第2話 決意
翌日
朝日が眩しい。でも、不思議と眠気を感じない朝だ。
(…やっぱり昨日のことが気になってるのかな)
思い出すのは昨日のシャルの様子。この時間だと、朝ご飯の準備をしているのだろうか。
「…身支度を整えて、様子でも見てみようっと」
そう思い立ち、一人で起きて身支度を整え始める。準備ができたら、一階へと降りていった。
アークベルト家 一階
一階に降りた時に、台所ではマーサさんとシャルが朝ごはんの準備をしていた。
「二人ともおはようー。グレイヴさんは?」
「あら、おはよう。今日は一人で起きられたんだねぇ」
「おはよう、レオ。グレイヴさんなら外で薪割り中よ」
「へー薪割りかぁ…」
言われてみれば、外からスコーン、スコーンという音がする。そんな音を聞き流しながら、シャルの様子を見る。昨日の感じはなくいつも通りのシャルだ。
「…そんなに私の方を見てどうしたの?」
「んー…いや、何でもないよ。それじゃあ朝ごはんができるまでグレイヴさんの手伝いでもしようかな」
これ以上見ているとアッシュのようになってしまうかもしれないからやめておこう。僕は話を終わらせて、グレイヴさんの所へと向かった。
外に出ると、薪割りの音がより鮮明に聞こえてくる。薪の量から見てだいぶ進んでいるようだった。
「おはよう、グレイヴさん」
「ん、ああレオか。おはよう。今日は早いんだな」
「うん、ちょっとね。薪割り手伝ってもいいかな?」
「もちろんだとも」
そういって、グレイヴさんは持っていた斧を渡してくれる。自分にはまだ少し重たい斧を持ちながら、僕は薪割りを始めた。
グレイヴさんが薪をおいて、僕がそれを割る。そんな作業を続けていたとき、ふと気になったことがでてきた。
「ねえ、グレイヴさん。アッシュから聞いたんだけど、騎士団から来る新しい駐屯騎士ってどんな人なのか知ってるの?」
「いや、詳しくは知らないな。ただ、名前と所属は聞いてある。話によると、後2日か3日でこの村に着くらしい」
「そうなんだ。アッシュみたいな人が増えなければいいけど…」
「はっはっは、それは大丈夫だろう。騎士団がナンパ集団にでもなってない限りはな」
「それもそっか。いらない心配だったね」
そんな感じにグレイヴさんと話しつつ作業を行っていると、隣のおじさんが挨拶にやって来た。
「おはよう、グレイヴさん、レオ君」
「カーターさん。おはようございます」
「おはよう、カーターさん」
「こんな朝から薪割りの手伝いなんて、偉いじゃないかレオ君」
「えへへ、それほどでもないよ」
カーターさんはいやいやとリアクションをとった後、改めてグレイヴさんに話しかけた。
「そういえばグレイヴさん。二つほど隣の村であった事件はもう知っているかい?」
「事件? 一体何があったんです?」
「いや、昨日村に来た肉屋から聞いた話なんですがね。どうもあの『ワーウルフ』がでたらしいんですよ」
「ワーウルフが…ですか」
ワーウルフ。確か人間に化けて町や村に溶け込んでから、人を襲う魔物だったはず。個としての強さも結構あるから、魔物の中でも注意しなければいけないやつだったはずだ。
「ええ、そりゃあ酷い有り様だったらしいですよ。何でも、すでに四人も被害にあっているとか。しかも、まだ誰がワーウルフだか特定できていないとも聞きますし…物騒な話ですよね」
「ええ、本当にそうですね」
「まあ、この村に移住してくる人なんて滅多にいないからここにワーウルフはいないと思いますがね。それにこの前『
狼破草はコーボス帝国で開発された植物で、ワーウルフに有害だけど人間には無害な薬になる草…ってグレイヴさんが言ってたはずだ。
ちょっと高いのが難点とも言っていた気もする。
そう言った後、一通り話終わったのかカーターさんは、はっとした様子で頭を下げる。
「おっと、薪割りの邪魔をしてしまいすみません。それでは、私はこれで失礼させていただきますね。お仕事頑張ってください、グレイヴさん」
「ええ。貴重なお話、ありがとうございました」
「カーターさんさようならー」
その後、カーターさんは自分の家に帰っていった。
(それにしても、最近魔物が活発化しているような気がするな…)
昨日のウルフの件もそうだけど、他の生物から略奪する事に味をしめたゴブリン──ゴブリンバンデットも姿を現している。
(もし、魔物と戦う時がきたら頑張らないと…)
改めて気を引き締めてから、薪割りの作業を再開した。
薪割りが終わった後は朝ごはんを食べ、日課の見回りに出掛ける。塀の点検の時には、この前の痕跡以外に新しいものは見つからなかったけど、これは安心すべき事だろう。
その後は西門の二人に合流し、昨日の見張りの情報を交換した。
昨日の見張りでは、特に異常が無かったことを聞いた後にグレイヴさんと一緒に東門に向かった。
ハテノ村 東門
東門にやってきた僕達。いつもなら昔話を聞くところだが、今日は違う。聞かなければいけないことは…シャルのことだ。
「ねえ、グレイヴさん」
「ん? ああ、昨日の続きか。確か昨日は…」
いつも通りに話を始めようとするグレイヴさん。僕はその言葉を遮るようにこう言った。
「いや、違うんだ。僕が聞きたいのは…シャルの事なんだ」
「シャルネのこと? …そうか」
「グレイヴさんは、最近のシャルの様子が少しおかしいことには気がついているんでしょ?」
「…そうだな、気がついている」
「そっか…じゃあやっぱり、原因も知っているの?」
僕がそう言った後、グレイヴさんはしばらく考え込んだ様子だった。しばらくして、その口を開いた。
「まだまだ子供だと思っていたが…なるほど、月日が経つのはずいぶんと早いものだ。その様子だと、どうやら話すべき時がきたのかもしれないな…」
一瞬だけこちらの目を見た後に言葉を続ける。
「シャルネは魔物に怯えているんだ。ただ、他の人よりも魔物に対する恐怖が強い…魔物に両親を殺されているからな」
(魔物に両親を殺されている? じゃあ、グレイヴさん達はやっぱり…)
「昔の話だ。討伐の依頼がでていた魔物の残党が、村を襲ったという知らせがあった。その魔物は、昔に騎士団が討伐を行ったが、仕留め損なった魔物だった」
若干目を伏せながら言葉を続けるグレイヴさん。
「…おそらく、騎士の中で魔物の子供を殺すのをためらったやつがいたんだろう。その魔物には人間に対して強い敵意が…憎しみがあった。当時の俺はもうすぐ団長の任を降りる所だったが、残党討伐の作戦指揮役として討伐隊に同行していたんだ」
僕は静かにグレイヴさんの話を聞き続ける。
「…村は酷い有り様だった。強い憎しみを持った魔物だと一目に分かるくらいにはな。村人達は一部を除いて全滅していた。だが、幸いなことに村の被害は一つだけで食い止められた」
「………」
「奴らも村を一つ潰せて調子に乗っていたのか、すぐに近くにある別の村を襲撃したんだ。だが、数が多かった分、動きは分かりやすかった。事前にその村で待ち伏せしていた騎士団によって全員討伐されたことで、事なきを得たんだ」
「そんなことが…」
「ああ…さっき村人達は一部を除いて全滅したといったな。」
「もしかして…?」
「ああ。その生き残りの一人がシャルネだ。間一髪の所で行商人の馬車に逃げ込めたらしい」
初めて知った、シャルの過去。昨日の様子は魔物の影がちらつくことへの不安だった事を、今理解できた。
しかし、それと同時により強くなった不安。シャルがそうだったら、僕は…僕は一体、なんなのだろうか。僕にも、本当の両親がいる…あるいは、いたのだろうか。
僕がしばらく黙りこんでいると、グレイヴさんが再び話始めた。
「…確かにシャルネとは血が繋がっていないかもしれない。レオ、お前もだ。だが、これだけははっきりと伝えておきたい。血の繋がりなんて関係なく、俺やマーサはお前達を本当の家族だと思って育ててきた。二人は…俺の大切な息子と娘だ。勝手な話かもしれないが…お前達二人のおかげで、俺は本当に守るべき存在に気づくことができたんだ」
「グレイヴさん…」
「…もちろん、信じてくれなんて言わないつもりだ。どう受けとるかは、お前次第だからな」
グレイヴさんが話してくれた、真っ直ぐな言葉。それを聞いて、僕の不安は消え去った。昔に何があろうとも関係ない。
僕はレオネス…レオネス・アークベルト。誇り高きグレイヴ・アークベルトの息子なんだ。
(…そうだ。僕は今、家族と一緒にここにいるんだ)
この思いを決意にして、成長しなくちゃいけない。僕も…グレイヴさんのように大切な人を守れる人間になりたいから。
「…ありがとう、グレイヴさん。僕も…皆の事を本当の家族だって、守りたい大切な人達だって思ってるよ」
そう言った後、すぐにこう続ける。
「でも、夢は少し変わったかもしれない。これからはただ騎士を目指すんじゃなくて、グレイヴさんみたいな…いや、父さんみたいな皆を守れる騎士を目指したい!」
真っ直ぐ、グレイヴさんの目を見て話す。それを聞いたグレイヴさんは少し驚いた様子だったが、すぐに、微笑みながらこう言ってくれた。
「…そうか。本当に、子供の成長とは早いものだな。親になることで分かる事もあると聞いていたが、こういう事だったか…悪くない気分だ」
そう言った後、グレイヴさんは僕の髪をくしゃくしゃにしながら話を続けてきた。
「よし、そういうことならば今日の鍛練もしっかりこなさないとな。目標が俺なら、手加減はなしだぞ?」
「望むところだよ、父さん!」
「よし、それでこそ俺の自慢の息子だ!」
そんなグレイヴさんとのやり取りの後、気持ちを新たに見張りを続ける。はやる気持ちもあるけど、仕事はしっかりこなさないと。
見張りの時間が終わった後、いつも通り稽古が始まった。アッシュとサイモンからは今日は一段と気合いが入っていたとも誉めてもらえた。
その後は、いつものように皆でご飯を食べて、話をして、明日の準備をする。
でも、今日は他にもやることがある。今までみたいな生活を続けるために、大切な事。それを行いに、僕はある人物の元に向かった。
夜中に向かったのは、シャルの部屋。僕は一つ深呼吸をして、扉をノックした。
「シャル、居る?」
「ん、レオ? ちょっと待っててー」
それを聞いた後、少し経ったらシャルが扉を開けた。
「どうしたの、こんな時間に?」
「ちょっと眠れなくてさ。少し話でもしない?」
「…実は一人で寂しかったりとか? なーんてね。いいよ、付き合ってあげる」
シャルの部屋に入って、今日の出来事を確認するように話していく。話が今日の東門の事になるのは、そう時間のかからないことだった。
「それでね、今日の東門ではまた父さんから昔話をしてもらったんだ。」
「へえ、どんな話をしてもらったの?」
「今日話してくれたのはね…昔、ある村で起きた事件のことなんだ」
それを聞いたシャルは、少し驚いた様子だったけどすぐに落ち着いた様子で返してくる。
「…そう。どんな内容だったの?」
「うん、魔物の残党が村を襲ったんだけど、騎士団に討伐されたって話。それで、村の人達は皆やられちゃったんだけど数人は生き残ることができたって言ってた。生き残りの中には、まだ小さい子もいたんだって」
「…そうなんだ」
ちょっと困ったような感じのシャル。だけど、僕は言葉を続けていく。
「その女の子は小さい頃に両親を亡くした影響で、魔物に対して強い恐怖心があるんだって。でも、皆の前ではそんな様子を見せない強い子なんだってさ」
「……」
「でも、きっと今でも不安で不安でたまらないんだと思う。魔物が村に攻めてきたらって考えると気が気じゃないんだと思うだ…だからさ」
改めてシャルに向き直して、伝える。
「僕が守るんだ。その子に安心してもらいたいから」
「え…?」
「今はまだ頼りないかもしれないけど、これからたくさん鍛練を積んで皆を守れる立派な騎士になる。どんな魔物にも負けない強い騎士に。そうしたら…その子も安心して暮らせるようになると思うんだ」
その言葉を聞いて、初めは驚いた様子だったがそれもすぐに変わった。
「…どうかな?」
「…ふふ、そっか。じゃあ、レオ。もうちょっとこっちに寄ってよ」
「え、別にいいけど…」
言われるがままに、シャルに近づく。するといきなり、シャルが左腕で僕の頭を押さえながら頭をぐりぐりしてきた。
「まだまだ半人前の癖にいっちょまえの事言っちゃって、このこのー!」
「うわ、ちょっといきなりなにするんだよシャル!」
いきなりの事に驚いたが、しばらくしたら優しい口調でこう言った。
「…でもありがとう、レオ。心配かけちゃったね」
「うん、どういたしまして」
「じゃあさ、お姉ちゃんから一つ頼みがあるんだけど、いいかな?」
「…? どうしたの?」
「今日は一緒に寝てほしいなー…なんて」
突然のお願いに少し驚いたが、それでシャルが安心して眠れるなら断ることはない。
「うん、いいよ」
「えへへ、ありがと」
そう言った後、二人でベットに入る。少し狭いような気もするけど、気にしても仕方がない。シャルと手を繋ぎながら、静かに目を閉じる。
「おやすみ、レオ…」
「うん、おやすみ」
その後、シャルはすぐに眠ってしまった。それを見届けるようにして、僕も意識を手放すのであった。
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