第17話 少女と僕
◇
喫茶店を後にした少女が向かったのは、近辺にあった寂れた神社だった。
神主もいないのか、少し高台にある神社に人気は無く、平日の昼間という時間帯も相まって、何だか不思議な感覚がする。
少女は手慣れたように木陰に設置されたベンチに座ると、背負っていたリュックサックから一冊の本を取り出した。
「本が好きなのかい?」
僕が問いかけると、少女は無言でコクリと頷く。
宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』
何度も読み返しているのか、それとも古本で手に入れたのか。ボロボロになったその本のページを、カナエは大事そうにそっと開く。
本に関わる仕事をしている身としては、子供の読書の時間を邪魔するわけにはいかない。
この読書タイムに、何故自分を連れてきたのかは不明だが、僕は彼女の読書を邪魔しないよう、神社の苑内を見て回る事にした。
神社は背の高い木々に囲まれており、適度に日差しが遮られて涼しい。
建物には植物の蔓が幾重にも巻き付いており、その退廃した様が、逆に神聖な雰囲気を纏っていた。
こういう雰囲気は嫌いでは無い。まるでジブリ映画のワンシーンに迷い込んだようで、少しワクワクする。
この場所は、カナエにとって大切な場所なのだろう。
なんとなく、そう思う。
苑内を一周し、本を読むカナエの隣に腰掛けた。
こんな事なら、僕も何か本を持ってくれば良かった。すっかり手持ちぶさたになった僕は、何をするでも無く、ただボウッと空を眺める。
名も知らぬ一羽の鳥が、スゥーっと視界を横切った。
静かな空気が流れる中、カナエがポツリと僕に問いかける。
「銀河鉄道の夜……読んだことある?」
「もちろん。有名な作品だからね」
宮沢賢治による名作、『銀河鉄道の夜』。
主人公であるジョバンニが、親友のカムパネルラと供に ”銀河鉄道” という空を走る鉄道に乗って旅をする物語である。
大学の頃は文学の研究をしていた。もちろん、銀河鉄道についても人並みの知識はあるつもりだ。
「これってとても残酷な物語ね」
「……そう……かもね。確かに、受け取り方によってはそういう側面もあるかもしれない」
銀河鉄道のラストで、親友のカムパネルラは既に死んでいた事が明らかになる。あまり、ハッピーエンドとは言い難い物語だ。
「カムパネルラは自分勝手だわ……何で彼はジョバンニを置き去りにしてしまったのかしら?」
その問いに、僕は即答する事ができなかった。
銀河鉄道の夜を読んだことがあるとはいえ、内容はおぼろげで、そんな深い所まですぐには思い出せなかったのだ。
しかし、カナエ自身、別に答えが欲しくて呟いた言葉では無かったらしい。答えが無いことを意に介した様子も無く、パタリと本を閉じると丁寧にリュックサックの中にしまい込んだ。
「そろそろ帰らなくちゃ……それじゃ、アイザワさん。またね」
そう言って軽やかな足取りで神社から去って行くカナエの背中を、僕はただボンヤリと見つめていた。
一陣の風が通り抜ける。空もゆっくりと茜色に染まってきた。
どうやら、僕もそろそろ帰った方が良いみたいだ。ゆっくりと立ち上がり、こわばった腰を伸ばす。
「何故カムパネルラはジョバンニと別れなくてはならなかったのか……ね」
そういえば、文学について考察するなんてしばらくしていなかった。
僕は一人微笑むと、ゆっくりと神社から立ち去ったのだった。
◇
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