第8話

「で、ここへ少年と女性を勾留したのはいいけど、2人とも示し合わせてたみたいでねぇ。窃盗団とは関わってない、たまたま同じイベントに遊びに行っただけだ、って言い張っていたんだよ。確かにあの2人だけ別な車で移動してるし、会場でも少年グループとは別行動とってるから、言い訳にはなってたけどね。ただ、その前に公園にいた時からマークされていたとはさすがに思わなかったらしくて。それを指摘したら、蓮くんは動揺しまくり。言ってることが支離滅裂になって、自分でもヤバいって思ったんだろ、すっかり黙り込んじゃった」

 須藤の口調はなんだか飄々としていて、状況を面白がっているようだ。


「2人とも、ここに今もいるんですか?」

 アイは上を指差しながら聞いた。このオフィスの上の階が保護したウィンガーの宿泊施設になっている。

 須藤は頷いた。

「もちろん、2人顔を合わせないようにしてるけどね。本当はあのお父さんにも一緒に泊まってもらうつもりだったけど、息子に怯え切っちゃってるし、蓮くんもお父さんのことは完全拒否」


 アイは一度見学した『宿泊施設』を思い浮かべていた。

 新しい施設だし、それなりの広さもあってホテルの部屋と大差ない。だが、窓はなく、完全防音の部屋は扉を閉めると完全に外部から遮断される感覚を覚えた。

 自分だったら1人で泊まるなど、不安でしょうがなかっただろう。


「お母さんの方は連絡ついたんですか?」

 須藤は珍しく深いため息をつく。あまり見たことのない、困惑の表情だった。

「昨日、連絡ついて…夜に来たんだけど。なんというか、パニック状態でね」

「半狂乱ってああいうことでしょうね。言葉は通じないし、聞こうともしないし…」

 そこに居合わせたのだろう。アベが口をはさんできた。

 2人の様子から母親が相当ヒステリックな状態だったことは伝わった。


「話ができる状況じゃなかったから、両親とも一度帰したんだ。あの年齢だとどちらか1人でも付き添いに残って欲しかったけど。どうもね…お父さんの方は別の女性と暮らしているらしくて。2人とも顔合わせるなり険悪な空気が流れたよ。まさか、そんな事情があるとは思わなかったから、こっちもどう取りなしたらいいんだって感じでねえ…」

 須藤の言葉にアベもコクコクと頷いている。相当気まず雰囲気だったに違いない。


「お父さんは必要な時は呼んで下さいって帰って行った。つまり、必要なければ来る気はないようだね。お母さんの方は今日、通訳してくれる人を連れて…」

 その時、須藤のスマホが震えた。

「桜木くんだ。ちょうど、着いたみたいだよ」


 南條蓮の母親に付き添ってきたのは、通っている教会の牧師だった。

 須藤に命じられて2人を迎えに行った隼也は、牧師の男が思ったより若くて驚いた。

 なんとなく、初老か、かなり年配の男性を勝手に想像していたのだ。

 浅黒い、少しえらの張った顔にくっきりした目鼻立ち。いわゆる、"濃い"顔だが笑うと少年のような無邪気な表情が覗いた。

 アクセントや発音にややクセはあるが、日本語は滑らかだ。職業柄か、穏やかにゆっくり話すので聞き取りやすかった。


 牧師は、日本に来て3年になるという。蓮の母親と知り合って1年ほど。蓮のこともよく知っていた。

「初めのうちは、お母さんと2人でよく教会来てました。最近はあまり、ない。学校も行きたがらないこと、お母さん心配して相談してたです」

 車の中では母親はじっと固まったように座ったきり、あまりしゃべらなかった。

 化粧っ気もなく、顔色の悪さが目立つ。堀の深い目鼻立ちは、眉間に寄ったシワのせいで、なんだか凄みのある表情を作り出している。パッと見ただけでも、話しかけづらい雰囲気の女性だ。この上言葉もよく分からないとなれば、確かに友達もできにくいだろう。


 前日の大騒ぎを隼也も目にしていただけに、沈黙する母親に、なんだか肩透かしをくらった感じがした。

 いくらなんでも、10年も日本にいれば、隼也と牧師の会話もなんとなくは分かっていると思うのだが、相槌を打つことすらしない。

「じゃあ、最近彼の様子に変わったことがあるかは、わかりませんか?」

 何かあるかと思って聞いた質問ではなかったが、牧師の返答が一瞬、詰まったように見えた。

「いいえ。わかりません」

 ルームミラー越しの牧師の表情は穏やかだった。


 エレベーターを降り、対策室の入り口で蓮の母親と牧師を須藤に引き渡した。

「昨日より落ち着かれたようですね。よかった」

 にっこり微笑む須藤に、母親は無表情で目を合わせようともしない。気にした様子もなく、須藤は牧師の方にも笑顔で頭を下げた。

「須藤といいます。お忙しい中、ご協力いただいてありがとうございます」

「ルイス・サントーロと申します。蓮のこと、全部聞きました。彼女、勘違いしてたのです。蓮と2人とも国に帰されると思い込んでて。蓮は日本人です。国に帰されることはありません、でしょう?」

 柔和な表情と話し方の中に、強い意志が感じられた。

「その通りです。そうか、それを心配されてたんですね」

 母親はチラチラと牧師と須藤の顔を見比べている。

 牧師が肩に手を置き、ポルトガル語で話しかけた。今の会話を通訳したらしい。

 母親は明らかに柔らかな表情になった。小さく何か呟く。安堵の言葉なのだろう。

「どうぞ、こちらへ」

 隼也へ、あとはいいよ、というように頷いてみせ、須藤は2人を面談したの方へ導いた。


 アイが、ちょうど情報処理室から出てきたところだった。

「よう、昨日はご苦労さまだったな」

 実際はあの後に捕獲作戦に参加した自分たちの方がよっぽどご苦労様だ、と内心思いながら隼也は声をかける。

 アイは面談室へ向かう3人を見つめたまま、答えなかった。

 隼也がムッとして顔をしかめると、ハッとしたように

「あ、おはようございます。あの…」

 部屋に入って行く3人をまだ気にしている。

「南條蓮の母親と通訳の牧師さんだ」

 ぶっきらぼうに言う隼也に、アイはまだ戸惑いの表情を見せた。

「牧師さん…って、登録者ですか?」

「は?!登録って、なんの…」

 そこまで言って隼也はハッとした。

「おい!まさか、あの牧師さん…」

 アイは大きく頷いた。

「ウィンガーです」

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