第4話 レオン

それから布と僕は街へ行くために廃墟を出発した。


なぜか、行く前に『人前で絶対、俺に話しかけるな』と再三念を押された。

約束しなければ、連れて行けないとも言われた。

どういうことだ? だって、この世界にはしゃべる道具がいっぱいいるんだろう?

違うのか? 布!! あ、いや……サイアス!!


おかげで僕はサイアスをマントとして着用するはめになった。

こうしないと、僕に人前では道が教えられないというのだ。

サイアスは人前では僕の体を押して、方向を教えると言った。

サイアスによると、隠れ家の廃墟は周りを森に囲まれているらしい。

瓦礫の山や廃墟の部分がかなり広くて、目視では木なんて見当たらなかったが、しばらく行くと緑が見え始めた。かなり深そうな森である。


だが、森に入る前に僕たちは足を止めた。

なぜなら、そこに人が立っていて僕たちの前に立ちはだかったからである。


立っているのは、背の高い男だった。かと言って、ひょろ長いわけではなく、何かのスポーツをやっていそうな引き締まった体付きをしている。僕は168.2cmくらいだが、それより20cmくらい高そうだ。ということは……188cmくらいか。


金髪、碧眼でかなり格好いい。どこかのモデルだと言われても頷いて納得してしまいそうだ。腰に何か棒のようなものを差している。もしかして、あれは剣だろうか?

服はくすんだ青色の長袖シャツに黒いズボン。しかも、シャツには変な絵まで描いてある。オレンジ色の……あれは……熊……か? 服のセンスはあまり良さそうではない。腰に剣(だろうと思われるもの)をさすベルトをつけて、古い細工の施された銀色のものを肩と手首と膝につけている。

肩と手首と膝を保護する為だろうか? 

傍はたから見ると、ずいぶん変な服装だ。

ところが、これが妙に似合ってしまっている。これが、男前の成せる技なのだろうか……。不公平だ……。


そんなことを思っていると、男は僕たちに向かってまっすぐに歩いてきた。

そして、その体で完全に僕たちの行く道をふさいでいた。


唐突に男が言った。


「こんにちは~」


男はにっこり笑っている。


「は? はぁ。こんにちは」


思わず返事をしてしまった僕に向かってサイアスが


『返事をするな』


と言ってきた。そのとき、男が


「相変わらず、つれないですね~。サイアス」


と言った。


「えっ? 知り合い?」


つい、僕が聞くと


『知らん。それよりもお前。約束を完璧に忘れているだろう』


とサイアスは淡々と言った。もしサイアスが人だったら、ジト目で見られていそうだ。


「うっっ。ごめん……」


思わず、僕は謝った。


だが、待てよ? なんで謝らなければならないんだ?

最初に話しかけたのは、サイアスの方じゃないか!?

しかも、相手の男にもサイアスの声が聞こえているようだし……。


すると、男が僕を見て言った。


「謝る必要なんてないですよ。だって、サイアスと俺はニューヨークからのお友達ですから!!」


ニューヨーク!! いきなり知っている場所の名前が出てきた。

この人なら、帰り方を教えてくれるかも……

いや、待てよ? 

もしかしたら、同じ名前の場所がこの世界にもあるんだよ~なんていうオチかもしれない……。あまり期待はしないでおこう……。


『貴様など知らん。さっさとそこをどけ』


サイアスが男に向かって冷たく言い放つ。だが、男は一向に気にした風もなく


「冷たいなぁ~。ニューヨークで鬼ごっこしたじゃないですか!? 忘れたんですか? 俺、次元移動までして追いかけたんですよ? レオンです。レ・オ・ン。思い出しました? しかし、あそこ面白いですね~。このTシャツも記念に買っちゃいました」


と言って、青いシャツを指差している。

もしかして、本当に僕の知ってるニューヨーク!?

だが、それを聞いたサイアスは


『行くぞ』


とだけ言うと、僕の身体をぐいぐい押してくる。


「ちょっと、サイアス!?」


僕が必死に踏みとどまろうとしていると、


「やっと、主人にたどり着いたみたいですねぇ。よかった。これで、俺もやっと本気が出せます。」


レオンと名乗った男が暗い声でつぶやいた。


「え?」


僕が聞き返すと


「何でもないです。それで? どこに行くんですか?」


とレオンが元の調子で聞いてきた。


僕は不思議に思いながらも答えた。


「いや、あの~街に……。えっと、そこ通してもらえませんか?」


すると、レオンは


「じゃあ、通行料を支払ってもらわないとね」


と言って、にっこりと微笑んだ。


「つ……通行料?」


僕が驚いて聞き返すと、レオンは無言で僕を見つめてきた。


うそだろ? 異世界に来て、いきなりカツアゲか? 冗談じゃない。




「サイアス……」


レオンがつぶやいた。


「え?」


僕が聞き返すと、


「サイアスを渡してもらいますよ。それと、君の身柄も。ケイ=ランシャル君!!」


レオンが言ったと同時に、足払いをしかけてきた。

当然何の用意もしていなかった僕はその場に仰向けに倒れこむ。

いつの間に抜いたのか、光る刃が僕ののどを捕らえていた。

やっぱりあれは、剣だったらしい。


「さてと。結構あっけなかったですねぇ」


そう言うと、レオンは僕のしているマントに手を伸ばしかけた。

マントの裾がふわりと浮き上がり、見えない何かでレオンの剣を弾き飛ばした。


「何っっ!!」


レオンが慌てて後ろへ飛ぶと、レオンのいた場所にあった草が千切れて風に舞った。


「なるほど。やはり、一筋縄ではいきませんか。では……」


レオンは言って、両手を広げた。すると、金色の光がレオンの身体を包みこみ始めた。レオンが両手を合わせて身体の前に持ってくる。


「これでどうですっ!? 召喚。ウルフ・ジェイサム・アルハラス」


すると、レオンを包んでいた金色の光が手からその下の地面へと集まっていく。

瞬く間にそれは、光る狼になった。


『黄金の狼か』


サイアスがつぶやく。

金色の狼は低く唸ると、こちらへ走って近づいてくる。




「ど……どうするんだよ。これっ?」


僕はサイアスに呼びかけた。

すると、サイアスは


『とりあえず、立ち上がれ。そしたら、何とかしてやろう』


と言った。


僕は必死に立ち上がった。そのとき、サイアスが叫んだ。


『ライズ・ブレム・ゴースト!!』


すると、マントが風にはためいた。はためいた裾先から黒い小さな刃が幾つも放たれる。その刃は掌くらいの大きさで、三日月の形をしているように見えた。

しかも、黒い刃は全て金色の狼に向かって飛んでゆく。

狼は危険を感じたらしい。進路変更をして、横に疾走し始めた。

しかし、黒い刃はその狼を追跡するように追っていく。ついに、狼に黒い刃の一つが掠めた。


「ギャンッッッ!!」


狼は一声うめくと、その場に倒れこんだ。その上から、次々に残りの刃が降り注ぐ。

上がった土煙で、狼の姿が見えなくなった。


「ジェイサムっ!!」


レオンが叫んだ。狼に駆け寄ろうとしている。


『おい。今すぐ左回りに回れ』


サイアスが命令口調で言った。


「僕に言ってる?」


おそるおそる僕が聞くと


『お前以外に誰がいる。早くしろ!』


と怒鳴られた。

わかったよ。左にクルッと一回転ね。僕が言われたとおり一回転すると、サイアスが叫んだ。


『バルス・ブレイドォッ!!』


マントの裾がはためいた。何が起きたのかわからなかった。




だが、狼に走りよろうとしていたレオンが後ろに飛び退すさっており、

その前の地面には何かが抉えぐったような裂け目がついている。


『よし。防いだか』


サイアスが言った。

何を……僕が聞こうとしたとき、


「ジェイサムッッ!!」


男がまた叫んだ。見ると、金色の狼の光が弱まり、そのまま霧散した。


『これで、もう奴は当分狼を召喚できない』


サイアスが満足そうな様子を声に含ませている。


「何? どういうこと?」


『召喚には呼び寄せる素が必要だ。それは、呼び寄せられた者の中に入り込んで、その者を支配する。奴はそれを霧散する前に回収できなかった』


「つまり?」


僕はサイアスの説明を促した。


『素ができるまで、狼は召喚できないということだ』


「素ってどのくらいでできるの?」


『普通は一週間くらいかかるな』


「じゃあ、召喚できなくなったのと同じってこと?」


『そういうことだ。見ろ。切り札がなくなったようだ』


見ると、レオンは狼の消えたあたりを呆然として見ている。

すると、急にレオンが胸を押さえて苦しみ始めた。


「今度は何っ?」


僕がサイアスに言うと、サイアスは


『わからない』


と言った。レオンの苦しみ方は尋常じゃない。そのとき、サイアスが叫んだ。


『まさかっ!!』


そして、僕の体を包み込むようにした。


「何やってるんだよッ。サイアス!?」


そして、マントから片目だけようやく外の景色を捉えたとき、一瞬にして辺りは白い光に包まれた。


発光源はレオンだ。眩しすぎるっ。たまらず、僕はマントの内に逆戻りした。


マントの内側は遮光性なのか、光っているのはわかるが眩しくはない。

僕は光でチカチカしている片目を何度も瞬いた。そのうち、外の光が収まったようだった。

サイアスが僕を覆っていた身体(布なんだけど……)を退けた。

やっと、僕は周りの状況を見ることが出来た。


レオンの姿がない。


『やっぱりな』


サイアスがつぶやいた。


「やっぱり?」


僕が聞き返すと、


『見ればわかる』


そう言って、サイアスは僕の身体を押した。

見に行けということらしい。

僕はレオンがいた辺りへと歩いていった。

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