第3話 この世界は・・・

天井に吸い込まれた僕は、布に引っ張られ続けた。


元は綺麗な赤色だったと思われるが、今は薄汚れて、色もくすんだ朱色になっているようなボロ布なのに、ものすごい力である。


周りは青や紫、オレンジや白……とにかく沢山の光に包まれている。


はっきり言ってかなり眩しい。


その中をただただ上へと引っ張られる。

遠くのほうに小さな黒い丸が見えてきた。

だんだん、黒い丸は大きくなっている。

もしかして、出口だろうか?

形もはっきり見えてきた。

あれは、空だ。曇っている。なにか建物も見える。


そのとき、何か透明な壁を抜ける奇妙な感覚があったと思ったら


僕は地面に激突していた。

引っ張られていたので、顔面からスライディング状態である。


「痛って……」


僕は額を押さえて立ち上がった。

ちょっとすりむけている。


「なんで、上にひっぱってたのにいきなり地面……」


僕がつぶやくと、


『すまない。出口を横に設定していた』


布が言った。全然悪いと思ってなさそうな口調だ。


「出口? ってどこ?」


『あれを見ろ』


布が言った方を見ると、廃墟の壁に変な文字が書いてある。一見するとただの落書きだ。


「あれが出口?」


『そうだ』


「あの落書きが?」


『落書き……』


しばしの沈黙。僕は沈黙を不思議に思って尋ねた。


「どうしたの?」


『落書きじゃない』


「え?」


『次元移動の呪文詩だ』


「次元移動?」


なにそれ?


『とにかく帰ってきた』


布がつぶやいたのを聞いて、僕は周りを見回した。



そこはひどく寂しい場所だった。

廃墟というのはこういうところのことだと胸を張って言えそうな場所である。


「なんだよ。ここは」


僕はつぶやいた。


『だから、お前が元いた世界だ』


布がつぶやきを聞きつけて答える。


「こんなとこにいた覚えなんかないよ」


僕は布に向かってしゃべった。

傍はたから見たらただの変な人だろうなとか思いながら。


『お前が覚えていなくても、ここはお前が生まれたところだ』


生まれたところ? そんなバカな……。

だけど、僕には幼かった日の記憶がない。親から聞いた覚えもない。

いや、考えすぎだ……というか、何を考えているんだ? 僕は。


「でもさ。人もいないし……。何かの間違いじゃないの?」


僕が言うと、


『間違い……だったら本当によかったんだが』


と布がつぶやいた。


「え?」


僕が聞き返すと、


『ここは、隠れ家(かくれが)だ』


布が言った。


「隠れ家? それで、誰の隠れ家なの?」


『俺とお前だ』


布は平然と言い放った。僕は半分呆れながら言った。


「それで? 何から隠れてるの?」


『簡単には説明できない。』


布は一言そういった。

なにから隠れてるのかも説明しないつもりなのか?

人をこんなわけのわからない世界に連れてきておいて!!

僕がこの世界と布に苛立ちを感じ始めたとき、

布がまた言った。


『今言えるのは、巨大な組織が動いていて俺とお前を捕まえようとしているということだけだ。』


「なんで、僕を捕まえる必要があるんだよ?」


『俺の主人だからだ』


布の言った一言が、うまく飲み込めずにいると


『その顔は全くわかっていないな。それにしても、お前。思ったことが顔に出すぎているぞ』


布が僕の顔を見ながら言った。



なんだか酷く憎たらしい布だ。ずけずけと人が気にしていることを……

どうせ僕はポーカーフェイスが出来ないよ。

感情が全部表情になるお子様だよっ!

でも、考えてみたら正直者でわかりやすいだろ?

やめよう。なんだか自分で言ってて虚しくなってきた。

僕が下を向いていると、布がまた突然話し始めた。


『道具を……』


「え?」


僕は思わず顔を上げて布を見る。


『……。道具をどう思う? お前は俺と普通に会話しているから……』


僕はその言葉に思わず叫んだ。


「普通? どこがっ?」


むしろ、全然会話になってない。内容はかみ合ってないし、全くわけがわからないし……。


すると、布は


『そういう意味じゃない。お前たちの世界はざっと見たが、意思を持つ道具なんてそうそうなかった。


だが、ここでは違う。ほとんどの道具が意思を持っている』


「ど……どういうこと?」


『俺みたいな道具がいっぱいあるということだ』


「皆、しゃべってるっていうこと?」


『まぁ、そういうことだ』


「そっか……。大変だね。で、僕は何をしたら家に帰れるの?」


『お前……。まだ、向こうに帰る気でいるのか?』


「当たり前だよ。なんで、こんなとこにずっといなきゃならないんだよ」


『ここがお前の住む世界だからだ』


「だから、違うって言ってるだろ!!」


僕は叫んだ。どうしてこの布は勝手に僕をここに住ませたがるのだろう。

僕は普通の高校一年になったばっかりの純日本人だぞ!!

ちょっと地毛は茶色いって言われるけど、生まれてから日本語しかしゃべった覚えないんだからな!!

そんなことを思っていたら、


『とりあえず、街に行って食べ物を調達してこよう』


と布が言った。


「なぁ、布。僕はここに住むつもりはないぞ」


僕は念押しのように布に向かって言った。


『布じゃない。マントだと何回言えばわかる。それと、俺の名前はサイアスだ』


「サイアス……変な名前」


『お前っ……!!』


布は何かを言いかけて止めたようだった。

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