第1話 日常
ハテノ村に住む少年『レオネス』。彼は父である『グレイヴ』の元で、騎士になるために日々鍛練を行っていた。
母親である『マーサ』や、姉である『シャルネ』に支えられながら、暖かい家庭で立派に成長していく。
そんな彼が12歳の時から、物語は始まる。
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ハテノ村
アークベルト家 二階
朝、カーテンの間からちょうど目の付近に朝日が差し込む。少し寝返りを打てば大丈夫だけれど、半端な起き方のせいで眠気半分の状態だった。
(もう朝かぁ…起きなくちゃ。でも、まだ眠いなぁ…)
そんな微睡みの中、いつもの声が僕の頭に響いてくる。
「レオ起きてるー? レオー? もう朝よー! ご飯冷めちゃうから早く起きてきなさーい!」
朝が弱い僕の目覚まし代りとも言える声。ちょっとやかましいとは思うけど、目覚ましにはぴったりだ。
「うん…今起きたからそっちにいくよー」
「わかったわー!」
声の主を待たせたら悪いし、何よりお父さんとお母さんに失礼だろう。
僕はカーテンを開けベッドから降り、いつも通りに身支度を整えて寝癖を適当に直してから、三人の元へ降りていった。
一階
「おはよう、シャル、グレイヴさん、マーサさん!」
「ああ、おはよう。その様子だと昨日はしっかりと眠れたようだな」
この家の主で、父親でもあるグレイヴさんへと挨拶をする。昔にコーボス帝国の第四騎士団団長をやっていたらしい彼は、いつも僕よりも早く起きてからここで村を守る『駐屯騎士』の仕事の準備をしている。
「うん! グレイヴさんが良い体作りは、訓練と十分な睡眠からって言ってたからね!」
「そうか。素直なのは良いことだ。その様子だとレオはきっと良い騎士に育つかもな」
「本当に?えへへ、そうだといいな」
グレイヴさんと話した後、グレイヴさんの近くにいたもう一人の老人が僕に話しかける。
「おはよう、レオ」
車椅子に座りながら料理を作っているマーサさんへも同じように挨拶を返す。この匂いからして、今日の朝ごはんはシチューだろうか。
「うん、おはようマーサさん!」
「うんうん、今日も元気いっぱいだねぇ。さあ、冷めないうちに早くお食べ。今日のシチューは畑で取れた新鮮な物を使っているから、美味しいよ」
「はーい」
マーサさんのいう通り、今日の朝ご飯もとても美味しそうだった。冷めないうちに食べてしまおうと思い、僕も席に着いた。
「いただきまーす!」
マーサさん特製シチューを口に運ぶ。食べなれている味とはいえ、それでも飽きないものだった。
(…うん、やっぱり美味しい)
野菜によって甘かったり、ホクホクしていたり、ちょっぴり苦かったり…とにかく飽きない味。
僕がシチューを食べている時に、向かい側に座っていたシャルがこちらに話しかけてくる。
「全く、早く自分で起きられるようにしないとだめよ?」
いつものように、姉として注意をしてくるシャル。少し年上というだけでよく子供扱いをされるが、その世話焼きにはマーサさんも助けられているので強くは言い返せない。
「分かってるよ。でもグレイヴさんも言っていたけど、睡眠も大切な訓練だからね! だからいっぱい寝ないと」
「あなたねぇ、グレイヴさんは寝れば寝るほど良いとは言ってないでしょ!全くもう…騎士になりたいのなら、自分で朝を起きられるようにする事の方が大切なんじゃないの?」
「うーん…まあ、後で直すよ」
「もう、まーた聞き流してる」
「まあいいじゃないかシャル。食事中くらい、ゆっくりさせてあげなさい」
「グレイヴさんまでそんなこと言って…」
シャルのお小言はいつもの事だと思い、気にしても仕方がないので、早く食べてグレイヴさんと一緒に見回りに行く準備を整えようとするのだった。
─数分後─
「ごちそうさまでしたー!」
「良い食べっぷりだったねぇ。片付けは私がやっておくから、グレイヴについていく支度でもしなさいな」
「うん、ありがとうマーサさん!」
マーサさんに言われて、足早に自分の部屋に戻る。クローゼットから取り出すのは、グレイヴさんが作ってくれたレザーベスト。そして、同じく譲ってもらった剣を持って身支度を整える。
「よし、準備万端!」
身支度の確認が終わったら、グレイヴさんに剣のチェックをしてもらわなければ。そう思い、次にグレイヴさんの所に向かった。
「グレイヴさん、はい!」
「ああ、剣のチェックだな。どれどれ…」
グレイヴさん念入りに剣をみたり、軽く振ってみたりして状態を確認する。
「うむ、問題なしだな。ちゃんと手入れはされているようだ。」
「でしょ? グレイヴさんに教えられたことをしっかりとやったからね!」
「それなら安心だ。…さて、そろそろレオと一緒に見回りに出るよマーサ」
「ええ、行ってらっしゃい。二人とも気をつけてね」
「二人とも行ってらっしゃい! グレイヴさんに迷惑かけちゃだめよ、未来の騎士であるレオネス・アークベルトさん?」
「もう、からかわなくたって分かってるよ! じゃあ二人とも、行ってきます!」
このように、駐屯騎士の仕事である見回りについていくのが僕の日課である。最初はグレイヴさんも乗り気ではなかったけど、鍛練をつんでいくうちに一緒に見回りをしても良いと言われるようになった。
見回りの始まりは、村の東門から西門にかけての塀の点検からだ。途中ですれ違った人達に挨拶をしながら、いつも通りにテキパキと点検をこなしていく。
しかし、点検をしている途中にふと、グレイヴさんの動きが止まった。
「どうかしたの、グレイヴさん?」
「ああ。レオ、あれを見てみろ」
そう言ってグレイヴさんは草むらの地面辺りを指差す。
「あの草むらがどうかしたの?」
「うむ、ここからでは少し見えにくいか。地面の辺りをよく見てみるんだ」
「地面の辺り? うーんと…あっ!」
目を凝らして見てみると、草むらの中に小さく土が見えている部分を発見できた。
「気がついたか。魔物の足跡だ」
そう言いつつ、グレイヴさんは周囲を警戒しながら足跡に近づいていく。
「これは…ウルフの足跡か」
ウルフ。確か、一匹一匹は弱いけど群れをなして行動する魔物だったはずだ。
「じゃあ、村の近くにウルフの群れが来てるってことかな」
「いや、判断するのはまだ早いぞレオ。ウルフにしては足跡の痕跡が少ない気がする。結論を急ぐ前に、まずは西門にいる二人に話を聞いてみなければな」
「あ、そうだね。確か村の外の様子を調べてくれていたんだっけ」
「その通りだ。いくぞ」
そう言った後、例の二人と情報共有するためにグレイヴさんと共に西門へと向かった。
ハテノ村 西門
「見回りご苦労だった、サイモン、アッシュ」
「こちらこそ、見回りお疲れ様ですグレイヴ隊長」
「お疲れ様です、隊長!」
この二人はサイモンとアッシュ。詳しい仕組みはわからないが、お父さんと同じく騎士団から駐屯騎士として派遣されてきた人達だ。きっちりとした言動で真面目な方がサイモンで、少しお調子者っぽい感じの方がアッシュだ。
「それで、見回りの件はどうだった?」
「はい、村周辺の見回りをしていた所、こんな物を森で発見しました」
そう言ってサイモンが取り出したのは、小さな魔物の歯だった。
「これは…ウルフの歯ではないな。もしやこの形は…」
「ええ、ゴブリンではないかと考えられます」
ゴブリン。他の魔物より身体能力とかでは劣るけど、知能が高い魔物だったはずだ。
「ふむ、やはりか」
「はい。しかも最近には少し離れた町の近くにゴブリンバンデットが現れて、積み荷を奪ったという話も聞きました。」
「なるほど。こっちはウルフの足跡を見つけた。だが、それにしては足跡が少なかった。もしかしたらゴブリンの連中が飼い慣らしたやつなのかもしれないな。」
このような感じで、グレイヴさんとサイモンが真面目な話をしている最中、アッシュが僕に話しかけてきた。
「ようレオ。シャルネさんは今日も元気か?」
「まーたアッシュはシャルのこと気にしてる」
「えー何だよ別にいいじゃねえかよー。やっぱり気になる人のことは気になるもんじゃん?」
「……そういうものなの?」
アッシュ達がこの村に来てから数ヶ月だが、アッシュは相変わらずシャルのことを気にかけている。いわゆる一目惚れってやつらしくて、積極的にアプローチはしているそうだが、あんまり相手にはされていない感じだけど。
「まあ、まだまだ子供のお前にはこの情熱はわからんさ。特に、この俺の、シャルネさんに対する燃えるように熱いハートはな!」
「ふーん…」
「何だよ、つれねぇなぁ。もうちょっとこう、リアクションをとってくれてもいいんだぜ? それかシャルネさんに俺の武勇伝を話すとかさ」
「アッシュは相変わらずだね…村の近くに魔物の痕跡があるっていうのに、もうちょっと緊張感とかないの?」
「ま、そこら辺はもう手を打ってあるからな。この事は騎士団の方に連絡済みだ。ゴブリンの奴らが退治されるまでは騎士団から騎士がやって来ることも決まってるし…そうだな、三日後くらいには到着するんじゃねえか?」
「そうなんだ。他の騎士団の人も来てくれるなら安心かも」
アッシュは真面目なんだか不真面目なんだか分からない。普段は仕事をしっかりこなしているのだけど、シャルのことになると途端に不真面目になるというか…ちょっと残念な感じだ。
「おう、安心しておけって…それにしてもレオ! やはり、あのシャルネさんと一つ屋根の下なんて羨まけしからん!」
「今度はどうしたの…」
「だってシャルネさんはスタイルも良いし、かなりのべっぴんさんだ! そりゃあ男として羨ましいって思うわけよ!」
確かに、アッシュの言っていることもわかる気がするが、それを堂々と言っているから相手にされないのだと思う。
「で、どうなんだ?もしかして…見たことあるのか?」
「? なんのこと?」
「そりゃあ、お前あれだよ、あれ…って痛ぁ!」
アッシュが何か言いかけた時に、グレイヴさんがアッシュの頭に拳骨を食らわせていた。
「全く、お前はレオに何を吹き込もうとしているんだ」
「あ、あはははは…すみません、隊長…」
「今サイモンとの話が終わったところだ。引き続き西門の見張りを頼む」
「はい、了解しました! …じゃあな、レオ! 東門は隊長とお前に任せたぜー」
「うん、任せてよ。サイモンも頑張ってね」
「ああ、レオこそ気をつけてくれ」
二人に手を振りながらグレイヴさんの後ろを付いて行く。なんだかんだ信頼出来る人だからこそお父さんもとやかくは言わないのだろうと思いながら、僕も歩き始めるのだった。
ハテノ村 東門
二人と別れて西門から離れ、二人で東門に向かうこと数分後。たどり着いた東門での見張りを始めた。
朝から夕方にかけての見張りは重要な仕事だ。村に物を運んでくる人達が怪しい物を持ち込んでいないか確認したり、魔物が村の周囲に寄り付いていないか注意しなければいけない。
そして、人のくることの少ないこの村の見張りの時間は僕の小さな楽しみでもある。何故ならそれは…
「グレイヴさんグレイヴさん、またグレイヴさんが騎士団にいたときの話を聞かせてよ」
「ん、ああいいぞ。この前はどこまで話したか…」
「確か第二騎士団の、怖ーい女性団長の話だったかな?」
「ああ、ルシュベルのことまで話したか。そうだな、あれは確か…」
この時間で僕は色んなことをグレイヴさんから聞いた。騎士団の生活や、グレイヴさんがまだ普通の騎士だったころの第四騎士団の話、今聞いているルシュベルさんの話。
グレイヴさんが村や町の駐屯制度を決めるのに関わっていた事とか、色んな話が聞ける。
…でも、本当に聞きたいことは別のことだったりする。
だけどきっと、それは聞いちゃいけないことなんだろうなって思う自分もいる。
シャルが森の中に入ることを極端に嫌っていたり、自分とシャルがグレイヴさんとマーサさんのどちらとも髪の毛の色とかが似ていなかったり…気になることは色々あるけれど、きっといつかグレイヴさんから話してくれる。その時まで、待たなくちゃいけない。
それからしばらく見張りという名の昔話の時間を過ごして、日が暮れる時がやってきた。
「おっと…そろそろ日が暮れるな。門を閉め始めるか」
「そうだね、今日もお話面白かったよ!」
グレイヴさんと協力して門を閉め、帰り支度を整え始める。
しかし、僕の今日はこれからが本番だった。戻ってからは、グレイヴさんとアッシュとサイモンが僕に稽古をつけてくれるからだ。自分の家の横にある広い場所でいつも通りに稽古は行われるのだった。
その夜
訓練後にアッシュ達が帰った後、僕は寝る支度を始める。今日一日の汗を流して、歯を磨く。
そして、何より大切なのは大事な剣の手入れだ。剣の手入れが騎士の命運をわけるってグレイヴさんも言っていたし、しっかりやらなければ。貰った手入れの道具を床に広げ、自分の部屋で作業を開始する。
「えーと、錆がつかないように汚れをとって、刃の部分はしっかり研いでっと…あれ、まだ実際には使ってないから刃は研がなくていいんだっけ…」
思い出すかのように作業を行っていると、突然扉が開く音がした。
「お、やってるやってるー」
扉の前に立っていたのは、シャルだった。手入れをしている自分に感心感心といった様子で近づいてくる。
「あれ、どうかしたのシャル?」
「いや、剣の手入れってどうやってるのかなぁって思ってさ。いっつもシャキシャキ聞こえるから気になって見に来てみたのよ」
「あ、もしかしてうるさかった?」
「まあ、少しは?」
「あー…うん、ごめんね。明日からは気をつけるよ」
「いいのいいの。それより、隣で見ててもいい?」
「え? まあ、いいけど」
珍しいこともあるものだ。いつもなら、剣とかには興味を示さないのにどういうつもりなのだろう。それからはシャルが隣で見ているまま剣の手入れを進めていき、数十分後に終わることができた。
「ふー完璧!」
「お疲れ様ー」
本当にシャルはどうしたのだろうか。最初から最後まで何も言わずに手入れを見ているなんて。
「もしかして、シャルも騎士になりたいの?」
そう冗談半分でいいながら、シャルの顔を見る。だが思っていた反応とは違う反応が僕に返ってくる。
「…いや、そういうわけじゃないんだけど…」
…少し暗い、シャルの顔。
何か自分に聞きたいことがあるのだろうか?しかしそれは、自分が踏み込んでも良い領域なのだろうか?言葉が続かずに、少しの間沈黙が流れる。
シャルにどうしたのか聞くべきかを悩んでいたとき、先に口を開けたのはシャルのほうだった。
「…レオはさ、この剣を使って、魔物を倒すんだよね?」
「うん」
「…そっか」
少し時間をおいて、シャルが言葉を続ける。
「…魔物達にも命ってあるからさ、やっぱり魔物と戦うとなると、当然魔物達も襲ってくるよね。もしかしたら、殺した魔物の仇討にもっと強い魔物がやってくる可能性もあるし…」
「…うん」
「だからね、無茶はしないでほしいの。魔物を倒し続けているときっと魔物達もあなたに恨みを持つことになるだろうし…そうしたら…」
「…そうしたら?」
「…レオが危険な目にあったら、悲しいな、って…」
「シャル…?」
そう言い終えた途端、シャルは立ちあがる。その顔には既に悲しげな様子は無く、いつも通りの姿に戻っていた。
「…なーんちゃって! ちょっと私らしくなかったかな? レオが調子に乗って痛い目をみないように釘を指しておこうかなって思っただけよ。じゃあ、私はもう寝るね。おやすみ、レオ!」
そう言い残し、足早に部屋を出ていってしまう。だけど、やはり僕は先ほどのシャルの様子が気になってしまっていた。
「シャル、どうしたんだろう…」
最後には明るく振る舞っていたが、自分には無理をしているように見えた。昔に何かあったのか知るのはまだ早いと思っていたけど、明日になったらグレイヴさんに聞いてみるのもいいかもしれない。
なんにせよ、何か悩んでいるなら相談に乗ってあげたい。
(明日の見張りの時間にでもグレイヴさんに聞いてみよう…)
そんなことを考えながら、ベッドに横になり目を閉じたのだった。
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