第13話 デート
大きな平皿にちょこんと盛られた前菜。
一見、前衛的なアート作品にも見えるオシャレな一皿は、説明によるとサーモンとオリーブの実を使ったカルパッチョだそうだ。
なぜ高級なフレンチでは皿を大きくしないといけないのかは知らないが、きっと皿が大きいという事は重要なのだろう。そうでなくては、どこのフレンチに行っても皿が大きいという事実に説明がつかない。
全て、僕の知るところでは無いのだが。
フォークで前菜のサーモンを突き刺し、口に運ぶ。
少し強めの塩気は、ワインにピッタリだった。
「サーモンなんて、久しぶりに食べた」
花沢の呟きに、僕は問いかける。
「普段は何食べてるんだ?」
「……カップ麺とか、コンビニのお弁当とか」
彼女が料理をしている姿は見たことがなかったが、どうやら想像していた通り、料理のスキルは高く無いらしい。
お節介かもしれないが、彼女の栄養事情が少し心配だった。
「…………俺が何か作ろうか? 不健康な食生活でお前に倒れられちゃ困る」
その言葉に、花沢は肩眉をつり上げる。
「余計なお世話……私は子供じゃ無い」
「ごもっとも。失礼した。まあ、気が変わったら教えてくれ。こう見えて料理は好きなんだ」
別に得意という訳では無いが、料理をすることは割と好きだった。恐らく花沢よりは上手に料理を作れる気がしている。
二人はしばらく、つまらない雑談をしていた。今回は彼女の気分転換に来たのだ。わざわざ仕事の事を持ち出す気は無かった。
メインディッシュが運ばれてきた。
メインはどうやら鴨肉のようで、こんがりと炙られたその鴨肉の上には、たっぷりと紫色のソースがかけられていた。
ナイフで鴨肉を一口大に切り分け、口に運ぶ。
ファーストインパクトは、ベリー系の甘酸っぱさ。どうやら上にかけられていたのはベリー系のソースだったらしい。
しょっぱい系の料理にフルーツを入れるのは、あまり好きでは無い僕は、少し眉をひそめる。酢豚にパイナップルを入れるように、こういう味付けが好きな人が一定数いることは知っている……しかし、こういう好みの分かれる味付けは、事前にソースの有無を聞いても良いのでは無いだろうか?
しかし、後からじんわりと口の中に広がる鴨肉の旨味はなかなかのもので、総合評価としてはまぁまぁだった。
ちらりと前を見ると、花沢は無心でベリーソースのかかった鴨肉を貪っていた。鮮やかな口紅の引かれた唇の向こうへ、たっぷりとソースのかかった肉が次々に消えていく様はどこか煽情的で……。
どうにも酔っているようだ。
よりにもよって、花沢相手に ”煽情的” という感情を持とうとは。
酔い覚ましに水を一気飲みする。
火照った体に、よく冷えた水が心地よかった。
「今日はありがとう……美味しかったわ」
「まあ、経費で落ちる食事だからな……頻繁には無理だが、たまになら連れていくよ」
食事は終わり、少し酔った二人はフラフラと店を出る。
真ん丸な月が夜空に昇り、銀色の光が淡く街を照らしていた。
グッと伸びをしていると、背後から花沢が声をかけてきた。
「ねえ……一つ聞いても良い?」
「内容によるな、もちろん。何だい?」
振り返ると、何やら神妙な顔をして花沢がこちらを見つめていた。いつになく真剣な様子に、少し構えてしまう。
彼女は、何度か口を開閉して、やがて決心したように口を開いた。
「アンタは……相沢先輩は、もう小説を書かないの?」
ぬるい夜風が体を通り抜けた。
僕はゆっくりと瞬きをして、彼女に向き合うと返答する。その声は、いつもの自分の声とは違って聞こえて、少し気味が悪かった事を覚えている。
「……あぁ、僕は書かない」
否
僕は書かないのではなく、書けないのだ。
「…………そう」
それだけ呟いた花沢は、気のせいだろうか? どこか泣いているように見えた。
花沢が失踪したのは、その次の日の事だった。
◇
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