴイル。そして、そのまま近づこうとしていた時。
「止まれ、魔物!」
僕は魔物に向かって叫ぶ。その直後、こっちを見るガーゴイル。
「ここから先は、僕が相手だ!」
僕はこいつに勝てない。でも時間を稼ぐことはできる。わずかな時間かもしれない。だけども、それは三人が体勢を立て直すための大切な時間。
「だめだ、レオ! そいつと戦うんじゃない!」
「なにやってんだ! 早く逃げろバカ野郎!」
グレイヴさんとアッシュが僕に向かって叫ぶ。僕なんかがこいつと戦ったら殺されることを、理解している。
でも、ここで退いちゃだめだ。少しでも可能性がある方へ、勇気をだして進むんだ。
「いやだ! 僕だって大切な人を守るために、戦うんだ!」
恐怖をかき消すように、そして自分で自分を鼓舞するように叫ぶ。腕の怪我があるけど、かわすことならできるはずだ。それで時間を稼ぐ。
そして、僕の声を聞いたガーゴイルはこちらのことを敵だと認識し、襲いかかってきた。
容赦なく振り下ろされる右腕、それを何とか後ろに跳んでかわす。それは地面が抉られるような一撃で食らってしまったら人溜まりもないだろう。
次に、距離をとった僕に対して、大きく口を開けるガーゴイル。その奥から見えたのは赤い光。
(…ブレスがくる!)
休む間もなくガーゴイルの口から放たれる炎。それを大きく横に跳んでかわすと同時に、避けた所に距離を詰めて左腕が振り下ろされるが、転がるようにして何とかそれをかわす…しかし、次の瞬間だった。
それは、サイモンが食らった攻撃。だが、気づいた時にはもう遅かった。大きく凪ぎ払われた尻尾がこちらを捉える。
「ガハッ…!」
未熟な身には重すぎる一撃。僕は大きく吹き飛ばされ、アークベルト家の壁に叩きつけられ…意識を失った。
「……レオ! レオっ! しっかりして、レオ!」
「レオ! しっかりするんだ、レオ! 死んじゃだめだ!」
朦朧とする意識の中、聞こえてくるのはシャルとマーサさんの声。そして目に入ってきたのは、門を破り村に入ってくる魔物達の姿。
「…だめ、だ…早く逃げないと…二人とも…僕のことは…放っておいて…」
「いやよ! レオを放っていくなんて絶対にいや!」
ゆっくりと近づいてくる魔物達。そして、僕とマーサさんの前に両手を広げて立ち塞がるシャル。
「これ以上…これ以上二人に近づかないで!」
震えているシャルの足。止まることのない魔物達。
立ち上がらないと。そうしないと、シャルも、マーサさんも殺される。でも力が入らない。腕も、足も…動かない。
「…カハッ…!!」
朦朧とする意識の中、僕は血を吐き出す。
(……僕はここで、死ぬのか…)
普通だったら受け入れられない現実。でも、今の僕にはすんなりと理解できてしまう。
(…あんな大口を叩いたのに、結局大切な人を誰も守れないなんて…みっともないな…力が無いくせに、守ることなんて、できないくせに…)
薄れゆく意識の中、そんな事を思う。悔しくて情けなくて…でも、もうすぐその思いも消える。
―そんなときだった。
『力を、欲するか…』
(…えっ…?)
次に僕が立っていたのは真っ暗な空間。状況を理解できないまま、声は僕に問いかける。
『我が力を欲するか、宿主よ…』
「ここは一体…? それに君は…?」
『ここは汝の深層心理の中だ…さあ、どうする? 我が力を使うか…?』
誰なのかはわからない、聞いたことのない声。
「…その力を使えば、皆を守れるの?」
でも、今はそんなことはどうでもいい。
『ああ、無論だ…』
皆を守れるのなら。
「…………わかった。じゃあ、その力が欲しい。皆を守るために…!!」
その力を、受け取ろう。
『その迷いなき意思、確かに受け取った…我が力、汝に分け与えよう…』
次の瞬間、こちらに向かって流れてくる力。それはとても強力であったと同時に、今の僕の意識を侵食する。
『だが、肝に命じておくことだ。我が力に飲まれるな。この力を欲した理由を、決して忘れぬことだ…』
その言葉の後、僕の意識は途切れた。
次に目を覚ましたのは、
(ボクハ…ドウスルンダッケ…?)
頭がぼうっとする。意識がはっきりしない。
(…コロスン…ダッケ…? …ゼンインヲ…)
辺りの様子を見渡す。見えるのは、後退りする魔物達と、怯える人間の姿。
(…チガウ。コロスンジャナイ…)
その人間の姿を見たとき、思い出す。
(…マモルンダ。ボクガミンナヲ…)
それは、僕が大切な人にした
(…マモルンダ!!!)
決意を思いにして、雄叫びをあげる。
次の瞬間、僕の意識は完全に途切れた。
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