第31話 紙とペン
◇
カナエと別れた後、僕はふらりと近場の文具店に足を運んだ。
神社から少し歩いた所にあった、昔ながらの小さな文具店。引き戸を開けると、冷房の冷たい空気がフワリと僕を包んだ。
「いらっしゃい」
しゃがれた声。
僕を迎え入れてくれたのは、頭の禿げかけた初老の店主だった。レジの隣に設置された椅子に腰掛けていた店主は、ちらりと僕の方を見ると、興味を無くしたように手元に視線を落とす。手には今朝の朝刊が握られていた。
ギラギラと夏の日光が照りつける外と比べ、店内は薄暗い。古い蛍光灯の明かりに照らされた空間は、どこか僕をノスタルジックな気分にさせた。
目当てのものは、すぐに見つかる。
40×40の一般的な原稿用紙。花沢が執筆で使っているものと同じものだ。
手書きで小説を書くなんて、随分長い間してこなかった。しかし自分の原点は、小学生の頃、真っ白なノートに書き綴ったあの物語。初心に返る意味でも、執筆方法を変えてみるのは良いアイデアだと感じている。
原稿用紙を手に持ちながら、僕は適当なボールペンを探していた。
もちろん、家にボールペンはある。しかし、PCでの作業がメインとなっている僕の家にあるボールペンはどれも安もので、長時間の執筆に向いているとは言い難かった。
そも、こうして道具を揃えた所で、突然小説が書けるようになるとは限らないのだが、こうしてしっかりと環境を整えるという行為そのものが重要なのだ。
しかし、ボールペンというものは僕が思っていたよりもたくさんの種類があったようで、ボールペンのコーナーには色も形も違う、様々な種類のボールペンが所狭しと並べられていた。
グリップが柔らかくなっているものや、軽量化されたものなど、それぞれにメリットがあり、一体どのボールペンが僕に適しているのかさっぱりわからない。
選択肢が多すぎると、少し困惑してしまう。
店主におすすめでも聞こうかと、ちらりと店主のいる方向に眼を向けると、僕の目にあるものが止まった。
「……万年筆か」
レジの近くに万年筆のコーナーが設置されていた。
もちろん、僕は万年筆なんて使った事がない。故に、選択肢として今まで考えたことも無かったのだが、少し興味を惹かれてコーナーまで歩み寄る。
店主の趣味なのか、万年筆のコーナーは、この規模の文具店にしては数が取りそろえられているようだった。
じっくりと万年筆を眺めていると、今までぶっちょ面で新聞を眺めていた店主が顔を上げて声をかけてきた。
「兄ちゃん、万年筆に興味あるのかい?」
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