あなたの恋を叶え隊
コウキ
1
気持ちよく寝ていたところに水をぶっかけられ、驚いて飛び起きた。
「な、なに!?なにごと!?」
「おはようございます」
「えっ!?おはようございます!え!?なに!?きみ誰!?ここどこ!?」
「落ち着いてください」
「いや、落ち着くって……」
「貴方の名前を教えてください」
「は?え?意味わからんのだけど?え?」
見たこともない部屋だった。壁一面に引き出しが設置されいて、全体的に薄暗く、ひんやりとした空気に覆われている。
俺は部屋の中心にある石の台の上に寝かされていて、目の前には見知らぬ美女が立っていた。パンツスーツに眼鏡、そしてストレートロング。いかにも仕事ができそうな雰囲気を出している。彼女の足元に空のバケツが転がっていた。どうやら俺に水をかけた犯人は彼女らしい。
事態が把握できずに混乱していると、美女は一つため息をついた。そしてつかつかと寄って来ると俺の左頬を思いきりビンタした。
華奢な見た目からは想像できない、なかなかに重たい一撃だった。耳も一緒に叩かれて、耳鳴りと衝撃が頭の中を支配した。
ショックで固まった俺に、
「落ち着きましたか?」
「は、はい……」
「それはよかったです」
気のせいかもしれないが、全然よく思ってなさそうな表情だ。
怖い。何故俺は訳もわからない状況で水をかけられビンタまでされているのだ。これをご褒美と思える人種もいるだろうが、あいにく俺は喜べない。むしろ泣きそうだ。
俺が一体何をしたというのか。
しかし、混乱が極限までいきそうな俺の様子は彼女にとってはどうでもいいらしい。若干イライラした様子で質問の回答を促してきた。
「で、名前は言えるんですか?どうなんですか?」
「あ、ああ。俺は、ええと」
ビビりながらも名乗ろうとして、そこでようやく気づいた。
「あれ……俺……誰?」
ここ以前の記憶が全くない。自分は何者か。どうしてここにいるのか。目の前の女性が誰なのかも。
綺麗さっぱり思い出せない。
本当にいったいどうなっているのだ。俺は誰なんだ。体が震える。
呆然としている俺を眺めながら、美女は一つ頷いた。
「どうやらデリートは上手くいってるみたいですね」
「デリート……?」
「はい。消えてなかったらもう一回洗浄液に漬けなくちゃいけなかったから、手間が省けてよかったです」
洗浄液ってなに。
この口振りから察するに、この美女は俺が記憶を持っていないのは承知済みのようだ。
もしかして美女が俺の記憶がない事の原因を知っているのか。洗浄液ってなんだ。記憶を消す薬の隠語なのか。俺は洗浄液とやらに漬け込まれて記憶を消されたのか。
と、いうかこの美女は何者なんだ。ありえないけどもしかして秘密結社の幹部か。ありえないと信じたいけどもしかして俺はこれから改造でもされるのではないか。ありえないけどなんだか本当な気がしてきた。本気で怖い。
色々と説明してもらいたい。説明してもらわないと困る。だが情けない話、ビンタされたのが衝撃的すぎてまだ立ち直れない。
生まれたてのバンビのごとくプルプルと震えていることしかできない俺の様子にかまうことなく、美女は次の爆弾を投下した。
「貴方の質問にお答えしましょう。
私は天使雇用委員会です。
そしてここは魂冷暗所です。
貴方は天使採用試験キューピッド部門日本支部の一次審査に合格しました。これから二次試験説明会が始まりますので、会場までご案内いたします」
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