第41話 夜は更けていく


 カナエと別れてから、僕は自室へと帰ってきた僕は、軽くシャワーを浴びてから冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターのペットボトルを取りだし、中身を一気に飲み干した。


 シャワーを浴びる前にスイッチをつけておいたため、部屋は適度に冷やされてシャワーで火照った体を冷ましてくれた。


 体は疲れ切っている。すぐにでもベッドに潜り込み、朝までぐっすりと眠ってしまおうとも考えたが、その時、自分がひどく腹ぺこなことに気がついた。


 他の人がどうだかは知らないが、僕は空腹だと熟睡ができないタイプの人間だ。


 空腹ってやつはどうにも良くない。知り合いに、満腹になると集中力が無くなってしまうからと、昼休みに昼メシを食わない奴がいる。


 僕から言わせてみれば、空腹で仕事をする方がどうかしていると思う。


 腹が減っては戦は出来ぬ。


 古い格言にもあるように、人間空腹ではまともなパフォーマンスが発揮できないものだ。


 そんなわけで、僕はこの厄介な空腹を満たすために、簡単な夜食を作ることにした。


 冷蔵庫を開けてみると、あまり食材が残っていない事がわかる。


 今から食材を買い足すのも面倒だ。あり合わせのもので何とかするしかない。


 幸いにも卵とパスタと……何枚かのスライスチーズが残っていた。卵が残っていたのはありがたい。卵さえあれば、幾分かまともな食事が作れそうだ。


 パスタを茹でるために買った、大きなパスタパンにたっぷりの水を入れ、ガスコンロの火にかける。


 一食分のパスタを湯の中に入れ、規定の時間が過ぎるのを待つ間。小さめのフライパンを取りだし、オリーブオイルを引いて火にかけた。


 冷蔵庫から卵を二つ取りだし、十分に熱されたフライパンに割り入れる。少し熱を通したあと、少量の水を入れ蓋をして蒸し焼きにした。


 出来上がったのはシンプルな半熟の目玉焼き。それを二つに分けて片方を皿に取り分けた。残った半分をフライ返しを上手く使って、フライパンの中で細かく砕く。


 茹で上がったパスタを卵の入ったフライパンに入れ、小さく千切ったスライスチーズと供に混ぜ合わせ、塩胡椒で味付けをする。


 出来上がったパスタを皿に盛り、別の皿に取り分けておいた半分の目玉焼きを上から乗せて完成だ。


 イタリアでは「貧乏人のパスタ」と呼ばれる料理で、材料や行程はシンプルながら、非常に旨い。本当はニンニクもあると良いのだが、即席で作るのならこんなものだろう。


 出来上がった熱々のパスタをフォークで巻き、一口。卵とチーズの旨みがパスタに絡まって非常に旨い。


 ガツガツとパスタを食べながら、僕はカナエの事を考えていた。


 年齢に似合わぬ、酷く疲れた横顔。今から家に帰るのだとは思えぬ、トボトボとした足取り。闇に消えていく背中……。


 僕とカナエは、互いに名前を知っているというだけの他人だ。彼女の悩みなんて知るはずが無いし、そこに踏み込んでいく権利も無いだろう。


 僕と彼女は、友人となるにはあまりにも年が離れすぎていたのだ。


 パスタを食べ終え、空っぽの皿をボウッと見つめる。


 明日も早い。もう眠らなくては……。


 皿を片付け、歯を磨きながら、僕は窓辺に歩み寄り、カーテンを開けて外を眺めた。


 窓硝子越しに見える夜空には、銀河鉄道どころか、やはり星すら見えなかった。






◇ 

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