6
四人の中心人物である重やんが地味男こと小池をヘッドロックして無理やり歩かせ、ピアス男とパーカー男は二人の後ろを歩く。
そしてその更に後方から、俺は四人の後をついて行った。
彼らは休み時間が少ないと知りながらもギャーギャー騒ぎながらちんたらと歩いている。そわそわとしているのは小池だけだ。しきりに腕時計で時間を確認している。
「ねえ、僕もう教室戻るよ。昼休み終わっちゃうし……」
「はああああああああ~!?」
小池の言葉を遮るように重やんが叫んだ。
「ふざっっけんじゃねーよ!!誰のせいで昼飯がこんな遅くなったと思ってんだ!!『僕いいこだから授業遅れたくないの~』ってか!?」
自分が腹下して行方不明になったことは棚上げし、小池に激怒している。
小池は縮こまり、後ろの二人は何も言わない。
そうこうしているうちに階段室まで到着し、屋上の扉を開いたと同時に昼休み終了のチャイムが鳴った。
「あれっ?」
ドアの開閉音でこちらを振り向いたコギャル天使と目が合った。先ほど彼女を放置するように飛び出してのこのこと帰って来た俺は多少気まずかったが、向こうは全く気にしてないらしく人懐っこい笑顔でこちらをに寄ってきた。
「どしたん?体調やっぱ悪くなった~?」
「あ、いや、体調は大丈夫なんですけど、えーと、二次試験の用紙を失くしちゃって」
「二次試験の用紙?」
彼女はきょとんとした後、あー、はいはいあれね、と納得し、なんと空中に手を突っ込んでどこからかバインダーを取り出した。
「これっしょ?はい!……どしたん?」
「え、今」
どこから取り出したんですか?
それをいう前に会話は途中で途切れた。だん!と衝撃音が響いたからだ。コギャル天使と一緒に目を丸くし音が響いた方を見ると、小池が重やんに胸ぐらを掴まれて屋上の扉に押しつけられていた。どうやらさきほどの音は小池と扉がぶつかったもののようだ。
「小池よぉ、お前ちと調子のってんじゃねぇのか?ぁあ!?」
重やんと取り巻き二人に囲まれ、小池の姿はよく見えないが、きっと怯えているだろう。
「なにあれ?カツアゲ?」
コギャル天使が呟く。天使もカツアゲという言葉を知っているらしい。
「パシられてるみたいですよ。さっき昼ごはん買わされてました」
「ふ~ん、じゃあけっこう大変だね、まずはあの環境を直さないと恋の成就は難しいんじゃない?性格とかはうちら管轄外だしさぁ、今回の支給品にそういう系のやつないし。アドバイザーに相談して早めに方向性決めといたら?」
彼女の言葉を聞いて疑惑が深まり、手元の紙を見て確信した。
あそこで重やんにいびられているのは、ターゲットの小池勇気だった。
「……やっぱりかぁ~」
どこかで見た顔だと思ったのだ。しかしターゲットの一人がこんな弱気なやつなのか、とショックはショックだ。
地味だけならまだしも、こんな偏食腹痛デリケート野郎にいいように使われているようではきっと女子にはモテないだろう。コギャル天使も難しいと言っているのだ。小池では勝ち目がない。俺は脳内でこいつの選択肢を完全に消して、もう一人のターゲットの項目を見た。コギャル天使も紙を覗き込み、顔をしかめた。
「うわー、こっちの子と全然タイプ違うね。難易度的にはこの子の方が良さそうじゃん」
コギャル天使はそう言って小峠の写真を指さした。俺はうんうんと頷いた。
「そうですよね?やっぱりこっちの小峠の方が良さそうですよね」
「そうだねぇ、強敵だね〜。でもさ、まだ始まったばっかだし、何が起こるかわからんしさ、諦めることないと思うよ」
彼女はそう言って俺の背中をバンバンと叩いた。どうやら俺が小池をターゲットにしようとしていると勘違いしているようだ。俺は慌てて否定した。
「いや、俺子の小峠いこうと思うんですよ。あ、そうだった早い者勝ちだから急がなきゃ。もう一人の人より先に探さなきゃー……」
「え、いや無理っしょ」
「え?」
彼女の方を振り向くと、手に持っていた紙の、小峠の写真の下を指差され、目で追った。
名前、所属、家族構成、性格、と、見たことのある項目の下に、新しい文字が浮かんでいた。
『担当:眼鏡』
「なにこれ?」
思わずタメ口でコギャル天使に聞いてしまったが、彼女は俺の口調を気にすることなく説明してくれる。
「ほら、もう一人の受験生って眼鏡かけてたじゃん」
説明してくれるが意味がわからない。
「えーと、つまり……え?」
「これターゲットのマーキングされたんだよ。今回はマーキングの道具渡してないけど、試験官がいるから試験官が代わりにマーキングしたんだと思う。こいつはこの眼鏡が担当しまーすって」
「……」
マーキングの意味がわからないが
「だからほら、さっきキミ死にかけてて微妙だったからまだちゃんと出てないけどここ見て。眼鏡くんがターゲット決めたから、ここにもうっすーく書いてある」
コギャル天使が指差したのは小池の項目だった。
何も書いてないように見えたが、よくよく目を凝らすと『担当』の文字が読み取れた。
『担当:グロTシャツ』
グロTシャツ。
「……これ誰のことですか?」
「え、そりゃ……」
彼女は黙ってじっと俺の胸元を見た。なんか言って。
突っ込みたかったが言葉が出てこず、酸欠の金魚のように口をパクパクさせることしかできない。慰めるように肩に手を置かれた。
「……これ、紙には書かれてしまってるけど、俺がこの小峠担当する事ってできるんですか?ターゲットを交換ってできますか!?」
震える指で担当の項目を指差す。藁にもすがる思いで聞いた俺に、コギャル天使は哀れむような表情で
「あきらメロン」
膝から崩れ落ちた。
「う、うわああああああああああああああ!!」
うずくまって叫ぶ。
小峠が良かった。小峠じゃないと勝ち目がない。これでは試験に合格できない。俺は天使になれないんだ。絶望で目の前が真っ暗になる。
コギャル天使が慌てたように俺の背中を擦ってきた。
「ちょ、そんな落ち込むなし~。まだ始まったばっかじゃん!どうなるかわからんよ?それに今回が試験初めてじゃんか、初めてで受かる奴なんてそうそういないんだからさぁ。これが駄目でも次に活かせるから」
「落ちる前提で慰めるのやめて!!」
「ご、ごめん……」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔をあげて文句を言うと引かれた。それでさらに傷つき、また顔を伏せて泣いた。
「あ!そうか、しまった……。漂白剤にヤバい成分入ってんの忘れてた……。漂白剤使う副作用でと天使になりたくてなりたくてどーしよーもなくなるんだよね。原液のまま浸き置きしたからガンギマっちゃってんのか」
「人をヤク中みたいに言わないで!!」
「はいはいごめんごめん。まあ今は悲しいかもしんないけど漂白剤の成分抜けたらマシになるから大丈夫大丈夫。ほら、立って立って!がんばろ!ね?今諦めるのは早すぎるよ!」
「ぅう……」
両手を持たれ、ぐいっと引っ張られて立ち上がる。
「頑張れる?大丈夫?」
保育園の先生か。しかし俺もぐすぐすと鼻をすすりながら「うん」と答えた。園児か。
「良かった~!偉い偉い!頑張ってね。もし万が一落ちてもさ、天使ってそんな良い仕事じゃないから落ち込む必要ないと思うよ!ノルマもあるし。マジでダルいから転生組に申請しちゃう子もいるからさ。グループで動くから中で揉めたらヤバいめんどち事にもなるし!」
天使の仕事を貶しているが俺を励ますためか、はたまた本音か。
俺がコギャル天使に慰められている間に、気がついたら小池は消えて重やんファミリーだけになっていた。座り込んで小池をパシって買ったパンを食べている。
「あの子いなくなっちゃったね」
コギャル天使の言葉に頷いた。ここへ来るときから乗り気ではなかったから、おそらく教室に戻ったのだろう。
そんな事を考えながら重やん達を眺めていると、コギャル天使に思いっきり背中を叩かれた。
「いったっ!」
「ほら!なにボーッとしてんのさ!ターゲット追う追う!
ウチはアドバイザーじゃないし、ベテランでもないただのぺーぺーなんだけど、いちおう先輩だからのアドバイスしてあげる!
ターゲットのあとをつけまくる!道具を出し惜しみしない!アドバイザーにはちゃんと頼る!そして最後まで諦めないこと!そしたらチャンスが生まれてくるから!
以上!わかった?」
「わ、わかりました……」
「よしよし、じゃあ早速ターゲットを探してこい!」
正直な話、コギャル天使は説明が下手だし言っている事の半分も理解できなかった。だが彼女は倒れた俺の世話をしてくれて、絶望にうちひしがれた時には慰めてくれて、そして今は発破をかけてくれた。めちゃくちゃ良い子だ。
こんな良い子ここまでされたのだ。俺も腹をくくるしかない。
「わかりました。小池を探してきます。俺、諦めません!試験に受かってみせます!」
「おー!その意気よ!いってらっしゃい!」
俺の宣言に拍手をしてくれる。さっきまでの折れていた心が嘘のようにやる気が出てきた。早速小池のところへ行こう。
手を振ってくれるコギャル天使にぺこりと頭を下げて屋上の扉へ向かう。ドアノブを回そうとして、そういえばお礼を言ってないことに気づいた。
「あ……」
後ろを振り向くと、彼女はもういなかった。
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