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小麦色の肌に白に近い金髪。白いブラウスの上に大き目のカーディガンを羽織り、下はミニスカート。トドメとばかりにルーズソックスを履いている。
コギャルだ。俺の知識が間違っていなければ、彼女はコギャルという生き物だ。
「こんちはぁ~」
コギャル試験官はかったるそうな喋り方で俺たちに挨拶をすると、教卓に何やらごちゃごちゃと物を置いていった。そしてA4サイズの紙を一枚、俺と男に配った。
「えーっとぉ、キューピッド部門のぉ、二次試験の説明を始めまぁす」
コギャルが天使で採用試験の試験官であることに衝撃を受けた。かなり俗物的じゃないか天使よ。
「書類審査は終わったから、次は、なんていうの?本番?やりま~す。さっき配った紙見てちょ」
手元の紙に目を落とすと、一番上に≪二次試験説明用紙≫と書かれており、簡単な説明文と、少年二人の写真、そして二人のプロフィールが書かれていた。
「二次試験はぁ、実際に人間の恋を叶えるのが試験内容になってんの。今回の試験会場は、高校ね。なんか中途半端な感じの田舎にあるとこだから、デートとかマンネリになる可能性が高いから気を付けた方がいいよ。ターゲットは紙に写真載せてる二人ね。どっちがどっち選んでもいいから、話し合いとか早い者勝ちで決めたらいいと思う。試験期間は一ヶ月で、それまでにターゲットに彼女を作ってあげてぇ。
試験官はもう向こうで待機してるからぁ。隠れてるからわかんないと思うけど、なんか変な事してもバレっかんねぇ。あと、週一でアドバイザーが行くからぁ、困ったことあったらそっちに相談して」
コギャル試験官の話を聞きながら、改めて写真に目を落とす。左に写っている少年は、はっきり言って特徴がない。ザ・地味といった感じだ。対する隣の少年は、多少目付きが鋭くて耳が穴だらけだが、これは中々イケメンの部類に入るのではないだろうか。見た目で言うなら右の少年を選んだほうが圧倒的に有利な気がする。
「今のとこでなんか質問ある~?ないね?じゃあ次は道具の説明~」
質問させる気もないような早さでコギャル試験官は次の説明に入った。教卓にごちゃごちゃ置かれた変な道具をとって、俺と男に渡した。弓と、矢尻がハート形になった矢が二本。七色に輝く眼鏡が一つ。なんだこれは。俺は非常に困惑した。
「えっとぉ、キューピッドの仕事は恋を叶えることだけどぉ、下界のものには触れないし話しかけられないしぃ、なんもできないの。だからぁ、この道具を使って仕事するわけ。てゆーか道具ないとウチらマジ無能だからねぇ。いま渡したのが、今回の試験で支給される道具だから、一個一個説明していきま~す。
まず弓矢なんだけどぉ、もうキューピッドイコールこれってとこあるよね。恋の矢で~す。ターゲットが好きな人と会ってるときに、思い人の心臓にいるとドキドキハプニングが発生しちゃうの。でも何が起こるかうち等もわかんないから、これ使うときはあんま油断とかしないほうがいいよぉ。あと、効果が発生するのは心臓のみだから。手とか足とかだと全然効果ないからしっかり狙ってね~。
で、次にこれ、色恋眼鏡って言うやつなんだけどぉ、これをかけたら相手がなんかめちゃくちゃよく見えるようになるの。あの~なんていうんだっけ、下界で言ったら『めろめろずっきゅん』って状態になるわけ。これマジ半端ないから。でもこれってある程度ラブ度が高くないと『めろめろ』にならないから、ターゲットが告る前とかまで使わずにとっといた方がいいと思うわ」
説明が一通り終わったのか、コギャル天使は俺たちを見回して「何か質問ある~?」と尋ねた。すると隣の男が尋ねた。
「……道具の支給はこれだけなのか?それに矢が若干曲がっているのだが」
「うん。ごめんけど今シーズン中で道具の生産が追いついてないんだ~。だからリサイクル品とかで寄せ集めたんだけど、まあ大丈夫でしょ!たぶん性能とか問題ないと思う!」
「いや、あるだろう」
男のツッコミに、俺は深く頷いた。曲がった矢を支給された男も可哀想だが、俺の方も酷かった。矢尻のハートにヒビが入っているし、眼鏡もレンズが曇っている。こんな矢で射ったらメロメロズッキュンどころか失恋しそうだ。しかし俺たちの訴えも空しく、交換の要望は認められなかった。
「とりま使ってみてぇ、ダメだったらアドバイザーに言って!そしたら交換できると思うし!」
屈託のない笑顔でピースをされてごまかされた。適当にも程があるだろう。
「あ、あと、二人の間で道具の貸し借りはナシだからね~。取り合いも減点になるから。まあ、ライバル同士だからないとは思うけど一応言っとくわ。
合格条件は期間内に恋を成就させること。二人ともしくったら今回は採用なしだねぇ。でも正直ムズいからぁ、無理でもあんまり落ち込まないでねぇ。かれこれ三年は採用者出てないしぃ」
あんた確か前も受けてたよねぇ。コギャル天使はそう言って隣に座っていた男を見た。俺はまさか隣にいるのが試験経験者などと知らなかったから驚いた。思わず男をマジマジと見つめてしまうが、男は決して俺を見ようとはしない。どうやらライバルとは徹底的に距離を置きたいようだ。
「落ちたら次の試験まで待機ですか?」
俺の質問に、コギャル天使は「わかんない」と答えた。
「試験の時の対応ヤバかったら次の試験は受けさせてくれないよ。うちは実地試験の担当なったことないし基準とかわかんないけど、試験官が厳しかったら成績ヤバくなって次の試験受けらんなくなるのはよく聞くかなぁ。
試験受けらんなくなったら、次の転生先が決まるまでまた魂の状態で眠ることになると思う」
「あ、そうなんですか……」
「あんたのその顔見るに、今回が試験初めてっしょ?言っちゃあ悪いけど、今年の試験官ちょっと性格ヤバいから相当ヤバいと思うわぁ。対応マズったらヤバい事なるかもしんないけど、まあ落ちても死ぬわけじゃないし?てゆーか人間としてはもう死んでるしぃ?がんばるんば~」
ちょくちょく死語を混ぜてくるコギャル天使に、しかし俺はツッコむ余裕などなかった。
何がヤバいのかはさっぱりわからなかったが、とりあえず今年の試験官はヤバくてヤバいらしい。隣の男は試験経験者なので多少は心得もあるだろうが、俺は未だによくわかっていない。圧倒的に不利な気がする。とりあえずヤバい試験官を怒らせないようにしよう。俺はひっそりと心に誓った。
そうこうしている間に試験内容説明の時間は終わったらしい。コギャル天使は赤のマジックを持ち、俺達に部屋の後方へ移動するように言ってきた。
「あ、ちょっと待ってください」
慌てて机に広げた道具を片付ける。鞄等は持っていないからポケットに二次試験の案内用紙と眼鏡を入れ、弓矢はそのまま手に持って行くことにした。かさばって困るな、と思いながら隣にいた男を見ると、何故か手ぶらだった。鞄を持っているのかと思ったがそれもない。
「道具はどうしたんですか?」
「……」
無視。もうこんなやつ知らん。ため息をついてコギャル天使のところへ行った。彼女は俺達を横に並ばせ、赤マジックのキャップを取りながら話し出した。
「じゃあ、今からあんた達を下に降ろすわ~。魔法陣書くからジッとしてて。まずはキミからね」
そういうので、てっきり足元に魔法陣を描くのかと思ったら、彼女は俺の額にマジックをあてた。驚きに目を見開いた俺にかまわず、楽しそうに何かを描いている。
「え!魔法陣ってオデコに描くんですか!?」
「当たり前じゃん。今はデコに魔法陣描くのが流行ってんの。なんかカワイ~じゃん」
「いや、かわいくないだろ」
隣の男の冷静なツッコミが聞こえる。コギャル天使は不満だったようで、
「乙女心がわかんないアンタにはおでこに描いてやんない」
と、拗ねた顔で足元に魔法陣を描いていた。俺も足元に描いてほしかった。
描き終わったコギャル天使は、胸元からホイッスルを取り出した。
「笛吹いたら下に降りるから。頑張ってね~」
そう言って彼女は思いっきり笛を吹いた。すると周囲の風景がぐにゃりと歪み、瞬きした瞬間には全てが変わっていた。
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