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原爆をまともに爆発させるためには、爆縮レンズという、一瞬で弾頭の中心に向かってすべての方向から弾頭の放射性物質を押しつぶす技術が必要だ。この爆縮がうまくいかないと、弾頭がそれ自身の爆発で吹き飛んでしまい、連鎖反応が最後まで続かずに終わって爆発の威力が極端に小さくなる。これが未熟爆発なのだが、ニュートリノ砲はそれを意図的に起こすことで原爆の弾頭を破壊してしまうのである。水爆は原爆を起爆に使っているため、原爆が使用不能になれば水爆も使用できない。
νキャノンの原理は、かつてKEKの所長だった先生が2003年に唱えた理論だが、問題はニュートリノのエネルギーだった。一〇〇〇テラ電子ボルトなどという途方もないエネルギーが必要だったのだ。それを実現するためには、超伝導電磁石の性能が上がったとしても円周六○キロメートルの円形加速器が必要になる。現在最大の円形加速器であるヨーロッパの LHC の円周が二七キロメートル。さらにそれを二倍以上上回るサイズだ。そんなものが簡単に作れるはずがない。というわけで、このアイデアは現実性がないとして、完全に忘れ去られてしまっていた。
しかし、近年のレーザー加速器の進歩により、小型で高エネルギーの粒子加速器が作れるようになった。さらに後年の計算により、実際には一〇〇〇テラ電子ボルトもエネルギーは必要なく、数十テラ電子ボルト程度でもなんとかなる、ということが分かった。そこで俺たちは、レーザー加速器を使ってミューオンを加速しニュートリノを生成、さらにそれを任意の方向に向けて発射する「νキャノン」を作り上げたのである。
そして、あの宣戦布告同時攻撃(未遂)の日。俺は事前に得ていた情報をもとに、νキャノンをミサイルに向けてぶっ放したのだ。それは一発で核弾頭を貫き、未熟爆発を起こさせて弾頭を無力化した。これが第一フェーズ。
続いて、第二フェーズで某国の核兵器保管庫を攻撃する。おそらくこれで某国の核兵器は全て失われるはずだ。
「エネルギー充填、一二○パーセント!」
電力パネルを見ていた俺の部下、長岡が発した叫びが、俺を回想から現実に引き戻す。どこかで聞いたようなセリフだが、彼なりに茶目っ気を発揮したのだろう。
νキャノンは瞬間的に膨大な電力を消費する。リアルタイムにエネルギー供給するとしたら、関東地区をすべて停電にしないといけないくらいだ。まるで某アニメで
「ミューオン粒子、速度上昇! 誤差修正、上下角、プラスマイナス二度!」
これはもう一人の部下の西島だ。こいつもこいつで「ミューオン粒子」なんて「IT技術」「チゲ鍋」みたいなことを言いやがる。誤差修正もとっくの昔に終わってる。もちろん彼もちゃんと「分かって」いてそう言っているのだ。
ここで室長の俺が「総員、耐ショック、耐閃光防御!」とでも言えばさらに盛り上がるのだろうが、あいにくそこまで連中の悪ノリに付き合う気にはなれない。実際、発射の際はショックも閃光も生じない。俺は淡々と宣言する。
「νキャノン、発射」
スイッチを押す。
何も起こらない。何も聞こえない。
しかし、この瞬間、νキャノンから目標に向けてミクロン単位の直径のニュートリノビームが発射されたのだ。それはほぼ光速で地球を貫き、最終的には目標の手前で直径一メートルほどの高エネルギー中性子シャワーに変わる。
「……当たったんですかね?」と、長岡。
「さあな」俺は肩をすくめる。しかし、その疑問の答えが判明したのは意外に早かった。一時間後、米軍から目標を撮影した衛星写真が送られてきたのだ。そこには、目標の山腹から吐き出されている黒く大きな煙が確かに映っていた。さらに、空自の観測機から、核爆発由来と思われる大気中の微量の放射能を検知した、という連絡も入ってきた。
「やった!」
「よっしゃ!」
長岡と西島が同時に気炎を上げる。俺も少し悪ノリさせてもらおう。大きく安堵のため息をつきながら、俺はオフィスチェアの背もたれに深く身を沈ませ、小さな声で呟く。
「νキャノンはダテじゃない……」
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