第3話
目覚ましの…アラームが鳴っている。朝か…止めなきゃ…
枕元の時計を探る。…止まらない。
違う、これ…電話だ!
アイは慌てて体を起こしてスマホを探した。視界がぼやけて相手の名前が見えない。まばたきを繰り返し、焦点を合わせる。
「あ、」
急いで通話ボタンを押す。
「お、おはようございます」
声もうまく出ずにかすれてしまう。相手は三嶋あかりだった。
「おはよう、アイちゃん、ごめん、まだ寝てた?」
「あ、いえ、大丈夫…です」
そう答えながら、時計を見る。もう11時近い。1週間の疲れがあったとはいえ、一度も目を覚まさずに、この時間まで寝ていたとは…
「アイちゃん、お休みのところ悪いんだけど、出てこれるかな」
あかりはアイの自宅からそう遠くない公園の名前を出した。
「須藤さんから召集かかったの。急だけど、本番よ」
その言葉で一気に目が覚めた。
本番。それは、シーカーとして、ということに決まっている。
「チャリ、じ、自転車なら15分くらいで行けます!」
着替えて、すっぴんのまま、飛び出した。
本番よ、という、あかりの声が脳内でリフレインする。
それなりに広い公園だが、東側の駐車場に、須藤と桜木隼也がいるのをすぐに見つけた。
2人とも、スーツ姿しか見たことがなかったので、普段着のスタイルはなんだか物珍しく見える。
「ご苦労さま。休みのところ悪いんだけど、しばらく前から調べてた件に進展があってね」
須藤はニッコリ微笑み、傍らに停めた車の方を示した。
「中で、あかりから話聞いて」
車の後部座席では、あかりがパソコンを開いていた。アイと違って、いつも通りに化粧し、きりっとしたかんじだが、服装はスキニージーンズにスウェットのパーカーとラフなスタイルだ。アイは自分の服装にハッとした。慌てて、手近にあったものを掴んで着てきたから、何を着てきたか、自分を見直さないと思い出せない始末だ。
デニムのパンツにこの間買ったばかりのシャツワンピ、ロングカーディガン。
まあ、そんなおかしな格好ではない。
あかりのとなりに乗り込みながら、自分を落ち着かせた。
「おはよう。びっくりするよね、急な呼び出しで」
あかりが笑顔で声をかけてくれた。様子を見るかぎり、あまり緊迫した状態ではないようだ。
外で須藤と隼也ものんびり談笑している。
「すいません、なんか、現場に出るなんて、もっと先だと思ってて」
あかりは外で話す男性2人の方へちらっと目を走らせた。
「アイちゃんの実力を早く見たかったみたいよ。大丈夫。緊張しないで」
そう言われると、かえって顔がこわばってしまう。
あかりはパソコンの画面を、アイの方へ向けた。ネットニュースの見出しがいくつか出ている。
絵州駅付近でスリの集団による事件が増加していることを伝えるもので、アイも耳にしたことがあるニュースだ。
特に通称ゲーセン街と呼ばれる、パチンコ店やゲームセンターの立ち並ぶアーケード街での被害が多い。アイもなるべく近づかないようにしている場所だ。
「3ヶ月前くらいから、被害が報告されるようになってきて、二十歳前後の数人のグループでやってることは分かってたんだけど、監視カメラの場所とかもよく調べてるみたいなのよね。犯行の現場が映ってるのほとんどないし、盗んだものは仲間同士でリレーみたいに受け渡してるんだけど、その受け渡しもカメラの死角狙ってやってる」
付近のカメラデータを集めて、怪しい動きの人間を追い、その手にした品物を拡大して確認し、だいたいの犯行の流れをつかんだのだとあかりは説明してくれた。
「もちろん、警察との共同作業よ」
呆気に取られた様子のアイにあかりはそう付け足した。
犯罪に、ウィンガーが関与している可能性があれば、対策室も捜査に協力するし、ウィンガーに関しては身柄を確保する権限も与えられている。対策室独自での捜査権限もあるのだ。
「最初は警察も若者中心の窃盗グループの線で捜査していたんだけど。逃走ルートを追っていくとね、ビルからビルに飛び移るのを見たとか、走ってきたバイクに飛び乗って逃げたとか、ちょっと常人では考えられない動きが目撃されてるの。ここら辺は、一般には情報公開してないけどね。それで、うちにも協力要請がきてたのよ」
アイは頷いた。
「何人か、メンバーらしい人の顔は監視カメラに映ってたんだけど、警察のデータと一致する顔は無くて、なかなか進展がなかったの。だけど、昨日の夕方、暴行事件起こして、中央警察署に捕まった男がいて、その男の顔がカメラの顔と一致したというわけ」
あかりはそこで呆れたようにため息をついた。
「警察にお世話になるの、初めてだったらしくて、ビビっちゃって。全部あっという間に喋ったんですって。週末になるとここの公園に集まって、どこで仕事するか相談する。夕方の薄暗くなってくる時間を狙って、お仕事に行く、と」
あかりの細い指が滑らかにキーボードを操作すると、アイより少し年上かと思われる男の顔が表示された。とは言っても、小さな画像を無理に拡大したらしく、画質が荒い。わざとなのか、目を覆うほど長い前髪のせいで、顔もよくわからない。
「この子がリーダーですって。ナミオカ コウタ。21歳。この子は日本人だけど、半分くらいは外国人のメンバーで、日本語ができない子も多いって、捕まった男は言っているそうよ」
アイはなんとか特徴を捉えようと、不鮮明な画面をじっと見つめた。
「普通に考えれば、この子がウィンガーの可能性が高いでしょうね。画像では翼は一切捉えられていないけど」
アイは自分が呼び出された理由がよくわかった。
未登録のウィンガーを捕らえる場合、原則として画像での記録が求められる。なにせ、翼が現れてなければ普通の人間だ。
一度、翼が発現すると、その後はちょっとした気持ちの高ぶりや怒りで翼が現れやすくなる。だが、そこで翼が現れなければ、ウィンガーと証明できない。
10年ほど前に、ある種の麻酔薬を使用すると強制的に翼を発現させることが可能である事が分かり、確認試験と称して世界的に用いられるようになった。ただ、副作用も無いわけではなく、特に10代の子供に使用するには人道的な面でも問題視する声は多い。
尋問などで意図的な負荷をかけたり、薬剤を使用せずにウィンガーだと証明できればそれに越したことはない。
自分に求められている仕事はそれなのだ。アイはターゲットの顔を目に焼き付けて、気を引き締めた。
運転席のドアが開いて、隼也が乗り込んでくる。須藤の姿は見えなくなっていた。
「連中が集まってくるの、もう少し先になりそうだから、今のうちに飯食ってこいって。説明、だいたい済みましたか?」
アイに話しかけてくる時には、あからさまに上から目線の隼也だが、あかりにはやや低姿勢だ。
新人で、何も知らないのは確かだが、その態度の違いがアイには腹ただしかった。
ー今にシーカーの必要性をわからせてやるんだから、と心の中で呟いた。
近くのハンバーガーショップで手早く昼食(アイにとっては朝食も兼ねた)を取って戻ると、須藤がちょうどゆったりした足取りで駐車場に戻ってきたところだった。
「早かったね。もうちょい、ゆっくりしてきてもよかったのに」
助手席に乗り込みながら、そう言って苦笑する。あかりが
「はい、これ」
と、須藤にナゲットとコーラを渡した。
「それだけで、間に合いますか?」
隼也が眉をひそめる。
「あんまり食べない方が動けるからね」
須藤はいつものさわやかな笑顔でそう流すと、あかりに公園の地図を出すように指示した。
タブレットに表示された公園の地図を助手席から覗き込むようにしながら、須藤が指差す。
「今いる駐車場がここ。こっちの方に広場っていうか、ボール遊びやなんかができるスペースがある。バスケのゴールとかも置いてあってね」
問題のグループはその広場周辺を溜まり場にしているという情報だった。
「広田が捕まったことはまだ知られていないはずだけど、今日、姿を見せないと何かあったかと思われるだろうから…出来るだけ、今日中に結果出したいね」
須藤の言葉に隼也が力強く頷く。アイももちろん、同じ気持ちだった。いつのまにか、握りしめた手に汗がにじむ。
「僕はこちら側の遊歩道の方から彼らの様子を見てる。誰がウィンガーが分かるまではあまり接触したくないからね。桜木くんとアイさんはこの広場で彼らに近づいて…」
須藤はアイを真っ直ぐに見た。
「天使を探して」
アイは大きく頷いた。
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