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俺は元は人間だったらしい。覚えていないが。
前世の俺は天寿を全うし、死んだ後、つまり今現在、天使の候補として名前が挙げられている。らしい。
※※※
今回の採用部門はキューピッド部門。支部は日本。地区の異動はあるけど、他部署への異動はなし。ただ、希望があった場合は臨機応変に対応はしていきます。給与は月一回。賞与は年二回。チャレンジ制度もあり、推奨する資格を取得すると特別手当も出るようになっています。
給与についてですが、キューピッド部門は固定ではなく歩合制です。最初は大変かもしれませんが、この部署は単独行動ではなく二、三人でグループを組んで行動するのが原則化されています。ですから班の先輩が色々教えてくれるでしょう。未経験でも問題ありません。
今回はもともと二人班だったところを三人に変更することになり、その分の人員を追加募集することになりました。採用枠は一人。一次審査は書類審査で、二次試験が実技。一次審査はもう終了していますので、次が二次試験です。
説明は以上です。
質問は?
え?いつの間に一次審査?あなたが死んでいる間に決まっているでしょう。
え?内容?一次審査は上層部が担当してますからね、よくは知らないんです。でも、貴方の前世のおこないを一枚の書類にして、それをもとに審査をしているはずです。
巷ではあみだで決めているんじゃないかとか紙ヒコーキにして飛距離で決めているとか噂されてますけどね。たぶんちゃんと中身見て決めてはいると思いますよ。たぶん。
先ほども申し上げましたが、今回の採用部門はキューピッド部門。ですから今回の審査では貴方の恋愛ポイントを重視して見ています。
……はあ、いや別に貴方の人間性はあまり重視していません。いい人だったか、クソ野郎だったかはたぶん見ていないし、審査通ったからって善人だったわけではありませんからね。記憶は洗浄液で消したし漂白剤にも漬けましたが、思考が激変するほどの濃度に漬けたわけしているわけではないし、前世の性格は今反映されているので今後ご自身が一番わかってくるんじゃないですか?
まあ、最初は戸惑うことばかりでしょう。起きたばかりですし、色々と実感も持てないんじゃないですか?
人間だったという記憶はないでしょうけど、知識は残っているでしょう?色や、物の名前とか。それは前世の知識をそのまま引き継いでいますので、そこで困ることはあまりないと思います。自分のことだけ忘れている状態ですかね。外見も今は前世の格好そのままで復元されています。記憶がないから今見てもピンとこないかもれませんが。
……そうですね、控えめに言ってすごくダサいです。
どこって……。Tシャツの柄正気ですか?そのハーフパンツも……。何色ですか?それ?それでなんで足もとの健康サンダルはファンシーなものを履いてるんですか?
鏡?今は持っていないです。後で洗面所に行って自分で確認して絶望してください。
今、仮に自分の容姿が気に入らなかったとしても、成績がよければカスタマイズの権利を獲得して髪形や服装を変更できるようになりますよ。もし仮に合格したら死に物狂いで頑張ってくださいね。そして一刻も早くその狂気の権化みたいなTシャツを処分した方がいいですよ。
※※※
魂の冷暗所を出ると、窓も扉も何一つ見当たらない、ただひたすらまっすぐ伸びている廊下に出た。目が痛くなるほどの真っ白で目印がない。ここで一人取り残されたらおそらく遭難しただろう。
そこから目的地である二次試験説明会の会場まで案内される道中、美女が諸々の説明をしてくれた。後半はほぼ容姿の誹謗中傷だったが。
美女にスピリチュアルアタックを受けながら歩き、ポツンと浮かび上がるように存在する扉が見えたときは少しだけほっとした。
「ここが説明会会場です。どうやら一番乗りのようですね。
後ほど採用試験官が二次試験の説明をしに来ますから、この部屋で待っていてください」
美女の役目はここで終了したらしい。彼女はそれだけ言うと扉の前に俺を残し、止める間もなく来た道をスタスタと戻っていった。
ポツンと一人残された俺は、深呼吸を一つした。
このままじっとしていても仕方がない。今もよく分かっていないが、とりあえず説明会に参加してみよう。頑張れ俺。負けるな俺。
心の中で自分を励まし、「よし!」と気合いを入れる。
緊張で汗ばむ手でドアノブを持ち、俺は第二の人生への扉を開けた。
※※※
説明会会場は思ったよりも狭かった。
中は七畳ぐらいの広さで、相変わらず真っ白な部屋だった。部屋の中心に机と椅子が二脚ずつ設置されていて、それに向かい合うように教卓が一つ用意されていた。それらも全て白い。
きょろきょろと見回しながら中に入り、左右どちらの椅子に座ればいいのか分からなかったため、適当に左に座った。
座った途端、どっと疲れが押し寄せてきた。大きなため息が漏れる。
色々な説明を聞いたが、天使の採用試験とか、元は人間だけど、でももう死んでますとか、全く実感がわかない。
正直言って、彼女が本当に天使なのかも疑わしい部分がある。
天使天使と言っているが、背中に羽はないし、頭に輪っかもなかった。
そもそも天使とかってもっと慈悲深くないのか。初対面の人を起こすのに水ぶっかけてビンタかますとかどれだけ無慈悲なんだ。ありえなくないか。意見箱があったならば思わず投書してしまうところだ。
最初にも思ったが、悪の組織と名乗られた方が信じただろう。
だが、一番ありえないのは、何故か先ほどの美女の言うことを聞いておとなしくここで待機している自分だ。
何故だ。何故かあんなにひどい事をされTシャツをけなされたのに、こんなにも状況を疑っているのに、反抗心が芽生えない。自分の性格なのか、それとも美女の言っていた洗浄液とか漂白剤のせいなのか。
色々と考え込んでいると、扉が開いた。試験官の到着かと思って視線を向けると、何やらグレーのスーツを着た男性がしきりに周囲を気にしながら入ってきた。人間でいうと二十代ぐらいだろう。神経質そうに何度も眼鏡を中指で押し上げている。そして俺の存在に気づいた時、大げさなほど体を強張らせた。
「あ、こ、こんにちは」
慌てて挨拶をすると、男は会釈だけ返して俺の右隣の席に座った。どうやら試験官ではなかったらしい。と、いうことは俺と同じ受験生になるのだろうか。
「あの、あなたも採用試験を受けるんですか?」
「……」
無言。
「いや、俺なんかよくわかってなくて。美人な女の人にたたき起こされて、天使の一次審査に通ったから二次の説明をするっていきなり言われて……。そもそもここってどこなんですかね?」
「……」
無言。
俺と会話をする気はないらしい。
こりゃダメだ、と俺は早々に男との会話を諦めた。
先ほどの美女といい、この男といい、愛想がなさすぎるのではないだろうか。試験官までこのようなタイプだったら、俺はすごくガッカリする。そして天使は不愛想だという偏見を持つだろう。
男と話すこともなく、かといって他にやることも特になく、俺はぼーっとしながら試験官の到着を待った。男は暑がりなのか、はたまた体調が悪いのか、額の汗をしきりに拭っている。気になるが話しかけたってどうせ無視されるだろう。もう男に話しかける気を完全に失っていたので、気になったが見なかったふりをした。
しばらくすると、扉をノックする音が聞こえた。男と俺の視線が同時にそっちへ向く。そしておそらく同じタイミングで仰天した。
扉を開けたのは、ガングロギャルだった。
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