第14話 失踪
◇
「どうやら、両親にも連絡は無いみたいです……すいません」
「なんでお前が謝るんだ? 失踪したのはお前じゃないだろ?」
疲れ切った僕の頭を、田村が軽く小突いた。
普段はちゃらんぽらんな態度を取っている彼だが、こういう一大事の際には意外と頼りになる存在である。
「しっかし……親御さんのとこでもねえとすると、もうすこし様子をみて警察に届け出をした方がいいかもだな……他に心当たりはねえの?」
「無い……ですね。アイツ、友達もいませんし、基本引きこもりなので」
何故、花沢は急にいなくなってしまったのだろうか?
二人で食事をした翌日。僕が様子を見に行くと、いつものボロアパートに彼女はいなかった。
どこかに出かけているのだろうかと思ったが、同日の夕方に様子を見に来ても、帰ってきている様子が無かった。
「……二三日、ふらっと旅行に行っているって可能性もある。あんま思い詰めんな。作家なんて勝手なもんさ、きっとしばらくしたらフラッと戻ってくるさ」
「そうだといいのですが……」
旅行。
果たしてありえるのだろうか?
あの引きこもりが、一人で旅行に行くイメージがまったく沸かない。
そんな僕の様子を見て、田村は深く息を吐いた。
「相沢…………お前、しばらく仕事休め」
「え?」
「有給、まだ残ってんだろ?」
「ええ……残ってますが、でも……」
「でもも、くそもねえよ。そんな腑抜けたツラ晒されてちゃ、こっちのテンションまで下がらあ。お前は真面目すぎんだよ……仕事は俺が引き継いでおくから、一週間くらい休んどけ。編集長には俺から適当に伝えとく」
不器用な言葉だが、彼なりに心配してくれたのだろう。
僕は少し考えた後、深く彼に頭を下げた。
「……ではお言葉に甘えさせていただきます」
「おうよ、しっかり休んでこい」
ニカッと笑った田村の姿は頼もしく。やはりこの人物は私の先輩なのだと思い知らされたのだった。
仕事の引き継ぎをしてから、日が昇っている内に退社する。ガラガラで人のいない電車が、何だか少し新鮮だった。
やれるだけの事はやった筈……もう、僕にできることは無いだろう。
そう言い聞かせながら、何故か早まる鼓動を押さえつける。
本当にそうだろうか?
花沢が失踪した前日。最後に会っていたのはきっと僕だ。
彼女の両親を除いて、一番彼女の事を理解しているのは僕だ。それを踏まえて、自分にもう一度問うてみる。
本当にそうだろうか?
僕にできることは、もう何も無いのだろうか?
わからない。
グチャグチャに乱れた今の思考回路では、何も判別できそうになかった。
少し気分の悪くなった僕は、目的の一つ前の駅で降りる。
見慣れない駅を出て、ゆっくりと深呼吸をした。
少し腹が減っている気がする。
何をするにも、まず腹ごしらえが必要だろう。
そう考えた僕は、ゆっくりと自宅に向かって歩きながら、途中のコンビニに立ち寄り、そこで適当な軽食と、普段は飲まないブランデーを一瓶購入した。
自宅に戻り、コンビニの袋をまとめて冷蔵庫に放り込むと、来ていたスーツを乱雑に脱ぎ捨てて冷水のシャワーを浴びる。
火照ったと、グルグルと気持の悪い思考を、冷たいシャワーが優しく冷ましてくれる。
シャワーから上がり、パンツを履きながらコーヒーメーカーのスイッチを入れる。水が湧いている間にグラスを取りだし、中に氷をつめこんだ。
買ってきたブランデーをグラスの半分ほど注ぎ、オン・ザ・ロックを作って作業机の上に置く。
コンビニ袋からハムと卵のサンドウィッチを取りだし、席についた。
習慣で机の上に置いてあるノートPCを起動しながら、僕はハムと卵のサンドウィッチにかぶりついた。
ベーシックな具材。これぞサンドウィッチという味に頷き、ブランデーで流し込む。
ウィスキーとは違う、後味に少し残る甘い香り。後からカッと喉を焼くアルコールが、荒ぶった感情をごまかしてくれる。
「…………小説を書こう」
ふと、何気なく呟いたその言葉は、しかし口に出してみると、それ以外に正解がないような気がしてならなかった。
◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます