第16話 少女と僕
◇
現状を言葉で説明することはとても難しい。
適度に冷房の効いた喫茶店のテーブル席。僕の向かいには、先ほど公園で出会った名前も知らない少女が座っていた。
声をかけた僕が言うのも何なのだが、知らない大人から声をかけられて素直に着いてくるなんて、少し少女の事が心配になってしまう。
平日の昼間に一人で公園にいたことといい、何か訳ありなのだろうか?
取りあえず、喫茶店に入ったからには何か注文しなくてはならない。注文をしない客なんて、プレゼントを配らないサンタのようなものだ。
僕の注文は決まっていたので、メニュー表を少女に差し出す。
「好きなものを注文するといい。僕のオススメはケーキのセットだ」
僕の言葉に、少女は不思議な表情を浮かべながら無言でメニュー表を受け取った。
しばらく悩んだ後、少女はチーズケーキと紅茶のセットを、僕はアイスコーヒーを注文する。
注文した品を待っている間。しばらく無言の時間が流れた。
当たり前だ。互いに名も知らぬ大人と子供。会話など生まれる筈も無い。
やれやれ、何故僕は見知らぬ子供を誘って喫茶店などに来ているのだろうか?
冷静に考えてみると謎だが、それでもあの時はそれが自然な行動に思えたのだ。
場を持たせるため、僕から話し始めることにした。それは大人である僕の役割だろうと思えたからだ。
「僕は相沢。よろしくね」
「………………カナエ」
カナエ。
恐らく少女の名前だろう。
ポツリと呟いたカナエの声は、危うく聞き逃すほど小さくか細かった。
注文した品が運ばれてくる。
ケーキと紅茶を目の前にしたカナエは、手を合わせて「いただきます」と呟くと、上品にケーキを食べ始めた。
その美しい所作から、彼女の育ちが良い事が窺える。
僕もアイスコーヒーを飲むことにした。
グラスに突きささったプラスチックのストローを動かし、氷をカラカラと鳴らす。意味は無い行動だが、氷の音が涼しげで心地よい。
コーヒーを一口。
チェーン店ならではの可も無く不可も無くの、まずまずな味。僕の舌に馴染む、ちょうど良いアイスコーヒーだ。カラカラに乾いた喉に、コーヒーの冷たさが染みこんでゆく。
カナエは、紅茶をゆっくりと飲みながら僕を観察しているようだった。僕の目的を計りかねているらしい。
当たり前の事だ。僕が逆の立場ならば、そもそも喫茶店に着いていったりはしないだろうが……。
カナエは小さな声で僕に問いかけてきた。
「……アナタは、ロリコンなの?」
「至極真っ当な質問だね。しかし、NOと答えておこう」
「じゃあ、なんで私をナンパしたの? 平日の昼間に見ず知らずの小学生に声をかける意味が理解できないんだけど……」
ナンパ。
なるほど、彼女にはそう捉えられたわけか。
「ナンパでは無い……つもりだったんだけどね。状況だけみると確かにそう取られても仕方がない。僕はただ、喉が渇いていただけなんだけど」
そう、喉が渇いていた。
サンサンと街に降り注いでいる陽光は、僕から容赦なく水分を奪い取っていく。
「カナエちゃんも長い間公園にいただろう? あの当たりには自販機も無い、きっと喉が渇いているだろうと思ってね」
「……そう」
それだけ言うと、彼女は再びケーキを食べ始めた。
僕のアイスコーヒーは空になってしまったので、店員を呼んで追加のコーヒーを注文する。 しかし、カナエは実に旨そうにケーキを食べていた。
僕はケーキがあまり好きでは無いが、彼女の食べっぷりを見ていると、不思議と腹が減ってきて、アイスコーヒーを持ってきた店員に、追加でショートケーキを注文してしまった。
「……仕事はしていないの?」
突然の質問に、一瞬戸惑ってしまった。
どうやらカナエは、僕が平日の昼間に公園でボウッとしていた事から、仕事をしていないニートか何かかと考えているらしい事がわかった。
「いや……会社には所属している。今は少し長期の休暇を貰っているんだ」
「変なの。お休みを貰ってやることが、見ず知らずの小学生と喫茶店に行くこと?」
確かに奇妙だった。
「人生は思い通りにいかない事の方が多いんだよ」
「それでもやっぱり変」
「確かにね。僕もそう思う」
僕の返答に、カナエはクスリと上品に笑った。
「アイザワさん。この後はどうするの?」
「特に予定は無いよ。長期の休暇をとったものの、何もやることがないんだ」
「そう……じゃあ、私の予定に付き合ってくれるかしら?」
それはとても素敵な提案に思えた。
旅は道連れと言うわけでも無いが、もう互いに名前を知っている仲だ。もう少し行動を共にするのも悪くは無いだろう。
「よろこんで。どこにでも付き合うよ」
◇
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