第12話「チャージタイム・バトル」


「──さて、大詰めだな」


 矢場杉産業本社ビル屋上。心地よい初夏の夜風が吹くそこで、光の四姉妹グロリアス・カルテットの目の前に立つ男は落ち着いた声で言った。


「まずは歓迎しようか、グロリアス・カルテット。私の誘いに乗って頂けて光栄の極みだ。ご足労、痛み入る。さてもう一度、自己紹介をしよう。私はオレガ・クロ・マーク。矢場杉産業特異課課長を務めている。私の目的は、世界のパワーバランスを元に戻すことだ。君たちのように馬鹿げた与えられし者ギフテッドが幅を利かす世の中ではなく、普通の人々レフトビハインドが普通に暮らせる当たり前の世の中をもう一度取り戻す。それは社是であり、そして私の個人的な目的でもある」


「……フン、そういう御託はいいのです。オレガ・クロ・マーク。さっさと始めるのです。どうせ私たちは水と油。決して混じり合うことはないのです」


 グロリアス・カルテットの先頭に立つ幼女──ミサはそう言い放った。夜風に揺れるツインテール。ひらひらとした洋服などなら甘さを感じる出立ちだが、しかしその眼差しは何かを射抜くように鋭い。

 その視線を受けたマークだったが、余裕を持って言葉を返した。


「ギフトメーカー、最後に問おう。我々にユウ君のTOVICを渡す気はあるかね?」


「ないのです。あなたたち矢場杉産業は私から最愛の夫を奪った。だからもう、何も奪わせないのです」


 ミサの告白を耳にしても、後ろに控える三人は微動だにしない。この最終決戦に赴くまでに、全ての顛末をミサから聞いたのだ。つまりはギフトメーカーと呼ばれるミサが三姉妹の母親であり、自分たちの父親は矢場杉産業に殺されたということを。


「……そうか。それは残念だ。後ろに控える三姉妹も、それでいいのかね?」


「あったりまえじゃん。パパを奪った矢場杉産業には潰れてもらう。それはもう決定事項よ」


 ほぼ全裸に等しい姿の長女のレーは、ミサと同じような強い口調で言った。それに呼応するように、三女のメグも言う。


「正直、おねーちゃんがママだって聞いた時は驚いたけどさ。でも、矢場杉産業によってパパが死んじゃったことの方がショックだった。だからわたしも本気でいく。骨も残してやんないから、覚悟しといてね」


 うさ耳カチューシャが夜風に揺れる。メグは短い杖を握り直し、ゆっくりと戦闘態勢を取った。


「なるほど。キミたちはどうあっても矢場杉産業が許せないということか。だが、我々もキミたちが許せない。キミたち与えられし者ギフテッドによって、どれだけ世界のバランスが狂ったと思う。そして何人が死んだと思う。死んだ人間は生き返らない。だが、これ以上死人を出さないことはできる。そのために我々はTOVICを得るしかない。悪魔に愛されたピンクレオタード、それでしか世界のバランスは戻せないのだよ」


 そのレオタードを着たユウもまた、強固な覚悟を決めていた。ギフテッドが世界のバランスを狂わせたのは、ある意味で正しいのだろう。だったら。その狂ったバランスを元に戻せるのもまた、ギフテッドではなかろうか。ユウはそう考える。

 ユウ自身はギフテッドではない。しかし。ギフテッドと同等かそれ以上の能力を持った、選ばれし者the oneなのだった。


「どうだね、ユウ君。一度は我々の思想に賛同してくれたではないか。まだ間に合う。ユウ君さえこちらに来て貰えば──」


「ごめんなさい。あなたたちの言い分も、個人的に少しは理解できるよ。でも、あなたが毛嫌うギフテッドには善良な人だっている。あなたが肩入れするレフトビハインドにも邪悪な人はいる。もちろん、それらの逆だっている。だからギフテッドとレフトビハインドで分けられる世の中じゃないと、私は思うの。ギフテッドであろうとレフトビハインドであろうと、どちらも人間には違いないでしょう?」


 マークの顔が歪んだ。これ以上の会話は時間の無駄であると悟ったのだろう。


「……仕方ない、やはり交渉は不可能か。ならば最も原始的な手段に訴えるとしよう」


「原始的な手段?」


「オール・オア・ナッシング。勝った者の総取りだ。覚悟はいいかね? 私は出来てる。これがキミたちへの──デス・ジャッジメントだ!」


 そのセリフを言い終わると同時に。マークの影が屋上を舞った。




   ──────────────




WRYYYYYYウリィィィィィィ!」


 奇声と共に、マークが高速でユウに迫る。狙いはTOVICただひとつ。TOVICの攻撃手段は多彩であるが、最強の一撃を放つにはそれ相応のチャージタイムが必要だ。つまりこの戦いは、ユウのチャージタイムをいかに稼ぐかというのがカギだった。


 寿命と引き換えに爆発的な力を得る禁薬──VSL-02を致死量までオーバードーズしているマークは、もはやレフトビハインド普通の人間ではない。

 自身が忌み嫌うギフテッドの領域に足を踏み入れてなお、マークには成し遂げたいことがあった。宿願、いやそれは悲願と言っていい。

 残された僅かな時間で、マークは必ずTOVICを鹵獲ろかくする。そう心に決め、マークは神速の蹴りをノーモーションでユウに見舞った。虚を衝かれたユウの反応が僅かに遅れるが、その隣に控えていたうさ耳カチューシャの三女メグが言う。


「させないってば!」


 短杖を一閃。地面から迫り出す黒兎の壁がマークの蹴りを阻もうとする。が、しかし。

 マークはその壁を蹴り、思い切り身体を反転させた。骨が砕ける嫌な音がしたが、マークは顔色ひとつ変えずメグに肉薄する。

 しまった、とメグは身構えるがもう遅い。メグは絶対的な魔力を有する魔法少女だが、一度に詠唱できる魔法は一種類だけという制限があったのだ。

 ユウを守るために具現化した黒兎ウォールは、今や致命的な隙をメグに与えてしまっている。メグ自身を守る魔法が発動できない。


 メグは咄嗟に短杖でマークの追撃をガードしようとするが、絶望的に速さが足りない。これが覚悟の差。ここで死ぬと決めているマークの脚が、メグの杖を掻い潜りヒットする──と思われたその瞬間。

 マークの鋭い脚は、飛び込んできた長女レーの蹴りによって相殺された。インパクトの瞬間、揺らぐ大気と迸る衝撃波。


「くっ……なんて硬さ! ていうかさっきの音、骨イッたんじゃないの!?」


 マークはそれに答えず、代わりに小さく跳躍した。勢いをつけて後ろ回し蹴りをレーに放つ。蹴りでの迎撃は不可能と判断したレーは、後方に飛び退きながら腕で防御する。

 常人の数十倍、身体強化されたレーの身体は鋼鉄の硬さを誇る。もちろん骨折など無縁の人生だった。しかしその蹴りは、レーの骨にヒビを入れるほど強力な一撃だったのだ。

 激しく後方に吹っ飛ぶレー。腕に異常を覚え、骨にヒビが入ったと人生で初めて認識する。

 こんな威力の蹴り、あり得るはずがない。確実に蹴った側にもダメージはあるはすだ。


 レーの考えは当たっていた。衝撃に耐えられなかったマークの左脚は完全に折れ、不自然な方向に曲がっている。と言うよりも骨が見えている。開放骨折だ。

 だが次の瞬間、蹴られた時の衝撃より大きいものがレーを襲った。マークのその脚が、瞬く間に回復したからだ。マークは治った脚で再び地面を蹴立て、またもユウへと肉薄する。


「……あんなの、あり得ない」


「レー、気をつけるのです! 相手はクスリを使っている! 瞬く間に傷を治し、力を極限まで増幅させる禁薬です!」


 迫るマーク、迎撃する四人。メグは白兎ミサイルを放つが、マークは両腕でガードしながら突っ込んでくる。白兎の着弾と同時にマークの腕が砕ける。しかし瞬時に折れた腕は回復し、マークは低い姿勢でユウに襲いかかる。

 ミサはマークの進路に立ち塞がり、腰を落として拳を硬く握った。その構えから無数の拳を放つ。常人には見えもしない速度だが、禁薬で強化されたマークはそれらの拳に自身の拳を的確に合わせていく。

 あたりに響く骨が砕ける音。ここが勝負どころだと、レーはミサの援護に入る。マークの死角から鋭い蹴りを見舞うが、マークはそれを予想していたかのようにガードした。

 もちろんガードした腕は破壊されるが、一呼吸も置かずに腕が再生する。信じられない禁薬の力だった。



 一進一退の攻防が続く。ミサが拳を放つ。マークはそれを躱し、蹴りをメグに見舞う。その蹴りを迎撃するのはレー。蹴りの終わりを狙い、マークは鋭いパンチを叩き込む。それはメグの黒兎ウォールに阻まれるが、マークは構わずその壁を破壊する。拳が壊れるのも厭わずに。

 傍目から見れば、戦闘は拮抗していた。しかし四対一だ。つまりマークは、単純に言えばギフテッド四人分の強さを有することになる。


「ユウ! チャージはどれくらい出来てるのです!」


「Eまでだよ、ママ!」


「あの男を屠るにはG、あるいはHまでチャージが必要なのです! レー、メグ! ユウを守──」


 ──その時だった。

 ユウを守ろうと絶対防御・赤兎シールドを展開しようと集中したメグは、僅かな隙を突かれて短杖を叩き落とされた。

 メグの生身はそこまで強くはない。肉弾戦になれば、四人の中で一番脆弱だ。マークはそれを知っていた。ユウを狙いながら、真っ先に落とすべきはメグだとわかっていたのだ。

 沈み込む低姿勢からカタパルトに乗った勢いのアッパー。それがメグの顎に向けて猛進する。

 食らえばひとたまりもない、しかしメグには防御手段がない。


 ……ぐしゃり。柔らかいものが潰される音がした。


「──ママーッ!」


 クリーンヒットだった。メグを守ろうと、ミサはその身を呈したのだった。鋭い拳がミサの左脇腹に突き刺さる。吐血。ミサの内臓まで破壊の威力は届いていた。

 目の前でくずおれるミサに、メグは無心で縋り付く。


「ママ、ママッ! どうし──うあっ!」


「メグ! ちくしょう、やりやがっ──ああっ!」


 均衡は破られた。一瞬でレーとメグも無力化されてしまった。四対一で鎬を削っていたのだ。つまり誰か一人でも落とされれば、こうなることは必定だった。


「誤ったな、ギフトメーカー。貴様を最初に落とせるとは、まだツキは私にあるということか」


「うぅ……! 娘たちに、手は、」


「もう残っているのは一人だぞ」


「レー! メグ……!」


 マークは警戒を怠らず、ゆっくりとユウに近づいていく。そして優しい言葉でユウに問いかけた。


「さてユウ君、キミのチャージレベルはFまで到達しているのかな? それともGか? あるいはH? いずれにせよ、キミには選択のチャンスがある。今すぐチャージを解除し、TOVICを脱いで私に渡せ。さもないと、地面に転がっている三人にトドメを刺す。これは脅しではないぞ」


「くっ……!」


「それとも、今のチャージレベルで私に攻撃してみるかね? その攻撃を耐え切れば私の勝ちだ。私はキミを含め四人全員にトドメを刺し、そしてキミのTOVICを奪う。だがキミは幸運だ。今すぐにチャージを解除し、TOVICを渡せば四人全員が助かるのだからな」


「だめなのです、ユウ……! チャージを解除すれば私たちに勝ち目はないのです……!」


「で、でもママ!」


「ユウ! いいからチャージし続けて! あたしたち……覚悟はできてるから!」


「レーちゃん!」


「ユウちゃん、お願い……! もうユウちゃんしか、希望はいないんだから!」


「メグ……!」


 地面に転がる三人は、それぞれユウに想いを託す。しかしユウは迷っていた。かけがえの無い家族を失う訳にはいかない。TOVICさえ渡せば、家族三人は助かる。生きていれば何とかなる。

 チャージレベルはGに到達している。しかしGでもマークを倒せるか確証がない。あの回復速度だ、致命傷を与えたくらいでは瞬時に回復されてしまうのは間違いない。

 ユウは迷う。しかしマークはその時間を与えない。


「何を迷う必要がある! TOVICを渡せばいいだけだ! 私はキミたちが憎いのではない、ギフテッドたちが憎いのだ! TOVICを量産し、普通の人たちレフトビハインドに渡せば、世の中は本当の意味で平等になるのだぞ! そうなれば、もう誰も悲しまない! 理想の世界がそこにはあるのだ!」


 ユウはマークのセリフから、それが真実であると理解した。マークの過去に何があったのかは知らない。しかしその言葉は本物のそれだ。

 きっと悲しいことがあったのだろう。許せないことがあったのだろう。マークは本当に世界を元に戻そうとしている、それは間違いない。

 だから。だからこそ。ユウはマークに言い放ったのだ。ユウにも譲れないものがあったから。


「私は……、私の手で世界に平和を齎そうと思う。あなたとは違うやり方で。世界を愛で満たして、そして世界を変えたいと思う」


 ユウは大きく息を吸って。そして言った。


「……おっぱいチャージ、レベル。これが私の──ジャッジメントよ!」




【最後の審判が下される最終回(?)に続く!】



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