第3話 運命の時
翌日
…暖かい。なんだか懐かしく、心地よい感じだ。
「…もう朝かぁ」
目を開けると、そこはシャルの部屋。昨日は一緒に眠ったから当たり前か。起きようとしたとき、後ろからシャルにぴったりと抱きつかれていて動けないことにも気がつく。
「…もう、僕よりシャルのほうが寝坊助じゃないか」
でも、この温もりもなんだか懐かしい。昔、眠れない時は一緒に寝てもらってたっけ…しばらくの間この懐かしさを味わっていたいとも思ったが、さすがにそろそろ起きなければ。
そう思い、僕はシャルを起こした。
「シャル、起きて。もう朝だよ」
「…ほえ? もう朝なのぉ…?」
そう言って目を擦るシャル。腕が退いたことで、僕は先にベットから体を起こした。それに続いてシャルも起きだし、伸びをする。
「んーー、よく寝たぁ。久しぶりにしっかり眠れたかも」
「それならよかった」
「うーん…これなら、今日もまた頼もうかな? レオの枕」
シャルはにやにやしながら、そんなことを話してくる。
「人を枕呼ばわりして…もう。まあ、シャルが安心できるっていうならいいよ」
「えへへ、ありがとレオ枕」
「だから僕は枕じゃないって…じゃあ、僕は自分の部屋に戻って着替えてくるね」
「うん、私も着替えたら朝ごはんの用意しなくちゃ」
短い会話の後、シャルの部屋を出る。そして同じく二階の僕の部屋に向かい、身支度を整えて一階に向かった。
一階にて
「おはよう、父さん、母さん!」
「ああ、おはようレオ。レオのほうが早く起きるなんて珍しいこともあるものだ」
「ふふふ、レオも成長してるってことじゃないかね、あなた」
「その通りかもしれんな」
「騎士たる者、朝は一人で起きられなくちゃね!」
ちょっと誇らしげに言った後、テーブルの椅子に座り、シャルを待った。それから少し経ったら、シャルも二階から降りてきた。
「グレイヴさん、マーサさんおはようございますー。レオもおはよう」
「おはよう、シャル」
「ああ、おはよう。もうすぐ料理ができるから、今日はテーブルで待っていなさい」
「わかった。ありがとー」
それから、マーサさんが作ってくれた朝ごはんを食べて、見回りに出る準備をする。
グレイヴさんに剣のチェックもしてもらい、後はもう外に出るだけだ。
「それじゃあ二人とも、行ってきまーす!」
「ああ、行ってらっしゃい。気を付けるんだよ」
「今日も見回り頑張ってね、レオ!グレイヴさん!」
「もちろんだ。行くぞ、レオ」
「うん!」
家を出てからはいつも通りの点検を始める。そして、それが終わったら西門の二人に合流する。
このまま何事もなく明日を迎え、新しい駐屯騎士の人が来て、安心できる生活が戻ってくる。
…この時の僕は、まだそう思っていた。
ハテノ村 西門
点検が終わり、西門に着いた僕達。しかし、なにやら村の人達が集まっているようだった。
「皆集まってどうしたんだろう?」
「ふむ、サイモンかアッシュに聞いてみるか」
そうして、人が集まっている所にいたアッシュとサイモンに話しかける。
「何かあったのか、アッシュ、サイモン?」
「あ、お疲れ様です隊長!」
「本日も点検お疲れ様です、隊長。実はですね、今日の朝からカーターさんの姿が見えないらしいんです」
「なに、それは本当か?」
「はい。朝になっても部屋から出てこないので、奥様が不信に思い様子を見に行ったらしいのですが、部屋の中に姿がなかったと。昨日の夜まではちゃんと居たらしく、靴が無くなっていたことから村の外に出たんじゃないかと言われたんですが、西門は開けられた形跡がないんです」
「…それは妙だな。東門も開けられた形跡がなかった。最近、魔物の動きが活発化してきている件もあるから、一度全員で村の中を捜索したほうがいいのかもしれないな」
そう言った後、グレイヴさんは集まっている人にこう呼び掛けた。
「みなさん、ここは一度手分けをしてカーターさんを探しましょう。門が開けられた形跡がないのなら、必ず村の中にいるはずです」
それぞれの担当を決めて、村の捜索を開始する。しかし、村のあちこちを村人総出で捜索したが結局カーターさんが見つかることはなかった。
~数時間後~
ハテノ村 西門
「…結局見つかりませんでしたね」
「全く、妙なもんだぜ…門が開けられた形跡がないのに、村のどこにもいないとはよ」
「ああ…ひとまず、今日は見張りに戻るとしよう。もしかしたら、何かしらの方法で外に出たカーターさんが帰って来るかもしれない」
「まあ、中にいないなら外にいるはずですもんね…わかりました、隊長!」
「了解です。隊長とレオもお気をつけて」
「ああ、二人もな」
会話の後、グレイヴさんと一緒に東門に向かう。
しかし、見張りをしていてもカーターさんの姿は見えず、時刻は夕方になろうとしていた…
ハテノ村 東門
「結局、カーターさんはどこにいったかわからないままだね…」
「ああ、そうだな…」
それは、少しの会話の後。門の閉じるか聞こうとした時だった。
「…あれ?向こうに人影が…」
道の向こうからゆっくりと近づいてくる人影。しかも、こんな時間に一人だけだ。
「…あれ、もしかしてカーターさんかな?」
「なに? どこだ?」
「ほら、あっちにいる人だよ。ゆっくり向かって来ている人」
そう言って、僕は人影を指差す。しかし、何か様子が変だ。それにしてはゆっくりしすぎているような…
(そうだ、双眼鏡を使えばよく見えるかな)
そう思い道具箱から双眼鏡を引っ張り出して、人影を見る。
しかし、僕の目に飛び込んできたのは腕から血を流しながらこっちに向かうカーターさんの姿だった。
「…大変だ! カーターさん、怪我をしてる! 腕から血を流しているよ!」
「なんだと!?」
「急いで助けにいかないと!」
そう言った後、僕は双眼鏡を置き、急いでカーターさんの元に向かおうとする。それを追いかけるようにグレイヴさんもカーターの元に向かった。
「カーターさん! 大丈夫ですか!」
もうすぐカーターさんの所にたどり着く。その瞬間だった。
「カーターから離れろ、レオ!!」
「え…?」
グレイヴさんの声が聞こえた瞬間、カーターさんの後ろから影が現れ、その手に持っている物を振り上げた後、こちらに目掛けて振り下ろしてきた!
「うわっ…!」
とっさの出来事に、僕は腕でガードしようとするが避けることが間に合わず、攻撃が直撃してしまった。
左腕に走る鈍い痛み。致命傷は防いだが、痛みに少しよろめいてもしまう。その隙を見逃さないように、そいつは二撃目を繰り出そうする。
「しゃがめレオ!」
後ろから聞こえるグレイヴさんの声。言われた通りに姿勢低くした瞬間、僕の頭上を大剣が通りすぎる。
僕が次に見たのは地面に倒れこむカーターさんと、真っ二つになった影の主…ゴブリンの姿だった。
「立てるか、レオ! カーターはもうだめだ、急いで村に戻るぞ! ウルフに乗ったゴブリンが数匹村に入っていった!」
「え…ああうん、わかった!」
突然の出来事で面食らってしまったが、グレイヴさんのいう通りならば急いで村に戻らないと皆が危ない。
グレイヴさんに先導されながら、僕は急ぎ村の中に戻っていった。
ハテノ村 東門
東門に着いた時、すでに村では悲鳴が飛び交っていた。
「急いで門を閉めるぞ!」
「うん!」
これ以上魔物が村に入ってきたら大変だ。そう考えながら急いで門を閉じ始める。門が閉じようとしたとき、グレイヴさんが僕にこう言ってきた。
「お前はシャルネの近くについてやれ。俺は西門に向かいながら魔物を倒す」
「で、でも父さん!僕だって…!」
「はっきり言う、左腕を痛めているお前が来るのは危険だ。家でおとなしく待っていろ!」
僕の甘い考えにしかりつけるグレイヴさん。でも、確かにその通りだ。腕に怪我をした自分が戦っても足手まといになるだけだろう。
「…わかった。気を付けてね」
「大丈夫、すぐに片付けて戻ってくる。さあ行け!」
東門を閉じた後、父さんの言葉を背に僕は急いで家に戻る。
(そうだ、シャルの近くには僕がいないと…!)
アークベルト家
家の前までたどり着き、素早く中に入る。しかし、二人の姿が見えない。
「シャル! マーサさん! 無事!?」
声が外に漏れないような声量で、呼び掛ける。すると、物陰から二人が出てきた。
「ああ、レオ! 無事だったんだね!」
「レオ…! 無事で良かった…!」
どうやら二人とも無事みたいだ。その事実にほっとしながらも、こう続けた。
「今、父さんとアッシュとサイモンが魔物を倒している所だよ。だから、戦いが終わるまではここでじっとしてないと」
「外じゃ戦いが…」
不安そうにシャルが呟く。そんな彼女を元気づけるように言葉を続ける。
「うん。でもきっと大丈夫。父さん達は強い騎士だから負けるはずがないし、家に魔物が入ってきても僕がやっつけてみせるよ」
「…うん、わかった。励ましてくれてありがとう、レオ」
それから、少しの間警戒しながら身を潜める。しかし、シャルはまだ不満を拭えない様子だった。
「安心して、父さん達なら…」
きっと大丈夫。
そういいかけた時、僕の言葉は爆音によってかき消された。
「今の音は…!?」
建物が軋むほどの、爆音。続けて、何かが降り立つようなズシンという音。嫌な予感がする。急いで窓から外の様子を見る。
次に僕が目にしたのは、燃えている東門と向かい側の家。
そして、家の前に佇むのは、一体の魔物。
それは、全身を黒い鱗で覆っている二足歩行の魔物で、体長は4mもあろうかという巨体。
背中から生えているのはその巨体に見合う大きさである、邪悪な翼。
長く伸びた鋭い尻尾に、手足には鋭い鉤爪。
大きく裂けた口から、漏れ出す炎。
かつて、グレイヴさんに教えてもらった話で聞いたことのある姿だった。
火を吐き、その翼で自由に飛び回る魔物。
そう、あの魔物の名前は────
『ドラゴンガーゴイル』だ。
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