終わりが始まらない

小坂みかん

 

 朝テレビのスイッチを入れると、ニュースキャスターが「おはようございます。世界の終わりまであと七日になりました」と言う。


 そのあと、世界各国で行われている「世界の終わりカウントダウン」の様子が映し出された。どこの地域でもカウントダウン用の看板の数字のところを「七」にかけ替えたあと、クラッカーを鳴らしたりくす玉を割ったりして盛り上がり、歌えや踊れやの大騒ぎだった。

 特にすごかったのは、「終わりの地」にして「始まりの地」に選ばれた日本のド田舎だった。各国の様子がひと通り中継されたあと、そのままそのド田舎にスポットを当てた特集コーナーが始まったのだが、涙なしには語れないドキュメンタリーに仕立てられていた。


 男性ナレーターが重々しい口調で「今、世界が終ろうとしている」と言って始まったそのコーナーは、村の苦悩と”これから来るであろう、明るい未来”についてまとめられていた。そのわりに、ナレーションは始終重たい雰囲気だった。


 一年ほど前、NASAは宇宙のはるか彼方から送信されたメッセージを受け取った。解析したところによると、それは「宇宙人来訪の知らせ」だった。

 地球よりも高度な文明文化を持つ星からの「知識を分け与えるので、我らと一緒に是非とも宇宙連邦を組織して欲しい」というラブコールは、人々を熱狂の渦に巻き込んだ。

 一番沸き立ったのは、もちろんアメリカ人だった。メッセージの内容もシチュエーションも大人気SFドラマ「スター・トレック」を想起させる、というかそのまんまと言っても過言ではないものだったからだ。


「地球のみで完結していた我々の”世界”はついに終わりを迎え、宇宙という開拓地フロンティアで新たなスタートを切る。SFドラマの世界は、じきに現実となるのだ」


 当時のアメリカ大統領は、それはもう嬉しそうに、そのような演説を行った。そして彼らアメリカ人は「ファーストコンタクトは、もちろん地球の代表たる我がアメリカが執り行う」と信じてやまなかった。しかし、それは宇宙人からのメッセージを再び受信した際に打ち砕かれたのだった。


 宇宙人がファーストコンタクトの地として指定してきた場所は、日本のド田舎の、とても小さな村だった。その事実こそが、この村の苦難の日々の始まりとなった。

 まず、世界各国の著名な科学者たちが村に押し寄せた。この村と宇宙人との間に、何かしらの因果関係があるのかを調査するためだ。本当に小さな村だったので、観光地と呼べるようなものはない。つまるところ、宿泊所というものが一軒もなかったのである。しかも、この村から一番近い民宿やホテルまで、結構な距離があった。科学者たちは「移動に時間を費やしている暇はない」と口を揃えて抗議してくるので、村民たちは仕方なく彼らを受け入れた。村の全世帯がホームステイ先となったのである。


「英語なら、まだ、ちったあ分かるよ? そこは、義務教育のおかげだべさ。だけんど、偉い科学者さんたちのみんながみんな、英語だけをしゃべってくれるわけでねぇくてさ……」


 そう語った村人Aの顔には、疲労の色が浮かんでいた。


 村民たちを苦悩の日々に追いやったのは、言語の壁だけではなかった。科学者たちの面倒を見なければならなくなったがために、農作業に大幅な遅れが出たのだ。村長が県や国に助けを求めたが、中々話は進まずで、国から正式に村全体への家事代行サービスの手配がなされるまで、各所から集まってきたボランティアに頼るほかなかった。


「せっかく育てた米の苗が、危うく駄目になるところだった。わしらにはわしらの生活があるで。それを壊されるのは、たまったもんでねえよな。世界の終わりだか始まりだかよう分からんけど、それ以前に、わしらがきちんと暮らしていけねえなら、そんなもん、ええ気持ちで迎えることもできねえべ?」


 村人Bは、丸まった腰をさすりながらそのように苦言を呈した。


 彼らの苦しみは、まだまだ続いた。ファーストコンタクトの権利を奪われメンツを潰されたと勝手に思い込んだアメリカ人の、とりわけ金のあるやつらが村の土地の買収に乗り出したのである。


「どえれぇ量の札束抱えて、土地を買い取りたいっていう人が来たけぇが。どこんにも、同じような話が来てるっていうから、怪しいと思ってさ。東京にいる倅に、調べてもらったんだぁ。そしたら、アメリカさんが日本人の名義を借りて村ごと買い上げようとしてるらしいってことが分かって。先祖代々受け継いできたこの土地を、奪われちゃあたまらんねってことで、村民一丸となって戦ったんだよ」


 怒りで拳を震わせながら、村人Cはそのように語った。


 村を買い上げて”事実上、アメリカ”という状態にし、地球代表者の尊厳を貫き通そうとした身勝手なガキ大将をやっとの思いで撃退したあたりで、村に変化が訪れた。村の青年団が「いっそ、この状況を逆手に取り、村を盛り上げよう」と提案したのである。

 そこからは、奇跡の逆転劇だった。宇宙人まんじゅうやTシャツを作ってネット通販で売り出してみたり、宇宙人音頭を作って動画配信してみたところ、それらが爆当たりしたのだ。おかげで、想像以上に村は潤い、周辺の市町村よりも贅沢な暮らしができるようになったそうだ。


「苦難を乗り越えた今、私たちは宇宙人を心から歓迎し、もてなすための準備ができています。未知なる友人と会える日が、待ち遠しくてたまりません」


 村長が笑顔でそう語り、この特集コーナーは終わりを迎えた。なお、最後は前向きな内容だったにもかかわらず、何故かBGMもナレーションも暗いテンションのままだった。コーナーは録画映像とはいえ、このニュース番組は生放送である。きっと、一発本番で台本を読まされたがために、どこでどのように感情の切り替えをしたらいいのか、ナレーターも分からないまま読んでいたのだろう。


 それから数日後、世界中の人々があのナレーターと同じ「どこでどのように感情の切り替えをしたらいいのか」と悩む事態が発生した。……宇宙人が来なかったのである。

 当日を迎え、各国各地域のお祭り騒ぎは最高潮となり、村長宅に各国の首脳が押し寄せ、村民全員が一張羅を着ていまかいまかと待っていたが、宇宙人は来なかった。次の日も、その次の日も。いくら待てども来なかった。


「世界の終わり、始まりませんねえ……」


 ニュースの中継では、村に駐在しているアナウンサーが毎日そのようにこぼした。


 結局、宇宙人が提示した「この日に行くから」というのは、地球時間ではなく宇宙人時間による日時だったのではないかと結論づけられた。

 その星の一年が何日周期なのか、一日が何時間周期なのかは誰にも分からない。そもそも、その星が現在、宇宙歴何年かも分からない。そんな状態では「今日、もしくは明日が”世界の終わりである”と、明言できない」ということで、世界を覆いつくしていた”世界の終わりムーブメント”はあっという間に終息した。村も、宇宙人騒ぎが起きる以前の状態へと徐々に戻っていった。


 それからさらに数ヵ月後。日本のとある地域に大地底洞窟があることが確認された。そしてそこには、未知の生物の巨大な卵があることも併せて発表がなされた。


「人類の明るい未来のために、今すぐ破壊をしたほうが……」

「いやいや、凶暴な生物とは限りません。まずは様子を見て、処分をするのは危険だと判断してからでも遅くはないかと……」

「この生物には、なんという名前がつくんでしょうね? 地名にあやかって、ゴチラとかですかね?」

「それだと言いにくいから、ゴジラがベストでは?」

「それって、版権的に大丈夫なんでしょうか?」


 有識者たちは、テレビの中でそんな議論を重ねる日々を送った。


 卵は各科学研究機関の定点カメラで常に観察され、その動画は世界のどこからでもアクセスできた。もはや、人類の関心は宇宙人ではなく卵に注がれていた。

 卵が発見された地域では、怪獣まんじゅうやTシャツが作られた。売れ行きは好調だった。宇宙人騒ぎのあった村の人々は、何とも言えぬ悔しさから、その様子がテレビに映るたびにチャンネルを換えたという。


 卵が割れ、怪獣が生まれ、その様子を固唾を飲んで見守っていた人々が歓喜した当日。別の地域で大怪獣が突如現れた。その怪獣はとても凶暴で、人類はあっという間にパニックに陥った。

 絶望し、誰もが俯いた。しかし、ひとりの子どもが空を指さして言った。


「ママー! あれ、なんて書いてあるの?」


 何かのメッセージと思われる光の文字が、そこには舞っていた。それから少しして、光の巨人が現れた。巨人は怪獣と戦い、人類を救ってくれた。


「もしや、あなたが<一緒に宇宙連邦を作ろう>とメッセージを送ってきた宇宙人ですか?」


 誰かがそう尋ねたが、光の巨人は不思議そうに首を傾げ、身振り手振りで「自分ではない」と伝えると、どこかへと飛び去って行った。


 我々、人類が思い描いていた大人気SFドラマめいた”世界の終わり”と新たな幕開けは、まだ始まる気配がない。しかしながら、もしかしたら、これを機に日本が誇る怪獣特撮作品めいた世界が始まるのかもしれなかった。

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