2

 その年、米国が日本に対し安全保障条約の破棄を通達してきた。それと同時に国内の全米軍基地が撤退した。それでもまだ日本と米国は同盟国であることには変わりないが、これで日本は米国の「核の傘」から実質的に外れることになった。


 「核の傘」というのは、核兵器を持たない同盟国が核攻撃を受けた場合、米国がそれに代わって核攻撃してきた相手国に対し報復の核攻撃を行う、というものだ。しかし安保条約の破棄に伴いその約束も無効となった。


 これを機に日本も核軍備をすべきだ、自衛隊を国軍に昇格せよ、などという声が日本の保守派から上がった。しかし首相はそのどちらも考えていない、と明言した。唯一の被爆国である日本は、絶対に核軍備をしてはいかんのだ、と。


 それならばどうやって日本を防衛するのか。この当然な疑問に対して首相は、今後も同盟国である米国との集団的自衛権は失われていない、と答えるのみに留まった。しかし、安保時代は「義務」に等しかった集団的自衛権が、今後は文字通り「権利」に成り下がることを考えると、有事の際に米国が動くことは、あまり期待できなかった。


 折悪しく、日本と某国との領土紛争地域上空で防空識別圏ADIZへの不明機の侵入を察知しスクランブル発進した航空自衛隊の戦闘機が、そこに飛んでいた某国の軍用機との間で偶発的な軍事衝突を起こしてしまった。結果、双方一機ずつが撃墜され、某国との緊張が一気に高まった。


 さらに悪いことが続く。対日感情の悪化に伴い、某国ではシビリアンコントロールを原則としていた首脳陣に業を煮やした軍部がクーデターを起こし、政府機能を完全に掌握。第三国を介した会談も不調に終わり、国交断絶、もはや開戦止む無し、という状況にまで至った。


 恐ろしいことに某国は通常兵器の軍事力では日本に劣るが、核兵器を保有しているのだ。だから戦争になれば核兵器が使用されるのはまず間違いない、と考えられていた。


 もはや米国の核の傘は存在しない。核兵器が使われたら日本はどうしようもないではないか。そう考えた人たちがパニックに陥り、核軍備を要求するデモが多発した。日本を脱出する人々も激増した。しかし、首相は断固として首を縦に振らなかった。野党も非核三原則の保持と護憲を打ち出している立場上、核軍備を唱えることはできなかった。そんな矢先のことだった。


 とうとう、某国が日本に対し宣戦布告を行ったのだ。そして、数時間以内に東京に対して核攻撃を行う、と一方的に通告した。時を同じくして某国のミサイル基地から、核弾頭を積んだIRBM(中距離弾道ミサイル)が発射されようとしていた。


 ところが。


 いきなり、その発射寸前のミサイルが爆発したのだ。


 某国は国内のメディア向けには、ロケットエンジンの不調による打ち上げ失敗、という発表を行ったが、爆発が起こったのは明らかに打ち上げ前だった。しかも爆発したのはロケットエンジンではなく、核弾頭だったのだ。それが核爆発であったことは、その後に大気中の放射能濃度が上がった事実からも間違いなかった。


 だが、メガトン級の核弾頭にしては、その爆発はかなり小さかった。だとすれば起爆装置の暴発とも考えられない。


 いったい、何が起きたのか。世界中の軍事関係者が首を捻っていた。


 その時点でその答えを知っているのは、世界中でも俺を含めわずか数名にすぎなかった。


---

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る